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24話:影層の名を呼ぶとき、家は灰になる
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師匠と呼ばれた女の部屋には、まだ光の粒が漂っていた。
誰も触れていないのに、空気がざらついていた。
それは、まるで“消えた”というより、“存在ごと抜き取られた”ようだった。
レジーネはただ、名を呼ぶことしかできなかった。
「理由はわからねぇけど。これではっきりしたな」
俺は、この目の前で「逃げた」者が今度は殺意を持って親しみを向けてくる予感がした。
闇ギルドによくいた、笑顔でナイフを突き立ててくる奴と同系統だ。
俺の言葉がきっかけにせよ、そこまで慌てて去るのは何か理由がありそうだ。
あのゴダードなら何か知っていそうな気がした。
かたやレジーネは両手を床につけ、残存する粒子を呆然と眺めていた。
「師匠、なんで」
「影層か。この語は何を示しているんだ?」
「私にもわかりません。ただ、師匠のあのような表情と行動は今まで見たことがないものです」
そこでミミが顔を出してきた。何か知っているような含みのある笑みを浮かべる。
「悠斗、事が起きる前にわかってよかったじゃない?」
「ん? どういう意味だ?」
「あたしの世界だと、あのタイプは裏切り者よ。笑顔で背中からナイフを刺すわ」
「刺される前に逃げたから正体がわかったと?」
「ええ、そうよ。悠斗、気をつけなさい。あなた、あの女に警戒はしていたけどそれ以上はしていないでしょ?」
「まあ、そうだな」
「いくら回復するとはいえ、刺された瞬間は事態が悪い方向へ急転するものよ?」
「経験あるのか?」
「ええ、あたし何度も裏切られたから」
「……裏切られたのは、あたしのほうだったのかもね」
その声の奥に、乾いた渇きがあった。
俺は何も言わなかった。けれど、今のミミの声は、どこか空腹に似ていた。
この部屋にはかなりの情報が転がっていそうだが、何から手を付けるべきか。
「悠斗さま。調べようとしているのですね」
「ああ。この際、ここを放棄したなら可能な限り調べておくのも悪くないだろ?」
「そうですね。ただ用心深い師匠なら、ここを真っ先に攻撃して跡形もない状態にしそうです」
「それなら、魔法袋にかたっぱしから詰めていけばいいんじゃないか? いや、この家ごと飲み込むか」
「ええ、その方法がいいと思います。魔法とつながっていても、魔法袋に収めた時点でつながりは切れます」
「よっし、皆、外に出ようぜ。俺が収める」
皆で出たあと、手のひらをあててイメージしてみた。
「おっ、案外簡単に飲み込んだな」
家があった痕跡だけしかない。
「悠斗さま、離れましょう。本当に攻撃されたらひとたまりもないですわ」
俺たちは急ぎイルダの橋に向けて歩みを進めた。
その時だ。
ドガーン!
なんだ! 振り返るとえらい状態だ。
火炎の柱だと? 業火で焼き尽くすつもりだったのか。
マジでひでぇーな、おい。
「レジーネの言う通りになったわね」
ミミは額から汗の滴を落とす。
「急ぎゴダードに聞きにいこうぜ。あの爺さんなら何か知っているかもしれないしな」
俺の発言に、ぎょっとした顔を見せるとミミは言った。
「それってまたイルダの橋?」
移動手段がそれしかないからな、仕方ない。
「それっきゃねぇだろ?」
「そうよね、はぁ」
深いため息がミミから出る。
着いたイルダの橋の出入口で、ゴダードの森(今はそう呼ばれる)にあるアルフォンシア城へ向かう。
ミミが躊躇してなかなか入ろうとしない。
そこで――
「えい!」
リリが勢いよく背中を押すと、ミミの絶叫が響く。
「ギャー!」
さっそく吸い込まれて旅立った。
まあ、リリの言いたいこともわからないでもない。
そのあと、レジーネが颯爽と入り、俺とリリは今回も一緒に入って歓喜がわきあがる。
「ワァー」
「ヤッベー、おもしれぇー」
加速と滑りっぷりが面白すぎた。
まさにウォータースライダーに匹敵し、それ以上の滑り具合だ。
◇
わずかな滑りを楽しんだあと、到着した俺たちは、ゴダードの所へ直行した。
さすがにここまでは、あの女の手は伸びてはいないようだ。
