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ぺこぺこ
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えっちの後はお腹が空く。
プリュイは性欲を満たし終えた重い体をベッドに沈ませながらそう思った。
薄い腹からは助けを求めるように、きゅうきゅうと情けない音が聞こえてくる。
最愛の男であるルイと体を繋げ終えて小一時間。
我慢していたけれど、一度生まれた欲求は無視できないほどに大きくなっていく。
お腹空いた、でも動くの面倒だし、ちょっと眠い。だけどやっぱりお腹は切なげに泣き声をあげる。
こんな夜中に食べたら太っちゃうよなぁ。末っ子の萩への授乳を終えてから、ほんのちょっとだけ、ほんとにほんとにちょっぴりだけ太ったし、食べない方がいいのはわかっていたけれど、やっぱりお腹が空くのは我慢できない。
ベッドの上でモゾモゾと動きながら、キッチンで何か食べ物を探そうか悩んでいると、横でルイが小さく唸って寝返りを打った。
起こしてしまったかと思って恐る恐る顔をのぞくと、普段は男らしく甘さなど一切ない顔なのに、いとけなさを隠しきれていない寝顔を見せている。
ルイは意外と眠気に弱く、後戯の時間が過ぎると吸い込まれるように眠りの世界へと落ちてしまう。
たまに寂しいと思ってしまうこともあるけれど、自分の前では気を張らなくていいと言ってもらえているようでなんだか胸がくすぐったい。
ルイのすぐ横に肘をつき、頬を突いてみても眉間に深い皺が刻まれるだけで、起きそうな気配はない。
さっきまでプリュイのことを鬼のように虐めていたくせに、今は無防備な寝顔を晒すルイに思わず頬が緩んだ。
いい歳の成人男性に抱く感情かは疑わしいけれど、惚れた弱みでどうしても可愛く見えてしまう。
本当はもう少しルイの寝顔を見ていたかったが、お腹が限界を訴えてぐぅぐぅとなり始めたから一人だけの寝顔鑑賞会はいったんお開き。
そっとベッドを抜け出して、散らばるパジャマをかき集め体に纏い、眠る家族を起こさないようにキッチンへと足を進めた。
性欲の次は、食欲。いっぱい食べたら、その次はぐっすり眠る。
我ながら本能のままに生きすぎな気もするけれど仕方がない。
プリュイだって人間である前に動物なのだから。
キッチンに着くと、プリュイは真っ先にやたらとでかい冷蔵庫を開ける。
ひんやりとした青白い光を放つ鉄の塊には、明日(といってももう今日)の朝ごはんになる予定の残り物と色とりどりのお野菜、新鮮なお肉やお魚が眠っていた。
どうしよう。朝ごはん用のは残しておきたいし、今からお肉やお魚を使って自分のためだけに料理するのは面倒臭い。
冷蔵庫の扉をなるべく静かに閉じて、今度はパントリーの中へと入る。
普段子供達にバレないようにいつまみ食いする時の癖でなるべく静かにパントリーを物色していると、プリュイの手にお目当ての感触が走る。
ピッとカゴの中から引っ張り上げると予想通り、ラスト一つ、塩味の袋麺が姿を現した。
ルイの夜食用にと思ってとっておいたけれど、なかなか使う機会も訪れずだったのでちょうど良いタイミングだろう。
これを茹でて素ラーメンで食べちゃおう。茹で上がった麺と、脂の浮くスープを想像したら口の中に唾液がじゅわりと生まれ始める。あ~早く食べたい。ラーメンラーメン。
ふんふんと小さく鼻歌を歌いながらパントリーを出ようとすると、いきなり暗いキッチンに大きな影が入ってきてプリュイは思わず叫び声をあげそうになった。
「ピャ!!!んむっっ!!」
家中に大絶叫が響き渡る既の所で、プリュイを脅かした原因である黒い影に口を押さえられる。
え?なに?強盗?極道の家に?それともお化け?パニックで腕をとにかく振り回して暴れていると黒い影に「おい」と声をかけられた。
なぜだか聞き覚えのある声に動きを止めると、キッチンライトが付けられて黒い影が一気に人間の姿へとなっていく。
