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第八十二話 過去とこれから……
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無駄なことかもしれない。だが、単純に滅茶苦茶にはしたくない。それが願いだ。
ここはファミリーレストラン”ボスト”。
3人の部下が来る前に春田が何度もお世話になったファミレスだ。いつもなら1人で来るところだが、今回は7人という大所帯。とりあえず話し合いのために3人と4人に分けて離れて座る。ここはこの時間になると本当に人が居なくなる。完全に独占状態だ。
全員分のドリンクバーを頼んで、ドリンクの注ぎ方をレクチャーする。
「おぉ~!凄い凄い!!」
勇者は店内に入ってからはしゃぎっぱなしだ。元の世界とは一線を画す店構えに楽しくなってきたようだ。綺麗な店内、ウェイトレスの恰好やボタンを押してジュース等が出てくる飲料の機械、色とりどりのメニュー表、ふかふかのソファ。赤毛も勇者のそのはしゃぎように母親の目線で嬉しそうに微笑んでいる。好奇心旺盛な育ちざかりが新鮮な景色を見るとこんな感じなのかなとふと思う。
結構騒いでいたものの、前回と違いコスプレ衣装の外国人の子供がいたのでウェイトレスに注意される事も無く、許された。
そんなことはさておいて、端っこの席でナルルとポイ子と春田の3人で座る。テーブル席2席空けて座っている4人と違って緊張感あふれる雰囲気を感じさせる。
目の前には春田に倣ったオレンジジュースを置いて、ポイ子は緊張の面持ちと怒りで、春田は窺うようにナルルを見ている。ナルルは背もたれに寄りかからない様に高貴な雰囲気を保ちつつ春田を微笑で見つめる。
「ねぇ魔王さぁ」
ちょっと大きめの声で勇者が訊ねる。空気を読んでもらいたいものだが、元から空気の読めない奴なのでそこは諦める。
「なんだよ」
「ケーキ頼んで良い?」
その為に来たと言っても過言ではない。甘いものでも食わせとけば黙るだろうと思っていたので了解する。
「……一個だけにしとけよ。というかケーキ以外にもパフェなんかもあるから好きなの選びな」
「え?なに?パフェって……」メニュー表で絵柄だけで決めていた勇者は字が読めず困惑している。マレフィアが「これこれ」といって指をさす。大きなコップに入った色とりどりのデザートを見て「わ~っ!」と感動している。
「いいのか聖也?結構するぞ?」
料金を見てヤシャは困惑しながら聞く。それに手を振って答える。その返事を見てヤシャは腕を組んで目を閉じ、黙認する事にした。勇者は元気よく「すいませ~ん」とウェイトレスを呼ぶ。ウェイトレスがやって来たところでナルルに視線を移す。
ナルルは変わらず春田を見つめている。そのブレなささは獲物を狙う猛獣の様である。
「……お前は本当に魔王なのか?」
その質問は何故出たのか。
「なんだよその質問は……」
春田自身も困惑するその質問。魔王の部下である連中には魔王であったころの気配が常に感じられるという。勇者と赤毛ならこの質問は分からない事も無い。しかしナルルは一度は魔王の配下になった経緯があり、聞くまでもなく春田が魔王であることは分かるはずである。何となくナルルが聞きたい事は違うのだろうと分かるが、何が聞きたいのかは春田にはちんぷんかんぷんだった。
しかしポイ子は彼女の真意を見抜いていた。
「聖也様はこの世界に転生されて変わられたのです。もうあの頃の魔王様ではございません」
つまりナルルが聞きたかったのは魔王の素行の変化である。気配りができるのは違和感でしかない。
「ふむ……もう一つ聞かせてくれ……お前から魔力を感じないのだが、隠蔽できる何かを使用しているのか?それとも……」
