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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋
56.小屋での一夜と小さな子供
しおりを挟むカインハウザー様が、お戻りになったあと、リリティスさんが気遣ってくれた。
「いきなりひとりで寝るなんて寂し……夜、怖くない? 私、今夜は一緒にここで、泊まっていこうかな~。懐かしいなぁって思ったりしてね」
戸棚の向こう側で、こちらからは見えないベッドは、私には贅沢なほど広いもので、ダブルサイズと思われた。……リリティスさん、お若い頃、寝相悪かったのかしら? あ、いえ、今も充分若いですけど。
* * * * *
その晩は、リリティスさんと一緒に、はしゃぐアリアンロッドに困りながらもお庭の温泉に入り、小屋に戻って、お喋りしながら、並んで眠った。
母とも添い寝した憶えはない。そりゃあ、物心つく前の、乳幼児だった頃はあったんだろうけど、一番古い記憶でも、母や父と一緒に寝た憶えはなかった。初めてである。
そう言うと、リリティスさんは、私の頭を優しく抱き寄せて、囁くように話してくれた。
「私もね、母が後宮で働く女官でね、ずっと、家にいなくて、父も忙しくて…… 物心ついた時から独り寝だったのよ」
初めて聞く、リリティスさんの話。
お父様はこの砦街に駐屯する国境警備の騎士で、ドルトスさんとも親しかったそうだ。
お母様は王都で身分の高い方に仕える女官、お父様は国境警備の騎士。
お父様は、穢れに感染した魔獣が出た時に、領民を助けて怪我をされ、亡くなられた。家政婦さんに育てられ、15歳になるとリリティスさんはこの小屋で独りで大人になった……
「私も、主も、親との思い出はあまりないのよ」
独り寝は寂しいわよね。
サワサワ煩い風の音、雷の鳴る大雨。
静かすぎて頭の中の冴える音。
壁の向こうにでも誰かいてくれたら、それだけでも違うのに、頭まで毛布をかぶって身を縮め、朝まで眠りが訪れるのを待つ夜。
リリティスさんはそう言って、私の背中を撫で下ろす。何度も。
「姉妹と言うにはちょっと離れてるけど。……そうね、十五で独り立ちしてすぐ結婚していれば、シオリと1つ2つしか違わない娘か息子がいたかもしれないわね」
「そんなお相手、いたんですか……」
「いないわよ? いたかもしれないけど、私はそんな気なかったから、主のお世話と、自立のための勉強に一生懸命でね。街の有名なやり手婆の持ち込むお話も聞かなかったの」
「そんな頃から、カインハウザー様のお世話を?」
「ふふふ。弟と同い年でね。おしめをしてた頃からの付き合いよ。サラサラの金髪と宝石のような瞳。ちっちゃい頃は、そりゃあ女の子のように可愛らしかったのよ? 私よりよっぽど美少女だったかもしれないわ」
見た目は美少女だったかもしれないカインハウザー様。見てみたいかも。この世界には写真はない。明日、子供の頃の姿絵がないか、訊いてみよう。
リリティスさんは、目を閉じて、昔を懐かしんでいるんだろう……
少しづつ、子供の頃の話をしてくれた。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
父は、弟が生まれた時、とても喜んだの。自分と同じ騎士になってくれたら嬉しいし、そうでなくても、男同士の話を出来る。娘とは違った成長を見守れる、家族を守り、家名をつないでいく男の子が生まれたって……
私はまだ七つだったけど、よく憶えてる。
あんなに嬉しそうな父を見たのは初めてだった。
私が、父の絵を描いても、初めてのお料理も、どんなに上手に歌っても、誉めてくれるし喜んでくれるけど、弟が生まれた時ほどじゃなかった。
ちょっぴり、羨ましくて、父にそんな顔をさせる弟の存在が悔しくて憎くて……
でもね、母の隣で眠る小さな命を初めて見た時、そんな醜い感情はどこかへ飛んでしまったの。可愛くて、可愛くて。
お姉さんになったんだから、しっかりしてねって母に言われて、すぐ頷いたわ。
その内、弟と同じ頃に生まれた主も一緒に面倒をみるようになって、幸せだった……
……でも、父は残念だったでしょうね。あんなに嬉しそうに、将来を楽しみにしていた弟が亡くなって、父は一気に老けたみたいだった。
母は、また、何人でも男の子を産むからって言ってたけど、本当は、母の方がもっとつらかったと思う。あんなに、天使みたいに可愛いらしかったんだもの。何人産んでも、あの子ではないのだもの。
どんどん憔悴していく母と、ガックリ老け込んだ父。私は、だから、弟の分も頑張って、父の家名を繋ぐ騎士になろう、女だからダメだというなら、せめて、魔術師になろうって。
いっぱい勉強したのよ? 偏屈爺に師事して、私は精霊を視ることが出来なかったから、魔術師としても三流だった。
でもね、他人よりもちょっとはお勉強が出来たから、もっともっと頑張って、厳しい訓練に耐え涙を見せずに頑張る主の、補佐官にはなれたの。
でも、そんな私の立派になった姿を父は見ることが出来なかった。息子を亡くし、娘の出世を見ることなく、魔獣の凶爪に斃れた父。
主や、セルヴァンス・メリッサ夫妻がいてくれなかったら、私は、今日ここまで来れなかったかもしれない……
ごめんね? 眠る前にこんな話、しちゃって。
リリティスさんは、ペロッと舌を出して肩をすくめ、頭まで毛布をかぶる。
《リリティス、いい子じゃナイ? この、カラカルの妖精王サヴィアンヌが、癒しの祈りを与えてあげるカラ、朝までゆっくり眠りなさいヨ》
どこか偉そうに、でも、目は慈愛をたっぷり含ませて優しく、サヴィアンヌが両手を組み、淡く燐光を発して、リリティスさんのために祈る。
私にもその光は降り注ぎ、実は温泉にも一緒に入り、今も私達の枕元で蝶になって休んでいた、今は女王姿のサヴィアンヌの祈りは、朝までぐっすりと眠らせてくれた。
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次回、Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋
57.妖精王と目覚めの朝
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