「ビビりすぎだろ」
黒い影もとい夫のルイが呆れた表情で目の前に立っていた。
正体がわかるとガクッと体から力が抜け、プリュイはシンクにもたれかかる。
「びっくりするよ!もう......電気つけてくれれば良いのに。ていうか寝てたんじゃないの?」
「寝てたけど、お前を抱き寄せようとしたらどこにも居ないから探しにきた」
ルイは下唇を突き出し、不満を顕にして文句を言う。
アラフォー男の発言とは思えない。
プリュイは体を預けていたシンクから起き上がり、なるべく音を立てないように注意して鍋を取り出す。
「寝てて良いのに。一人で寝られないの?」
「お前が居ないと何もできない」
冗談で言ったつもりだったのに、思いの外真剣な声色で返されて少し動きが止まってしまう。
鍋に水を入れてコンロに置いてから、プリュイはくるりと後ろを振り向いて、ルイのほっぺを引っ張った。
「かわいいね」
そのまま背伸びをして、ルイの唇に自分の唇を重ねる。いつも自分の足だけで立って、誰の支えも必要としていなさそうなルイが無意識でもこうしてプリュイに何かを求めてくれると、甘やかしたくて仕方が無くなる。
何度か角度を変えてキスをしたら、ルイの太い腕がプリュイの腰に回った。
腰に回されていない方の手が、髪を撫でて耳の輪郭を辿っていく。示し合わせたかのように、二人は唇を離して鼻先を擦り付けてからおでこをくっつけあった。
目を開けると、深い蒼がプリュイをじっと穏やかな眼差しで見つめていた。
「可愛いのはお前だ」
「僕は一人で眠れるよ?」
「そういう事じゃねえよ」
ルイは口角を上げいつもより少しだけ高い声でそう言うと、プリュイの唇に噛み付くように喰らいついてきた。舌がプリュイの口の中に入って、暴れ回る。どこでルイのスイッチを押してしまったのかわからないけれど、とりあえず甘えたい分だけ甘やかしてやろう。
多分、ルイが甘えられるのはプリュイだけだから。
当初の目的を忘れるほど、深く唇を重ね舌を絡ませているとルイの熱い掌が、パジャマの中に潜り込んでくる。すぐに戻ると思って下着もつけずに来たから、簡単に弱い胸の尖りを捕らえられてしまう。
こんな場所でダメと言いたくても、二人の唇は接着剤でくっついてしまったように離れない。
ルイの指先が、固く尖った先端を摘み上げた瞬間、プリュイの息を呑む音と共にそれとは違う音がキッチンを満たした。
ぐぅぅぅぅぅぅぅうううううう
その音に、たまらずルイもプリュイも唇を離し動きを止める。
数秒間の沈黙の後に、念押しのようにプリュイのお腹がぐぅ、と鳴ると途端にルイが震え始めた。
「ふっっ......クク......」
笑ってる。普段全然笑わないくせにこんな時だけめっちゃ笑ってる。
恥ずかしくて、居た堪れなくて、プリュイは八つ当たりでドンドンとルイの胸を叩いた。顔が燃えるように熱くて仕方がない。
「笑うなっ!!」
「いや、無理だろ。ふっ......すっげえ腹の音だったぞ」
「だって!だってぇ......」
お腹空いてたからとか、ルイが離してくれないからとか、ラーメン食べたいとか色々言いたいことはあったがもう何も言える気力がなくて、ルイの肩に額を乗せて襲いくる羞恥の波に耐えるしかなかった。
「うぅ......」
「悪かったよ。腹減ってたんだよな」
笑いを堪えながら、ルイは大きな掌をプリュイの頭に乗せる。
いっつも意地悪なのに、たまに優しいから尚更恥ずかしい。
「おなかすいた......」
半べそでルイに訴えると、頭をポンポンされた後に体が離れていく。
「作ってやるから泣くなよ」
泣いてない。すっごく恥ずかしくてちょっと目がうるうるしているだけだ。
でもこの恥ずかしさも、ルイが作ってくれるラーメンとの取引材料になるならまだ許せる。
ルイはお湯を火にかけ、湯玉がぽこぽこと生まれてくると中に袋麺を投入してから、どんぶりにスープの素を入れてパントリーから高めのスツールを出してきてプリュイを座らせてくれる。
