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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋
75.え? ……誰?
しおりを挟む虫除けハーブが繁り、香りを嫌がって虫が減ったのを確認すると、お爺ちゃんズと別れ、街道に面したカインハウザー様の畑に戻ってくる。
ひとりで行動するのは駄目だとかで、ヒラスさんも一緒だ。
カインハウザー様の畑も、多少の雑草は伸びているけれど、作物を傷めるような虫はついていない。
《アレヨ》
サヴィアンヌが指差す方向に、百日紅のように白いツルッとした幹の、常緑樹が生えている。
かなり低い位置から放射線状に枝分かれし、多少南向きに葉が多いが、ほぼ均等に広がっている。
葉は山椒のそれに似ている。
近寄ってみると、(こちらの世界の)タンジーやニガヨモギのように薬品や樟脳のような臭味はなく、匂いまで山椒に近くて爽やかな薫りだ。
《ソレが、害虫除けにもなるニームの木ヨ》
タンジーやニガヨモギが、日本や西洋で見られる物とは、臭いや色味が違うように、このニームの木も、かなり違っていた。
この木がここでのニームだとは知らなかったので気づかなかったが、領主館の周りにも幾つか植えられていた。
そのどれもがあまり高くなく、多少は剪定されているだろうが、恐らく常緑低木。
3mを超えない、山椒に似た灌木。白いツルッとした幹。
私の知る『ニーム』は英名で、和名はインドセンダン。センダン科だ。サンショウ科ではない。
そして、センダン科の木は、5mを超える高木だし、インド原産のニームは、茶色く、縦にひび割れたようなガザガザした幹だ。白くないしツルッともしてない。
《違ってもいいじゃナイ? 脳内で翻訳される言葉だから、シオリにとってはニームなのヨ》
私は、普通に日本語で話している感覚だけれど、実際は大神官の特殊な魔術の賜で自動翻訳され、一番近い言葉に聴こえるのだという。
どうやら、私が『木』と言えば、勿論私には木と聴こえるし、脳内でも樹木のことだ。
それがここの人たちには、英語で例えると『木』と聴こえ、脳内で樹木の事だと理解する。
こちらの人たちがWoodと発音しても、私の耳には木と聴こえ、樹木の事だと理解する。
そう言う能力なのだそうだ。言葉を覚える必要がない。
《アノ大神官たちが半年かけて刷り込んだ知識や言葉以外の、こちらにない概念の言葉は、意味不明の音として聴こえるのが本来の仕様なんだケド、シオリは、女神の祝福『調和』を持ってるから、何でも違和感なく会話できるワヨ》
アイツらの刷り込みは、基礎知識と神学生の辞書だと思えばいいノヨ。
譬えアレがなくても、会話は、女神のおかげで通じてるんダカラどうでもいいデショ。
そう言って、サヴィアンヌは笑うけど、忘れてたけど、畑のそばの、林の入り口に残されてる切り株に腰掛けてこちらを見ているヒラスさんが居て、興味をひいたらしい。
「フィオちゃんは、女神の祝福持ちなのか。それでそんなに精霊に好かれるんだな?
こちらの言葉って……出身はどこなんだ?」
《歩いては行けないくらい遠くの異かyn「あ! あの! ずっとずっと東の、山も海も越えた向こうの小国なんで、識らないと思います!」
もう! 大神官達に召喚された異世界人なのは秘密なんだからね!
声に出さず、心の中でサヴィアンヌを叱ると、
《アラそうだったノ? 隠す必要あるのカシラ? ま、いいケド》
しれっとして蝶になり、林の方へ飛んでいく。ヒラスさんが居て会いに行けない私の代わりに、シーグの様子を見てきてくれるのかな。
「ヒラスさん、ちょっといいかな?」
街道の方から、商人かな? エロローンに乗った男性と、街の衛士の人が声をかけてきた。
「フィオちゃん、俺から見える範囲から離れちゃダメだよ?」
言い聞かせて、街道へ向かうヒラスさん。
今のうちだ。
私は、エルバレオの様子を見てくると言って、林に入る。
エルバレオは街道からも見える大木だし、樹霊が宿る神聖な木だし、サヴィアンヌもアリアンロッドもいる。
ヒラスさんは頷いて、エロローンの男性となにか話し込み始めた。
「遅くなっちゃった。シーグ、お腹空いてるよね」
初夏の暖かさでも、林の中は少しヒンヤリしている。
エルバレオの根元に溜まった落ち葉の中には、シーグは居なかった。
「え? シーグ? どこいったの?」
やや焦って周りを見渡す。
軽いからって、妖精の羽衣を、マントのように首に結んだのが嫌だったのかしら?
傷もほぼ塞がってたし、なにか肉けのものを狩りに行っちゃったのかな。
ガサッ
エルバレオの向こう側で落ち葉を踏む音がする。
「なんだ、シーグ、そっちにいるの?」
大人が3人手を広げて繋がないと囲めないほど太いエルバレオを回り込む。
「来ちゃダメだ!」
え? 今の、シーグの声よね?
なんか、今までみたいに頭の中で響くように聴こえるんじゃなくて、物理的に、空気を振動して音声として耳に届いたんだけど?
シーグっては、念話じゃなくて、直接人間の言葉を発音できるの?
「シーグ?」
エルバレオの向こう側に妖精の羽衣の端っこが見える。
「なんだ、やっぱりそこにいるのね」
「来ちゃダメだってば! 今は、待って……」
エルバレオの向こう側で、ごそごそうごめく妖精の羽衣。
でも、私がマントのように首に結んだはずが毛布のように広がって、中に隠れているみたいだった。
「結び目、解けちゃったのね」
羽衣を拾い上げると、引っ張り返されるが、中に隠れているシーグが見え……
──え? 誰?
妖精の羽衣を頭からかぶって隠れていたのは、銀の鬣を持った金茶の狼犬ではなかった。
金茶の、肩に掛かるサラサラの髪。
日に焼けた健康的な肌。
黄金色の瞳。
年の頃は、たぶん、私よりちょっと上か、二十歳前。
「うわぁ! だから、ダメだって……」
「!! ………キャーッ!!」
引き剥がした妖精の羽衣の下に隠れていたのは、(どこかでみたような気もするけど思い出せない)全裸(なんで!?)の青年だった。
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