鯨の国のヒーロ王子 ―海を救った49歳の物語―

谷川 雅

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王子の勇気で世界がひとつに

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むかし、4つの大王国が競い合っていた時代があった。

それは、イースト王国、ウェスト王国、サウス王国、ノース王国。

それぞれの王国は、小国の集まり。米の国、馬車の国、刃物の国などなど――その中で、ひときわ栄えていたのが「鯨の国」だった。

特にイースト王国では、港には無数の船が並び、帰ってくると鯨の肉も皮も骨も余すことなく利用された。
油は灯りとなり、骨は道具に、皮は防寒具に、肉は人々の糧となった。
イースト王国は、ただ油を取るだけでなく「無駄なく活用する知恵」を持っていたのだ。
その結果、イースト王国の食卓に並ぶたんぱく質の半分以上は鯨の肉で賄われていた時代もあった。

鯨は「大いなる恵み」と呼ばれ、人々の命を支える存在だった。

だが、時は流れた。

石油が大地から湧き出すようになると、油のために捕鯨していたウエスト、ノース、サウスの三王国は一斉に鯨を捨て、やがて「かわいそうだから守ろう」と言い始めた。

「鯨を、食べるイースト王国は野蛮だ」
「頭のいい鯨を殺すとは残酷だ」
と責め立て、捕鯨をやめないと貿易を断つとまで脅した。

イースト王国は反論した。

「鶏や豚や牛を食べるのは良くて、なぜ鯨だけが禁じられるのか。鶏や豚や牛だってかわいいではないか」

「私たちは命を余すことなく活かしている。無駄にする方が野蛮ではないか」

「私たちは、他国の食文化を批判しない。それはその国の命の文化だからだ。他の国の食文化を野蛮というほうが野蛮なのではないか」

しかし議論は感情に流され、商業捕鯨は休止となり、わずかな調査捕鯨だけが許されることになった。

――そして現在。
鯨の国は衰退し、かつての人口十万を誇った姿はなく、わずか三千人が港町に残るのみ。

若者は去り、残るのは高齢者ばかり。
その中で、ただひとり諦めぬ男がいた。

ヒーロ王子、49歳。
かつて栄えた鯨の国を取り戻そうと、ひとりで抗い続けていた。

「鯨を食べる文化を守らねばならぬ。そうでなければ、技も知識も消え、やがて世界が飢える」

彼の心配は二つ。
ひとつは鯨文化が消えること。
もうひとつは、鯨が増えすぎ魚を奪い、海の均衡が崩れることだった。
だが王や家臣は冷ややかに言う。
「わしらが、死ぬまで国が持てばよい。
もうどうすることもできないのだから。」

「未来など夢物語。王子とは言え若造のくせに生意気だ。」


孤独な戦いは続いた。
それでも王子は工夫を重ねた。
鯨給食の普及、鯨バーガーの商品開発、健康サプリメントなどなど。――人々に鯨の価値を伝え続けた。
小さな成果はあったが、大きなうねりにはならなかった。


そんなある年、海が沈黙した。
魚が捕れない。どの国でも漁網は空っぽ。

「海から魚が消えたのか」

世界に恐怖が走った。
その時、王子は各国の代表を集めた。
「聞け。海が荒れたの理由の1つは、鯨の数が増えすぎたからだ。鯨が魚を食べ過ぎているのだ。持続的に管理しながら捕鯨をすれば、海は甦る。未来の食を救うのだ」

反捕鯨を叫んでいた国々も、もはや異を唱えられなかった。
何しろ食料が減っているからだ。飢えの前では、かわいそうだから捕るななどと言っていられない。

むしろ頭を下げ、
「どうか我らの領海でも捕ってほしい」
と願った。
だが王子は静かに答えた。
「まずは我が国を救う。そののち、世界のために力を尽くそう」
鯨の国は再び港に活気を取り戻し、魚の国や船の国と協力して漁場を蘇らせた。

数年のうちに魚が海に戻り、人々の食卓に笑顔が戻った。
他の王国も正式に謝罪し、捕鯨に協力するようになった。
世界は一つとなり、各国で捕獲枠を設け、鯨と共存する新たな仕組みが築かれた。

――そして。
ヒーロ王子は「世界を救った英雄」と呼ばれ、子どもたちの歌に名を残した。
白い霧の向こうから潮吹く音が聞こえる。
王子は海を見つめ、胸に誓う。
「正しいことを貫けば、必ず報われる。鯨が教えてくれた命の物語を、未来へ伝えよう」
その声は潮風に溶け、子どもたちの心へと届いた。


――それから数年。
鯨の国の港は、かつてのように賑わいを取り戻していた。
漁師たちの笑い声が響き、子どもたちが波打ち際で遊んでいる。網には再び魚が戻り、食卓は豊かになった。
ある日、港に集まった人々の前で、ヒーロ王子が語りかけた。
「皆の者。わしらは長い間、孤独に耐えてきた。だが正しいと信じた道を進んだ結果、世界は変わったのだ」
すると群衆の中から若者が声を上げた。
「王子様! 僕も漁師になります! 鯨を捕り、国を支える仕事をしたい!」
「わしもだ!」
「私も船に乗りたい!」
次々と声が上がり、王子の瞳は潤んだ。
「……ありがとう。おぬしたちが未来を担うのだ。わしはその姿を見届けるだけでよい」
そこへ、各国の代表が訪れた。
ウエスト王国の代表は深く頭を下げる。
「かつて、我らは鯨の国を野蛮と呼んだ。だが、今や世界はイースト王国の鯨の国の知恵に救われた。どうか、この謝罪を受け入れてほしい」
ノース王国の代表は震える声で言った。
「我らは魚を失い、飢えに苦しんだ。王子殿、あなたの勇気がなければ、今ごろ我らは滅んでいた」
サウス王国の代表は胸を叩いた。
「共に未来を築こう! 子どもたちに豊かな海を残すために!」
王子は微笑み、静かに応えた。
「わしらは皆、同じ海に生きる仲間だ。過ちを悔い、共に正しい道を歩めば、必ず報われる」
その言葉に、広場は大きな拍手で包まれた。
――夜。
王子は港の高台に立ち、遠くの海を眺めた。
白い霧の向こう、潮吹く音が響く。
幼いころから聞き慣れた鯨の歌だった。
「父上、母上、そして先人たちよ。わしらはやっと、道を見つけました。
正しいことを信じて進めば、未来は必ず開けるのですね……」
その背に、港の灯りがやさしく揺れた。
――こうして、鯨の国は再び繁栄を取り戻し、ヒーロ王子は「世界を救った英雄」として後世に語り継がれた。
子どもたちは歌った。
♪鯨は恵み、海は命
王子の勇気で世界がひとつに♪
王子は静かに微笑んだ。
潮風が頬をなで、未来へと続く道を示すかのように。
物語はここで終わる。だが、鯨と人々が共に歩む物語は、これからも続いていくのだった。
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