トゥーマウス

大好き丸

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第十三話 ソロモンの悪魔

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 ゴバァッ

 都市の中心部、地下からせりあがってきた何かに押し負けて地面がめくれあがる。飛び出したのは漆黒の羽を持つ浅黒い何か。その何かは中心地に存在する高い時計塔より高く飛び上がり、空中で羽を広げて停止した。

「あれは何!?」

 それを見て敏感に反応したのはアシュリー。揺れる地面に視線を奪われていた仲間たちは即座に上を見る。

「黒い羽……堕天の証……あれはかなり上位の悪魔だと思う」

 ジューンはすぐさま分析し、その情報を伝えた。

「最近その手の話だと”炎天の支配者”が該当するけど……まさかっ……!」

 他の隊員も同じ事を考え始める。ソロモンの悪魔。「レメゲトン」別名「ソロモンの鍵」と呼ばれる書物を用い、召喚せし最悪にして最強の悪魔たち。ソロモン王が封じた72柱の悪魔の召喚方法が記載されていると言われている。
 どの悪魔も規格外の力を持ち、召喚すればたちまちにこの世界の力関係がひっくり返るとも言われ恐れられていた。アークが一つの港町を犠牲にし討滅に至った事で何とか事なきを得たが、それほどの悪魔が解き放たれたというなら足りない戦力がいくつかある。

「……だとするならエリーナ様をお呼びする以外に勝ち目はありません……」

 前回、炎天の支配者アミ―を倒すことが出来たのは、アークが誇る神器「聖剣」を唯一扱うことの出来るエリーナ=ホワイトがいたお陰である。
 全隊員が強弱の差はあれど、使用を可能とする”無限光アインソフオウル”。暗闇の怪物などの下級悪魔や暴虐の巨人に類する中級悪魔などには無類の強さを発揮する。
 だが「聖剣」はこの比ではない。一説には先程例に挙げた下級から中級と呼ばれる範囲の悪魔をかざしただけで塵芥に変えると言われている。選ばれた者にしか持つことも鞘から引き抜くことも出来ない「聖剣」は切り札としてエリーナが責任をもって所有している。その時無線に通信が入った。

『あー、あー、伝令。各自荷物をまとめてとっとと撤退してください。あの悪魔はアルファが受け持ちます。えーっと繰り返します。各自荷物をまとめてとっとと撤退してください』

 この気の抜けた声はアルファチームの隊長の声だ。ふわふわして掴み処の無い人だが、実力は折り紙付き。誰にでも明け透けに話しかける事から顔が広く、人気が高い人だ。アシュリーの姉、エリーナとも酒を酌み交わすほど仲が良い。

『チャーリーとデルタは避難民の保護を徹底し、ブラボーは時計塔を中心に半径5km圏で結界を展開お願いします。私から上に報告済みなのでホワイト次官、または「聖釘」の到着を待ってくださいね』

 デルタチームの隊長はすぐさま無線機を取る。

「ダメです!一組ではもちません!避難民を船に誘導してすぐ救援に……!!」

『冷静になりなさい。何より大事なのは避難民です』

 あの隊長から出た声とは到底思えない引き締まった声が無線から聴こえた。血気盛んなデルタチームの隊長も口をつぐむ。

『……我々ができる事は時間稼ぎのみなので、バックアップ到着まで踏ん張ります。あなたたちの無事を祈ります。通信終了』

 次に聞こえた声は優しく包み込むような安心させる声だった。アルファチームの通信が切れると『ブラボー、了解』『チャーリー、了解』と次々に無線が入る。デルタも無線を取り「デルタ……了解」と渋々連絡を入れた。

「……隊長……」

 やるせない空気。隊長は顔を上げて隊員を見渡す。

「……聞いただろう、撤退だ。避難民を大型船に乗せて退避。陸地まで護衛する」

 力なく命令を下す。「「「はっ!」」」という部下の声の方が幾分張っている。デルタチームの隊長はその空気に少し元気を取り戻す。部下はちゃんとしているのに自分がこんなのでどうするのかと卑屈な笑みが出るくらいに。そこでふと気づいた。足りない。何が?

「……アシュリーはどこだ?」

………

 それはアルファチームからの連絡で皆がその犠牲を憂いている最中に起こった。皆の目を盗んでアシュリーは敵地に走ったのだ。

(駄目だよ!!そんなのってないよ!!)

 アルファチームの犠牲が即ち民衆の助けになる?既に多数の民衆の命とエコーチームの命が奪われている。これ以上の犠牲なんて許せるはずがない。そんな気持ちで心がいっぱいとなったアシュリーはひた走る。本来なら今残っているブラボー、チャーリー、デルタも参加して翻弄するのがベスト。
 だが、隊長の言う通り避難民を蔑ろにして戦うのはアークの理念に反する。必ず優先されるべきは人の命だ。それは重々承知している。民衆を助ける事は正義の行いだ。同時に自己犠牲も。

(じゃあ私たちは!?)

 常人より強いし、悪魔に対抗できるから戦っている。アークだって人の組織。助かるべき人間の内に仲間たちが入っていても何ら不思議な事ではない。だからその矛盾を正す。自分一人で行ってもどうしようもないと思われるが理屈じゃないのだ。例え馬鹿だと罵られても、隊を追放されても、助けるべきは人なのだ。

『……意識の外ってのは皆無防備なもんだからな……』

 リョウの言っていた通りだ。誰も気づいていない。デルタチームの隊長は規律正しい人だ。アシュリーが我儘を言えばその場で取り押さえられ何もできない。しかし既にいなければ何もできない。こんな時は必ず避難に目が向く。彼女なら避難民を優先してくれる。

「私は問題児……!なら我儘を通すまで!!」

………

「くそ!あの馬鹿!!」

「どうしますか隊長!?」

 デルタチームの皆は慌てふためく。

「……狼狽えるな。こうなったら仕方ない。私と……ジューン、お前来い。二人でアシュリーを探す。副長は後の者を連れて避難を続行しろ」

「わ、分かりました」

「了解」

 それぞれが行動を開始する中、ジューンが「あっ」と声を上げる。

「誰かすいません!テントに女の子がいるので一緒に避難をお願いします!」

「ああ、了解。そっちは任せて」

 副長はすぐに対応する事を約束する。「お願いします」と頭を下げると隊長の後を追って走って行った。

「全く……アシュリーはこの件で確実に除隊ね……」

 副長はため息を吐きながらテントを開く。そこにあったのは体を覆い隠すほどでかい大きな手だった。

 ゾンッ

 副長は頭と腕と胴体と太股と脛を切断されて吹き飛んだ。一つの言葉すらない。人形のように物言わぬ肉塊となって地面に転がった。
 それを見ていた隊員は一人として声が出せず何が起こったのか、真っ白になった頭で考える。答えなど出るはずもなく、誰かが悲鳴を上げた。

「……イヤアアアァァ!!」

 その声で振り向いて気付いた隊員も軒並み思考停止状態となって、テントから覗く大きな手と血だまりの中の肉塊を交互に眺める。その手がテントに戻っていくと小さな女の子が姿を現した。

「ほーら言ったでしょ?ちゃんと召喚できたじゃない。後でウロボロスの子供たちには「偉い偉い」してあげないとね」

 少女リナは「ふふっ」と笑みをこぼす。この惨状を目の当たりにした隊員たちにはあまりにも邪悪で無邪気な微笑だった。
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