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第120話 二つの巨頭
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「ぐわっ!!」
ズダァンッ
巨漢がマットに沈む。元日本代表柔道100kg超級の猛者は会長に全体重をかけて大外刈りを仕掛けたが、リングに根を張った様な足を刈る事が出来ず、会長の裏投げに一切対応できなかった。自分の体が会長の肩まで持ち上がり、マットに叩きつけられる。内臓がせり上がり、上手く息が出来ない。もうずいぶん感じなかった懐かしい感触。
元プロボクサーもマットにダウンしていた。(見えない……)会長に最速の左ジャブを放った。踏み込みもタイミングも完璧だったと言える。しかし、その一発を掻い潜って会長の右ストレートが入った。会長の射程距離は自分の射程距離より10cm以上長い。飛び込めば撃ち落されるのは必至だが、速度が勝ると信じて飛び込んだ。実際一回り大きなボクサーと何度も戦ったが、速度で打ち負かしてきた。それが全て無に帰す攻撃。3秒、意識が飛んだ。頬に固いマットの感触を感じた時、自分が倒れている事を知る。
ムエタイ元王者は何でもありのルールに則り、露骨に急所を狙ってきた。金的に放った蹴りは確実に玉を潰す勢いだったが、何の事は無いあっさり止められた。それも加速している最中の足を鷲掴みにしてだ。一瞬にして勢いが殺されたため、軸足が滑って体勢を崩す。全体重が会長の左手に乗っかるがビクともしない。その状態のままおもむろに持ち上げると、宙づりにされ股間を軽く小突かれた。痛みから背を丸めて股間を庇うムエタイ選手。丸まった直後に会長は左手で持っていた足を右手に持ち替え、振り上げて叩きつけた。
ダァンッ
背中から落ちたムエタイ選手はもうピクリとも動かない。
この間に息が出来るまでに回復した柔道選手はガバッと立ち上がり、会長に向かって突進する。技も何もない単なるタックル。レスラーの諸手刈りを真っ正面から止める辺り、体幹は常人のそれではない。とにかくこの男のバランスを崩せるのかどうか確認する必要があった。
ドンッ
その時、感じたのは不動の岩盤。人の身で揺るがせるはずがないと悟る。会長は何をしてくるのか気になって動向を見ていたが、単なるタックルだったことにガッカリする。襟を鷲掴みにするとグンッと引き寄せた。
そのまま遠心力でロープに投げる。ロープの張力で返ってくると、会長が掌底で迎え入れる。ガチンッと顎がガチ合い、目にチカチカと星が出た。運が良かったのは舌を噛まなかった事か。そのまま仰向けに倒れて気絶した。
ボクサーはようやく立ち上がることが出来た。ダメージが足に来ていたが、ここで倒れるわけにはいかない。両手を上げて顔を守る。正直、会長を倒せる光景は思い描けないが、ボクサーである誇りと矜持だけは捨てるわけにはいかないから。
「気骨ある男たちよな……絶対に勝てぬだろう相手にも意識失わぬ限りは立ち向かう。一流の格闘家達よ、君らのその強さにワシは尊敬の念を贈る」
会長も腕を上げてボクシングの構えをとった。ボクサーは一瞬馬鹿にされた気持ちになる。自身のジャブより速い右ストレート。そんなものを放つ会長がボクシングをする。自分が培ってきた全てに唾を吐かれた気分だ。頂点からわざわざ降りてきてやったと言わんばかりの傲慢さ。
そんな苛立ちも瞬時に消える。当然だ。その通りなのだから。降りてきてもらっても勝てないのだから。間合いが少しだけ遠い。この少しが圧倒的な差となって立ち塞がる。
ダンッと踏み込む。考えていても勝ち目など無い。もっと速くを心と体に言い聞かせ動いた。これ以上無いと言える完璧を超えた最速のジャブ。
パパパァンッ
基本の三連打。ジャブ、ジャブ、ストレート。顔面に叩き込まれたボクサーはマットに沈んだ。
………
バコンッ
それはマットに頭から落ちた音だ。ヤシャは目の前で踊るように攻撃を仕掛けてきたキックボクサーの攻撃を二発捌いて、顔面に横から右拳を入れた。勢い良くマットに沈み、ピクピク痙攣している。
