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25話:月を狩る者へ、必ず戻る
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「くそっ……なぜだ。忌々しい」
黒いローブの袖を握りしめ、女は爪を噛んだ。
黒い髪が風もないのになびいた。
優雅な姿のくせに、顔は焦りで歪み、親指の爪を噛んでいた。
その落差が、不気味なほどアンバランスだった。
細い肩の震えがとまらないし、汗もひかない。
先ほどまで粗かった呼吸はようやく落ち着きを取り戻し、足の震えは落ち着いていた。
「迂闊だった。まさかあの者がラダーとはな」
指先が冷える。火柱の残光が瞼の裏に焼き付いたままだ。
先ほどの記憶が焼け付くように頭の中で堂々巡りをしていた。
しかもあの焼かれた時の恐怖までもがよみがえる有様だ。
「まったくもってたちが悪い」
歯ぎしりするほど、顔しかめると急に口角を上げて笑みを見せた。
今はまだ、記憶が不確かなんだろうと。
その間に、始末してしまえばいいじゃないかと。
「ラダーめ……今度こそ、この手で殲滅してやる」
石のバルコニーに立つと、複数の魔法陣を展開させた。
こちらの魔法陣を向こう側へ転移させて、その空中から地獄の業火を降り注いでやれば、いくらヤツがラダーであってもひとたまりもないだろうと考えていた。
「ふふふ。死ね」
両掌を上げて展開された魔法陣をさらに大きな魔法陣が包み込み転送してしまう。
あとは、火を見るより明らかな結末しか見えない。
「ここからは見えないのは残念ね。レジーネには悪いけど一緒に消えてもらうわ」
火柱の閃光が遠くに消える。
魔法陣が転移したあと、どこかすがすがしい顔つきをしながら部屋にもどり、また別の場所へ向かっていった。
◇
「悠斗さま、イノーイ・ミールの所へ向かいましょう」
レジーネは突然割り込んできた。
ゴダードはとくに気にせず、話を続ける。
「それはいい。彼女なら。存命していればよき助言をもらえるかもしれんのう」
ゴダードもおすすめする者ってどうなんだ。
俺は半信半疑でいた。
何も難しいことではない。レジーネが信用した師匠であり賢者ノックスは、本性を現したらあのような感じだ。
今度はレジーネとゴダードが信用している賢者イノーイ・ミールだ。
こいつもまた、本性をさらけ出したら、それこそ戦いが勃発するのではないかとすら思える。
俺はこの時、レジーネ、ミミ、リリ以外は誰も信用に置けないと考えにいたっていた。
……待てよ。
俺はあの時遭遇した女エルフを思い起こしていた。
確か、教会にいたエリサだ。
俺のことを信用していたなら、逆に俺をだまし討ちするような人物である確度は低いのではないかとと考えていた。
その者からの意見も聞いてみたいと、なぜか胸の内が俺をたたく。
「ゴダード、情報感謝する。イノーイ・ミールに聞くのもよいがその前に会っておきたい人物がいる」
「悠斗さま、それは?」
「一旦でよう。ゴダードまたよらせてもらってもいいか?」
「もちろんじゃ。お主らの話をまた聞かせてくれ。楽しみにしておる」
「ああ、またな」
ふと俺は何かひっかかり、思ったことをそのまま口にした。
「なあ」
「なんじゃ?」
「黒涙の賢者は、俺たちの敵か?」
ノックスとは別系統で間違いないだろう。
ほんの一瞬だ。誰にもわからないごくごくわずかな違いがそこにあった。
「そうじゃのう。中立から外れているやもしれん」
「そうか。なら、敵にならないことを願うよ、ゴダード」
わずかに目を細めていた。
「わしはいつだってお主らの『話をきくぞ』」
やはりか。俺はなぜか確信してしまった。こいつは今はいいがいずれやばい。
「またな」
俺は皆を連れて、イルダの橋へ向かった。
「悠斗さま、先ほどのはどういう意味ですの?」
「言葉のとおりだ。敵になるなよといった後、話を聞くと返した。その前の中立の話を吹き飛ばすほどの威力だ」
「そういうことでしたか。いつから気が付いていたのですか?」
「ああ、確信をもてたのは、ほんのさっきだ。『彼女なら』と性別を当たり前のように自然にいってただろ?」
「あっそうでした。あまりにも自然だったので聞き流していましたわ」
「悠斗どういうこと?」