至れり尽くせり。お腹が鳴るのも悪くないかもしれない。
ルイは冷蔵庫から小ネギを出して、慣れた手つきで細かく刻んでいく。
結婚したばかりの時は本当に何も家事が出来なかったのに、今では料理も掃除も洗濯もお手の物だ。
靴下脱ぎっぱなしだけはいつまでも治らないけど。
麺が踊るお湯の中に、鮮やかなオレンジ色の卵がポトリと落とされた。
透明だった白身が白くにごったら、スープの素が待つどんぶりに鍋の中身が移される。
揺らめきながら昇っていく湯気が落ち着くと、キッチンライトに照らされてつやつやと輝くラーメンがプリュイの食欲を擽った。
刻まれた小ネギがザッと盛られ、鮮やかなネギの色と香りがどんぶりの中へ広がっていく。
自分で作っていたら、絶対に卵も小ネギも入れてなかったからお腹がなってラッキーだ。
「おいしそう……」
限界を迎えたプリュイのお腹がさっきからぐうぐうとアピールする音が止まらない。
「ん、召し上がれ」
ルイから箸を手渡されたプリュイはもうちょっとの我慢も効かず、パチンッと両手を合わせた。
「ありがとう!いただきますっ」
まずは麺と絡んだ小ネギを持ち上げて一気にすする。
深夜に食べるラーメンってなんでこんなに美味しいのだろう。塩気と口の中を滑る麺、そこに小ネギの癖のあるアクセントが効いて身体中が幸福と罪悪感で満たされて高揚していく。
それに、何よりもルイが作ってくれたということが一番の美味しいポイントだ。
「ルイ、すっごい美味しい!ありがとう」
じっとプリュイの様子を伺っていた夫に笑顔を向けると、ルイは表情こそ変えないもののプリュイの頭を優しく撫でてくれた。
夜中のラーメンwith好きな人って人生の中の最高な瞬間の一つだと思う。
プリュイの一口目を見届けたルイは、もう一脚スツールを持ってきて、冷蔵庫から缶ビールを取り出してプリュイを見ながら呑み始めた。
流石に肴が人間はいくら酒好きのルイでも極めすぎなので、作ってくれたラーメンをルイの口元へと持っていく。
ルイはずるっといい音を立てて麺を一気に吸い込んだ。
「うめぇな」
「うん、ルイの作ってくれるラーメンいっつも美味しい」
半熟のトロッとした卵を割り、麺と絡ませてちゅるちゅると啜る。
濃厚な黄身が麺に絡むと、味が変わってまた違う美味しさが出てきて嬉しい。
味変した麺もルイの口へと運んで、深夜のひと時を楽しむ。二人っきりの時は爛れたことをしている事が多いから、こういう何気ない普通の時間も幸せだなと思う。
座り心地のいいスツールの足に、足の裏を擦り付けながら、お酒を呑むルイを見上げる。
毎日ずっと一緒にいられるわけじゃないから、いつ一緒にいられなくなるかわからないから、こういう時間を大切にしたい。
じっと見つめすぎたからか、ビールを煽っていたルイが首を傾げながら缶をプリュイに差し出す。
魅力的な誘いだけれど、飲んだら記憶を失くしがちだから頭を振って断った。
「いいのか?」
「うん、だって忘れたくないから」
本当に記憶が飛ぶ酔い方だけはどうにかしたい。もっとお酒を楽しみたいけれど如何せん弱すぎる。
逆にルイはザルで人生で一度も酔ったことがないらしい。本人曰く、酒飲みばかりの親戚の中でも一番強くお酒を覚えてからは毎年正月は酒飲み勝負をして酔ったおじさん達からお年玉という名の強奪をしていたそうだ。
その話を聞いた時は大きくなった子供達も同じ事するようになったらどうしようと思ったけれど、まぁその時はその時だ。
どんぶりの中のラーメンを啜っていると、いきなり腰に手が回ってきた。
びっくりして体を跳ね上げさせると、犯人の男が機嫌よくこめかみに唇を寄せてくる。
「何っ!?」
「いや、お前は本当に可愛いなって思っただけだ」
どこが?どのタイミングでそう思ったの?と問いただしたかったけれど、そんなの聞くのも恥ずかしいから襲ってくるキスの嵐に身を委ねながらプリュイはどんぶりのラーメンを啜り続けた。