そのキックボクサーを囮に、殴った直後の腕に絡み付いたのはブラジリアン柔術を使う男だ。飛び腕ひしぎで関節を捕らえる。が、極められない。伸びきった腕を逆に曲げようとするだけなのに、鋼鉄の太い棒にぶら下がっているような変な感覚だった。
ヤシャはどうしてやろうか考える。このまま頭から落としたらスイカのように頭が割れるかもしれない。だとするなら背中から落とすのがいいのだが、強くしすぎると背骨が折れる可能性がある。この世界の人間を殴るのにどれだけ手加減をすればいいのか計りかねているのだ。
そんな迷いを動けないと捉えたのは元プロ・シュートボクシングの世界選手。一気に踏み込んで得意の蹴りを放つ。顔面を狙ったハイキックは当たる直前で邪魔が入る。というのも腕ひしぎの為に絡み付いたブラジリアン柔術の選手をその腕ごとシュートボクサーにぶつけた。
ゴンッという音と共にシュートボクサーは吹っ飛ぶ。ブラジリアン柔術の男は腕がほどけてマットに落ちた。ドサッと仰向けに倒れた男の頭からは流血が見える。白目を向いていることから相当なダメージが入ったことだろう。
シュートボクサーの腕が赤く腫れ上がる。左腕に男の頭が入ったようで、端から見ても折れた感じだと一目で分かる。もう立とうともしないシュートボクサーに背を向ける。
その時、シュートボクサーは静かに立ち上がり、後ろから背骨を狙って拳を叩き込んだ。
バキッ
枝を折ったような軽快な音が鳴り響く。シュートボクサーの拳が砕け、指が在らぬ方向に曲がる。
「ぎゃああっ!!」
自分で殴っておきながら自滅する様は情けないの一言だ。ヤシャはクルッと方向転換し、シュートボクサーに向き直る。「ひっ」という悲鳴を上げて、無力な自分を演出する。事実無力なわけだが、もうヤシャにその手は通じない。ヤシャは左手でビンタした。
パァンッという音の後、バコンッとシュートボクサーもマットに頭から落ちて気を失った。
こうしてAグループ、Bグループの試合が終わり、決勝戦を会長とヤシャが危なげもなく勝ち上がった。
春田はヤシャを見守りながら呟く。
「……これ、本当に大丈夫なのか?」
会場の静けさに一人悶々とするのだった。
ズダァンッ
巨漢がマットに沈む。元日本代表柔道100kg超級の猛者は会長に全体重をかけて大外刈りを仕掛けたが、リングに根を張った様な足を刈る事が出来ず、会長の裏投げに一切対応できなかった。自分の体が会長の肩まで持ち上がり、マットに叩きつけられる。内臓がせり上がり、上手く息が出来ない。もうずいぶん感じなかった懐かしい感触。
元プロボクサーもマットにダウンしていた。(見えない……)会長に最速の左ジャブを放った。踏み込みもタイミングも完璧だったと言える。しかし、その一発を掻い潜って会長の右ストレートが入った。会長の射程距離は自分の射程距離より10cm以上長い。飛び込めば撃ち落されるのは必至だが、速度が勝ると信じて飛び込んだ。実際一回り大きなボクサーと何度も戦ったが、速度で打ち負かしてきた。それが全て無に帰す攻撃。3秒、意識が飛んだ。頬に固いマットの感触を感じた時、自分が倒れている事を知る。
ムエタイ元王者は何でもありのルールに則り、露骨に急所を狙ってきた。金的に放った蹴りは確実に玉を潰す勢いだったが、何の事は無いあっさり止められた。それも加速している最中の足を鷲掴みにしてだ。一瞬にして勢いが殺されたため、軸足が滑って体勢を崩す。全体重が会長の左手に乗っかるがビクともしない。その状態のままおもむろに持ち上げると、宙づりにされ股間を軽く小突かれた。痛みから背を丸めて股間を庇うムエタイ選手。丸まった直後に会長は左手で持っていた足を右手に持ち替え、振り上げて叩きつけた。
ダァンッ
背中から落ちたムエタイ選手はもうピクリとも動かない。
この間に息が出来るまでに回復した柔道選手はガバッと立ち上がり、会長に向かって突進する。技も何もない単なるタックル。レスラーの諸手刈りを真っ正面から止める辺り、体幹は常人のそれではない。とにかくこの男のバランスを崩せるのかどうか確認する必要があった。
ドンッ
