魔王復活!

大好き丸

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第117話 お祖父様

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「あれがお祖父様です」

控室で問題を起こしたヤシャと春田は、特別室を設けられてそこに入れられた。滝澤 詩織も同室し、モニターを見ながらぼーっとしていたが、突然出てきた”滝澤 剛蔵”を前に感心していた。

「これが東グループの会長……バケモンだな」

春田の呟きをよそに、ヤシャは嬉しそうにニヤリと笑った。

「ようやく楽しめそうな奴が現れたか。マレフィアからこの世界の強さというのを叩き込まれた時はガッカリしたものだが、これは楽しめそうだ」

腕が鳴ると言わんばかりにパンッと右腕を叩いた。春田も会長の強さを考える。(どう考えてもこの世界にあって良い力じゃない)ヤシャやポイ子などを棚にあげて「ふーむ」と唸った。

「昔から体だけは頑丈だからと鍛えていたそうなのですが、格闘技は趣味程度に抑えていたそうなのです。ふとテレビで活躍されていた方々に興が乗ってスパーリングを申し込んでから、お祖父様の闘争本能を呼び覚ましてしまい現在に至ります」

「あれほどの体のキレを持って趣味?才能の塊だな……」

この世界の人間の実力は大体理解しているつもりだったが、尋常ではない存在に驚くばかりだ。

「おい、あいつとはいつ戦えるんだ?」

ヤシャは目を輝かせワクワクしながら尋ねた。

「”あいつ”ではなく会長です。もう少し口を慎んで……」

「良いのです菊池。ヤシャ様にはその権利があります」

菊池兄は滝澤にスッと一礼する。

「ヤシャ様とお祖父様の対戦カード的は最後になります。せっかくなのでヤシャ様にもこの大会を楽しんでいただきたいと思いまして……」

「そうか。まぁ確かに他の連中が気にならないわけじゃないし、悪くは無いか……」

ヤシャは退屈そうにため息を吐いた。控室で見た連中が相手ならヤシャにとってはため息も吐きたくなる。一人として楽しめそうな相手がいないのだから。

「ヤシャ。どうせ怪我なんてしないんだしちょっと遊んでやったらどうだ?」

それを聞くとヤシャは途端に不機嫌になった。

「闘争は常に死と隣り合わせだ。傷をつけられない相手を弄ぶのは弱いものいじめと言うのだ」

それはその通りだ。魔王時代の自分なら賛同していただろうが、今は魔王でもなければ無敵でもない。出来れば傷一つ無く完勝したいと思うのは、人として生き物としてむしろ当然の考えではないだろうか?

しかし、オーガの一族には当てはまらない。強いことが権力に繋がる種族であり、戦いに身を置くことは栄誉である。その頂点ともなれば自分なりのくあるべき戦いの形があるのだろう。だがそれは単なるヤシャ個人の理想だ。

「言いたいことは分かるが、これは仕事だ。楽しむのも大事だが、ここは一旦空気を読んで……」

「いえいえ、そう縛っては逆に戦いづらいでしょう。肩の力を抜いて気軽に倒していただければ大丈夫です。ただ、殺さないでいただけると助かります」

春田は拍子抜けの顔をする。それではクレームが入るのではないだろうか?見た感じ会長も興行を意識してプロレスに興じていた。本来なら一撃で倒せそうなくらいレベルの差があるにも関わらず、それをほんのり感じる程度に抑えた相手を立てる戦い方だった。流れを裁ち切る様な真似をすれば、それこそお偉方に睨まれそうだが果たして?

「うむ。ならば存分に楽しんでやるとしよう」

ヤシャは腕を組んで自分の出番が来るのを待つ。第一回戦が会長と言う事はその裏側に位置するヤシャは試合時間4、5分程度でインターバル10分だとヤシャの第一回戦までに最低1時間は確実に待つことになる。明日が休日だと言う事を考慮しても長丁場になりそうだ。

「ちょっとトイレ行ってくる」

春田は立ち上がって部屋を出ようとする。

「菊池、トイレまで案内をお願いします」

「……かしこまりました」

不服そうな顔を堪えて一礼する。

「いいっていいってトイレくらい……」

「迷子になられても面倒だ。私について来い」と部屋からさっさと出て行く。春田が滝澤を見ると「行ってらっしゃいませ」とにっこり笑った。

「聖也、ちゃんと手を洗えよ」

「……いや、馬鹿にすんな」

春田は諦め気味に部屋を出て菊池についていく。控室から少し歩くと青と赤のピクトグラムを見つけた。(トイレを見ると安心するのは自分だけだろうか)なんて詮無い事を思いながらドアノブに手をかけると「おい」と声をかけられた。後ろを振り向くと廊下一杯になった鬼のような男が立っていた。菊池はハッとして飛び退くと最敬礼で迎えた。

「し、失礼いたしました会長。気配が読めず……」

「未熟者が。それで孫を本気で守れると思うておるのか?いや、そう。そんな事を言う為に声をかけたわけではない」

滝澤 剛蔵。自分の半分にも満たない年齢の脂の乗ったレスラーを赤子のように扱い、第一回戦を完勝で飾った前大会王者。目の前にすればどれ程強そうなのか改めて理解した。

「その男は何者だ?」

「はっ!詩織様のご友人であり、今大会参加メンバーのセコンドでございます」

「なに?セコンド?参加者ではないのか?」

会長は無遠慮にじろじろ見てくる。春田は卑屈にも取れる苦笑いで「ど~も」とお辞儀をした。それを横目で見た菊池は焦りから冷汗を滝のようにかき始める。出来るならここで盛大に叱責したいが会長の手前、好き勝手な行動は即ち死に直結する。

「これほどの気配を持ったセコンドを持つ選手か……期待しているぞ。して、そなた名前は?」

「あ、俺は春田 聖也って言います。よろしくお願いします」

ペコっと挨拶する。「ふむ、春田 聖也、春田 聖也、春田 聖也……」口の中で転がすように何度か復唱する。どこかで見たような様子にこうして受け継がれていくんだなぁとしみじみ感じていると、スッと握手を求めてきた。春田は急いで服に手をこすりつけ汗を拭きとると握手を返す。キュッと力を入れられると春田の体が強張った。あまりの痛さに冷汗が止まらない。会長の目を見ると特にいじめて楽しんでいるわけでも、力んでいる顔でもない。モルモットを観察する研究員の様に冷えた目付きだ。しばらく握り合うとおもむろに語り掛けてきた。

「ガリガリだな。詩織の友人なら肉が付く物を食わせてやろう。今夜はうちに泊まりなさい」

「いや、俺はぁ……」と断りを入れようとしたところでミキッと手を握られた。「いぃぃ……はい。よろこんで……」と肯定せざる負えない状況に追い込まれた。ようやく手を離すと満足したのかのっしのっしと振り返ることなく歩いて行った。それを見送るとボソッと一言。

「漏れるかと思った……」

「……早く済ませろ」
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