「ああ、以前レジーネから、ノックス以外の賢者の性別は一般認識では不明という話だったことを聞いたんだ。つまり知っていれば、その賢者の性質を色濃く受け継いでいる可能性もあるし、関係しているといえる」
「そういうことね。だからこそ要注意と」
ミミは顎に手をあてて、ゆっくりとうなずいた。
「そういうわけだ。必要以上に知りすぎているのも何か怪しいとも感じている」
「逆にいうとゴダードも何か隠していて、悠斗の素性や目的をさぐっているとか?」
「ああ、あり得る。まだ俺がラダーなのか違うのか半信半疑で俺が知らないフリをしているような疑うまなざしを向けていたからな」
「そんで会いたい人とは?」
「エリサだ。おそらくは、中立か味方のどちらかだ。これまでの内容だけ判断するとだけどな」
そこでリリは俺の顔を覗き込むようにしていった。
「エリサはね、ダダさまの味方だよ。それに――赤ちゃんがほしいってずっと言ってた」
「それなら、大丈夫といえるのか?」
……いや、そこまで言われるとは思ってなかった。
俺は少し面食らってしまう。
◇
俺たちはまっすぐエリサのいる教会へ訪れた。
扉を開けると熱心に祈りをささげているエリサがそこにいた。
ステンドグラスからこぼれる光がまるでエリサだけを包み込む神秘的な色合いを見せていた。
俺の心の中で、何か言葉がよみがえる。
それは、月光のように静かで――懐かしい響きだった。
「カッチャトーレ・デッラ・ルナ」そしてどういうわけか、エリサは俺の気配に気が付き、俺はさきの言葉を口をついてでてしまう。
「カッチャトーレ・デッラ・ルナ」
「あなた、それは」
またしても瞬間移動かと思うほどの勢いで俺に抱き着く。
「悪い。お前の祈る姿をみていたら、どういうわけかこの言葉がでてきた」
「あなたは、私に初めてあったときにその言葉をいったの」
「俺が?」
「ええ。意味はあなたの世界の別の国の言葉で『月を狩る者』と言っていたわ。当時、私はまさにそのようなことをしていたわ」
「わからねぇ」
「いいの。すこしずつだけでも思い出してくれれば。あなたと私の子。作る約束覚えてる?」
「それもわからねぇ。すまない」
「いいわ。少しずつでも。思いだしてからでからでかまわないわ」
吸い込まれそうになる目を見続けてしまう。
そこでふと我に返って思い出したように俺は告げる。
「聞きたいことがあってきた。イノーイとラルフィへの行き方を知っているか? ゴダードは敵かもしれない」
「やはりそうだったのね。この時が来るのをあなたは予見していたわ」
「なに?」
「これ、あなたから預かったものを返すわ」
「これは?」
「イノーイとラルフィへ飛ぶ魔石よ。全員でいけるわ」
「俺がこれを?」
「ええ。これ以外では逆に行けないわ。つまり、行方を誰も知らないということ」
「ん? 待てよ。その言い方だと、イノーイとラルフィは俺の味方か?」
「ええ、少なくとも私の知る限りはね」
けれど、その“知る限り”が、どこまで届くのか――俺にはわからなかった。
また俺の知らない俺の話がでてくる。
だが、これはまぎれもなく助け舟だ。
「ああ、助かる。急ぎ向かうぞ」
「行って。私はここで祈り続ける。あなたの影が、闇に沈まないように」
「わかった。まるで俺の帰る場所のようだな」
この時、エリサは大粒の涙をほほにこぼす。
「なぜ、いまそれをいうの?」
彼女の瞳に、祈りと絶望の境界が見えた。
突然あふれ出したしずくに、俺は戸惑いを隠せなかった。
単に、そのように感じただけだ。なぜか懐かしいような。
「わからない。なぜかそのように感じたんだ。凄く懐かしい」
「やっぱりあなたなのね。お願いがあるの」
「なんだ?」
「嘘でもいい。『愛している』と言って。そしたら私はまだ頑張れるわ」
俺はすぐに言ってしまいそうになる。半面、もう一人の俺は止めようとせめぎあう。
「なあ、おかしいんだ」
「どうしたの?」
「俺のなかで今の言葉を即答しようとする俺がいる。それでもう一人は止めようとする」
「どちらもあなたよ」
「ああ、だから今はこういわせてくれ――『必ず戻る』」
俺の中の“もう一人”が、静かにうなずいた気がした。
『必ず戻る』に、エリサは目を閉じて頷いた。
祈りが、胸の奥で音を立てた。
「ばかね。当たり前でしょ」
そう言うと、俺を強く抱きしめてきた。