道中、俺はさっきの爆炎の光を何度も思い出していた。
あれは、消すための炎じゃない。証拠ごと、記憶を焼くための炎だ。
突然訪れた俺たちにもかかわらず、歓迎してくれた。
俺は先の疑問を話すと、考えながらゴダードは答えてくれた。
「なるほど。時の流れとは残酷だな。賢者ノックスがその態度とは」
顎ひげをさすりながら、何か思い詰めていた。俺はどうしても気になる単語を聞く。
「なあ、その時おれが思わず“影層”と言った瞬間に反応したんだ。これはなんだ?」
「“影層”ってのは何だ?」
はっと目を見開くも、どこか納得した様子でうなずく。
「ラダーが変幻する時に使う“開鍵”の言葉じゃ」
「変幻?」
「姿を変える。己の命を燃料にしてな」
「……そりゃあ逃げるわけだ」
「そうじゃ。逃げるか死ぬかの二択じゃ。死ぬというのはな、自害だ。恐ろしく惨い殺し方をするラダーもいてな」
「ラダーはそんな化け物じみた者なのか?」
「そうじゃな。以前言ったじゃろ? 世界を均すと。その均す対象は神々をも含む。それだけの力を持つ者たちじゃ」
「つまりラダーは、世界の『秤(はかり)』じゃ」
「秤?」
「善悪でも正邪でもない。ただ均す。それが恐ろしい」
「……いや、今は飲み込みきれねぇ」
どうしても、頭では理解できても心が拒否している感覚があった。
「神々となるとさ、いなくなったら?」
「いい質問じゃな。神々はあくまでも世界の管理者じゃ。その上に世界がある」
「つまり、また管理者が世界により生み出されると?」
「なかなかいい観点を持つのう。その通りじゃ」
「ん~でもわかんねぇな。なんでそうなら、賢者がヴァーダーを呼び出し、ラダーとなる存在までいるのに、界人として差別をされるんだ?」
「以前話したときは、神の名のもとで行われた制度じゃった」
「それが少し違うのか?」
「元をたどるとわかりやすい」
「元?」
「少し長くなるな。ラダーからの殲滅対象にならなかった神族がいる。こやつらが打ち出した方策が界人排除。
つまり人種隔離政策だ。それでな、神族は信仰が厚い人族を優遇し、排他主義をとり始めた。それがはじまりじゃ」
「なるほどな。しかも自分たちの種のほうが優れているということか?」
「よくわかったな。その通りじゃ」
生き残ったヤツらが、ほかの配下を洗脳しているだけだろうが。
まったく生き残りをかける以前に、気持ちわりぃやつらだぜ。
だいぶ見えてきたぞ。
レジーネもミミもリリも、俺とゴダードのやり取りに聞き入っていた。
背景がわかったとはいえ、なぜノックスの賢者はあそこまで恐れたのか。
たしかに『均し』で神々ですら排除していたなら、賢者などひとたまりもないのは想像に難くない。
だからといって、あの怯えようからすれば、排除対象として排除される寸前で逃げたのかもしれないが――憶測だ。
こればかりは、当人でないとわからないだろう。
参考までに、ノックスの賢者とはどんな存在か聞いてみるか。
「なあ、いきなり攻撃してきたノックスの賢者ってどんなヤツなんだ? 相手は俺を知っているかもしれないけど、俺は相手を知らない」
「ほう。それはよい視点じゃな。敵を知り己を知るとな。ワシも伝記に書かれた以上のことは知らぬ。ただ言えることは、三賢者は対立しながらもおそらくは今も生きておる」
「王の水晶のありかを知りたかったんだけどな」
「それなら、ほかの二賢者に聞くといい。イノーイ・ミール、ラルフィ。今はイルダの橋で飛べないが、歩いていけばいいだけの話じゃ。灰鳴の場所も知っておるはずじゃ」
「なんでだ?」
「賢者らが作った場所だからじゃよ。おそらくは、ワシの勝手な憶測では、そこに王の水晶もあるかもしれん。理由は、安全じゃからな」
「そうか、水晶の先には灰鳴があるということか。いや灰鳴の先に水晶があるか」
「ノックスはおらんとワシは思う。そこにラダーもいる可能性が高いからな」
「そこまで恐れるのは、何か?」
「甚大な損傷を受けて、かろうじて生きながらえていると聞く。かなり昔の話だから、今なら肉体は回復しているだろうが精神的には落ち着かんじゃろうて」
「なら、次に会う時は敵かもしれんな」
そう呟いた俺の胸の奥で、まだ“焼け跡”が疼いていた。