その時、感じたのは不動の岩盤。人の身で揺るがせるはずがないと悟る。会長は何をしてくるのか気になって動向を見ていたが、単なるタックルだったことにガッカリする。襟を鷲掴みにするとグンッと引き寄せた。
そのまま遠心力でロープに投げる。ロープの張力で返ってくると、会長が掌底で迎え入れる。ガチンッと顎がガチ合い、目にチカチカと星が出た。運が良かったのは舌を噛まなかった事か。そのまま仰向けに倒れて気絶した。
ボクサーはようやく立ち上がることが出来た。ダメージが足に来ていたが、ここで倒れるわけにはいかない。両手を上げて顔を守る。正直、会長を倒せる光景は思い描けないが、ボクサーである誇りと矜持だけは捨てるわけにはいかないから。
「気骨ある男たちよな……絶対に勝てぬだろう相手にも意識失わぬ限りは立ち向かう。一流の格闘家達よ、君らのその強さにワシは尊敬の念を贈る」
会長も腕を上げてボクシングの構えをとった。ボクサーは一瞬馬鹿にされた気持ちになる。自身のジャブより速い右ストレート。そんなものを放つ会長がボクシングをする。自分が培ってきた全てに唾を吐かれた気分だ。頂点からわざわざ降りてきてやったと言わんばかりの傲慢さ。
そんな苛立ちも瞬時に消える。当然だ。その通りなのだから。降りてきてもらっても勝てないのだから。間合いが少しだけ遠い。この少しが圧倒的な差となって立ち塞がる。
ダンッと踏み込む。考えていても勝ち目など無い。もっと速くを心と体に言い聞かせ動いた。これ以上無いと言える完璧を超えた最速のジャブ。
パパパァンッ
基本の三連打。ジャブ、ジャブ、ストレート。顔面に叩き込まれたボクサーはマットに沈んだ。
………
バコンッ
それはマットに頭から落ちた音だ。ヤシャは目の前で踊るように攻撃を仕掛けてきたキックボクサーの攻撃を二発捌いて、顔面に横から右拳を入れた。勢い良くマットに沈み、ピクピク痙攣している。
そのキックボクサーを囮に、殴った直後の腕に絡み付いたのはブラジリアン柔術を使う男だ。飛び腕ひしぎで関節を捕らえる。が、極められない。伸びきった腕を逆に曲げようとするだけなのに、鋼鉄の太い棒にぶら下がっているような変な感覚だった。
ヤシャはどうしてやろうか考える。このまま頭から落としたらスイカのように頭が割れるかもしれない。だとするなら背中から落とすのがいいのだが、強くしすぎると背骨が折れる可能性がある。この世界の人間を殴るのにどれだけ手加減をすればいいのか計りかねているのだ。
そんな迷いを動けないと捉えたのは元プロ・シュートボクシングの世界選手。一気に踏み込んで得意の蹴りを放つ。顔面を狙ったハイキックは当たる直前で邪魔が入る。というのも腕ひしぎの為に絡み付いたブラジリアン柔術の選手をその腕ごとシュートボクサーにぶつけた。
ゴンッという音と共にシュートボクサーは吹っ飛ぶ。ブラジリアン柔術の男は腕がほどけてマットに落ちた。ドサッと仰向けに倒れた男の頭からは流血が見える。白目を向いていることから相当なダメージが入ったことだろう。
シュートボクサーの腕が赤く腫れ上がる。左腕に男の頭が入ったようで、端から見ても折れた感じだと一目で分かる。もう立とうともしないシュートボクサーに背を向ける。
その時、シュートボクサーは静かに立ち上がり、後ろから背骨を狙って拳を叩き込んだ。
バキッ
枝を折ったような軽快な音が鳴り響く。シュートボクサーの拳が砕け、指が在らぬ方向に曲がる。
「ぎゃああっ!!」
自分で殴っておきながら自滅する様は情けないの一言だ。ヤシャはクルッと方向転換し、シュートボクサーに向き直る。「ひっ」という悲鳴を上げて、無力な自分を演出する。事実無力なわけだが、もうヤシャにその手は通じない。ヤシャは左手でビンタした。
パァンッという音の後、バコンッとシュートボクサーもマットに頭から落ちて気を失った。
こうしてAグループ、Bグループの試合が終わり、決勝戦を会長とヤシャが危なげもなく勝ち上がった。
春田はヤシャを見守りながら呟く。
「……これ、本当に大丈夫なのか?」
会場の静けさに一人悶々とするのだった。
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