世界はいつも自分を中心にまわっている。

まるおさん

文字の大きさ
15 / 25
一章 第三話

3.風雲 イーシュ駐屯地

しおりを挟む
 調査班襲撃から7日目。
 撤退準備を進めていた調査団拠点の兵達は一同騒然となっていた。
 山に潜伏していたとみられるバブルラクンの残党が、未明にイーシュの警備兵に逮捕されたとの報告が入ったのだ。
 この報せに対し、事態の把握のため調査団からは現場を治めるギアードの代理としてアクアスがイーシュ駐屯地に訪れていた。

「失礼します!  調査団のシン・エイディン・アクアス準士官です」

 アクアスは所長執務室に入り、とりあえず敬礼と共に挨拶した。
 部屋の奥には、ノーガット所長が椅子に座っている。座ったままノーガットがアクアスに話しかけた。

「ああ。君がアクアス君だね、噂には聞いている。若いのにずいぶん活躍してるそうじゃないか。さすが英雄の息子といったところか」
  
 アクアスの父親は生前、国中の兵士たちに名を知られた有名な騎士であった。それ故にアクアスは、子供の頃から自分を通して家や父親に対して送られる世辞と、それを言う者達が好きではなかった。しかし、この目の前のいかにも家柄の威光とコネで官職に就いたように見える男の言葉はその典型であった。

「いえ、それほどでも……それよりも賊は?」
「とりあえず地下牢に入れてある。かなり飢えているらしい。水と食事を与えて、これから取り調べる所だ」
「そうですか」
「時が来れば知らせよう。それまでどこかで待機していたまえ」
「……そうっすね、そうします。では、クインス大尉の所に言っても?」
「ああ。好きにしたまえ」
「では、失礼します」

 アクアスは再び敬礼し執務室を出てクインスの所に向かった。


 イーシュ駐屯地内、来客用個室――。

「失礼します!」
「おお、アクアス。久しぶりだな」

 アクアスが部屋に入ると、クインスはベットに入ったまま枕元の壁にもたれ掛かっていた。ベッドの側の机には食事の載ったトレーが置かれている。

「久しぶりじゃないすっよ。こっちがどんだけ大変だったと思ってるんですか。でも思ってたより元気そうっすね」
「心配かけたな。まぁ座りたまえ」と、促すとアクアスはベッドの横の小さな椅子に座った。
「ははっ。心配はしてないっすけど、このまま一人でくたばったら先生が色々と不憫で――」
「ん?  それはどういう事だ?  私が独り身だからということか?」

 クインスの包帯で覆われていない右目が鋭くなり、子ウサギくらいなら射殺せそうな眼力がアクアスを刺す。

「いっ、言ってません!  言ってません!  いやぁホントにご無事で良かった良かった」
「まぁいい。それより、賊が捕まったそうだな」
「ええ、報告では一人だけということでしたけど……。退却はどうします?」
「ふむ、少し延ばした方が良いかもしれんな。おそらく警備網が効いてるんだろう。これからまた山を降りて来る奴らも出てくるかも知れん」
「了解です。ギアードさんに伝えておきます。……あれ?」

 アクアスがクインスの机に置かれている盆を見る。皿の上にはそれぞれ食べかけの薄く切った肉、卵スープ、サラダの他に、乳、果物、それらとは別に食後の紅茶と焼き菓子も用意されていた。

「病人食にしてはやけに豪華っすね、今さらですけど部屋も個室だし」
「これか……。私の名前を見ていらん気を回してくれたんだろう。まぁ、今の状態だと栄養がとれるのはありがたいが」
「貰えるなら、貰っとけば良いですよ。向こうも悪意がある訳じゃ無いでしょうし」
「まぁ、そういうものか……」
「そう言えば、この前の報告の時から、ギアードさんがなんか引っかかるって言ってるんですけど……」
「ああ。この前会ったときに話してな。内容は聞いているかね」
「ええ。敵がやたら強かったとか、なんで未だに近場にいるのかとか……」
「かなりアバウトだが……、まぁ大体そんな感じだ。ギアードは何か言っていたかね?」
「いや、先生と話してから、なんか引っかかるとは言ってたんですけど、何が引っ掛かってるか自分にもわからないって」
「そうか……。私の杞憂ならいいんだが……」