作ってもらったラーメンをペロリと完食して食後の一休憩でぼーっとしていると、既にビールの缶を空にしていたルイが手際よく後片付けまでしてくれた。
できる男すぎる。
ありがとうの気持ちを込めてほっぺにキスをしたら、三十倍返しのキスを唇にもらって窒息死するところだった。危ない危ない。
二人で歯磨きをして、ベッドに潜り込むと時計の短い針はいつの間にか数字の2にぐんと近づいていた。
どうりで眠いわけだ。
いっぱい運動(意味深)もしたし、美味しいお夜食も食べたし、大好きな人が隣にいたし、良い一日だった。
あとは最後の睡眠欲を満たして、数時間後に目覚めるルイとプリュイの愛の結晶達の大騒ぎに備えなければ。
当たり前のように腕を差し出してくるルイに甘えてその腕を枕にして胸元に顔を埋める。
爽やかで、プリュイを落ち着かせてくれる香りを深く吸い込みながら、二人の間に隙間ができないようにぴったりと体を擦り付けて自分とは全然違う厚い背中に腕を回して小さく囁いた。
「ルイ......だいすき」
眠くて輪郭が崩れかけた喋りだったけれど、言いたいことをなんとか言葉にする。
頭上で、ルイが息を飲む音が聞こえたけれど、働かなくなってきた頭ではそれがどうしてなのかあまり理解ができない。
ルイは「あぁ......」とか「こいつ本当に......」とかなんとかぶつぶつ言っていたけれど最後はプリュイのことを力一杯抱きしめて「愛してる」と言っておでこにキスをしてくれた。
もうほとんど眠りの世界に体を預けていたプリュイは最後に聞こえた言葉に、にこっと口角を緩め意識を手放した。
______________________________________________________________________
翌朝目を覚まして時計を見ると、短い針はとんでもない数字を指していてプリュイは大パニックに陥りながら家中の人間を起こして回った。
夜中のラーメン、まさかの大寝坊。
ルイと手分けをして超特急で子供達の朝の準備をしながら、なんだかんだプリュイの一日は今日も笑顔で始まった。
プリュイは性欲を満たし終えた重い体をベッドに沈ませながらそう思った。
薄い腹からは助けを求めるように、きゅうきゅうと情けない音が聞こえてくる。
最愛の男であるルイと体を繋げ終えて小一時間。
我慢していたけれど、一度生まれた欲求は無視できないほどに大きくなっていく。
お腹空いた、でも動くの面倒だし、ちょっと眠い。だけどやっぱりお腹は切なげに泣き声をあげる。
こんな夜中に食べたら太っちゃうよなぁ。末っ子の萩への授乳を終えてから、ほんのちょっとだけ、ほんとにほんとにちょっぴりだけ太ったし、食べない方がいいのはわかっていたけれど、やっぱりお腹が空くのは我慢できない。
ベッドの上でモゾモゾと動きながら、キッチンで何か食べ物を探そうか悩んでいると、横でルイが小さく唸って寝返りを打った。
起こしてしまったかと思って恐る恐る顔をのぞくと、普段は男らしく甘さなど一切ない顔なのに、いとけなさを隠しきれていない寝顔を見せている。
ルイは意外と眠気に弱く、後戯の時間が過ぎると吸い込まれるように眠りの世界へと落ちてしまう。
たまに寂しいと思ってしまうこともあるけれど、自分の前では気を張らなくていいと言ってもらえているようでなんだか胸がくすぐったい。
ルイのすぐ横に肘をつき、頬を突いてみても眉間に深い皺が刻まれるだけで、起きそうな気配はない。
さっきまでプリュイのことを鬼のように虐めていたくせに、今は無防備な寝顔を晒すルイに思わず頬が緩んだ。
いい歳の成人男性に抱く感情かは疑わしいけれど、惚れた弱みでどうしても可愛く見えてしまう。
本当はもう少しルイの寝顔を見ていたかったが、お腹が限界を訴えてぐぅぐぅとなり始めたから一人だけの寝顔鑑賞会はいったんお開き。