どうも本物かどうか測りかねている。無理もない。気配は当時のままでも力はない。単純に弱すぎる。だがその問いに答えるわけにはいかない。安全だと完璧にわかるまでは……。
「ナルル……ここに何しにきた?俺を殺しに来たのか?」
核心に触れる春田。その問いに沈黙を貫くナルル。
「……お答えくださいナルル様」
「……口を出すな粘液」
ナルルはポイ子に対する苛立ちを隠せない。元からポイ子を交えての話し合いなど考慮にすら入れていないからだ。春田が同席をお願いしたとはいえ、勝手に話し合いの中間に立つような真似をして図に乗っているように見えても仕方がない。しかし粘液は言い過ぎだ。ポイ子も眉がつり上がる。
「よせ。ここでやり合うつもりか?ポイ子、確かにお前は少し出しゃばりすぎだ。ちょっと反省しろ。それからナルルは言い過ぎだ。一回ポイ子に謝れ。それで公平に話し合いができるってもんだ。そうだろ?」
喧嘩両成敗。どちらかの味方をすれば均衡が崩れ戦闘に発展する。これが正しい。ポイ子はショボーンとしているが、ナルルは傲岸不遜といった態度でさっきより踏ん反り返る。
「ふん、誰が謝まるものか……」
その態度は誰の目にも面倒な女。
「……そうか、なら話は終わりだ」
席を立とうとする春田。ポイ子も俯き加減で離れようとするが
「待て……分かった。ポイ子。わらわも少し調子に乗りすぎたようだ。謝ろう」
姿勢こそ変わらないが、少し眼を伏せて神妙にしている。
「……すまなかった」
しゃなりとした感じでお辞儀をする。ハシゴは外されたくないらしい。プライドこそ高い上、いつにも増して横柄だが、ナルルはあの時と変わらない。春田がポイ子を見るとポイ子も視線を向ける。目が合ったところで肩を竦めて席に着く。
「私も出すぎた真似をして申し訳ございませんでした。黙っときます」
ポイ子は口を真一文字に結び、眼を伏せて座る。春田も座り直して対面のナルルを見据える。
店内はしんと静まりかえり、あの空気の読めない勇者も黙ってこちらを見ている。不自然に静まりかえった店内にウェイトレスがパフェを持ってやってきた。
「失礼致します。苺パフェはどなたでしょうか?」
「あ!ハイハイ!!あたしあたし!!」
「抹茶がそっちで~ドルチェがうちね~」
「それではごゆっくりー」
全く気にする様子もなく勇者、赤毛、マレフィアの前にそれぞれのデザートを置いてキッチンに戻っていった。
メニュー表にあった物と現物は少し違うものの、おおよそのキラキラとしたパフェがやってきてまたはしゃぎ出した勇者。マレフィアは段々と勇者のノリに合わせているのかさっきより赤毛を含めた3人がキャイキャイ黄色い声を出している。それを尻目にジュースを口にするヤシャ。
さらにそれを尻目にジュースを口にする春田の席3人。3人が示し合わせたようにコトッとコップを置くと、ナルルは口を開いた。
「……何故わらわを里に戻した?」
突然の本題に頭がついていかない。「ん?」今一度聞くために聞き直す。
「な・に・ゆ・え、わらわを里に戻したんじゃと言うておる」
ちょっと乗り出すように春田を睨みつける。まだ大戦中で魔王存命中、ナルルを城から追い出し、里に帰したことを質問している。
「何でって、そりゃ人質だったし巻き込んじゃマズイだろ……」
当時、ダークエルフの里からの侵入を防ぐ目的で人質を要求した。その際にやってきたのがナルルだった。
「わらわは四天王の一人だったはずじゃろ?何故わらわは外されたんじゃ?わらわはヴァルタゼアお前のためなら死ぬことだって出来たんじゃ……それなのに……!」
だんだん語尾に力が入る。
「落ち着こう。俺はお前を殺すわけにはいかなかったから里に戻したんだ。というかお前さ、俺を何度も殺そうとしてたよね?なに?お前のためなら死ねるって、よくわかんないんだけど」