 二人が会話を続ける中、外から扉が叩かれた。取り調べの開始を告げる兵士が来たのである。

「アクアス準士官、取り調べが始まります。こちらへ」
「あっ、はい!  じゃあ先生、また後で」

 アクアスが席を立ち、部屋を出ようとすると、「待ちたまえ」とクインスが声をかけ、彼らを引き留めた。

「すまないが私も同行しても良いだろうか」
「いいっすよ。取り調べくらい俺に任せて、先生は休んでて下さい」
「いや、私も気になるからな。なに、立って話を聞くくらい問題ないさ」
  急にクインスの申し出に兵士は少し困ったようだったが、
「……わかりました。こちらへ」と二人を引き連れて地下牢への案内を始めた。

 部屋を出て、廊下を通り施設の中央部に位置する地下牢に向かう。
 地下牢の入り口を警備する兵士に敬礼し、鉄格子で出来た門をくぐり地下へ続く階段を下りていく。
 等間隔の松明に照らされたほの暗い石造りの地下通路を進む。
 少し進んで、角を曲がったところで「あそこです」と、案内の兵士が一番奥の牢屋を指し示した。
 見ると、既に3人の兵士とノーガット所長が松明の明かりの下に集まっている。牢屋の鉄格子の前に机が置かれ、担当の兵士が調書を取る係として座っている。
 ノーガット所長は同行してきたクインスを見ると少し驚いた様であったが、クインスが許可を求めると渋々といた様子で同行を許可した。
 暗い牢屋の中では男が両手を鎖で繋がれていた。
 ほとんど何も食べることが出来なかったのだろう。体格はかなりの大柄だが、少し痩せていて体力的にも弱っているようである。
 取り調べの準備が整ったところで、もう一人の別の兵士が尋問を始めた。

「では、取り調べを始める。名前は?」
「……サニオス」
「性は?」
「……生まれはドゥオフだ」と、気だるそうに男は答えた。尋問官は構わず質問を続ける。
「ではサニオス。お前はバブルラクンの一員で間違いないか」
「ああ。そうだよ」
「一味の中での役割は」
「役割?   あー、一応、幹部って事になるのかね」変わらずサニオスは、かったるそうに答える。

 それから、今までの経歴について基本的な質問を何度か重ね、続いて先の討伐戦についての質問に入った。

「では次に、お前は一ヶ月前の戦いには参加していたか」
「ああ」
「という事は、前回の戦いの時点で、他の仲間を置いて逃げたのか」
「……そうだよ」男は悪びれる様子もなく続けた。
「所詮は他のシマの奴らを取り込んで大きくなったクズの集まりだ。まとまりなんてねぇよ。あの日も、アンタらが山に火をつけたら他の奴らも狼狽えちまって、これじゃ無理だと思った俺は、さっさと見限って山越えて逃げてきたんだ」
「逃げ落ちてから今まで何処に隠れていた」
「山ん中に決まってんだろ」
「何か拠り所があったのか?」
「いや?  洞穴とかはあるにはあったが、さすがにな。この状態で獣にでも遇ったらこっちが喰われちまう」
「逃げ落ちてからどうやって生活していた?」
「最初は周りの村から食いもん盗んだり、旅の奴から奪って食い繋いでた。でも最近は山下りりゃ兵士がいるし、山にはろくな食いもんは無えしで……」
「それで、下りてきたところを見つかったと」
「……そうだよ」サニオスは自嘲気味に答えた。
「他に逃げた生き残りはどれ位いる?」
「ハッ、知るかよ」
「お前以外にも、山に隠れている奴らが居るはずだ」
「へぇ」
「見たことはないのか」
「無ぇよ」
「この前山に入った部隊が襲撃を受けた。4~5人で組んで襲ってきたそうだ。残党同士で組んで動いてるんじゃないのか!」