ゴダードの言葉を聞きながら、胸の奥で何かがざらついた。
――“影層”は、まだ俺の中で生きている。
誰も触れていないのに、空気がざらついていた。
それは、まるで“消えた”というより、“存在ごと抜き取られた”ようだった。
レジーネはただ、名を呼ぶことしかできなかった。
「理由はわからねぇけど。これではっきりしたな」
俺は、この目の前で「逃げた」者が今度は殺意を持って親しみを向けてくる予感がした。
闇ギルドによくいた、笑顔でナイフを突き立ててくる奴と同系統だ。
俺の言葉がきっかけにせよ、そこまで慌てて去るのは何か理由がありそうだ。
あのゴダードなら何か知っていそうな気がした。
かたやレジーネは両手を床につけ、残存する粒子を呆然と眺めていた。
「師匠、なんで」
「影層か。この語は何を示しているんだ?」
「私にもわかりません。ただ、師匠のあのような表情と行動は今まで見たことがないものです」
そこでミミが顔を出してきた。何か知っているような含みのある笑みを浮かべる。
「悠斗、事が起きる前にわかってよかったじゃない?」
「ん? どういう意味だ?」
「あたしの世界だと、あのタイプは裏切り者よ。笑顔で背中からナイフを刺すわ」
「刺される前に逃げたから正体がわかったと?」
「ええ、そうよ。悠斗、気をつけなさい。あなた、あの女に警戒はしていたけどそれ以上はしていないでしょ?」
「まあ、そうだな」
「いくら回復するとはいえ、刺された瞬間は事態が悪い方向へ急転するものよ?」
「経験あるのか?」
「ええ、あたし何度も裏切られたから」
「……裏切られたのは、あたしのほうだったのかもね」
その声の奥に、乾いた渇きがあった。
俺は何も言わなかった。けれど、今のミミの声は、どこか空腹に似ていた。
この部屋にはかなりの情報が転がっていそうだが、何から手を付けるべきか。
「悠斗さま。調べようとしているのですね」
「ああ。この際、ここを放棄したなら可能な限り調べておくのも悪くないだろ?」
「そうですね。ただ用心深い師匠なら、ここを真っ先に攻撃して跡形もない状態にしそうです」
「それなら、魔法袋にかたっぱしから詰めていけばいいんじゃないか? いや、この家ごと飲み込むか」
「ええ、その方法がいいと思います。魔法とつながっていても、魔法袋に収めた時点でつながりは切れます」
「よっし、皆、外に出ようぜ。俺が収める」
皆で出たあと、手のひらをあててイメージしてみた。
「おっ、案外簡単に飲み込んだな」
家があった痕跡だけしかない。
「悠斗さま、離れましょう。本当に攻撃されたらひとたまりもないですわ」
俺たちは急ぎイルダの橋に向けて歩みを進めた。
その時だ。
ドガーン!
なんだ! 振り返るとえらい状態だ。
火炎の柱だと? 業火で焼き尽くすつもりだったのか。
マジでひでぇーな、おい。
「レジーネの言う通りになったわね」
ミミは額から汗の滴を落とす。
「急ぎゴダードに聞きにいこうぜ。あの爺さんなら何か知っているかもしれないしな」
俺の発言に、ぎょっとした顔を見せるとミミは言った。
「それってまたイルダの橋?」
移動手段がそれしかないからな、仕方ない。
「それっきゃねぇだろ?」
「そうよね、はぁ」
深いため息がミミから出る。
着いたイルダの橋の出入口で、ゴダードの森(今はそう呼ばれる)にあるアルフォンシア城へ向かう。
ミミが躊躇してなかなか入ろうとしない。
そこで――
「えい!」
リリが勢いよく背中を押すと、ミミの絶叫が響く。
「ギャー!」
さっそく吸い込まれて旅立った。
まあ、リリの言いたいこともわからないでもない。
そのあと、レジーネが颯爽と入り、俺とリリは今回も一緒に入って歓喜がわきあがる。
「ワァー」
「ヤッベー、おもしれぇー」
加速と滑りっぷりが面白すぎた。
まさにウォータースライダーに匹敵し、それ以上の滑り具合だ。
◇
わずかな滑りを楽しんだあと、到着した俺たちは、ゴダードの所へ直行した。
さすがにここまでは、あの女の手は伸びてはいないようだ。
道中、俺はさっきの爆炎の光を何度も思い出していた。
あれは、消すための炎じゃない。証拠ごと、記憶を焼くための炎だ。
突然訪れた俺たちにもかかわらず、歓迎してくれた。