そっとベッドを抜け出して、散らばるパジャマをかき集め体に纏い、眠る家族を起こさないようにキッチンへと足を進めた。
性欲の次は、食欲。いっぱい食べたら、その次はぐっすり眠る。
我ながら本能のままに生きすぎな気もするけれど仕方がない。
プリュイだって人間である前に動物なのだから。
キッチンに着くと、プリュイは真っ先にやたらとでかい冷蔵庫を開ける。
ひんやりとした青白い光を放つ鉄の塊には、明日(といってももう今日)の朝ごはんになる予定の残り物と色とりどりのお野菜、新鮮なお肉やお魚が眠っていた。
どうしよう。朝ごはん用のは残しておきたいし、今からお肉やお魚を使って自分のためだけに料理するのは面倒臭い。
冷蔵庫の扉をなるべく静かに閉じて、今度はパントリーの中へと入る。
普段子供達にバレないようにいつまみ食いする時の癖でなるべく静かにパントリーを物色していると、プリュイの手にお目当ての感触が走る。
ピッとカゴの中から引っ張り上げると予想通り、ラスト一つ、塩味の袋麺が姿を現した。
ルイの夜食用にと思ってとっておいたけれど、なかなか使う機会も訪れずだったのでちょうど良いタイミングだろう。
これを茹でて素ラーメンで食べちゃおう。茹で上がった麺と、脂の浮くスープを想像したら口の中に唾液がじゅわりと生まれ始める。あ~早く食べたい。ラーメンラーメン。
ふんふんと小さく鼻歌を歌いながらパントリーを出ようとすると、いきなり暗いキッチンに大きな影が入ってきてプリュイは思わず叫び声をあげそうになった。
「ピャ!!!んむっっ!!」
家中に大絶叫が響き渡る既の所で、プリュイを脅かした原因である黒い影に口を押さえられる。
え?なに?強盗?極道の家に?それともお化け?パニックで腕をとにかく振り回して暴れていると黒い影に「おい」と声をかけられた。
なぜだか聞き覚えのある声に動きを止めると、キッチンライトが付けられて黒い影が一気に人間の姿へとなっていく。
「ビビりすぎだろ」
黒い影もとい夫のルイが呆れた表情で目の前に立っていた。
正体がわかるとガクッと体から力が抜け、プリュイはシンクにもたれかかる。
「びっくりするよ!もう......電気つけてくれれば良いのに。ていうか寝てたんじゃないの?」
「寝てたけど、お前を抱き寄せようとしたらどこにも居ないから探しにきた」
ルイは下唇を突き出し、不満を顕にして文句を言う。
アラフォー男の発言とは思えない。
プリュイは体を預けていたシンクから起き上がり、なるべく音を立てないように注意して鍋を取り出す。
「寝てて良いのに。一人で寝られないの?」
「お前が居ないと何もできない」
冗談で言ったつもりだったのに、思いの外真剣な声色で返されて少し動きが止まってしまう。
鍋に水を入れてコンロに置いてから、プリュイはくるりと後ろを振り向いて、ルイのほっぺを引っ張った。
「かわいいね」
そのまま背伸びをして、ルイの唇に自分の唇を重ねる。いつも自分の足だけで立って、誰の支えも必要としていなさそうなルイが無意識でもこうしてプリュイに何かを求めてくれると、甘やかしたくて仕方が無くなる。
何度か角度を変えてキスをしたら、ルイの太い腕がプリュイの腰に回った。
腰に回されていない方の手が、髪を撫でて耳の輪郭を辿っていく。示し合わせたかのように、二人は唇を離して鼻先を擦り付けてからおでこをくっつけあった。
目を開けると、深い蒼がプリュイをじっと穏やかな眼差しで見つめていた。
「可愛いのはお前だ」
「僕は一人で眠れるよ?」
「そういう事じゃねえよ」
ルイは口角を上げいつもより少しだけ高い声でそう言うと、プリュイの唇に噛み付くように喰らいついてきた。舌がプリュイの口の中に入って、暴れ回る。どこでルイのスイッチを押してしまったのかわからないけれど、とりあえず甘えたい分だけ甘やかしてやろう。
多分、ルイが甘えられるのはプリュイだけだから。
