見習い聖女の厄介事!

神山 祐太

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「見習い宣教師と最初の大事件」

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 ユーロ・ブリティッシュ王国外務省 在ベリオン大使館。

 ユーロ・ブリティッシュ王国の在ベリオン大使館は、ノースアイランド共和国の首都・ベリオンに存在する。ベリオンは同都市の一等地で、同時に中心地でもある。

 ノースアイランド自体が、元は長きに渡ってユーロ・ブリティッシュ領であった関係から、北部の一部は王国領、あとの大部分が共和国領として独立している。

 その後北部ノースアイランド自体も、現在は自治権が認められていた。

 しかし、王国支配の影響は大きく、21世紀に入っても間もなくはカトリックとプロテスタント、王国側を中心とする支配者層と、ノースアイランド人の被支配者層の対立は続いていた。

 更に、その過激派のNRA(ノースアイランド・リパブリック・アーミー)を中心とした紛争やテロ事件が頻発しており、目に見える大規模な戦闘行為や紛争は一旦は収束したものの、予断のならない情勢と、目に見えない分断は続いていた。

 このことは、国際社会をして、“厄介事”としばしば表現されている。

 もちろん大使館でも、そんな情勢や国際関係を考慮しつつ、日夜不法な入出国者やテロリストに対し、警戒を怠ってはいなかった。

 昼夜を問わず、外交問題に対処、している、はずだったが……。


 *****

──ベリオン特別市 ユーロ・ブリティッシュ王国大使館 海外渡航課──


「そういえば、新しい宣教師の子が来るのって、今日だっけ?」

 給仕を終えたケイトが、課長に聞いた。メイド服のまま海外渡航課に居座っている。ゆるくウェーブのかかった髪も、束ねたままだった。

 課長に押し付けられた、書類の束を抱えていた。

「そっちも!?」

 課長は渡航課の上席に座って、胃薬を飲みながら甘いものを食べている。医者が見たら絶対止められるであろう奇行をしながら、今聞いたばかりの情報に驚いていた。

「て言っても、私もオリヴィアから聞いたんだけど。あと、今口に入ってるそれ、飲み込んでから驚きなさいよ。」

 正確な情報ではなく、又聞きのようだ。

「誰か教育係付けなきゃなぁ……。」

 悩みのタネが増えた課長は、食べていたお菓子を紅茶で流し込むと、再び薄くなりつつある頭を抱え出した。なかなかにストレスフルである。

「それって、神学生のソフィア・グローリーって子ですか?確か、エディンバラ大学の。」
 
「そうなの?」

 課長の斜向かい、係長の向かいのデスクで仕立ての良いスーツ姿の上品な若い男がパソコンから顔を上げて、ケイトと課長を交互に見ながら、思い出したかのように言った。

「うん。例の、外務省うちとEUがやってる試験あるでしょ?宣教師の選抜試験に、合格したんだって。」

 ノエル・ハウレットという男だ。王国外務省に入省して2年目の、総合職採用の上級外務公務員である。
 父親が長官を務めていることも縁で、現在はMI6(秘密情報部)に所属していた。

 つまり、諜報部員──スパイなのである。今はこの大使館の海外渡航課に、研修として出向していた。

 スパイと言えど、実態は公務員だ。所属が外交省庁なのか、警察組織なのか、はたまた陸海空いずれかの軍事組織の一部門であるか。その違いなのである。

 ふわりとした西洋人特有の金の巻き毛で、身長はそこそこ高いものの、二十代前半で、容貌にまだあどけなさが残っている。

 全然スパイっぽくはないが、この渡航課の誰よりも席次も階級も役職も上なのであった。
 優男で、海外渡航課ここに馴染んでおり、貴族出身とは思えない腰の低さと人当たりの良さを備えていた。

