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……目を開けると、電車のアナウンスが耳に飛び込んできた。
「次は終点、○○駅です。お出口は右側です」
「……んん……?」
重たいまぶたをなんとか持ち上げ、ぼんやりと車内を見渡す。
スーツのサラリーマン、眠そうな学生、そして、ついさっきまで“ばあちゃんのかつ丼”を食べていたような気がする自分。
「え……?」
電光掲示板を見ると、表示されているのは最寄り駅の名前。
「お、おれの地元だ……」
なんとも言えない現実感の波が一気に押し寄せてくる。
「まさか……夢だったのか?」
そう思ってふと腕時計を見る。
6:54。まだ、朝の7時にもなっていない。
「いや、でも……こんなリアルな夢、ある!?」
混乱しながら立ち上がった瞬間、何かが足りないことに気づく。
「あれ? メガネが……ない……?」
顔、胸ポケット、カバンの中を確認するが、どこにもない。
「まさか……定食屋のテーブルに置きっぱなし!?」
夢の中で泣きながら外した気がする。
――いや、でも、夢だったらメガネも一緒に消えるはずじゃ……?
「わああああ! もうわけわかんないっ!」
頭を抱えたまま電車を降り、フラフラと階段を上る。
改札を抜けたその瞬間――
「また会いましたね」
声をかけられて、ピタッと足が止まった。
「え……?」
振り返ると、そこにいたのは――エプロン姿の、美代ちゃんだった。
朝の光を背に、まるで駅前のシンデレラか何かみたいに立っていて、手には小さな紙袋。
「眼鏡、忘れてましたよ」
「あ……あ、ありがとう……っていうか、なんで!? どうしてここに!? あれ夢じゃなかったの!? え、現実!? それとも俺、まだ夢の中なの!?」
「うふふ。落ち着いてください。テンパってる悠太くん、ちょっとかわいいです」
「今、完全に混乱してるから! 自分が生きてるのか死んでるのかも曖昧だから! 夢の中のかつ丼屋から出てきた美代ちゃんが、なんで現実の最寄り駅にいんの!? 現実逃避していい!?」
「まぁまぁ。これだけははっきりしてるんですよ」
彼女は、にっこり笑って言った。
「あなたも、やったんですね。ミステリートレイン」
「ミステリートレイン……」
「会いたい人に会えるっていう、あの都市伝説。ふと思い出して、ふと動き出して、ふと辿り着く。思い出の匂いと、味と、涙の場所へ」
「……うん。たしかに、俺、会ったよ。ばあちゃんに」
「でしょ?」
美代ちゃんは軽く紙袋を持ち上げて、にっこり笑った。
「だからね、これから、あなたの家でかつ丼作ってもいいですか? おばあちゃんに、ちゃんと作り方教わったので」
「えっ……うちで!?」
「うん。材料も、ほら、全部ありますよ」
紙袋を開けると、中には豚ロース、卵、玉ねぎ、そして……あの、だしの香りがする小瓶まで。
「え、え、いや、でも……さっき食べたばかりな気が……いや、でも……」
その瞬間――
ぐぅぅぅぅぅ………
彼のお腹が盛大に鳴った。
「……ふふふ。正直ですね、お腹」
「こ、これは……誤解だ! 空腹じゃない! これは、郷愁! メモリーが胃に響いただけで……!」
「言い訳のボキャブラリーがすごいなぁ……」
美代ちゃんが楽しそうに笑っている。
悠太は、しばらく考えて――いや、考えたふりをして、すぐに答えた。
「……お願いします。もう一度、あの味を」
「はい、喜んで」
ふたりは並んで歩き出す。駅前のアーケードを抜け、朝焼けに照らされた住宅街へ。
「ねえ、美代ちゃん」
「なに?」
「このあと作ってくれるかつ丼……もしかして、あの日の続きってやつ?」
「そうだよ。ずっと、作りそびれてた、あの日の“また遊ぼうね”の続き」
「……そっか。じゃあ、特盛でお願い」
「ふふっ。調子に乗るとおかわりナシにしますよ?」
そんな軽口をたたき合いながら、二人はゆっくりと歩いていった。
その日は、人生でいちばん美味しいかつ丼を、二度も食べた日になった。
――そして、再会の味が、ずっと続いていく始まりの日にもなった。
「次は終点、○○駅です。お出口は右側です」
「……んん……?」
重たいまぶたをなんとか持ち上げ、ぼんやりと車内を見渡す。
スーツのサラリーマン、眠そうな学生、そして、ついさっきまで“ばあちゃんのかつ丼”を食べていたような気がする自分。
「え……?」
電光掲示板を見ると、表示されているのは最寄り駅の名前。
「お、おれの地元だ……」
なんとも言えない現実感の波が一気に押し寄せてくる。
「まさか……夢だったのか?」
そう思ってふと腕時計を見る。
6:54。まだ、朝の7時にもなっていない。
「いや、でも……こんなリアルな夢、ある!?」
混乱しながら立ち上がった瞬間、何かが足りないことに気づく。
「あれ? メガネが……ない……?」
顔、胸ポケット、カバンの中を確認するが、どこにもない。
「まさか……定食屋のテーブルに置きっぱなし!?」
夢の中で泣きながら外した気がする。
――いや、でも、夢だったらメガネも一緒に消えるはずじゃ……?