当初の目的を忘れるほど、深く唇を重ね舌を絡ませているとルイの熱い掌が、パジャマの中に潜り込んでくる。すぐに戻ると思って下着もつけずに来たから、簡単に弱い胸の尖りを捕らえられてしまう。
こんな場所でダメと言いたくても、二人の唇は接着剤でくっついてしまったように離れない。
ルイの指先が、固く尖った先端を摘み上げた瞬間、プリュイの息を呑む音と共にそれとは違う音がキッチンを満たした。
ぐぅぅぅぅぅぅぅうううううう
その音に、たまらずルイもプリュイも唇を離し動きを止める。
数秒間の沈黙の後に、念押しのようにプリュイのお腹がぐぅ、と鳴ると途端にルイが震え始めた。
「ふっっ......クク......」
笑ってる。普段全然笑わないくせにこんな時だけめっちゃ笑ってる。
恥ずかしくて、居た堪れなくて、プリュイは八つ当たりでドンドンとルイの胸を叩いた。顔が燃えるように熱くて仕方がない。
「笑うなっ!!」
「いや、無理だろ。ふっ......すっげえ腹の音だったぞ」
「だって!だってぇ......」
お腹空いてたからとか、ルイが離してくれないからとか、ラーメン食べたいとか色々言いたいことはあったがもう何も言える気力がなくて、ルイの肩に額を乗せて襲いくる羞恥の波に耐えるしかなかった。
「うぅ......」
「悪かったよ。腹減ってたんだよな」
笑いを堪えながら、ルイは大きな掌をプリュイの頭に乗せる。
いっつも意地悪なのに、たまに優しいから尚更恥ずかしい。
「おなかすいた......」
半べそでルイに訴えると、頭をポンポンされた後に体が離れていく。
「作ってやるから泣くなよ」
泣いてない。すっごく恥ずかしくてちょっと目がうるうるしているだけだ。
でもこの恥ずかしさも、ルイが作ってくれるラーメンとの取引材料になるならまだ許せる。
ルイはお湯を火にかけ、湯玉がぽこぽこと生まれてくると中に袋麺を投入してから、どんぶりにスープの素を入れてパントリーから高めのスツールを出してきてプリュイを座らせてくれる。
至れり尽くせり。お腹が鳴るのも悪くないかもしれない。
ルイは冷蔵庫から小ネギを出して、慣れた手つきで細かく刻んでいく。
結婚したばかりの時は本当に何も家事が出来なかったのに、今では料理も掃除も洗濯もお手の物だ。
靴下脱ぎっぱなしだけはいつまでも治らないけど。
麺が踊るお湯の中に、鮮やかなオレンジ色の卵がポトリと落とされた。
透明だった白身が白くにごったら、スープの素が待つどんぶりに鍋の中身が移される。
揺らめきながら昇っていく湯気が落ち着くと、キッチンライトに照らされてつやつやと輝くラーメンがプリュイの食欲を擽った。
刻まれた小ネギがザッと盛られ、鮮やかなネギの色と香りがどんぶりの中へ広がっていく。
自分で作っていたら、絶対に卵も小ネギも入れてなかったからお腹がなってラッキーだ。
「おいしそう……」
限界を迎えたプリュイのお腹がさっきからぐうぐうとアピールする音が止まらない。
「ん、召し上がれ」
ルイから箸を手渡されたプリュイはもうちょっとの我慢も効かず、パチンッと両手を合わせた。
「ありがとう!いただきますっ」
まずは麺と絡んだ小ネギを持ち上げて一気にすする。
深夜に食べるラーメンってなんでこんなに美味しいのだろう。塩気と口の中を滑る麺、そこに小ネギの癖のあるアクセントが効いて身体中が幸福と罪悪感で満たされて高揚していく。
それに、何よりもルイが作ってくれたということが一番の美味しいポイントだ。
「ルイ、すっごい美味しい!ありがとう」
じっとプリュイの様子を伺っていた夫に笑顔を向けると、ルイは表情こそ変えないもののプリュイの頭を優しく撫でてくれた。
夜中のラーメンwith好きな人って人生の中の最高な瞬間の一つだと思う。
プリュイの一口目を見届けたルイは、もう一脚スツールを持ってきて、冷蔵庫から缶ビールを取り出してプリュイを見ながら呑み始めた。
流石に肴が人間はいくら酒好きのルイでも極めすぎなので、作ってくれたラーメンをルイの口元へと持っていく。