「わらわも仕事だったんじゃ。当時は長から暗殺を依頼されとったし、その技術があった。じゃがお前はわらわに対し一切咎めることもなく女中として常に侍らせ、ついには人質であり暗殺者でもあるわらわを部下の一員どころか四天王にまでした。名前だけではなくその地位は保障され、わらわの軍まで……ここまでされて忠誠を誓わぬ奴などおらんわ」
その目には固い意志があり、その決意とも取れる熱い思いは怖いくらいだった。その思いは例えるならストーカーのような病んでいるタイプの心酔の仕方だった。
「そこまでして……じゃ。わらわはお前の死に目にも会えず、里でヘルキャッスルの崩壊とお前の死を聞いたんじゃ…お前にとってわらわとは何だったのか、聞かせろ」
ナルルを返却した際、ポイ子の助言で長に彼女を里から出さないように云いつけていた。勇者との戦いを楽しみにしていた身としてはそういう邪魔が入らないようにしたかったと言うのもある。それにこういっては何だが、暗殺に燃えていた頃のナルルが面白かったのであって牙の抜け落ちたナルルに飽きたせいでもあったのだが、ここは正直に言うと死ぬ気がするのでそれっぽい事情を話す。
「お、俺なんかにそこまで思ってくれたのは嬉しいが、俺は部下が死ぬことを良しとしてはいない。あの時調子に乗っていた俺は勇者と一騎打ちで戦って勝つつもりだったし、全部終わったら部下を呼び戻すつもりでだな……」
という言い訳を並べているとナルルはおもむろに右手を机の上に置いた。直後、ゴトッという鈍い音が鳴り、黒刃のナイフが姿を現した。春田はドキッとして口をつぐむ。横で黙っていたポイ子にも緊張が走る。
「ポイ子はどうして死の間際にそこにいたのじゃ?」
ポイ子だけが例外として魔王といた事実に苛立ちを禁じ得ないナルル。
「いや、えぇ……その……さぁ。あっポイ子はあれだ……最後の一体だからね。人間の奴らに絶滅させられる直前のポイ子には、ほら……本人の前で言うのも何だが、未来がないだろ?ナルル、お前には未来がある。俺が死ぬことなんて考えていなかったが、万が一巻き込まれても……な?」
ポイ子をちらりと見て、表情を確認する。”未来がない”には流石のポイ子は微妙な表情だったが、自分だけが死に目に会えたその事実に少しばかりの優越感を持つ。表情には出さないものの小躍りしたいほど内心喜んでいた。
「わらわだって……わらわだって一緒に居りたかったのに……!!」
泣きそうな顔で席を立ち、その手にはナイフが握られている。ポイ子は腰を浮かして守備態勢に入る。テーブル席を跨いだ先のヤシャは立ち上がって臨戦態勢で牽制している。
「待った待った!よく考えてみろ!俺とこうしてもう一度会えたのは生きていたからだろ?そうじゃないか?ね?ね?」
フゥフゥ言いながら落ち着きのないナルルはナイフを握った手をちょっと振りながら春田に恐怖を与える。
「そそそ、そうだ!ここ、これから一緒にいれば丸く収まらないか?だよなぁみんな??」
焦って舌が回っていない。目が泳いでポイ子、ヤシャ、マレフィアの順に見る。もはや関係のない勇者一行まで見渡している。ポイ子とヤシャは唖然としている。勇者と赤毛とマレフィアはデザートに舌鼓を打ってこっちには目もくれていない。
「……一緒に?」
そこでナルルの手から力が抜ける。それを見た春田は「今だ!」と言わんばかりにまくし立てる。
「そ、そうそう!あの時のように一緒にな!みんな血を流すことは無い!そうじゃ無いか?」
ナルルの目を見つめていると少しずつ冷静さが戻ってきたのがわかる。敵意の塊だった愛憎の目は柔らかさを取り戻し、口元は微笑みが戻ってきていた。ポイ子もヤシャもその顔を見てほっと胸をなでおろした。ナルルの癇癪は去った。だが、春田にはまだまだ予断を許さぬ状況だった。危機は去っていないのだ。
