身代わりの私は退場します

ピコっぴ

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婚約者様と私Ⅱ

134.お迎え

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 ああ、まだ、心の準備が出来ていないのに、またクリスと会う日々が始まってしまった。

 やはり、治る人も希にはいるとは言え、特効薬もなく治療法も確立されていないがゆえに不治の病とされる瘡毒に罹ったお嬢さまの復活は、ひと夏では無理だったのか⋯⋯

 このまま、ご家族に知らせず、入れ替わりが出来るのだろうか。

 クリスは、お嬢さまは、それで本当にいいのだろうか。

 今更な事をぼんやり考えていると、ジェイムスさんの、クリスの到着を知らせる声が、廊下へと通じる扉の向こうから聴こえてきた。

「準備は出来ましたわ。お通ししてちょうだい」

 ここは、お嬢さまのお部屋に通じる18㎡ほどの(※本間で10畳、クロゼット江戸間で12畳足らず)ルーム。
 メイドが衣装棚やアクセサリーケース、靴棚の並ぶ続き間との仕切りを閉じたタイミングで、直接廊下に出る扉を恭しく頭を下げたジェイムスさんが開く。

「アンジュ⋯⋯っ!」

 呼びかけたクリスの声が息が詰まるように止まり、ドレッサーから扉の方へ向き直すと、外は寒かったのか頰を染めたクリスが立ち尽くしていた。

 目が合うと、硬直が解けたように動き出し足早に近づくと、おもむろに抱き締めて来た。

「っ、会いたかった」
「⋯⋯わたくしも」

 ワタシモアイタカッタ、ズットサミシカッタ

 ──デモ、アイタクナカッタ


 子供の頃のクリスから考えたら驚くほどに、情熱的な口づけをしてくる。
 メイドもイルマさんも心得たもので、みなこちらへは向かないよう配慮しつつ手早く片付けて、マクダレーネさんとイルマさんを残し、部屋を出て行く。

 私が息苦しさと恥ずかしさに身動ぐころ、やっとクリスから解放される。

 そっと腕を緩め、先ほどよりも頰を紅くして、クリスが見下ろしてくる。
 離れていた間に、僅かに目の高さが高くなったみたい。それに、胸の厚みも増してる。
 領民の収穫を騎士達も手伝うと言っていたし、鍛練もなさるだろうから、どんどん、騎士らしくなっていくのね。
 その内、抱きついても背中まで腕が廻りきらなくなったらどうしましょう? ちょっと怖い。

「たったひと月ほどの間に綺麗になったね。ドレス、似合ってる」
「ありがとうございます。クリストファー様も、秋色の騎士服がとてもよくお似合いですわ。それに、目を合わせるのに、少し高くなったみたい」
「クリス。 ちょっとだけ伸びたかな?
 クライナーエンゲルは、毎回、いい仕事をするな。アンジュのためにあるドレスみたいだ。それに、少し抱き心地よくなった?」
「まあ。もっと太れと仰ったのはクリスト⋯⋯クリスでしょう?」

 ご自身の贈ったドレスの出来映えに、満足げに頷くクリス。
 確かに、今までのお嬢さまのためのドレスよりも、私の身体にピッタリとフィットする。まるで、採寸から仮縫いを通して丁寧に仕上げたみたい。

「あ、判った? そう。ミレーニア夫人に、アンジュのドレスを新調する時に作られた採寸表を写させてもらったんだ。今のアンジュにピッタリになるように注文したかったから」

 レースの僅かな伸縮性も考慮された、世界中で私にしか着られないのではないかと思うくらいのフィット感だった。

 ここで驚くのが、クリスは、子供服専門ブランドのクライナーエンゲルに、お嬢さまへのドレスを特注する上で、会社の権利の一部を買い取り、出資金を支払う事で、いつでもお嬢さまへのドレスを最優先に作らせているという。

「そんな、強引なことをなさったの?」
「アンジュに似合ったアンジュのためのドレスを、いつでもこだわって最高のものを作って欲しいから。レース職人やデザイナー達の生活環境にも配慮するようにしてるよ」

 オーナー? 権利の一部と言ったけれど、殆どブランドオーナーのような気配りだ。

「まあ、向こうもちゃっかりしたもんで、アンジュのドレスを作る過程で生じた型紙を利用して、最近では大人用の既製品ドレスも売り出したみたいだよ。母娘で、お揃いのドレスをってコンセプトで、今かなり売れるらしい」
「まあ。素敵なデザインのドレスが多くありましたもの、人気でしょうね」
「あ、一応、アンジュのための細かなデザインは、同じ物は出さないように言ってあるから、パーティーで同じ服を着てる人に会うことはないよ」

 いたずらっ子のようにウインクをよこすクリス。
 このやり方は、お兄さまの事業手腕を真似たのだと言っていた。

「さ、お嬢さま。王領地の狩り場へご案内いたしましょう。わたくしめが、お嬢さまのために、最高のキツネを誰よりもたくさん狩ってみせましょう」

 戯けた台詞まわしで礼をとり、私の手を取ってエスコートを始める。

「まあ、とても嬉しいですけれど、王領地のキツネを狩り尽くしてはダメですわよ?」

 お嬢さまらしく、上から目線っぽく返しておく。

 侯爵家の紋章の入った大型キャビンの馬車が、玄関口で待っていた。




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