魔王復活!

大好き丸

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第110話 子犬

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春田たちと別れたヤシャ一行は途中、館川のわがままでコンビニに寄ったりしつつも順調に家路についた。

途中の信号機で足止めを食らうと篠崎が振り向く。

「ここら辺で大丈夫ですよ?お姉さんたちも暗くならない内に帰られた方が……」

ヤシャは腕を組んで篠崎を見下ろす。

「そうはいかん。聖也の頼みだ、君らを無事に送り届ける」

融通の利かない雰囲気に当てられ、ちょっと息苦しい。

「そういえばもうちょっと行った橋の下に子犬がいるんすよ。一緒に行きませんか?」

高橋は先日見つけた子犬に餌付けをし、ことあるごとにそこで勝手に癒されている。

「子犬が?」

「へ~、あの下にいるの?」

篠崎と館川は橋の下にいた事を初めて知ったと目を丸くする。

「こいぬ?」

ヤシャはその単語事態を初めて聞いた様に目を丸くする

「可愛いよ」

マレフィアはそっと付け加える。

「ふむ、愛玩動物という奴か。しかし、まっすぐ帰った方が良いんじゃないか?」

「え~?ちょっとくらい良くないっすか~?」

「マジちょー可愛いっすよ?」

高橋も館川も振り返って抗議の意思を示す。それに「う~ん」と難色を示すヤシャ。

「まぁまぁ、い~じゃん。どうとでもなるって~。あ、信号変わってるよ」

大きい交差点を渡り、立ち並ぶ建物の背が低くなってきた頃、その橋は姿を現す。”宝橋”。大きな川で区を跨ぐこの街の名所としても名高いこの橋は車の往来も多い。この下に件の子犬がいると言う事だが……。

「……本当に降りるのか?」

「すぐだって。めぐちゃんたちだってもう降りる気満々だよ?あ、ほら」

言うが早いか着いた途端に降り始める3人「こっちっすー」なんて声が遠くに聞こえる。「まったく……」と呆れながら滑らない様に土手を下る。落ちた所でダメージなどないが単純に恥ずかしいからだ。

橋の下に到着するとそこは大きな骨組みや基礎がしっかりなされた橋脚と橋桁の裏側が出現した。元の世界とは違う部分などに目が行ったりしてほんのり感動を覚えつつ「かわいい~!」ときゃぴきゃぴ話す4人の場所にのっそり近付く。

4人の隙間からはヨレヨレの段ボールが見える。「かわいい~!」ときゃぴるほどのものが入っているとは到底思えなかった。だが、彼女たちより頭ひとつ以上背の高いヤシャにはその動物がよく見えた。

そこにいたのは柴犬によく似た子犬だ。雑種だろうが、その可愛いさは言葉にしつくせない。まさに「かわいい~!」だった。しかも2匹。

ヤシャは困惑した。元の世界にも可愛い生き物はいるし、それと戯れた事だってある。しかし、ここにいる「こいぬ」はそれに勝るとも劣らない可愛いさを誇る。むしろヤシャ的に言えば「こいぬ」の方が好みだった。

「……確かに可愛いな」

「そうっすよね!絶対可愛いんっすよ!マジ竹さん損してるんだよなー」

高橋の手からちょくちょく餌を貰っているので人に慣れているし、特に高橋に懐いている。高橋は子犬の扱いに慣れているのか、もはや見ないで相手している。時折、物珍しさから館川や篠崎に近寄ってみたりして「ワンワン」とまだまだ威厳とは程遠い声で吠えている。警戒する事も無くじゃれつく姿は可愛いの権化だ。

「ヤシャっちも触ってみる?」

マレフィアはヤシャを見る。ヤシャはゴクリと生唾を飲むと「良いのか?」と困惑気味に聞いた。

「遠慮しないで下さいよ~」

「高橋後輩の意見じゃないけど触らなきゃ損です」

「可愛がってくださいっす!」

「あ、でも陶器より優しく扱ってね」

口々にヤシャの気持ちを絆していく。ヤシャの為に皆が道を開けて、子犬はヤシャの訪れを待つ。ゆっくり腰を下ろすと、子犬は千切れんばかりに尻尾を振って出迎える。ヤシャの大きな手が子犬を包み込むと、ヤシャの手に体をこすりつけて遊び始める。ふわふわコロコロの小さな命が手に触れるたび、ヤシャの硬い表情は自然と優しくなっていく。こすりつける動きに合わせて撫でると段々動きを止めてスヤスヤと寝始めた。

