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婚約者様と私Ⅱ
114.離縁と婚姻無効と未練
しおりを挟む教皇猊下も枢機卿も、カソリック教徒の離婚を認められない。
神によりひとつになった夫婦は人の勝手で別れるべき物ではないからだ。
ただ、ひとつだけ離婚の理由となる事柄がある。それは淫行・姦淫を犯すべからずというもの。
マタイによる福音書の19章にある。
ふたりでひとつのはずの相手に、その禁忌行為により神の祝福された夫婦という形を壊された者は、婚姻を無効に出来るというのだ。滅多には適用される事ではない。
たいていは別居をしてみたり関係を修復することを試みる。
また、婚約や婚姻を解消したり無効にしたり離婚すると、教会の祝福や庇護を受けづらくなるし、もちろん教会での再婚は認められない。
あくまでも、神の前で誓った伴侶が片割れだからだ。
お嬢さまの不貞は、クリスとの婚姻を無効に出来る理由になるのかもしれない。シュテファン様はそれを狙っているのかしら? でも、なんのために?
「とにかく。シュテファン様は何を考えているのか解らないけど、アンジュもクリスも、この婚姻契約を無効にする気はないんだよな?」
「もちろん」
「⋯⋯ええ」
即答は出来なかったけど、この答えで間違いないないわよね? お嬢さまは、好みに合わず親に決められて面白くないけれど、青の森の国を代表してハインスベルクへの友好の証しとして嫁ぐ事に、異議はないといっていたはず。
最初は、ヒューゲルベルク領主ランドスケイプ家とハインスベルク公国主エルラップネス家で婚姻契約を結ぶと言うだけの事だったけれど、貴族として国王に契約書に承認を申請した際、ハインスベルク公国に選帝侯の資格があったばかりに、法王や皇帝も関与し、最終的には国同士の友好の証しのような認識も持つようになってしまったらしい。
ミレーニアお母さまが青の森の血筋だというのも、拍車をかけているのだと思う。
「こうなると、もう自分達の意志や都合で婚約破棄とか解消とか有り得ないよね。まあ、二人は元々幼馴染みで共に異存はないんだからいいんじゃない? ただ、そこにシュテファン様が絡んでくるのがおかしいんだって。無視すれば解決できるんならいいんだけどねぇ」
お兄さまは、アンジュリーネお嬢さまが、本当にクリスの幼馴染みだと信じているのね。
まあ、周りにそう思わせるように私が動いたというのもあるけれど。
そのおかげ?で、クリスがこの結婚に前向きになって、お嬢さまと仲良くなれるというのならそれもいいのだろう。
問題はお嬢さまである。
私と、過去のエピソードや会話内容を共有して、それに合わせてくださるかしら。
確認もせずに勝手にやったと怒るのかしら。怒るかもしれないわね。
でも、婚約者がクリスだと先に教えてくださらず、私と知人かどうかを確認しなかったお嬢さまも、治療の間不在を誤魔化し身代わりでなんとかなると軽く考えたのが悪いと思う。
「ジェイムス。今後は、シュテファン様はこちらからは連絡するつもりもないし、向こうから来ても、上手く断りを入れるように。なにより、アンジュには近づけないでくれ」
「御意にございます。訪ねてこられても、取り次ぎませんし、伝言や手紙も可能な限りお断りしましょう」
「そんな、ジェイムスさ⋯⋯が睨まれたり立場悪くならない?」
「大丈夫でございます。軋轢なく断る方法は幾らでもございます。ご安心くださいませ」
皇帝も認知し、法王と、青の森やハインスベルク両国主が承認した結婚である以上、例え辺境伯家の人間でも横槍は入れさせないと、ジェイムスさんは胸を張った。
「今夜はもう遅い。いいから泊まっていけ。ただし、俺のゲストルームに軟禁だ。色男とデカブツの凸凹コンビは、階下の客間を用意させる。アンジュの部屋には近づくな。今夜からこの部屋のテラスと廊下に、女騎士を待機させる。いいな?」
「解ったよ。テオに殺されそうになるのは勘弁だからな」
「殺されそう、じゃない。婚前交渉とか持ち込もうとしたら、相打ち覚悟でコロス」
「⋯⋯婚姻契約書がある以上、2年前に結婚したも同然なんだけど。でも、まあ、いいよ、寝顔見るのは我慢する」
「当然だ」
「あ~あ、せっかく来たんだから、寝顔見ながら休みたかったなぁ」
「今すぐ神の御許に召されたいか?」
「テオ、マジ固いよな。今時、授かり婚だって珍しくないのに。俺んとこの騎士にも何人か、子供が出来ました報告と結婚します報告が同時だったり、なんだったら子供の申告の方が先だったりするのに」
肩を竦めて、クロークコートを脱ぐクリス。
お兄さまの拳が飛んでいったけれど、片手で難なく受け止め「お前の部屋、隣?」なんて言いながら、リビングからお兄さまと共に立ち去る。
ちなみに、お兄さまの部屋は階段と踊り場を挟んで向こう側だ。
子供部屋はお母さまのお部屋のそばにあるけれど、お父さまやお兄さま男性陣のお部屋は離れている。
子供の頃は男女とも、母親や乳母、家庭教師や伯叔母などと共に暮らし、マナーや教養を身につけていくけれど、10~12歳で騎士訓練や学問を修めるようになると男子は、家族でも女性達から離れて暮らすようになる。
クリス達が部屋を出た後、ジェイムスさんが神妙な表情で頭を下げる。
「お嬢さまの為に怖い目に合わせてしまい、誠に申し訳ありません。わたくしの力の及ぶ限り、身の安全を最優先に尽くして参りますので、どんな小さな事でも頼ってくださいませ」
「ありがとう。でも、無理はなさらないでくださいね? いざとなったら、高価なドレスは脱ぎ捨てて髪も解いて平民らしく逃げちゃいます。木の葉を隠すなら森の中と言うでしょう? 今までだって見つからなかったのだもの。大丈夫よ」
お嬢さま。最初は、外せない用事以外は部屋に隠って本でも読んで、不在証明だけでいいって事だったのに、どんどん話が大きくなるから、早く病を克服して帰って来て。
クリスとの関係にもちゃんと向き合って、私にここでの生活に心を残させないよう、スッパリと未練も縁も断ち切ってね──
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