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第3部 第12話「温泉と、秘密と、湯気の向こうに」
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「うわあ、雪見露天、最高……っ」
岩づくりの露天風呂に肩まで浸かりながら、紬がうっとりと声を漏らす。
ここは東北の名湯――山奥にひっそり佇む老舗温泉旅館。
一面の銀世界を眺めながら、ふたりは貸切風呂で、ひとときの休息を楽しんでいた。
義春は手桶でそっとお湯をかけながら、隣の紬を横目で見る。
「この湯、ちょっとトロっとしてるな。ナトリウム泉?」
「うん、たぶん。でも鉄分もあるかも……ほら、ちょっと金属っぽい香りしない?」
「おお、さすが農大卒」
「あなたもね。でも温泉成分マニアじゃないわよ」
ふふっと笑い合ったあと、しばらく静けさが流れた。
雪が降る音すら聞こえない、静かな夜。
そのとき、ぽつりと紬が呟いた。
「ねえ、義春さん。……言っておきたいことがあるの」
「うん?」
紬は、手元の湯をすくいながら、少し俯いていた。
「……実は私、昔、ひどく人間関係で疲れてた時期があって。
それで心を病んだことがあるの」
義春は、ただ黙って耳を傾けた。
「大学の頃、SNSで誰かと比べる毎日で、
“いいね”の数で価値を測ってる自分が嫌で……
でもやめられなくて、夜中に意味もなく泣いたり、過呼吸になったりして」
湯気の中で、紬の声が細く震える。
「そのとき、“誰かに認められたい”っていう気持ちが暴走しちゃって、
変な人間関係にも巻き込まれて……。
たぶん、今のストーカーも、その名残だったのかもしれない」
「……辛かったな」
義春は、紬の手をお湯の中で握った。
「でも、こうやって話してくれて嬉しい。無理して笑ってたら、俺、気づけなかったかもしれないから」
「……ありがとう。言えて、ちょっと楽になったかも」
紬は小さく笑った。
「今はもう違うよ。義春さんといるときは、比べる相手も、無理する理由もないから。
でも、時々ふと怖くなるの。
“本当に幸せになっていいのかな”って」
「バカ言うな」
義春は、真剣な顔で言った。
「幸せになるために生きてるんだろ。
誰に遠慮する必要もない。……俺も、ずっとその隣にいたいって思ってるんだから」
「……っ、ずるいなあ。そういうとこ」
紬は、涙をぬぐうふりをして、手で湯をぱしゃっとかけてきた。
「わっ、冷たっ! こら、温泉で水かけ禁止っ」
「うるさい、優しいこと言うからだよ」
ふたりは笑い合いながら、雪の舞う空を見上げた。
月が、ほんのりと湯気の向こうで光っていた。
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ここは東北の名湯――山奥にひっそり佇む老舗温泉旅館。
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義春は手桶でそっとお湯をかけながら、隣の紬を横目で見る。
「この湯、ちょっとトロっとしてるな。ナトリウム泉?」
「うん、たぶん。でも鉄分もあるかも……ほら、ちょっと金属っぽい香りしない?」
「おお、さすが農大卒」
「あなたもね。でも温泉成分マニアじゃないわよ」
ふふっと笑い合ったあと、しばらく静けさが流れた。
雪が降る音すら聞こえない、静かな夜。
そのとき、ぽつりと紬が呟いた。
「ねえ、義春さん。……言っておきたいことがあるの」
「うん?」
紬は、手元の湯をすくいながら、少し俯いていた。
「……実は私、昔、ひどく人間関係で疲れてた時期があって。
それで心を病んだことがあるの」
義春は、ただ黙って耳を傾けた。
「大学の頃、SNSで誰かと比べる毎日で、
“いいね”の数で価値を測ってる自分が嫌で……
でもやめられなくて、夜中に意味もなく泣いたり、過呼吸になったりして」
湯気の中で、紬の声が細く震える。
「そのとき、“誰かに認められたい”っていう気持ちが暴走しちゃって、
変な人間関係にも巻き込まれて……。
たぶん、今のストーカーも、その名残だったのかもしれない」
「……辛かったな」
義春は、紬の手をお湯の中で握った。
「でも、こうやって話してくれて嬉しい。無理して笑ってたら、俺、気づけなかったかもしれないから」
「……ありがとう。言えて、ちょっと楽になったかも」
紬は小さく笑った。
「今はもう違うよ。義春さんといるときは、比べる相手も、無理する理由もないから。
でも、時々ふと怖くなるの。
“本当に幸せになっていいのかな”って」
「バカ言うな」
義春は、真剣な顔で言った。
「幸せになるために生きてるんだろ。
誰に遠慮する必要もない。……俺も、ずっとその隣にいたいって思ってるんだから」
「……っ、ずるいなあ。そういうとこ」
紬は、涙をぬぐうふりをして、手で湯をぱしゃっとかけてきた。
「わっ、冷たっ! こら、温泉で水かけ禁止っ」
「うるさい、優しいこと言うからだよ」
ふたりは笑い合いながら、雪の舞う空を見上げた。
月が、ほんのりと湯気の向こうで光っていた。
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