魔王復活!

大好き丸

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第118話 ヤシャの戦い

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ヤシャと春田は試合会場に向かって歩いていた。

動きやすいスポーツブラと厚手のスパッツを用意されてそれに着替えた。サポーターやグローブも用意されたが、サポーターは動きづらいとの事から、グローブだけはめた。関節の稼働域を確認しながら進む。

熱気が集まる闘争の空気。ここからでも聞こえてくる歓声。久し振りの空気になんとも言えない懐かしさと楽しい気持ちで、まるで戦争に行くかのように心が昂る。

「これで相手が強ければ言うことないんだが……」

その呟きに春田が反応する。

「おいおい、油断すんなよ?相手がどんな奴かも分かんないんだから、気を張って殺さないようにしなきゃ。ウザかったからで殺したら取り返しはつかないからな?」

ヤシャが負けるなど1mmたりとも思っていない。むしろ相手が心配だと頭を抱える。そんなやり取りを続けていたらいつの間にか会場一歩手前までやって来ていた。ここからだと金網とリングがくっきり見える。ここまで来ると、黒服の男が出入り口に立って右手を前に制止した。

「参加者ですね?お名前は?」

「ヤシャだ」

黒服は無線機に「ヤシャ様が到着されました」と伝える。

『おぉ~……。皆様お待たせいたしました。大会初!女性の参加者の入場だ!』

どよめきが起こる。それはそうだろう。ここまで血湧き肉踊る最高の戦いを目にしてきたのだ。ここにきて色物キャラなど求めていない。まして男性対女性では力に差が出る。人間の生物学上、男女が同じだけ鍛えた場合でも筋力は男性の方が付きやすい。これは男性ホルモンが関係する自然の摂理なのだ。無論、多い方が筋力が上。となればいじめを見せようというのか?せっかく温まってきた会場の空気を、主催者側の何層を狙ったのかよく分からない趣味で壊そうとしている。

『さあ~!選手の入場だ!拍手で出迎えてください!身長190cmの巨女!筋骨隆々!無名だが、その実力は本物だ!その名は……最強の鬼、ヤシャ!!』

入り口にスポットライトが当たる。黒服が道を開け、進むように促す。逆らう事無く歩き出すと光に照らされ、観客の衆目に曝された。大事なところは隠しているし、特に恥ずかしいこともないので悠然と金網まで歩く。

観客の肥えた目はヤシャの美しい肉体美に釘付けとなり、拍手も忘れ、静かにうっとりと見ていた。ただ者ではない。強いかどうかなど戦っているところを見ないと一切分からないが、この時点で既に大半の観客はヤシャのファンになっていた。

金網の入り口を開けられてくぐって中に入る。リングに登る際ロープを潜るべきなのか飛び越えるべきなのか考える。会長は飛び越えていたのを思い出す。元レスラーのロープの潜り方を考えると、角をひっかけそうである。とすれば会長のやり方こそ自分には合っている。ヤシャは軽々と床からリングロープを飛び越えてリング内部に着地する。ダダンッという着地の音に合わせて観客のボルテージが上がる。「うおおおおっ」とうねるような歓声が上がり、大会の盛り上がりに拍車を掛けた。最高の盛り上がりの最中、次の選手の紹介をするが観客はヤシャの存在に大盛り上がりで話など聞いていない。ただ「外国人空手家」という文句だけはチラリと聞こえていた。

こちらも身長190cm。ヤシャとタメを張るでかさ、金髪碧眼の男性。リングに上がるなり「押忍っ!!」と気合を入れる。彼は空手の元全米チャンピオン。強さも技術も折り紙つきで俳優業にも手を伸ばそうとしていた矢先、暴力沙汰を起こした。喧嘩を売ったのはチンピラだが、買ったのはまずかった。その中の一人が死んでしまったことで罪に問われた。絡んだ奴が銃を取り出していたことで正当防衛が認められたが、素手で人を殺したというのは恐ろしいの一言に尽きる。華々しい仕事もなくなり、酒浸りになったそんな頃、裏格闘技のオファーがやって来た。参加するだけでも金になると聞き、優勝すれば地位と名誉も回復できる眉唾な話を信じてわざわざ日本にやって来た。

方法は簡単。自己の命を守ったその拳で相手を殴り倒すこと。この拳のせいで仕事まで失ったが、捨てる神あれば拾う神あり。絶対に勝利することを心に誓い、控室で起こったことを頭から振り払いながら構えた。

ヤシャは腕を組んで相手を精査する。腰を落として重心を低く構え、左手を前に突き出して右手を下げる。典型的な正拳突きの構えで待つ。まだゴングもなってないのに構えている所を見ると緊張が勝っている証拠だ。ヤシャと視線を交わすとその圧倒的な存在の前に額から汗が一筋流れるのを止めることは出来なかった。

『Bグループ第一回戦三組目レディー……ファイッ!!』

カァンッ

とうとうゴングが鳴り響く。その音で心臓が高鳴る。歓声が響き渡り、生唾を飲み込んだ音は掻き消された。ヤシャはしばらく周りを見渡した後、組んだ腕をほどいて空手家にまっすぐ無防備に歩き出す。一瞬その圧に気圧されそうになったが、握り混んだ拳をさらに握り、気を保つとあっさり間合いに入ったヤシャに正拳突きを叩き込んだ。

パァンッ

これ以上ないと思える完璧な正拳突きだった。そして真正面を狙って打った正拳突きは完璧に鳩尾を捉え、常人なら息が出来なくなるであろう入ってはいけない一撃に空手家の顔はほころぶ。その瞬間顔を包み込むほどでかいヤシャの手が頭を鷲掴みにした。そのままグイッと持ち上げる。頭が潰されるほどの握力。「グアア……」と苦しみバタバタと抵抗するが、機械に持ち上げられるように抵抗むなしく落とした腰が徐々に持ち上がる。足が浮き、体重を腕と首で支え始めた頃、観客も息を飲むように静かになった。

「バケモンだ……」

呻く外人とミシミシ悲鳴を上げる骨と筋肉に、ボソリと呟きが観客から聴こえる。痛みで気絶しそうな瞬間最大のインパクトを持ってハイキックをヤシャに放つ。だが揺らぐ事は無い。瞬き一つしないヤシャに外人の顔が痛み以上に情けない顔で涙を流し始めた。

「No……No……!」

ヤシャは空いた左手で腹をドスッと一撃を入れた。「カッ」というか細い声を残して頑張って支えていた腕がだらりと下がる。首だけで全体重を支える痛々しい状況になった時、ヤシャは頭を離した。空手家は白目のまま力なくドサリと昏倒した。しばらく静かになった場内。申し訳程度に司会者からのヤシャ勝利のコールが響き渡った。

「あーあ……やったな……」

春田はこの空気を恐れていたが、もうどうしようもなかった。
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