 いわんや、スパイなどとは誰も思わないだろう。

 早い話が、気が優しいのである。

 どちらかというと、子供を相手に幼稚園や小学校の先生でもしている方が似合っているかもしれなかった。

 ノエルは、内部の管理職だけが見るのこと出来る配属者の経歴を見ながら、

「優秀な聖職者の方なんだろうなあ。きっと。」

 と、何気無くつぶやいた。

「え……そうなの!?」

 ノエルからそれを聞いたハーシーズ係長が、はっとしたように顔を上げた。

 ハーシーズは叩き上げなので、常に出世競走に晒されているのだ。

「係長どうします?インターンの子に、自分より出世されちゃったら。」

「ちょっと、ノエル君、脅かさないでよ。」

 現時点での役職も勤続年数も、係長の方が上でも、総合職採用組であるノエルには、1、2年以内に席次を追い越される運命にあった。

「でも、別組織だから、ね。宣教師ってことは、向こうは公務員じゃなくて、聖職者だし。」

「冗談ですよ、係長。」

 係長に本気にされたので、フォローしていたところに、

「そうよ。別に、競争している訳じゃないんだし。大使館も聖公会も。ね?」

 渡航課の出入り口の方から穏やかな女性の声が響いた。オリヴィア・エリオットが戻ってきたのである。

「ああ、オリヴィア君。おかえりなさい。」

 彼女は報道官をしている女性で、定例会見を終えて帰ってきたのだ。

 定例会見を終えてすぐに戻ったようで、白いブラウスの首元から、IDカードを兼ねたネームプレートを提げ、ジャケットを着たままであった。

 オリヴィアは外務公務員専門職試験を経て、この大使館に報道官として配属されたのだった。いわゆるスポークスマン、という職務である。

 民間のテレビ局などで言えば、アナウンサーに当たる役職であった。

 ノエルよりも少し年上で、大人っぽい雰囲気を備えていた。ミルクティーのような色の長い髪の、美しい女性であった。

「噂をすれば。おかえりなさい。」

 ノエルが帰ってきたオリヴィアを労う。

「そういえば、マスコミに何か聞かれたかい?」

 課長は相変わらず甘いものと紅茶のカップを持ち、帰ってきた美しい報道官の方を向いた。大使館で起きた不祥事を気にしているらしい。

「いいえ。まだ、外部には漏れていないみたいです。」

 オリヴィアからの報告に、課長は胸を撫で下ろした。直接責任の無いこととはいえ、自分や自分の課に矛先が向いていないことに、とりあえず安堵しているらしい。

「そういえば、新しい宣教師の女の子、エディンバラ大学って聞いたけど。それなら、オリヴィア君の後輩じゃないか?」

「そう、かもしれません。学部や学科は違うと思いますけど。」

「堅そう……すっごい堅そう。てゆーか、絶対偏屈で堅いに決まってるわ。」

 ケイトは頬杖をついて、課長からラウンジの食事券とスイーツ券で押し付けられた書類……公文書に次々と片っ端から判を押している。

 一応、買収されたからにはそれなりの役目は果たすつもりのようだった。

「あら、それって私が偏屈で堅いってことかしら?」

 偏屈で堅い、という部分にオリヴィアが立ったままで悪戯っぽく反応した。

「そうじゃないけど……ソフィアって名前、多分フランス人でしょ?ベタにマカロンでもお土産に持ってくるのよ。」

 偏見アンド偏見の、決め付けるような言い方をするケイト。

「そんな風に言うものではないわ。それに、マカロンは可愛らしくておいしいじゃない。」

 オリヴィアに窘められる。

「とにかく、誰か教育係になって、これ以上問題起こさないでくれよ。それと!本社の方に、くれぐれも粗相の無いようにな。」

 甘いものを全て平らげて、紅茶を飲み干し、絶賛血糖値爆上がり中の課長が、渡航課の面々を見渡してそう言った。くれぐれも、という部分に特に中間管理職としての感情と悲哀がこもっている。

「はいはい。わかってるわよ。」

「じゃあ、オリヴィア君、お願い出来るかな?」

 生返事のケイトのことは無視して、課長が頼んだのはオリヴィアの方だった。

「ええ、わかりました。」

 彼女も快諾する。一方で、

「何?私が教育係じゃ不満?」

 ケイトは不満そうに課長の方を見た。

「君が教育なんてしたら……」

 後に続く言葉は言わなかったが、なんとなく心配の種が増え、これ以上増えたらストレスと甘いものとカフェインの摂りすぎで突然死してしまいそうなのである。

「まあまあ、そんなこと言わないで。ね?ケイト。あなたには新しい宣教師ちゃんの歓迎会特命大臣やってもらうわ。わかった?」

 不満そうなケイトを、オリヴィアが宥める。

「はい!わかったらさっさとみんな業務に戻って!」

 パンパンッ!と、課長が仕切るように手を叩いて、残った業務を片付けるよう促した。

「あと旅券発給の審査手続きに決裁が必要な書類も出してねー。」

 係長が課長に便乗して、指示を出すのがいつもの光景だった。

「……ちなみに、ノエル君。」

 係長が、向かい側から顔を近付けて、眉間にものすごいシワをよせ、ノエルに迫った。

「はい、何です?」

「君は、来年係長?係長代理?」

「えっと、3ヶ月後、研修配置が終わり次第、僕が係長になります。無試験無審査で。エスカレーター式に。係長は、僕の部下ということになりますね。」

 係長は、そのままがっくりとデスクに顔を突っ伏したのだった。


 *****

「はいはいみんな聞いてー!旅券申請用の書類は、必要事項記入して、明日の17時までに僕の机の上に置いといて。いい!?明日の17時までねー!くれぐれも期限は守ってよ!?皆さんよろしくお願いします!!」

「……ところで、係長何であんなに気合い入ってるの?」

 両手を拡声器のようにして声を張り上げていたのは、海外渡航課・旅券発給係の係長、ハーシーズだった。
 彼は一通り声を張り上げ終えると、ふぅ、とひと息ついて自分の椅子に座り込んだ。

「本当ね。係長、なんだか気合い入ってるわね。」

 ノエルとオリヴィアが、何かあったのかと不思議そうに顔を見合わせている。

「それと、皆さん今週中にAIによる職務適性診断も受けてくださいねー!人事が、来年度以降の異動の際に、参考にするそうなので。今週中ですよ!お願いします!!」

 係長は、再び立ち上がって、声を張り上げている。

「ノエル、アンタのせいでしょ……」

 と、全てのハンコを押し終えたケイトが、書類から顔を上げて言った。

 ベリオンの大使館は、今日も平和である。
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