ナルルの後ろに立つウェイトレスがそれを物語っていた。春田は射出されたように席を立ち、次の瞬間にはウェイトレスの前で腰が90度曲がっていた。その様は美しく、芸術すら感じる謝罪だった。
ここはファミリーレストラン”ボスト”。
3人の部下が来る前に春田が何度もお世話になったファミレスだ。いつもなら1人で来るところだが、今回は7人という大所帯。とりあえず話し合いのために3人と4人に分けて離れて座る。ここはこの時間になると本当に人が居なくなる。完全に独占状態だ。
全員分のドリンクバーを頼んで、ドリンクの注ぎ方をレクチャーする。
「おぉ~!凄い凄い!!」
勇者は店内に入ってからはしゃぎっぱなしだ。元の世界とは一線を画す店構えに楽しくなってきたようだ。綺麗な店内、ウェイトレスの恰好やボタンを押してジュース等が出てくる飲料の機械、色とりどりのメニュー表、ふかふかのソファ。赤毛も勇者のそのはしゃぎように母親の目線で嬉しそうに微笑んでいる。好奇心旺盛な育ちざかりが新鮮な景色を見るとこんな感じなのかなとふと思う。
結構騒いでいたものの、前回と違いコスプレ衣装の外国人の子供がいたのでウェイトレスに注意される事も無く、許された。
そんなことはさておいて、端っこの席でナルルとポイ子と春田の3人で座る。テーブル席2席空けて座っている4人と違って緊張感あふれる雰囲気を感じさせる。
目の前には春田に倣ったオレンジジュースを置いて、ポイ子は緊張の面持ちと怒りで、春田は窺うようにナルルを見ている。ナルルは背もたれに寄りかからない様に高貴な雰囲気を保ちつつ春田を微笑で見つめる。
「ねぇ魔王さぁ」
ちょっと大きめの声で勇者が訊ねる。空気を読んでもらいたいものだが、元から空気の読めない奴なのでそこは諦める。
「なんだよ」
「ケーキ頼んで良い?」
その為に来たと言っても過言ではない。甘いものでも食わせとけば黙るだろうと思っていたので了解する。
「……一個だけにしとけよ。というかケーキ以外にもパフェなんかもあるから好きなの選びな」
「え?なに?パフェって……」メニュー表で絵柄だけで決めていた勇者は字が読めず困惑している。マレフィアが「これこれ」といって指をさす。大きなコップに入った色とりどりのデザートを見て「わ~っ!」と感動している。
「いいのか聖也?結構するぞ?」
料金を見てヤシャは困惑しながら聞く。それに手を振って答える。その返事を見てヤシャは腕を組んで目を閉じ、黙認する事にした。勇者は元気よく「すいませ~ん」とウェイトレスを呼ぶ。ウェイトレスがやって来たところでナルルに視線を移す。
ナルルは変わらず春田を見つめている。そのブレなささは獲物を狙う猛獣の様である。
「……お前は本当に魔王なのか?」
その質問は何故出たのか。
「なんだよその質問は……」
春田自身も困惑するその質問。魔王の部下である連中には魔王であったころの気配が常に感じられるという。勇者と赤毛ならこの質問は分からない事も無い。しかしナルルは一度は魔王の配下になった経緯があり、聞くまでもなく春田が魔王であることは分かるはずである。何となくナルルが聞きたい事は違うのだろうと分かるが、何が聞きたいのかは春田にはちんぷんかんぷんだった。
しかしポイ子は彼女の真意を見抜いていた。
「聖也様はこの世界に転生されて変わられたのです。もうあの頃の魔王様ではございません」
つまりナルルが聞きたかったのは魔王の素行の変化である。気配りができるのは違和感でしかない。
「ふむ……もう一つ聞かせてくれ……お前から魔力を感じないのだが、隠蔽できる何かを使用しているのか?それとも……」
どうも本物かどうか測りかねている。無理もない。気配は当時のままでも力はない。単純に弱すぎる。だがその問いに答えるわけにはいかない。安全だと完璧にわかるまでは……。
「ナルル……ここに何しにきた?俺を殺しに来たのか?」
核心に触れる春田。その問いに沈黙を貫くナルル。