ルイはずるっといい音を立てて麺を一気に吸い込んだ。
「うめぇな」
「うん、ルイの作ってくれるラーメンいっつも美味しい」
半熟のトロッとした卵を割り、麺と絡ませてちゅるちゅると啜る。
濃厚な黄身が麺に絡むと、味が変わってまた違う美味しさが出てきて嬉しい。
味変した麺もルイの口へと運んで、深夜のひと時を楽しむ。二人っきりの時は爛れたことをしている事が多いから、こういう何気ない普通の時間も幸せだなと思う。
座り心地のいいスツールの足に、足の裏を擦り付けながら、お酒を呑むルイを見上げる。
毎日ずっと一緒にいられるわけじゃないから、いつ一緒にいられなくなるかわからないから、こういう時間を大切にしたい。
じっと見つめすぎたからか、ビールを煽っていたルイが首を傾げながら缶をプリュイに差し出す。
魅力的な誘いだけれど、飲んだら記憶を失くしがちだから頭を振って断った。
「いいのか?」
「うん、だって忘れたくないから」
本当に記憶が飛ぶ酔い方だけはどうにかしたい。もっとお酒を楽しみたいけれど如何せん弱すぎる。
逆にルイはザルで人生で一度も酔ったことがないらしい。本人曰く、酒飲みばかりの親戚の中でも一番強くお酒を覚えてからは毎年正月は酒飲み勝負をして酔ったおじさん達からお年玉という名の強奪をしていたそうだ。
その話を聞いた時は大きくなった子供達も同じ事するようになったらどうしようと思ったけれど、まぁその時はその時だ。
どんぶりの中のラーメンを啜っていると、いきなり腰に手が回ってきた。
びっくりして体を跳ね上げさせると、犯人の男が機嫌よくこめかみに唇を寄せてくる。
「何っ!?」
「いや、お前は本当に可愛いなって思っただけだ」
どこが?どのタイミングでそう思ったの?と問いただしたかったけれど、そんなの聞くのも恥ずかしいから襲ってくるキスの嵐に身を委ねながらプリュイはどんぶりのラーメンを啜り続けた。
作ってもらったラーメンをペロリと完食して食後の一休憩でぼーっとしていると、既にビールの缶を空にしていたルイが手際よく後片付けまでしてくれた。
できる男すぎる。
ありがとうの気持ちを込めてほっぺにキスをしたら、三十倍返しのキスを唇にもらって窒息死するところだった。危ない危ない。
二人で歯磨きをして、ベッドに潜り込むと時計の短い針はいつの間にか数字の2にぐんと近づいていた。
どうりで眠いわけだ。
いっぱい運動(意味深)もしたし、美味しいお夜食も食べたし、大好きな人が隣にいたし、良い一日だった。
あとは最後の睡眠欲を満たして、数時間後に目覚めるルイとプリュイの愛の結晶達の大騒ぎに備えなければ。
当たり前のように腕を差し出してくるルイに甘えてその腕を枕にして胸元に顔を埋める。
爽やかで、プリュイを落ち着かせてくれる香りを深く吸い込みながら、二人の間に隙間ができないようにぴったりと体を擦り付けて自分とは全然違う厚い背中に腕を回して小さく囁いた。
「ルイ......だいすき」
眠くて輪郭が崩れかけた喋りだったけれど、言いたいことをなんとか言葉にする。
頭上で、ルイが息を飲む音が聞こえたけれど、働かなくなってきた頭ではそれがどうしてなのかあまり理解ができない。
ルイは「あぁ......」とか「こいつ本当に......」とかなんとかぶつぶつ言っていたけれど最後はプリュイのことを力一杯抱きしめて「愛してる」と言っておでこにキスをしてくれた。
もうほとんど眠りの世界に体を預けていたプリュイは最後に聞こえた言葉に、にこっと口角を緩め意識を手放した。
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翌朝目を覚まして時計を見ると、短い針はとんでもない数字を指していてプリュイは大パニックに陥りながら家中の人間を起こして回った。
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