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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋
閑話②-4➁ 光の精霊
しおりを挟むさくらは、五百円玉くらいの大きさの、ふわふわしたものに夢中だ。
まだ触らせてもらったことはないが、見た目は、ウサギの尻尾のイヤリングやストラップの先に、長い耳とちょこんとした尻尾がついてるみたいな、柔らかそうなものだ。
さくらは、星の光と名づけて可愛がっている。
ラテン語なんてよく知ってたなと思えば、漫画の受け売りらしい。
漫画! 漫画! アニメ! ライトノベル!!
さくらも彩愛も、漫画やアニメなどの二次元の知識で、ここに馴染んでいる。
「美弥ちゃんもいっぱい読んでたじゃない」
同じ漫画や小説でもジャンルがあるのよ。
私達を地球から召喚した、この世界の神官達は、自分達の必要な知識、魔法や一般常識を詰め込んだ魔力の塊を造り、それを地球からこの世界に入り込む時に、私達の身体に馴染ませたという。
おかげで、ここの言葉は解るし、古文書まで読める。読めるからといって、理解できるかは別だが。
一般常識も詰められていたので、偉い大臣や貴族に会うときの礼儀作法や、トイレの使い方、ここの封印された扉の開け方なども解る。
お風呂がないのには困ったが、幸い冷泉が湧いているので、妖精(そんなお伽噺の空想上の生物までいるらしい)が織ったという羽衣を身につけていると、凍えず、上がったら速攻で乾くという便利グッズまであるので、なんとか耐え凌いでいる。
だが当然ながら、彼らは地球の言葉を知っている訳ではないので、この魔法には双方向翻訳機能はなかった。
私達に強引にこちらの言葉を理解させるだけで、話せるようになった訳ではなかったのだ。
目下の所、彼らの話は私達は解るが、彼らは私達がなんと言っているのか解らないという一方通行な状況が続いている。
食事は、実家で食べていた物よりいいものが出て来るし、服は何色かの法衣が自分で洗濯しなくても毎日清潔なものが出て来る。
デザインは少なく代わり映えしないが、まあ許容範囲だろう。
お父さんお母さんは、私達がいなくなった事をどう思っているのだろう。
探しているだろうし、心配しているだろう。
母など泣き暮らしているかもしれない。
召喚の瞬間にあの場に居た他の生徒や先生は、私達が消えた事を、どう理解し、どう説明したのだろうか。
あの時、教卓前にいた彩愛、黒板から離れ席に戻りかけたさくらと、教壇へ向かう私。
教壇に立っていた詩桜里が巻き込まれたのに、すぐそばに居た先生や岸田君は巻き込まれなかった。
大神官は、血筋の者はたまに誤回収する可能性があると言ったが、詩桜里は名字も違うとおり、父親同士が又従兄というそんなに親しくない縁者だ。
もの凄く眩しかったけど、まさか爆発事故のような痕を残して、私達が吹き飛んだ(死んだ)事になってないよね?
「調理室や理科室じゃあるまいし、ガス爆発とか火事を思わせる事態にはならないんじゃない?」
彩愛は、そう言って肩を竦めたけど、教室やみんなが無事であると確かめた訳じゃない。
今更ながら、こちらの事情も訊かず、有無を言わせず強引に喚びつけた神官達の勝手さに腹が立つ。
岸田君が詩桜里に惚れてクラスが二分する所や、詩桜里が意外にすんなり受け入れられて面白くない事態を体験、毎日見ずに済んだことにはホッとしているが。
「居ると思って見ろ、疑うな、か……」
さくらが名づけて彼女の好みのマスコットみたいになったけれど、元々は実体のない蛍みたいな光だった。
精霊と書いてしょうりょうと読む、死者の魂の事を言う行事が九州地方にあった。と、思う。違ったかな。
ここの精霊も似たようなものなんだろうか。
目を凝らしてさくらがステラを見つけた時のように、窓際を見る。
居るわけないか……
だが、神官達は、彩愛ほどはっきり効果のある治癒能力ではないにしろ、現実に神技や魔法を使い、それは神や精霊の力を利用したものらしい。
馴染みがなくて理解が追いつかないが、確かに居るのだろう。
早く帰りたいし、自分が必要とされるなら、その力を存分に発揮したい。自分で望んだことではないけれど。
「ねえ、居るんでしょ? 私は『聖女』として喚び出され、その力を期待されているの。その力を発揮できないと、いつまでも帰れないし、ここに居る意味がないの。どうすればいいの? そこかしこにいるものだと聞いたわ。居るんなら、姿を見せて、力を貸して」
今この場にさくらも彩愛も居ないからと、つい声に出して、見えない、居るかどうかも解らない、不確かな存在に懇願してみる。
早く、私も、目覚めなきゃ。だって、私は──望まれた『聖女』なんだから!
寝室へと続く壁際の、一際大きな窓から、びゅうと風が吹き、カーテンが天井に届くほどはためく。
あまりの強風に、目を開けていられない。
閉じた目でも解るくらい、強い光を放ったなにかが、窓から飛び込んできた。
《アナタ、この世界の生まれじゃないワネ?》
耳ではなく、頭に直接響く声。
「痛いほど、眩しい……わ」
文句は言いたくないが、閉じているのに、眼の奥がガンガン痛むほど眩しいのだ。
《ヒトノコは不便ネ。解ったワヨ。抑えたから、これでどう?》
私を人の子と呼ぶ発光体は、目を開けてみると抑えたと言うけどそれでも眩しい、内側から光る水晶やダイヤモンドのような、眩しすぎて輪郭はハッキリとしないけど、白一色の、女性のように見える。
《アナタ、精気はやや濁ってるけど、魂の輝きと霊気、身に内包した魔力は綺麗ネ。いい匂いダワ》
魂や魔力に匂いがあるの?
謎の存在だが、さくらのステラより大きな発光体は、きっと光の精霊に違いない。
どうにか、力を貸してもらえるよう交渉しなくては……
《勿論よ。ワタシ達は、霊気も魔力も、存在値を匂いで測ルノ。ああ、嘘はダメよ。ワタシ達と協力関係を築きたかったら正直にネ》
嘘は匂いで判るノヨ。嘘つきと交流する精霊は、一人も居ないから覚えておいて。
そう言って、よく見えない光る女性はニッコリ微笑んだ。ように見えた。
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