転生した世界のイケメンが怖い

祐月

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本編

第1話「眼鏡の銀着ぐるみは性格が悪い」

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帝国の首都にある学院は、13歳から18歳までの貴族の子女が通うことを義務づけられている全寮制である。通常貴族の子女につく侍女や侍従はこの学院ではつけることを許されていない。将来人の上に立つ者としての教育の一環で、大人になる前に一通りの身の回りのことは自分でできるように、かつ、働く者の気持ちや苦労を少しでも理解できるようにという配慮から学院に通う5年間だけは侍女も侍従もつけることを許されていないのだ。

もちろん、貴族の子女に掃除や洗濯などの家事までさせることはない。そういったことは学院に雇われている者が請け負っており、貴族の子女が自分でやることといえば本当に自分の身の回りのことだけだ。それでも実家で着替えに至るまでの全てを使用人の手を借りてしてきた人間にとっては初めは戸惑い、困ることも多い。だがここでは爵位や権力を振りかざすことを校則で禁止されているし素直に教えを請えば教えてはもらえるので数ヶ月もすれば大概の者は自分の身の回りのこと程度はできるようになる。

その、全寮制の一室で

わたし、ルドフォン伯爵令嬢ユーリアは今日もうっとり鏡を眺めていた。

「可愛い…生まれ変わってよかった……」

身支度をするために鏡の前に立つと大概数分は自分の顔を見てうっとりしてしまう。この世界での美的感覚ではわたしは平凡程度の容姿になるが、前世の記憶と照らし合わせれば充分可愛い部類に入る。柔らかそうな栗色の髪の毛はさらさらでまだ17歳の肌はぴちぴち、二重の瞳はぱっちりしてて大きめだし鼻の筋は通っていて綺麗だ。残念ながら美人の部類ではなく可愛いの部類にはなるが、前世ならご当地アイドルくらいなら…いや、頑張れば脇役専門女優くらいにはなれるんじゃないだろうか。

前世の自分の姿がどんなものだったかは覚えていないが、ここまで可愛くなかったような気がする。

「その上…この太りにくい体質!最高!!」

ほどよい大きさの胸にくびれのある腰、すらりとした足は、少々不摂生をしたくらいでは変わらない。おそろしいので暴飲暴食は控えてはいるものの、どうも体質的に太りにくいようだ。前世では喉から手が出るほどほしかった理想の体系におしゃれも楽しい。つい毎朝、鏡を見てうっとりしてしまうのも仕方ない。

この世界ではこの容姿は特別可愛くもないと知っているから、こうしてうっとりするのは自室に一人の時だけにしているけれど。

さて、そろそろ登校する時間だ。

時計を見て時間を確認すると、
鞄を手に自室を後にした。










この学院に入学して3年半、あと1年半通えば卒業となるすっかり通いなれた学院の教室へ入った瞬間、わたしは一瞬顔をしかめて動きを止めた。

珍しい…来てる。

すぐに表情を戻し自分の席に向かう。あまりに目立つ容姿になるべく視線をやらないよう意識しながらそっと小さく溜息をついた。

「ごきげんよう、ユーリア様」

「ごきげんよう、レイチェル様」

にこやかに挨拶を交わすのは仲良くしてもらっている友人のイートン伯爵家のレイチェル様。同じ伯爵令嬢なことから入学してわりとすぐに仲良くなった。艶のある真っ直ぐな黒髪が綺麗な美人系少女だ。つくづく、この世界の美的感覚には納得いかない。

鞄を置いて教科書などを机にしまうとレイチェル様が声をひそめる。

「気づきました?シルヴィ様が珍しく授業を受けるおつもりのようですわ」

「ええ…近頃では教室でお見かけすることも少なかったですのにどうしたのでしょうね」

件の着ぐるみーズの一人、侯爵子息のシルヴィ様は残念ながら同じクラスだ。銀色の長髪を緩く結っている眼鏡をかけた着ぐるみ。子爵令嬢に侍っている一人。わたしの目には等しく着ぐるみにしか見えないが、一般的には涼やかな目元のクールな美貌と高い身分が人気だった。

だがそれも子爵令嬢を追いかけまわすようになるまでのこと。半年前、途中編入してきた子爵令嬢に恋してしまったらしい彼はわかりやすくアプローチを初め、彼女を囲う一人に成り下がってからは令嬢達からの人気は急下降、今では距離を置かれている。元々令嬢達と親しく話をするタイプではなかったので気づいていないかもしれないけれど。

「侯爵家で何か言われたのではありません?あまりにみっともない行動でしたもの。」

レイチェル様もなかなか手厳しい。

「わたくし達学生の本分は勉強ですものね。恋することが悪いとは申せませんが…」

別に恋することが悪いとは思わない。その相手が身分的に低い相手だとしても。好きになってしまうことは自分でもどうしようもないことだ。前世の記憶があるばかりに、わたしは着ぐるみーズの行動をあまりとやかく言う気にはなれなかった。

シルヴィ様に婚約者はいないし、アレク皇子殿下と違ってそこまで責められることでもないと思ってしまう。一人の令嬢に複数の子息が…という図は、見ていて気持ちのいいものではないのはわかるけれど。

着ぐるみだからなぁ。

そういう感情も沸かないわ。

あくまでキャラクターショーの観客の気分が抜けない。

でも勉学を疎かにしてるところは責められても当然だわ。
わたし達貴族の生活を支えているのは領民で彼らが働いて納める税金があってこそ。その税金でわたし達は食べ物を食べ、着る物を着て、教育を施されている。この学院に通うための資金も元はといえば領民達の税金。それなのに恋にばかり現を抜かして勉学を疎かにするのはいかがなものか。

レイチェル様以外の他の生徒達も珍しく教室に一人でいるシルヴィ様に興味津々のようで視線が離せないでいる。わたしも、別の意味で視線を離せない。

やっぱりどう見ても着ぐるみ…!