俺は先の疑問を話すと、考えながらゴダードは答えてくれた。
「なるほど。時の流れとは残酷だな。賢者ノックスがその態度とは」
顎ひげをさすりながら、何か思い詰めていた。俺はどうしても気になる単語を聞く。
「なあ、その時おれが思わず“影層”と言った瞬間に反応したんだ。これはなんだ?」
「“影層”ってのは何だ?」
はっと目を見開くも、どこか納得した様子でうなずく。
「ラダーが変幻する時に使う“開鍵”の言葉じゃ」
「変幻?」
「姿を変える。己の命を燃料にしてな」
「……そりゃあ逃げるわけだ」
「そうじゃ。逃げるか死ぬかの二択じゃ。死ぬというのはな、自害だ。恐ろしく惨い殺し方をするラダーもいてな」
「ラダーはそんな化け物じみた者なのか?」
「そうじゃな。以前言ったじゃろ? 世界を均すと。その均す対象は神々をも含む。それだけの力を持つ者たちじゃ」
「つまりラダーは、世界の『秤(はかり)』じゃ」
「秤?」
「善悪でも正邪でもない。ただ均す。それが恐ろしい」
「……いや、今は飲み込みきれねぇ」
どうしても、頭では理解できても心が拒否している感覚があった。
「神々となるとさ、いなくなったら?」
「いい質問じゃな。神々はあくまでも世界の管理者じゃ。その上に世界がある」
「つまり、また管理者が世界により生み出されると?」
「なかなかいい観点を持つのう。その通りじゃ」
「ん~でもわかんねぇな。なんでそうなら、賢者がヴァーダーを呼び出し、ラダーとなる存在までいるのに、界人として差別をされるんだ?」
「以前話したときは、神の名のもとで行われた制度じゃった」
「それが少し違うのか?」
「元をたどるとわかりやすい」
「元?」
「少し長くなるな。ラダーからの殲滅対象にならなかった神族がいる。こやつらが打ち出した方策が界人排除。
つまり人種隔離政策だ。それでな、神族は信仰が厚い人族を優遇し、排他主義をとり始めた。それがはじまりじゃ」
「なるほどな。しかも自分たちの種のほうが優れているということか?」
「よくわかったな。その通りじゃ」
生き残ったヤツらが、ほかの配下を洗脳しているだけだろうが。
まったく生き残りをかける以前に、気持ちわりぃやつらだぜ。
だいぶ見えてきたぞ。
レジーネもミミもリリも、俺とゴダードのやり取りに聞き入っていた。
背景がわかったとはいえ、なぜノックスの賢者はあそこまで恐れたのか。
たしかに『均し』で神々ですら排除していたなら、賢者などひとたまりもないのは想像に難くない。
だからといって、あの怯えようからすれば、排除対象として排除される寸前で逃げたのかもしれないが――憶測だ。
こればかりは、当人でないとわからないだろう。
参考までに、ノックスの賢者とはどんな存在か聞いてみるか。
「なあ、いきなり攻撃してきたノックスの賢者ってどんなヤツなんだ? 相手は俺を知っているかもしれないけど、俺は相手を知らない」
「ほう。それはよい視点じゃな。敵を知り己を知るとな。ワシも伝記に書かれた以上のことは知らぬ。ただ言えることは、三賢者は対立しながらもおそらくは今も生きておる」
「王の水晶のありかを知りたかったんだけどな」
「それなら、ほかの二賢者に聞くといい。イノーイ・ミール、ラルフィ。今はイルダの橋で飛べないが、歩いていけばいいだけの話じゃ。灰鳴の場所も知っておるはずじゃ」
「なんでだ?」
「賢者らが作った場所だからじゃよ。おそらくは、ワシの勝手な憶測では、そこに王の水晶もあるかもしれん。理由は、安全じゃからな」
「そうか、水晶の先には灰鳴があるということか。いや灰鳴の先に水晶があるか」
「ノックスはおらんとワシは思う。そこにラダーもいる可能性が高いからな」
「そこまで恐れるのは、何か?」
「甚大な損傷を受けて、かろうじて生きながらえていると聞く。かなり昔の話だから、今なら肉体は回復しているだろうが精神的には落ち着かんじゃろうて」
「なら、次に会う時は敵かもしれんな」
そう呟いた俺の胸の奥で、まだ“焼け跡”が疼いていた。
ゴダードの言葉を聞きながら、胸の奥で何かがざらついた。
――“影層”は、まだ俺の中で生きている。
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