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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち
109.ハビス羊牧場
しおりを挟む牧場に就くと、ハビスさんはすでに待っていた。そうだよね、寝坊したもん。
「すみません、寝坊しました」
「いいえ、連日の騒ぎでお疲れでしょう。どうぞ、こちらへ。チーズがお好きとお聞きしておりますので、幾らか用意してあります」
硬めの大きなチーズ、氷室から出してきたというナチュラルチーズ系のものがいくつか。
「燻製すれば、旨味が出て長持ちするという話を聞きましてな、試してみたのがこれです」
試したというだけあって、小さい物がコロコロとお皿に盛られている。一口サイズでおやつ感覚だ。
「この燻製機を発案されたのもフィオリーナ様だとお聞きしました」
「いえ、発案した訳では⋯⋯ あの、生まれ故郷にあったものなので、お教えしただけです」
キャベツやメディ菜、ブロッコリーに似た花蕾もあったので、細かく千切って耐熱トレーに載せ、チーズをかけて、竈に入れた。
程よく蒸し焼きになった物を取り出してもらう。
シーグが熱がりながらもバクバク食べる。
「ちょ、シーグ、ちょっとは遠慮したら?」
思わずそう言ってしまうくらい食べるのだ。
「そうは言っても、一昨日は犬の餌だったし、昨日はノドルでキノコと魚ばっかりだったからさ」
「いいですよ、収穫祭の醍醐味でもありますからな。それに、フィオリーナ様のおかげで今年はどこも例年にない大豊作でしたから。この野菜も、分けていただいたものですからお気になさらず」
腹ごしらえが済むと、羊の毛刈り後の毛を洗ったりウール糸として紡いだりする加工場を見学する。
「羊毛にご興味がお有りかな?」
「毛織物も、ウールやフェルト糸、ムートン、お肉としてのマトンやラム、チーズやヨーグルト、角の加工品、どれも素晴らしくて⋯⋯
内臓だって腸詰めに出来るし、こうしてみると無駄がないですよね?」
「そうですね。フィオリーナ様の知識があれば、もっと発展しそうですしね。カインハウザー様との話で、来年からは牛を扱う予定ですし、今後もよろしくお願いします」
これは、ラノベによくある異世界知識チートとかってやつになるのかしら。
魔法が便利に発展した世界は、魔法を使わない技術や科学に目を向ける機会が少ないのだろう。工夫して誰でも使える技術の発展という点が薄いのだ。
とても風味のいいナチュラルチーズを分けてもらい、領主館へ持ち帰る約束をして、毛織物やウールなどの加工場も見学する。今は収穫祭で休業中だったけれど、器具や羊に触れて、とても楽しい時間を過ごした。
牧羊犬をやると言っていたシーグは、冗談ではなかったのか、人型のまま、睨みを効かせて羊の群れを移動させていた。
「牧羊犬ってそうやるんじゃないと思うけど⋯⋯」
群れからはみ出る子を、吠えて戻したり、群れの移動先がズレそうなら回り込んで調整したり、動く事でコントロールするものだと思う。
「言うこときかせられるんならなんでもいいだろ」
「いやいや、慣れた者でも、気をそらす羊たちを扱うのは難しいのに、すごい才能ですな」
違います。魔力を載せた威圧で、ビビらせて操っているだけです。普通じゃないです。
羊たちも、コイツの言うことを無視したらヤバいって、本能で従ってるだけですよ。とは言えなかったし笑って誤魔化したけど、ハビスさんは本気で感心していた。
「ああいうのなら、俺でも出来そうかな」
ここではどうかわからないけど、私の(地球での)常識だと、羊飼いの見張り番って子供の仕事だったような。近所数件分の羊を受け持ったり。
或いは、ヨーロッパの山岳地方とかだと、全くの放置で草地に放し飼いで、定期的に回収してるだけのとこもあったかな。
いずれも、本やテレビの紀行番組とかの、偏った知識の破片だけど。
「シーグはああいう仕事がしたいの?」
「別に。シオリの近くで一緒に働きたいだけだ。カインハウザーのおやつ番を続けるなら、領主館で手伝える事を探す」
気持ちは嬉しいけれど、私ありきの仕事の探し方では、仕事についても長続きしないんじゃないかと心配になる。
「まあ、一番いいのは、どこかに小さな家を建てて、シオリが好きなら羊を飼って、畑も作って、自給自足で暮らすのがいいな。お金は必要な時だけ、萬屋に行けばいいし、シオリには蜂蜜の販売もあるだろう?」
たしかに、ここで拾われた最初の目標は、誰の目にも触れず、ゆったりと隠れ暮らすことだった。
でも、色んな人たちと知り合って、関わりを持った今、それらのすべてを捨てて行く事も、受けた恩を返さずに離れる事も躊躇われた。
「シオリの好きにしていいんだ。俺は、それに合わせる。普通の人間たちより丈夫で力もあるから、そういう方向ならなんにでもなれるさ」
まあ、その内、彼もやりたいことが見つかるかもしれない。
そう思っておくことにした。
毛織物の機織機は結構複雑で、私には直ぐには出来ないような気がした。ただ織るだけなら、練習すればすぐにでも出来そうではあるけれど、柄を考えて糸を組んだり、失敗部分を直したり、複雑な事を覚えるのは時間がかかりそうだった。
「そりゃあそうさ。あたしらも、子供の頃からおっかさんに習って、何年もやってきて、この年になってやっと、自分の考えたデザインで織れるようになるんだからね、いちんちふつかで出来るようになられちゃ、こっちも立つ瀬がないよ」
私に機織り仕事の説明をしてくれるのに来てくれていた女性が大笑いをしてくれた。笑い飛ばしてくれてよかった。生意気なことを言ったと反省したけれど、相手によっては莫迦にされたと怒ったかもしれない。
「ちっさな花瓶敷きやランチョンマットくらいから始めるなら、教えてあげるからいつでもおいで」
時間を取らせたことを感謝して礼を述べ、おみやげのチーズを抱えて、帰路につく。
ああいう仕事もいいとは思うけれど、やりたい事とはちょっと違うかな。
シーグは、来た時と同じように、門から離れた場所で壁を飛び越え、向こう側で待ち合わせる。
北門は、出入りする巡礼者も落ち着いたようで、順番待ちすることなく街に帰れた。
魔獣や闇落ち魔怪などがいる世界だから、どこも城壁のある囲われた街になる。その壁は高く、大都市や街が隣り合う地より、こうした自然に近いところほど、壁は厚く、強固になっていく。
元々は砦だった領主館の城壁は、建物一軒分くらい厚みがあり、実際、二階の高さより上には、中に通路や部屋もあるらしく、見たことはないけれど、砦だった頃、大砲や、沸き立つ湯を流すための釜などが設置されているらしい。
今は、砦壁の建つ丘の下に領民の街が出来たので、街に向かってそれらが使われることはない。
でも、この街壁には、国境に向かって大砲を出す穴や、壁の上を歩けるようになっていて、定期的に釜や篝火を焚く台が設けられている。
それは、南門──大神殿がある方角にも、当然あるのだ。
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