寿命スロット×俺は命だけ偽造する ―異世界で5秒から始まる延命サバイバル―

雪ノ瞬キ

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27話:名乗らぬ因果、食まれる理

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 「ねぇ。そこまでして私が欲しいの?」

 ニヤリと笑むその顔は何をのぞむのか。
 こいつ、狂っていやがる。
 ある意味全部だ。

 なぜだろうな。
 狂っている奴は大抵自分を普通か正常だと思い込もうとしている。
 まあ、俺はおれで狂っているかもしれないけどな。

 それにしても、何でこれほどまで無防備なんだ。
 この女以外誰もいない。石造りのゴーレムだけでなく、装飾物すらない。
 大きな玉座とそれを載せる階段以外はただの広間だ。
 俺も含めて、こいつがイノーイだと思い込んでいるのも何かおかしくないか。

「あえて言う。名乗れ」

 イノーイはふっと目を細めた。
 玉座に背を預け、肩で息をしながら、わずかに笑う。

「名を与えた瞬間、因果が私を縛るわ。……だから、無理ね」

 何を言ってやがる。
 まるで“名乗ること”自体が呪いみたいな言い方だ。
 だが、その目は冗談を言っているようには見えなかった。
 ほんのわずか――怯えていた。
 いや、違う。
 あれは俺の名に、何かを感じたような……。
 
 すると俺の脳裏に届く声があった。

『イノーイ・ミールよ。またその手には乗らないわ。私を孕ませる気でしょ?』

 なんだこの声は。

 それを聞いた瞬間、胸の奥にざらついた痛みが走った。
 まるで、誰かがその言葉を“前にも言った”ような――。

「また、だと……?」頭の奥で、何かがざわついた。

 しかも見当違いの話を振り混乱させる作戦か。
 まあ、それだけ見た目は魅力的すぎるから、脱がれたらヤバイな。

「俺が欲しいのは情報だ」

 強い視線を送ったつもりなんだが。
 なんでそこで上着を脱ぐんだ?
……まずい。読まれてる。

「そう。対価は?」

 まあ、そう来るよな。ただなんて世の中は甘すぎる。
 俺の頭の中でなぜか、命だと叫ぶ声が聞こえる。

「お前の……命」

 一瞬、あの女の下瞼がひくついた気がした。

「私を殺さないでいてくれるってことね? 乱暴するつもりかと思ったわ」

「……」

「するの?」

「……」

「まあ、あなたに敵う相手はラダーしかいないものね。ここに来てしまった時点で私の負けね。何の情報が欲しいの?」

 やけに素直だが、何だ。

「アルフォンシア王国の王たちが閉じ込められた水晶の位置だ」

 彼女は静かに笑った。
 まるで「死」なんて、取引の一項目にすぎないように。
 その無表情の奥で、なにかが軋んだ気がした。

「帝都エド――そこの宝物倉庫にあるわ」

 そこは確かミミの故郷だという話だが、どういうことだ?
 この世界に転移でもしてきたのか?

「エドは異界の町じゃないのか?」

 一瞬、口角を上げたのはなんだ?

「あらよく知っているわね。ラフィが町ごと転移させたのよ。私は――関係ないわ。ラフィはラルフィの愛称よ?」

 なんだ、話せば話すほど胸糞悪くなるクソ女だな。
 どうしてこんなにイラつくんだ。

 苛立ちの奥にある何ともいえないものは、息を吹きかけると燃え上がる炎があった。
 それを怒りだと信じ込もうとしても、どこかで違うと分かっていた。
 
 俺はこいつをどこか何かを知っている。しかもなんかこうイラッと来る記憶がある。
 わかんねぇ。わかんねぇけど、どうするかこれ。この感情は放置しちゃいけない何かがある。

「エドはどこにある?」

「どうせラフィのところにもいくんでしょ? その先にあるわ」

 正面から答えない――何か隠してる。

「……そうか」

 俺は、胸の奥で何かがざらつくのを感じていた。
 こいつの声が、妙に懐かしい。
 それでいて、殺したくなるほど不快だった。

「あなた、まだ“自分が誰か”思い出していないのね」

 その一言で、何かが切れた。

 “怒り”じゃない。
 もっと原始的な、名を聞いただけで疼く記憶の痛み――それが体を動かしていた。

 距離が、崩れた。
 気づけば玉座の裏で二人で息が触れ合っていて、
 次の瞬間、思考が白く焼き切れた。

 視界が、真っ赤に滲んだ。
 それから先は、記憶がない。

――鉄を噛み砕くような音が響く。

……何かを掴んだ気がした。
 その瞬間、世界が音もなく裏返った。

 気づいたとき、イノーイは床にうなだれ、髪が乱れていた。
 瞳は焦点を失い、肩口の布がずれている。
 俺の手のひらには、かすかな温もりと、光の粒の残滓があった。

 視界の端で、赤い顎が消えていくのが見えた。

……何をしたのか、激しい憤りで正直に動いてしまった。
 まぁ、やっちゃまったのはしかたなかった。

 イノーイは何も言わなかった。
 けれど、その唇がかすかに笑った気がした。

 その笑みには、抗うような強さと、許すような柔らかさが同居していた。
 言葉にすれば壊れてしまう何かを、彼女は抱えていたのかもしれない。

『……うれしいわ』

 この女のつぶやきが脳裏に響く。
 意味がわからない。胸の奥がざわつく。

 その笑みは、どこか懐かしかった。
 血の匂いの奥に、別の何か――あたたかいものがあった。
 俺はそれを怒りと勘違いした。
 そうでもしないと、胸の奥が壊れそうだった。


