かつ丼をひと口食べたら、死んだはずの祖母に会えました

谷川 雅

文字の大きさ
6 / 10

しおりを挟む
……目を開けると、電車のアナウンスが耳に飛び込んできた。
「次は終点、○○駅です。お出口は右側です」
「……んん……?」
重たいまぶたをなんとか持ち上げ、ぼんやりと車内を見渡す。
スーツのサラリーマン、眠そうな学生、そして、ついさっきまで“ばあちゃんのかつ丼”を食べていたような気がする自分。
「え……?」
電光掲示板を見ると、表示されているのは最寄り駅の名前。
「お、おれの地元だ……」
なんとも言えない現実感の波が一気に押し寄せてくる。
「まさか……夢だったのか?」
そう思ってふと腕時計を見る。
6:54。まだ、朝の7時にもなっていない。
「いや、でも……こんなリアルな夢、ある!?」
混乱しながら立ち上がった瞬間、何かが足りないことに気づく。
「あれ? メガネが……ない……?」
顔、胸ポケット、カバンの中を確認するが、どこにもない。
「まさか……定食屋のテーブルに置きっぱなし!?」
夢の中で泣きながら外した気がする。
――いや、でも、夢だったらメガネも一緒に消えるはずじゃ……?
「わああああ! もうわけわかんないっ!」
頭を抱えたまま電車を降り、フラフラと階段を上る。
改札を抜けたその瞬間――
「また会いましたね」
声をかけられて、ピタッと足が止まった。
「え……?」
振り返ると、そこにいたのは――エプロン姿の、美代ちゃんだった。
朝の光を背に、まるで駅前のシンデレラか何かみたいに立っていて、手には小さな紙袋。
「眼鏡、忘れてましたよ」
「あ……あ、ありがとう……っていうか、なんで!? どうしてここに!? あれ夢じゃなかったの!? え、現実!? それとも俺、まだ夢の中なの!?」
「うふふ。落ち着いてください。テンパってる悠太くん、ちょっとかわいいです」
「今、完全に混乱してるから! 自分が生きてるのか死んでるのかも曖昧だから! 夢の中のかつ丼屋から出てきた美代ちゃんが、なんで現実の最寄り駅にいんの!? 現実逃避していい!?」
「まぁまぁ。これだけははっきりしてるんですよ」
彼女は、にっこり笑って言った。
「あなたも、やったんですね。ミステリートレイン」
「ミステリートレイン……」
「会いたい人に会えるっていう、あの都市伝説。ふと思い出して、ふと動き出して、ふと辿り着く。思い出の匂いと、味と、涙の場所へ」
「……うん。たしかに、俺、会ったよ。ばあちゃんに」
「でしょ?」
美代ちゃんは軽く紙袋を持ち上げて、にっこり笑った。
「だからね、これから、あなたの家でかつ丼作ってもいいですか? おばあちゃんに、ちゃんと作り方教わったので」
「えっ……うちで!?」
「うん。材料も、ほら、全部ありますよ」
紙袋を開けると、中には豚ロース、卵、玉ねぎ、そして……あの、だしの香りがする小瓶まで。
「え、え、いや、でも……さっき食べたばかりな気が……いや、でも……」
その瞬間――
ぐぅぅぅぅぅ………
彼のお腹が盛大に鳴った。
「……ふふふ。正直ですね、お腹」
「こ、これは……誤解だ! 空腹じゃない! これは、郷愁! メモリーが胃に響いただけで……!」
「言い訳のボキャブラリーがすごいなぁ……」
美代ちゃんが楽しそうに笑っている。
悠太は、しばらく考えて――いや、考えたふりをして、すぐに答えた。
「……お願いします。もう一度、あの味を」
「はい、喜んで」
ふたりは並んで歩き出す。駅前のアーケードを抜け、朝焼けに照らされた住宅街へ。
「ねえ、美代ちゃん」
「なに?」
「このあと作ってくれるかつ丼……もしかして、あの日の続きってやつ?」
「そうだよ。ずっと、作りそびれてた、あの日の“また遊ぼうね”の続き」
「……そっか。じゃあ、特盛でお願い」
「ふふっ。調子に乗るとおかわりナシにしますよ?」
そんな軽口をたたき合いながら、二人はゆっくりと歩いていった。
その日は、人生でいちばん美味しいかつ丼を、二度も食べた日になった。
――そして、再会の味が、ずっと続いていく始まりの日にもなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...