「凄い……寝たよ?」

「え~!可愛い~!」

館川は携帯のカメラ機能でパシャパシャと写真を撮る。

「寝てるのもまた可愛いっすね。ヤシャさん凄いっす!」

高橋は憧れの人物を見たように目を輝かせてヤシャを見ている。

「え?え?何で寝ちゃったんだ?」

だがその様子にヤシャ自身も困惑していた。

「あったかいからじゃな~い?ヤシャっち普通の人より体温高いし」

「え?こんなすぐに?」

「赤ちゃんだしね~」

「赤ちゃんだしね」で片付けられる問題なのか分からなかったが、幸せそうに寝る子犬にそれは些細な問題だと気付く。だってこんなに可愛いのだから。

「しかしいつまでいられるのかって感じっすよ。そろそろこの近所の人たちも気付いているだろうし……」

高橋はいつになく真剣な顔をしている。

「どーして?」

「こいつら見ての通り捨て犬っすよ?飼い主見つからないんじゃ保健所行ってお陀仏じゃないっすか」

天使のようにかわいいこの姿は今時分しか見る事は出来ない。処分に困った近所の人がいつ保健所に連絡しても何らおかしくないのだ。このまま放置して野犬化させるわけにもいかないし、保健所に引き渡し、最悪殺処分となっても文句の言えない状況だ。

「何故殺すんだ。こんなにも可愛いのに……」

「ヤシャっち、仕方ないよ。ここにはここのルールがあるんだから」

これは何も殺処分する保健所が悪いわけでも、通報する人が悪いわけでもない。どちらかと言えば「可愛い」や「可哀そう」という理由で生かす高橋のような人間のエゴと、何より子犬を捨てた人間が悪い。

「飼い主が見つかればいいんですよ。けど犬を飼うための敷地や余裕がないと……」

ここにいる3人の学生では帰り際にエサを与え、短い余生を少しでも長引かせるのが関の山だ。現実を見れば自分で飼うと名乗り出る方が無謀。一人暮らしでペット可の敷地、尚且つ自分でお金を貯める事が出来ればその限りではない。

「なんだそんな事で良いのか。なら私が飼おう」

ヤシャは言うが早いか段ボールを持ち上げる。

「えぇ!?ほんとっすか!?」

「そんなあっさり?」

4人はヤシャの行動に唖然としている。

「ちょっとヤシャっち!まずいって……」

「何がだ?これで問題解決だろ?無論、お前にも手伝ってもらうがな。マレフィア」

ペット可不可について、騒音問題、汚したり齧ったりの敷金問題等は全てマレフィアが解決するだろう。が、問題は食糧問題と狂犬病やフィラリア等の予防接種。最後に春田にどう弁明する気なのか?

「も~うちに頼りすぎぃ!」

しかし、まんざらでもないのがマレフィアの良い所でもある。

「豪気ですね~」

フンッと胸を張って館川に答える。威張っているようにも見えるが、館川たちにはどちらかというと頼もしく見えた。「私に任せろ」と引っ張ってくれる女のリーダー。その片鱗を見たような気になった。

「さぁ、日が落ちぬうちに帰ろう。まずは務めを果たさないとな」

「はい!姉御!」

高橋はすっかりその気である。自分が出来ない事を何でもなくさらりとできる神経に脱帽したのだ。館川と篠崎は2人で見合ってくすりと笑うと後ろについていく。

「ほんと。勝手だよね~。聖ちゃん許してくれるかな~」

一抹の不安はあるものの、決めた事を捻じ曲げるのは至難の業。ならば否定せず許容するのも自分の役目。自分のわがままから魔王を死なせてしまい、ヤシャやポイ子に負い目を感じていた。あの時の失敗を清算できるならその努力は惜しまない。

「……まぁ、頑張ろ」

ポツリと呟いた。
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