箒星

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六話

 彗が都から逃げて、三年が経った。
 彗は都をでた後馬車を乗り継ぎ、山の獣道を歩き続け、数ヶ月かけて今住む里山に辿り着き、息子の陽心ヨウシンを産み落とした。

 今は陽心と二人で里山のボロ家で慎ましく生活をしている。
 土間とでいと押し入れがあるだけの小さな小さな家。
 小さな小さな、彗と陽心の世界。

 陽心はまだ甘えたなところはあるが乳も十分過ぎるほどよく飲み、大きな病気もせず明るくはつらつと成長していた。
 彗も父親である陽蘭もどちらかというと陰気な性質であったから、陽心が名前の通り太陽のような心を持ってくれていることが彗はとても嬉しい。

 愛しい我が子の黒髪を指で梳かしていると、小さな頭が彗の方を向く。
 彗を見つめる陽心の顔は、かつて愛した男、陽蘭の生き写しだった。
 彗と陽蘭が出会ったのは彗が七つ、陽蘭が八つの時だったから陽心はまだまだその時の年齢には足りないが、いずれ陽蘭と見分けがつかなくなるのだろうという予感を感じさせるほど陽心は彼の父親にそっくりだった。

「かぁか?」
「ん?どうした?」
 ぼんやりしていたら、陽心の太陽のように燃えたぎった赤い瞳が彗を覗き込む。
「あのさぁ、ようしんさぁ......乳ほしい......」
「駄目だよ。陽心はもうお兄さんなんだから乳は飲まなくていいんだ」

 彗が少し厳しい口調で拒むと、一気に赤い瞳は潤み、ふっくらとした頬を濡らし始める。

「うぅ......うぁああんっ」

 小さい体のどこからこんな大きな声が出るのかと不思議に思うほどの声で、陽心は泣き声をあげる。
 甘やかしてはいけないと頭では思いつつも、かわいい我が子がここまでの勢いで泣けば愛情が足りないのかと不安になってしまい、彗はいつも着物の衿を広げてしまう。

「陽心、おいで」

 彗の声を聞いた陽心は、泣きじゃくって転がっていた床板の上からむくりと立ち上がると、ペタペタ足音を立てながら彗の胸元に飛び込み乳首を咥えた。
 ちうちうと美味しそうに、そして幸せそうにもう出ない乳を吸う息子を見て心が痛む。
 陽心は二歳を過ぎてもいまだに乳離れができていない。
 里の母親たちに相談してみても自然と吸わなくなる時がくるから心配し過ぎるなと言ってくれたが、陽心は彗には見せない寂しさがあって乳離れが出来ていないのではないかとどうしても考えてしまう。

 陽心から陽蘭を奪ったのは彗だ。
 あの時はこうするしかなかったといくら自分に言い聞かせても、その罪悪感は消えてはくれない。
 だから、陽心が泣くたびに彗は耐えられず、乳をあげてしまっていた。

「もう、今日で終わりだからな......」

 乳を吸わせる度に呟いている言葉は、幼い息子には届いていなかった。
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