俺はそっと背中を包み込んだ。
そのぬくもりは、確かに“生きている”証だった。
黒いローブの袖を握りしめ、女は爪を噛んだ。
黒い髪が風もないのになびいた。
優雅な姿のくせに、顔は焦りで歪み、親指の爪を噛んでいた。
その落差が、不気味なほどアンバランスだった。
細い肩の震えがとまらないし、汗もひかない。
先ほどまで粗かった呼吸はようやく落ち着きを取り戻し、足の震えは落ち着いていた。
「迂闊だった。まさかあの者がラダーとはな」
指先が冷える。火柱の残光が瞼の裏に焼き付いたままだ。
先ほどの記憶が焼け付くように頭の中で堂々巡りをしていた。
しかもあの焼かれた時の恐怖までもがよみがえる有様だ。
「まったくもってたちが悪い」
歯ぎしりするほど、顔しかめると急に口角を上げて笑みを見せた。
今はまだ、記憶が不確かなんだろうと。
その間に、始末してしまえばいいじゃないかと。
「ラダーめ……今度こそ、この手で殲滅してやる」
石のバルコニーに立つと、複数の魔法陣を展開させた。
こちらの魔法陣を向こう側へ転移させて、その空中から地獄の業火を降り注いでやれば、いくらヤツがラダーであってもひとたまりもないだろうと考えていた。
「ふふふ。死ね」
両掌を上げて展開された魔法陣をさらに大きな魔法陣が包み込み転送してしまう。
あとは、火を見るより明らかな結末しか見えない。
「ここからは見えないのは残念ね。レジーネには悪いけど一緒に消えてもらうわ」
火柱の閃光が遠くに消える。
魔法陣が転移したあと、どこかすがすがしい顔つきをしながら部屋にもどり、また別の場所へ向かっていった。
◇
「悠斗さま、イノーイ・ミールの所へ向かいましょう」
レジーネは突然割り込んできた。
ゴダードはとくに気にせず、話を続ける。
「それはいい。彼女なら。存命していればよき助言をもらえるかもしれんのう」
ゴダードもおすすめする者ってどうなんだ。
俺は半信半疑でいた。
何も難しいことではない。レジーネが信用した師匠であり賢者ノックスは、本性を現したらあのような感じだ。
今度はレジーネとゴダードが信用している賢者イノーイ・ミールだ。
こいつもまた、本性をさらけ出したら、それこそ戦いが勃発するのではないかとすら思える。
俺はこの時、レジーネ、ミミ、リリ以外は誰も信用に置けないと考えにいたっていた。
……待てよ。
俺はあの時遭遇した女エルフを思い起こしていた。
確か、教会にいたエリサだ。
俺のことを信用していたなら、逆に俺をだまし討ちするような人物である確度は低いのではないかとと考えていた。
その者からの意見も聞いてみたいと、なぜか胸の内が俺をたたく。
「ゴダード、情報感謝する。イノーイ・ミールに聞くのもよいがその前に会っておきたい人物がいる」
「悠斗さま、それは?」
「一旦でよう。ゴダードまたよらせてもらってもいいか?」
「もちろんじゃ。お主らの話をまた聞かせてくれ。楽しみにしておる」
「ああ、またな」
ふと俺は何かひっかかり、思ったことをそのまま口にした。
「なあ」
「なんじゃ?」
「黒涙の賢者は、俺たちの敵か?」
ノックスとは別系統で間違いないだろう。
ほんの一瞬だ。誰にもわからないごくごくわずかな違いがそこにあった。
「そうじゃのう。中立から外れているやもしれん」
「そうか。なら、敵にならないことを願うよ、ゴダード」
わずかに目を細めていた。
「わしはいつだってお主らの『話をきくぞ』」
やはりか。俺はなぜか確信してしまった。こいつは今はいいがいずれやばい。
「またな」
俺は皆を連れて、イルダの橋へ向かった。
「悠斗さま、先ほどのはどういう意味ですの?」
「言葉のとおりだ。敵になるなよといった後、話を聞くと返した。その前の中立の話を吹き飛ばすほどの威力だ」
「そういうことでしたか。いつから気が付いていたのですか?」
「ああ、確信をもてたのは、ほんのさっきだ。『彼女なら』と性別を当たり前のように自然にいってただろ?」
「あっそうでした。あまりにも自然だったので聞き流していましたわ」
「悠斗どういうこと?」
「ああ、以前レジーネから、ノックス以外の賢者の性別は一般認識では不明という話だったことを聞いたんだ。つまり知っていれば、その賢者の性質を色濃く受け継いでいる可能性もあるし、関係しているといえる」