「……お答えくださいナルル様」
「……口を出すな粘液」
ナルルはポイ子に対する苛立ちを隠せない。元からポイ子を交えての話し合いなど考慮にすら入れていないからだ。春田が同席をお願いしたとはいえ、勝手に話し合いの中間に立つような真似をして図に乗っているように見えても仕方がない。しかし粘液は言い過ぎだ。ポイ子も眉がつり上がる。
「よせ。ここでやり合うつもりか?ポイ子、確かにお前は少し出しゃばりすぎだ。ちょっと反省しろ。それからナルルは言い過ぎだ。一回ポイ子に謝れ。それで公平に話し合いができるってもんだ。そうだろ?」
喧嘩両成敗。どちらかの味方をすれば均衡が崩れ戦闘に発展する。これが正しい。ポイ子はショボーンとしているが、ナルルは傲岸不遜といった態度でさっきより踏ん反り返る。
「ふん、誰が謝まるものか……」
その態度は誰の目にも面倒な女。
「……そうか、なら話は終わりだ」
席を立とうとする春田。ポイ子も俯き加減で離れようとするが
「待て……分かった。ポイ子。わらわも少し調子に乗りすぎたようだ。謝ろう」
姿勢こそ変わらないが、少し眼を伏せて神妙にしている。
「……すまなかった」
しゃなりとした感じでお辞儀をする。ハシゴは外されたくないらしい。プライドこそ高い上、いつにも増して横柄だが、ナルルはあの時と変わらない。春田がポイ子を見るとポイ子も視線を向ける。目が合ったところで肩を竦めて席に着く。
「私も出すぎた真似をして申し訳ございませんでした。黙っときます」
ポイ子は口を真一文字に結び、眼を伏せて座る。春田も座り直して対面のナルルを見据える。
店内はしんと静まりかえり、あの空気の読めない勇者も黙ってこちらを見ている。不自然に静まりかえった店内にウェイトレスがパフェを持ってやってきた。
「失礼致します。苺パフェはどなたでしょうか?」
「あ!ハイハイ!!あたしあたし!!」
「抹茶がそっちで~ドルチェがうちね~」
「それではごゆっくりー」
全く気にする様子もなく勇者、赤毛、マレフィアの前にそれぞれのデザートを置いてキッチンに戻っていった。
メニュー表にあった物と現物は少し違うものの、おおよそのキラキラとしたパフェがやってきてまたはしゃぎ出した勇者。マレフィアは段々と勇者のノリに合わせているのかさっきより赤毛を含めた3人がキャイキャイ黄色い声を出している。それを尻目にジュースを口にするヤシャ。
さらにそれを尻目にジュースを口にする春田の席3人。3人が示し合わせたようにコトッとコップを置くと、ナルルは口を開いた。
「……何故わらわを里に戻した?」
突然の本題に頭がついていかない。「ん?」今一度聞くために聞き直す。
「な・に・ゆ・え、わらわを里に戻したんじゃと言うておる」
ちょっと乗り出すように春田を睨みつける。まだ大戦中で魔王存命中、ナルルを城から追い出し、里に帰したことを質問している。
「何でって、そりゃ人質だったし巻き込んじゃマズイだろ……」
当時、ダークエルフの里からの侵入を防ぐ目的で人質を要求した。その際にやってきたのがナルルだった。
「わらわは四天王の一人だったはずじゃろ?何故わらわは外されたんじゃ?わらわはヴァルタゼアお前のためなら死ぬことだって出来たんじゃ……それなのに……!」
だんだん語尾に力が入る。
「落ち着こう。俺はお前を殺すわけにはいかなかったから里に戻したんだ。というかお前さ、俺を何度も殺そうとしてたよね?なに?お前のためなら死ねるって、よくわかんないんだけど」
「わらわも仕事だったんじゃ。当時は長から暗殺を依頼されとったし、その技術があった。じゃがお前はわらわに対し一切咎めることもなく女中として常に侍らせ、ついには人質であり暗殺者でもあるわらわを部下の一員どころか四天王にまでした。名前だけではなくその地位は保障され、わらわの軍まで……ここまでされて忠誠を誓わぬ奴などおらんわ」
