悪役令嬢は婚約破棄されたら求婚してきた公爵の手を取らない

Estella

文字の大きさ
54 / 54
第二章 『決裂』

第二章12 『無意味な詰問』

しおりを挟む
「――僕たちは滅びてしまうんですよ」

 力ない声で、少年がそう言った。
 その瞳には、失望と落胆が宿っている。だけれども、彼が努力して表に出さないようにしている『怒り』は、心の底の部分を叩くように伝わってきた。
 彼は、自分勝手などではないと思う。
 絶え間ない地獄の中で、領地と兄の幸せを想い続けた彼にとって、これは間違いなく手酷い裏切りであるのだから。

「分かってるよ。ごめんね」

 その謝罪の言葉は白々しく、一切何の慰めにもならないと口にした本人も分かっていた。
 真剣に、真摯に対話されていないという感覚は、相手には非常にはっきりと伝わる。
 適当にはぐらかすような、やり過ごすような。そうやって自身にとって生存に関わるほど重大な話を淡々と受け流されたアレクセイが奥歯を噛みしめる。
 
 どこかで、まだ期待していたのかもしれない。
 全部嘘だと。共にホーネット公爵を倒すための策であったと。裏切りなどしていないと。彼女の口からそう言ってもらえることを。

「僕は、僕は貴女を信じるつもりでした。――兄上があまりにも可哀想です」

「『各勢力間の動きには利益しかない』、そうでしょ?」

「……そうですね。カレリナ公爵家次期当主にして外務代表。貴女は、正しい」

 無情な機械のように、プログラムされた『正解』を歩み続ける歴史を進める道具の顔をしたアデリナに、語ることはもうなかった。
 彼女が歴史を先見して判断した未来に自分たちの存在が許されなかった。
 結局はそれだけの話で、それならば、正しい彼女の選択を覆すことは不可能だと知っているのだ。

 沈痛な面持ちをして、身を翻して歩き去るアレクセイの背中を、アデリナは静かに見つめたままでいる。静止した水面のような表情の彼女が何を考えているかは、彼女自身にしか分からない。
 ――後ろで、『彼』がこの会話を聞いている気配を察知している。
 この話を聞いた彼がどう思うかは、アデリナには分からない。だけれど確かに分かることは、自分の計画がついに本格的に始動したということだ。

 この計画さえ成功するのなら、自分の名誉などどうでもよかった。



「君は知らないかもしれないが、」

 帰還したアデリナは駐在人としての仕事を日中にこなしたあと、普段のようにヴィクトルの別邸を訪れていた。
 厚顔無恥が服を着て歩いているかのような挙動だと自分でも思うが、この計画はアデリナとヴィクトルが折に触れて接触することなしには形を成さない。

 執務室で、アデリナの入室と共に、彼は含みのある視線を向けてそう語り出した。
 雪のような白髪は、あまりにも純白で純粋で、離反したアデリナの心を凍らせてくるかのようだ。暖かな光を宿す金の瞳は、直視するたびに心臓を刺す痛みを走らせた。
 星の光に照らされる彼は今日も誰より美しく、儚く、この世のものとは思えないほどだ。

「あれは、危険な人間だ。社交界では確かに人格者として名高いが、それは表面上の偽装で、実際は噂のような人間ではない」

「――わたしはカレリナです。おふたりの確執はよく知っていますよ?」

「……彼の思想は君の理想とは正反対だぞ。『共和論』の流通を差し止め禁書に指定したのは彼だ、君はそんな彼らと手を組むつもりなのか?」

「利益があるならそれを選択するのが、我々という存在ではないですか?」

 質問と回答が繰り返されるごとに、ヴィクトルの眉間の皺が深くなっていく。その瞳に宿る昏い色が、アデリナを注視している。
 彼はその迸る闇を隠そうとしているかもしれないが、アデリナは確かに背筋が冷えるような寒気を感じ取っていた。
 彼の怒りはごもっともだ。
 あれだけのことを言っておきながら、彼と最も敵対する人物の懐に入ったのだから。

「ならばあれとは何の関係なんだ?」

 眉をひそめ胡乱な目でアデリナを注視しながら、ヴィクトルが低い声でそう尋ねた。
 予想とは違う方向から飛んできた質問に、アデリナは思わす目を見張る。
 いや、思い返せば確かに、今二股状態と言っても過言ではない。どちらとも関係が発生していないだけで。だがよく考えるとその方が業が深い気がする。

 ――でも、離反者たるアデリナが彼に真摯に向き合うことはできない。

「先生は知らなくても大丈夫ですよ」

「何だと?」

「プライベートな話ではありませんか。それぞれの交友関係まで洗いざらい開示するのは、やはり婚約してからではありませんか? もちろん今すぐ婚約したいと仰るのならそれはそれで」

「――もういい」

 明らかなその場しのぎは、説明が面倒だから。言い訳さえしないのは、どうでもいいと思っているから。
 彼女のまるで内心が読めない仮面のような表情が、よりヴィクトルの心中の疑念を増長させる。
 それでも、彼が爆発することはなかった。
 翻弄されることにはとっくに慣れているし、どうせ。

 どうせ、どうなろうと彼女の愛はこちらを向いているのだから。

 それは当たり前で、ただ彼女の振る舞いが暫定的に利益に傾倒するようになったのが、わずかに気に障っただけだ。
 セリーナがやらかしたことを考えれば、アデリナが仕事に専念せねばならないのは考慮の内。
 これ以上詰問したところで、互いにとって何の意味もない。

「なんだぁ、しないんですか」

「そもそも、軽々しくする話ではない」

「軽々しいですかね? 求婚書でも送ったらいいってことですか?」

「断固やめろ」

「えーん、一世一代の請求なのにぃ」

 このわずかに浮ついたぎこちない会話も当然気のせいであり、かすかに張り詰めた雰囲気も気のせいであるに違いない。

 そうでなければ。

 ――そうでなければ、この地獄が色さえ失うのだから。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

処理中です...