 不意に、視界の端で赤い光が走った。
 次の瞬間、前腕の骨格が割れて顎の継ぎ手に変わり――イノーイの右腕が、俺の顎の中にあった。
 血は出ない。代わりに、光の粒が弾けて消えていく。

「ふふ……やはり、あなたは“それ”なのね」

 俺ははっとして腕を離した。  
 指先がまだ、肉の感触を覚えている。  
 息が荒い。心臓が暴れている。
 喰ったのは、肉じゃなく、理性だった。

「おい……何をした……」

 イノーイは微笑んだ。

「試したのよ。あなたが“ラダー”であることをね。この腕は以前あなたに食われているわ。だから偽物」

 静寂。
 胸の奥がざわつく。
 知らない記憶のはずなのに、懐かしい感覚だけが残った。

 そういえば、稼働残は“3分13秒”を捨てて“55分19秒”に繋ぎ変えていた。
 あの選択が、ここで何かの因果を呼び込んだのか――そんな錯覚がよぎった。
 
 その中で、俺の中の何かが笑っていた。

「私のこと好きにしていたあの頃と同じね」

 あの頃? 同じだと?

 無意識に腕をつかんでいた。
 その瞬間、イノーイの瞳の奥で光が跳ねた。
 何か仕掛けられた――そう感じた時には、もう玉座の裏へ引きずっていた。

「何よ、また乱暴するつもりなのね」

 魔法袋の中にあった封印具を取り出し、口を封じる術式を刻む。
 さらに足元には拘束の紋を展開し、椅子ごと固定した。
 残った腕も、動かせぬよう光の帯で封じる。

 理屈はない。だが“この女は名乗らず、名で縛れない”。なら、せめて形だけでも縫い止めるしかなかった。
 なぜかこうでもしておかないと、逃げられる気がした。
 
「今は……殺さない」

 俺のセリフに反応して目を見開き何かを口ごもる。
 何を言っているかわからないが、聞くつもりもない。

『なんでもっと時間を重ねてくれないの。少し寂しいわ』

 またしてもこの女の声が脳裏に響く。
 胸をかきむしりたくなるこの衝動はなんだ?

……その瞳が、どこかで見た誰かの瞳と重なった気がした。

 手のひらには、まだあの女の体温が残っている。
 拭っても消えないぬくもりが、なぜか気持ち悪くなかった。

 いや、違う。気持ち悪いのは俺の方だ。
 奪ったはずなのに、何かをもらった気がしてならない。
 こいつが何を思って笑っていたのか、考えるのはやめた。
 考えたら、戻れなくなる気がした。

 こいつに、これ以上かかわっていても仕方ない気がして俺は帰路につこうとした。
 黙ったまま立ち去ろうとすると、ミミは小走りで近寄り引き留める。

「ねえ、悠斗。エドのことをあの女は何か知っているわ」

 ミミの表情から、どうしても何かを聞きたい。顔にそう書かれている気がした。

「ヤツに聞いても無駄だ。ラフィを尋問しよう」

 なんだ?
 なんで俺は自然に、尋問とかいっちゃっているんだ?
 おかしくねぇか。

「みすみす知っている相手を逃すの?」

 ミミは焦りとも怒りとも違う、愉悦感のある笑みなのはなぜだ。
 俺の軽い混乱は、ミミには気づいていないのか。

「いや違う。これからいう言葉は嘘になる」

「嘘? なんで?」

「命を握られて、本当か嘘か検証できない時点で相手にとって都合よく答えるのは、常套手段だろ?」

 生死の境なら、生き延びるためなんでもしだすのは自然だと思っている。

「それも……そうね」

「試しに、腕1本もぎ取って尋問してみるか? 何を聞きたい?」

 思わず口をついて出た言葉だけど、何か違う気がした。
 何だこの違和感。
 俺自身の言葉もそうだが、それより、ミミだ。

 出身地が強制転移させられたら、心配に近い感情がでるのが俺は普通だと思っていた。
 それなのに、なんでこいつは、ニヤついているんだ。
 自身の表情に気が付いてもいないのか?

 おいおいこれって、こいつもヤバイ腹づもりがあるのか。

「本当に町ごと人も転移したのかなって聞きたいかな」

 何いっているんだこいつは。
 口元は嗤っているのに声は冷たい。

 ただ、エドについて知りたいのは俺もレジーネも同じだ。
 当然意味は違ってもミミも同じだろう。そうであればここに長居するのは無用だ。

「行こうぜ。エドがあって、そこに水晶があることがわかったのは大きい」

「わかったわ」

 ミミは名残惜しそうに玉座に視線を移していた。

 背後で、鎖のような音が小さく響いた。
 それは、縛めの音ではなく――名残の音だったのかもしれない。



 鎖の音が遠ざかる。
 もう、足音は聞こえない。
 あの人の手のぬくもりが、まだ残っている。
 
 掌を開いても、心にこびりついて離れない。
 あぁ……笑ってしまうわね。
 いつも私は、こうして置いていかれる。
 
 本当は――ほんの少しでいい。
 もう一度だけ、名前を呼んでほしかった。
 でも、それもきっと“運命”なんでしょうね。
 
 あの人が誰なのか、私は知っている。
 だからこそ、言えない。
 抱かれた痛みより、置き去りにされた優しさのほうが、ずっと苦しい。
 
 ラダー……
 いえ、悠斗。
 もし、また巡り会えたら――
 
 その時は、今度こそ嘘じゃなく、
 私を、愛してほしい。
 
 鎖が静かにほどけていく音がした。  
 誰もいない広間で、イノーイはゆっくりと顔を上げる。  
 唇の端に浮かんだ微笑みは、涙とともに光を帯びていた。  

「……次こそ、嘘じゃなくて」  
 
 その声だけが、静寂に残った。



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