 サニオスの態度のふてぶてしい態度に兵士は声を荒らげる。しかし、サニオスは態度を変えることなく答えた。

「うるっせぇな……。確かにたまに見かけることはあったが、お互いてめぇ事で必死だ。構ってる余裕なんざねえよ。ちょっと考えりゃわかんだろ」

 兵士をからかうような口調で続けるサニオス。自分がバブルラクン残党に関する貴重な情報源であることを今の状況から察しているのだろう。そうなれば、いくら囚人といえど簡単に処断されないと踏んで無聊ぶりょうの慰めにからかっているのだ。
 反対に、尋問していた兵士は真っ赤な顔で体を震わせ、今にも鉄格子越しに掴みにかからんとする様子である。

「落ち着きたまえ」様子を見かねて、クインスが声を上げた。
「君が乗せられてどうする」と、兵士の肩を軽く叩き宥めて、今度はサニオスに向かって続けた。

「サニオス。せいぜい裁判で不利な証言が増えないよう、ここでは素直にしていた方がいいと思うぞ」

 クインスによって少し剣呑としていた空気が場が収まりつつあった。その様子を見て、サニオスはつまらなさそうにしている。

「さて、話を戻そう。見かけた奴らの中で同じ幹部の奴はいたか」
 兵士に代わりクインスが質問した。
「さあな。俺とおんなじように逃げ延びた奴は居るんじゃねえの?  ……いや、そういや一人見かけたな。死んでたけど」
「死んでた?」
「ああ。沢の所で何人か死んでてな。アンタ達の仲間と殺りあった感じだったが。そん中の一人が幹部の奴だ。たしか……キュズっていったか?」

 状況的に自分達を襲った中の一人だろうとクインスは察した。

「そいつは組織の中では、お前よりも上か?」
「あぁ?  さあな。さっきも言ったが、そもそもアレはただのゴロツキの集まりだ、カシラと何人かの仕切り以外は上も下もねぇよ。まぁ、腕が立てば周りに声は通りやすいけどな」

 クインスは自分の疑念と照らし合わせ推測する。

 (ある程度、統率や判断が出来る奴等もいるかもしれないということか。となればやはり、残党同士で組んでいる可能性も捨てきれないが……。ただ、その場合コイツの言うとおり、食料も無い中でわざわざ必要以上に頭数を増やすメリットも無いしな……)

 しかし、考えても考えても、クインスは未だほとんど有力な情報を得られずにいて、今一つ確信を得られないでいた。

 アトスキム王国では、人道的配慮から基本的に拷問や証言の強要を認めていない。それ故にその後も尋問は続いたが、このサニオスを相手に、結局有力な情報は得られず今日の取り調べは終了した。

 取り調べを終えたアクアスとクインスは、所長執務室に戻っていた。
 執務室の所長席に座ったノーガットが、
「アフトリカ大尉。これからどうする。今すぐに決定するのは難しいのは解ってるが、撤退は少し待った方が良いのではないか?  これから得られる情報が増えるかもしれない。勿論、支援はさせてもらう」
 と、クインスの方を見る。クインスは少し難しい顔で逡巡したが、アクアスを一瞥し一度頷いた。
「では、アクアス君もギアード殿にそう伝えて貰えるかな」
「……わかりました。じゃあ、早速ギアード少尉へ伝えてきます」
 アクアスは敬礼し執務室を出た。

 アクアスはどこかすっきりしない気分でいた。
 何かしらの進展があるかと思いきや、現状がほとんど何も進展することはなかった。
 肩透かしをくらい、もやもやした気持ちのまま、駐屯地の門へ歩く。周りは兵士が落ち着かない様子で忙しく働き、反対にその中を説法に来た僧侶が静静と歩いている。
 門を出た所で、ふと真表のベイノック山が目に入った。すでに太陽は山の山頂をこえ、西に傾きかけている。
 不意に一陣の向かい風が辺りを吹き抜けた。南からの風に森がざわめき、山の木の枝葉が風下に向かって波打っている。
 突然の風にアクアスは少し顔を伏せた。
 風が止み、再び顔を上げると、山の向こうに薄暗い雲が流れて来るのが見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

1歳児天使の異世界生活!

春爛漫
ファンタジー
 夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。 ※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

処理中です...