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第2部・第7話「味噌カレーうどんと、ふたりの未来」
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二日目の朝。
義春はホテルのロビーで新聞を読みながら、隣の紬の準備が終わるのを待っていた。
「おまたせしました~。あ、いい匂い……なんですかそれ?」
「ん、ロビーの無料コーヒー。意外と豆がいい。これ、たぶんエチオピア系」
「さすがです。で、今日の予定なんですけど……お昼は“味噌カレーうどん”のお店、予約とってます」
「ほぉ……ご当地JFOODブランド、きたか。
あれ、隠し味に黒ごまペースト入ってるやつだっけ?」
「それです。それと、午後からはちょっと観光しながら、“旅先でFIRE夫婦ごっこ”します」
「ごっこって言うな(笑)」
________________________________________
その日の昼。
ふたりは、古民家をリノベしたような佇まいのうどん屋へ。
看板には「味噌カレー本舗・まるまる庵」の文字。
JFOOD傘下の新ブランド店舗らしい。
案内された座敷席に腰を下ろすと、紬が小声で囁く。
「ここ、JFOODの企画会議で一度見たことあります。
“家族で通える、発酵テーマのうどん店”っていうコンセプトで……」
「へぇ……なんか最近、味噌や納豆の出番多いな。俺たちの動画の影響だったりしてな」
「うーん……まさか……いや、たぶん……うん、あるかもです(笑)」
「なにその“うん、あるかもです”って」
「企業秘密です♪」
________________________________________
しばらくして運ばれてきたのは、
大ぶりの陶器の器に盛られた、黄金色の味噌カレーうどん。
上にはトロトロの豚バラ肉と、ネギ、そして半熟たまご。
ふわりと立ち上る香りに、ふたりは同時にごくりと唾を飲んだ。
「……これ、香りでごはん三杯いけるわ」
「うどんなんですけど(笑)」
「いやでもこれ……めっちゃうまそう。よし、いくぞ……いただきまーす」
________________________________________
「……うまい」
「……うん、うまい。なにこのコク。まろやかで、あと引く……! なんだろう……懐かしい味?」
「たぶん、干し芋と発酵黒にんにくのペースト入ってる」
「えっ、そんなのわかるんですか?」
「うん。農大出身だからな。味の“実家感”にはちょっと強い」
紬はくすっと笑ってうなずいた。
「こういう味、子どもができたら食べさせたいなぁ……って、思っちゃいました」
「…………」
義春の箸が、一瞬止まった。
「……いや、あの……ごめん、びっくりした。急に“子ども”って言葉くると、あれだな、なんか動悸がする」
「えっ!?え!?違います違います!!そんなんじゃなくて!
この味が、“お母さんの味”っぽいっていうか、なんか、家庭的で……その、そういうイメージだけで!」
「わ、わかってる!わかってるってば!でも今の……めっちゃ焦った……!」
「私のほうが焦ってますーっ!」
ふたりはしばらく、湯気のたつうどんの前で、ほっぺたを赤くしたまま黙っていた。
________________________________________
その夜、旅先のビジネスホテルの部屋で。
動画のチェックをしながら、ふたりはまた焚き火の代わりに小さなキャンドルを灯していた。
「……ごめんな。昼、なんか焦って」
「いえ、こちらこそ。変なこと言って、空気……」
「いや、うれしかったよ。実はさ、俺……結婚とか、子どもとか、
もう無理かと思ってた。ブラックの時、ボロボロで……誰ともまともに向き合えなかったし」
「でも今は……向き合ってくれてる、じゃないですか」
「……そうだな。そうだね」
ふたりは、しばし黙って、スマホに映る今日のうどん動画を眺めた。
画面の中の義春は、うどんを食べて満足そうに笑っていた。
「なんか、あの笑顔、ずるいな」
「うちのイチオシ講師ですから」
「誰がだよ(笑)」
義春はホテルのロビーで新聞を読みながら、隣の紬の準備が終わるのを待っていた。
「おまたせしました~。あ、いい匂い……なんですかそれ?」
「ん、ロビーの無料コーヒー。意外と豆がいい。これ、たぶんエチオピア系」
「さすがです。で、今日の予定なんですけど……お昼は“味噌カレーうどん”のお店、予約とってます」
「ほぉ……ご当地JFOODブランド、きたか。
あれ、隠し味に黒ごまペースト入ってるやつだっけ?」
「それです。それと、午後からはちょっと観光しながら、“旅先でFIRE夫婦ごっこ”します」
「ごっこって言うな(笑)」
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その日の昼。
ふたりは、古民家をリノベしたような佇まいのうどん屋へ。
看板には「味噌カレー本舗・まるまる庵」の文字。
JFOOD傘下の新ブランド店舗らしい。
案内された座敷席に腰を下ろすと、紬が小声で囁く。
「ここ、JFOODの企画会議で一度見たことあります。
“家族で通える、発酵テーマのうどん店”っていうコンセプトで……」
「へぇ……なんか最近、味噌や納豆の出番多いな。俺たちの動画の影響だったりしてな」
「うーん……まさか……いや、たぶん……うん、あるかもです(笑)」
「なにその“うん、あるかもです”って」
「企業秘密です♪」
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しばらくして運ばれてきたのは、
大ぶりの陶器の器に盛られた、黄金色の味噌カレーうどん。
上にはトロトロの豚バラ肉と、ネギ、そして半熟たまご。
ふわりと立ち上る香りに、ふたりは同時にごくりと唾を飲んだ。
「……これ、香りでごはん三杯いけるわ」
「うどんなんですけど(笑)」
「いやでもこれ……めっちゃうまそう。よし、いくぞ……いただきまーす」
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「……うまい」
「……うん、うまい。なにこのコク。まろやかで、あと引く……! なんだろう……懐かしい味?」
「たぶん、干し芋と発酵黒にんにくのペースト入ってる」
「えっ、そんなのわかるんですか?」
「うん。農大出身だからな。味の“実家感”にはちょっと強い」
紬はくすっと笑ってうなずいた。
「こういう味、子どもができたら食べさせたいなぁ……って、思っちゃいました」
「…………」
義春の箸が、一瞬止まった。
「……いや、あの……ごめん、びっくりした。急に“子ども”って言葉くると、あれだな、なんか動悸がする」
「えっ!?え!?違います違います!!そんなんじゃなくて!
この味が、“お母さんの味”っぽいっていうか、なんか、家庭的で……その、そういうイメージだけで!」
「わ、わかってる!わかってるってば!でも今の……めっちゃ焦った……!」
「私のほうが焦ってますーっ!」
ふたりはしばらく、湯気のたつうどんの前で、ほっぺたを赤くしたまま黙っていた。
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その夜、旅先のビジネスホテルの部屋で。
動画のチェックをしながら、ふたりはまた焚き火の代わりに小さなキャンドルを灯していた。
「……ごめんな。昼、なんか焦って」
「いえ、こちらこそ。変なこと言って、空気……」
「いや、うれしかったよ。実はさ、俺……結婚とか、子どもとか、
もう無理かと思ってた。ブラックの時、ボロボロで……誰ともまともに向き合えなかったし」
「でも今は……向き合ってくれてる、じゃないですか」
「……そうだな。そうだね」
ふたりは、しばし黙って、スマホに映る今日のうどん動画を眺めた。
画面の中の義春は、うどんを食べて満足そうに笑っていた。
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「うちのイチオシ講師ですから」
「誰がだよ(笑)」
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