「そういうことね。だからこそ要注意と」
ミミは顎に手をあてて、ゆっくりとうなずいた。
「そういうわけだ。必要以上に知りすぎているのも何か怪しいとも感じている」
「逆にいうとゴダードも何か隠していて、悠斗の素性や目的をさぐっているとか?」
「ああ、あり得る。まだ俺がラダーなのか違うのか半信半疑で俺が知らないフリをしているような疑うまなざしを向けていたからな」
「そんで会いたい人とは?」
「エリサだ。おそらくは、中立か味方のどちらかだ。これまでの内容だけ判断するとだけどな」
そこでリリは俺の顔を覗き込むようにしていった。
「エリサはね、ダダさまの味方だよ。それに――赤ちゃんがほしいってずっと言ってた」
「それなら、大丈夫といえるのか?」
……いや、そこまで言われるとは思ってなかった。
俺は少し面食らってしまう。
◇
俺たちはまっすぐエリサのいる教会へ訪れた。
扉を開けると熱心に祈りをささげているエリサがそこにいた。
ステンドグラスからこぼれる光がまるでエリサだけを包み込む神秘的な色合いを見せていた。
俺の心の中で、何か言葉がよみがえる。
それは、月光のように静かで――懐かしい響きだった。
「カッチャトーレ・デッラ・ルナ」そしてどういうわけか、エリサは俺の気配に気が付き、俺はさきの言葉を口をついてでてしまう。
「カッチャトーレ・デッラ・ルナ」
「あなた、それは」
またしても瞬間移動かと思うほどの勢いで俺に抱き着く。
「悪い。お前の祈る姿をみていたら、どういうわけかこの言葉がでてきた」
「あなたは、私に初めてあったときにその言葉をいったの」
「俺が?」
「ええ。意味はあなたの世界の別の国の言葉で『月を狩る者』と言っていたわ。当時、私はまさにそのようなことをしていたわ」
「わからねぇ」
「いいの。すこしずつだけでも思い出してくれれば。あなたと私の子。作る約束覚えてる?」
「それもわからねぇ。すまない」
「いいわ。少しずつでも。思いだしてからでからでかまわないわ」
吸い込まれそうになる目を見続けてしまう。
そこでふと我に返って思い出したように俺は告げる。
「聞きたいことがあってきた。イノーイとラルフィへの行き方を知っているか? ゴダードは敵かもしれない」
「やはりそうだったのね。この時が来るのをあなたは予見していたわ」
「なに?」
「これ、あなたから預かったものを返すわ」
「これは?」
「イノーイとラルフィへ飛ぶ魔石よ。全員でいけるわ」
「俺がこれを?」
「ええ。これ以外では逆に行けないわ。つまり、行方を誰も知らないということ」
「ん? 待てよ。その言い方だと、イノーイとラルフィは俺の味方か?」
「ええ、少なくとも私の知る限りはね」
けれど、その“知る限り”が、どこまで届くのか――俺にはわからなかった。
また俺の知らない俺の話がでてくる。
だが、これはまぎれもなく助け舟だ。
「ああ、助かる。急ぎ向かうぞ」
「行って。私はここで祈り続ける。あなたの影が、闇に沈まないように」
「わかった。まるで俺の帰る場所のようだな」
この時、エリサは大粒の涙をほほにこぼす。
「なぜ、いまそれをいうの?」
彼女の瞳に、祈りと絶望の境界が見えた。
突然あふれ出したしずくに、俺は戸惑いを隠せなかった。
単に、そのように感じただけだ。なぜか懐かしいような。
「わからない。なぜかそのように感じたんだ。凄く懐かしい」
「やっぱりあなたなのね。お願いがあるの」
「なんだ?」
「嘘でもいい。『愛している』と言って。そしたら私はまだ頑張れるわ」
俺はすぐに言ってしまいそうになる。半面、もう一人の俺は止めようとせめぎあう。
「なあ、おかしいんだ」
「どうしたの?」
「俺のなかで今の言葉を即答しようとする俺がいる。それでもう一人は止めようとする」
「どちらもあなたよ」
「ああ、だから今はこういわせてくれ――『必ず戻る』」
俺の中の“もう一人”が、静かにうなずいた気がした。
『必ず戻る』に、エリサは目を閉じて頷いた。
祈りが、胸の奥で音を立てた。
「ばかね。当たり前でしょ」
そう言うと、俺を強く抱きしめてきた。
俺はそっと背中を包み込んだ。
そのぬくもりは、確かに“生きている”証だった。
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