その目には固い意志があり、その決意とも取れる熱い思いは怖いくらいだった。その思いは例えるならストーカーのような病んでいるタイプの心酔の仕方だった。
「そこまでして……じゃ。わらわはお前の死に目にも会えず、里でヘルキャッスルの崩壊とお前の死を聞いたんじゃ…お前にとってわらわとは何だったのか、聞かせろ」
ナルルを返却した際、ポイ子の助言で長に彼女を里から出さないように云いつけていた。勇者との戦いを楽しみにしていた身としてはそういう邪魔が入らないようにしたかったと言うのもある。それにこういっては何だが、暗殺に燃えていた頃のナルルが面白かったのであって牙の抜け落ちたナルルに飽きたせいでもあったのだが、ここは正直に言うと死ぬ気がするのでそれっぽい事情を話す。
「お、俺なんかにそこまで思ってくれたのは嬉しいが、俺は部下が死ぬことを良しとしてはいない。あの時調子に乗っていた俺は勇者と一騎打ちで戦って勝つつもりだったし、全部終わったら部下を呼び戻すつもりでだな……」
という言い訳を並べているとナルルはおもむろに右手を机の上に置いた。直後、ゴトッという鈍い音が鳴り、黒刃のナイフが姿を現した。春田はドキッとして口をつぐむ。横で黙っていたポイ子にも緊張が走る。
「ポイ子はどうして死の間際にそこにいたのじゃ?」
ポイ子だけが例外として魔王といた事実に苛立ちを禁じ得ないナルル。
「いや、えぇ……その……さぁ。あっポイ子はあれだ……最後の一体だからね。人間の奴らに絶滅させられる直前のポイ子には、ほら……本人の前で言うのも何だが、未来がないだろ?ナルル、お前には未来がある。俺が死ぬことなんて考えていなかったが、万が一巻き込まれても……な?」
ポイ子をちらりと見て、表情を確認する。”未来がない”には流石のポイ子は微妙な表情だったが、自分だけが死に目に会えたその事実に少しばかりの優越感を持つ。表情には出さないものの小躍りしたいほど内心喜んでいた。
「わらわだって……わらわだって一緒に居りたかったのに……!!」
泣きそうな顔で席を立ち、その手にはナイフが握られている。ポイ子は腰を浮かして守備態勢に入る。テーブル席を跨いだ先のヤシャは立ち上がって臨戦態勢で牽制している。
「待った待った!よく考えてみろ!俺とこうしてもう一度会えたのは生きていたからだろ?そうじゃないか?ね?ね?」
フゥフゥ言いながら落ち着きのないナルルはナイフを握った手をちょっと振りながら春田に恐怖を与える。
「そそそ、そうだ!ここ、これから一緒にいれば丸く収まらないか?だよなぁみんな??」
焦って舌が回っていない。目が泳いでポイ子、ヤシャ、マレフィアの順に見る。もはや関係のない勇者一行まで見渡している。ポイ子とヤシャは唖然としている。勇者と赤毛とマレフィアはデザートに舌鼓を打ってこっちには目もくれていない。
「……一緒に?」
そこでナルルの手から力が抜ける。それを見た春田は「今だ!」と言わんばかりにまくし立てる。
「そ、そうそう!あの時のように一緒にな!みんな血を流すことは無い!そうじゃ無いか?」
ナルルの目を見つめていると少しずつ冷静さが戻ってきたのがわかる。敵意の塊だった愛憎の目は柔らかさを取り戻し、口元は微笑みが戻ってきていた。ポイ子もヤシャもその顔を見てほっと胸をなでおろした。ナルルの癇癪は去った。だが、春田にはまだまだ予断を許さぬ状況だった。危機は去っていないのだ。
ナルルの後ろに立つウェイトレスがそれを物語っていた。春田は射出されたように席を立ち、次の瞬間にはウェイトレスの前で腰が90度曲がっていた。その様は美しく、芸術すら感じる謝罪だった。
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