「わああああ! もうわけわかんないっ!」
頭を抱えたまま電車を降り、フラフラと階段を上る。
改札を抜けたその瞬間――
「また会いましたね」
声をかけられて、ピタッと足が止まった。
「え……?」
振り返ると、そこにいたのは――エプロン姿の、美代ちゃんだった。
朝の光を背に、まるで駅前のシンデレラか何かみたいに立っていて、手には小さな紙袋。
「眼鏡、忘れてましたよ」
「あ……あ、ありがとう……っていうか、なんで!? どうしてここに!? あれ夢じゃなかったの!? え、現実!? それとも俺、まだ夢の中なの!?」
「うふふ。落ち着いてください。テンパってる悠太くん、ちょっとかわいいです」
「今、完全に混乱してるから! 自分が生きてるのか死んでるのかも曖昧だから! 夢の中のかつ丼屋から出てきた美代ちゃんが、なんで現実の最寄り駅にいんの!? 現実逃避していい!?」
「まぁまぁ。これだけははっきりしてるんですよ」
彼女は、にっこり笑って言った。
「あなたも、やったんですね。ミステリートレイン」
「ミステリートレイン……」
「会いたい人に会えるっていう、あの都市伝説。ふと思い出して、ふと動き出して、ふと辿り着く。思い出の匂いと、味と、涙の場所へ」
「……うん。たしかに、俺、会ったよ。ばあちゃんに」
「でしょ?」
美代ちゃんは軽く紙袋を持ち上げて、にっこり笑った。
「だからね、これから、あなたの家でかつ丼作ってもいいですか? おばあちゃんに、ちゃんと作り方教わったので」
「えっ……うちで!?」
「うん。材料も、ほら、全部ありますよ」
紙袋を開けると、中には豚ロース、卵、玉ねぎ、そして……あの、だしの香りがする小瓶まで。
「え、え、いや、でも……さっき食べたばかりな気が……いや、でも……」
その瞬間――
ぐぅぅぅぅぅ………
彼のお腹が盛大に鳴った。
「……ふふふ。正直ですね、お腹」
「こ、これは……誤解だ! 空腹じゃない! これは、郷愁! メモリーが胃に響いただけで……!」
「言い訳のボキャブラリーがすごいなぁ……」
美代ちゃんが楽しそうに笑っている。
悠太は、しばらく考えて――いや、考えたふりをして、すぐに答えた。
「……お願いします。もう一度、あの味を」
「はい、喜んで」
ふたりは並んで歩き出す。駅前のアーケードを抜け、朝焼けに照らされた住宅街へ。
「ねえ、美代ちゃん」
「なに?」
「このあと作ってくれるかつ丼……もしかして、あの日の続きってやつ?」
「そうだよ。ずっと、作りそびれてた、あの日の“また遊ぼうね”の続き」
「……そっか。じゃあ、特盛でお願い」
「ふふっ。調子に乗るとおかわりナシにしますよ?」
そんな軽口をたたき合いながら、二人はゆっくりと歩いていった。
その日は、人生でいちばん美味しいかつ丼を、二度も食べた日になった。
――そして、再会の味が、ずっと続いていく始まりの日にもなった。
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