シルバーのその髪の毛もどこから見ても立派な毛糸です、マフラーでも編めそうです…!

「そろそろ先生が来ますわよ、レイチェル様」

「まあ、もうこんな時間ですのね。ではまた後で、ユーリア様」

「ええ」

やがて教室の前の扉を開けて入ってきた教師はほっとするほど普通の人間で、
わたし達と同じように一瞬だけシルヴィ様の姿に反応を見せたものの

「では本日の授業を始めます」

すぐに何事もなかったように授業を始めた。










「シルヴィ様、真面目に授業を受けていましたわね」

失望した、とは言っても注目の的には変わりがないシルヴィ様。
レイチェル様のそれももしかしたら以前のシルヴィ様に戻ってくれるのではという淡い期待を感じる。

「そうですね」

昼休みに入り、シルヴィ様はすぐに教室から出ていったけれどどこのグループも話題の種は今日のシルヴィ様だろう。
食堂へ向かう廊下を歩きながらレイチェル様が話すのもシルヴィ様のことだ。

わたしは授業に集中できなくて困ったわ…。

遠い目になる。
シルヴィ様が授業を休むことのなかった以前から、同じクラスにあの着ぐるみーズがいることにわたしは内心疲れていたのだ。

だって、着ぐるみよ。
二次元のアニメキャラの姿してるのよ。
身体も普通の人より1.5倍くらい大きいのよ。

どうしたって目につく。

見るつもりはなくても目に入る。おかげでなかなか授業に集中できない。
わたしより前の席に座ってたら見ちゃうし、かといって後ろに座られてもあの無機質な瞳で見られている気がして怖くてたまらないし、だったらいっそ前の席に座ってもらったほうが心臓にいいかもしれないなどと、一人勝手にあれこれ採決を取ったこともあるほどだ。

とにかく違和感が半端ない。

同じ教室内にアニメキャラの着ぐるみの生徒…。

「それよりレイチェル様、今日のランチは何にします?」

やめよう。
楽しい昼休みまで着ぐるみに侵食されたくない。

「いつもシェフのおすすめばかりですからたまには自分でお決めになるのも楽しいですわよ?」

「だって優柔不断で迷ってしまうんですもの」

微笑み合いながら食堂の扉に手をかけた。

その時だった。

「っっいたっ」

開けようと手をかけた扉が、中からも誰かが出ようと押したようで押し負かされ、思い切り顔面にぶつかった。

「~~いったぁ…」

思わず令嬢言葉ではない素が出る。顔を抑えて蹲る。

「ユーリア様!大丈夫ですか?!」

レイチェル様が蹲るわたしに駆け寄って覗き込む。

「大…丈夫、ですわ……」

涙目になりながらも顔をあげ、痛みの原因を確認すべく視線を向けた。

「シルヴィ…様……」

そこに立っていたのは
扉に手をかけた状態でこちらを無表情で見下ろす、

着ぐるみーズのシルヴィ様だった。

「………」

「…………」

なんでこの着ぐるみ、何も言わないの?

見つめ合うこと数秒、互いに無言が続いている。シルヴィ様は謝罪の言葉も大丈夫かの一言もない。

え、この着ぐるみしゃべるんだったよね?
やっぱりしゃべれないの?

こんなに近くで見たのは初めてだけど近くで見ても着ぐるみ。布と毛糸とビー玉だわ。

「あの…」

沈黙に耐えかねて、レイチェル様が話しかけたのを

「邪魔です。」

シルヴィ様が遮った。

…は?

やっぱりこの着ぐるみしゃべれるの?
ていうか邪魔って何。

状況的に考えてどちらも悪くはない。悪かったのはタイミングだ。
でも人としてこういう時は謝って大丈夫くらい言うものじゃないの?!わたしの方は「こちらこそすみません」とか言おうとしてたんだけど?!

「いつまでこれ見よがしに座り込んでる気ですか。どうせ痣にもなっていないでしょう。」

………はぁぁぁあああああ??!!

なにこの着ぐるみ!!

着ぐるみのくせに!
性格が悪い着ぐるみって最悪!
子供に夢を見せるための存在なのに!

「早くどいていただけませんか。わたしの注意をひくつもりなら無駄ですよ。わたしにはルルだけですので。」

だ・れ・が、着ぐるみの気をひきたがってるって?!

ていうか着ぐるみなのに口が動いてる!目が瞬いてる!すごいどういう仕組みなの怖さ倍増なんだけど!!

「聞いてますか」

「…聞いてますわ」

心の叫びは顔には出さず、わたしは立ち上がると目の前の着ぐるみを見上げた。

「お互いにタイミングが悪かったとはいえ、申し訳ありませんでしたわ、シルヴィ様。ですがわたしがあなた様の気をひきたいがために蹲ったという誤解は侮辱ですのでおやめくださいませ。」

侮辱だ!
名誉毀損だ!
着ぐるみに恋する性癖はない!

「では、ごきげんよう」

シルヴィ様の脇を通り過ぎ食堂に入る直前

「性格悪っ」

わたしが悔し紛れに呟いた小さな一言を拾いとったシルヴィ様が

驚いた顔でわたしのことを振り返っていたことを


この時のわたしは知らなかった。
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