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第144話 最終決戦
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空中で散る火花、轟音、そして衝撃。
まるで花火のように空気を震わせる攻防は、雷がすぐ側で落ちるくらい恐怖を感じる。
自然の驚異、所謂"天災"と呼ばれる境地に二人は居た。
どちらが勝つのか。この戦いの理由も行く末も知りえないまま皆天を仰ぐ。
究極の戦いに生物は等しく息を呑んだ。
「うおおおっ!魔王ヴァルタゼアァァ!!」
光の剣を振るって光速で移動する勇者。
「無駄だ!今度こそ俺が勝つ!!」
光の速度に完璧に対応する魔王。
最早見ることしか出来なくなった魔王の部下と勇者の家族は悲哀を持ってその様子を観戦する。
この戦いは結局どちらかの死で決着してしまうからだ。
魔王が勝てば勇者が死に、勇者が勝てば魔王が死ぬ。
どちらも負けられぬが故に引けぬ戦いとなり、必然死の影が迫る。
そして既に諦めきった顔をしているのは勇者と魔王をよく知るニーナだった。
「この戦いは勇者の敗北を持って終わる。即ち勇者が死ぬ」それが彼女の中で絶対のものとして大きく膨らみ、涙ぐんで二人を直視出来ないまで来ていた。あの頃の勇者からは頭一つ以上抜けた力を蓄えたとしても、その上さらに光の剣を携えているとしても、魔王に勝つという幻視が浮かんでこない。
魔王は単に力を隠し持っていただけであり、夫を止めてまで魔王に力を引き出す時間を与え、あまつさえ見殺しにしてしまうなど耐えられるはずもない。知的好奇心を満たすためにこの世界に滞在したのは間違いだった。自分の愚かさを恥じて目を瞑った。
「……ニーナさん、諦めてはいけません」
だが、それに待ったをかけたのはポイ子だった。ニーナはその言葉に気付いてポイ子を見る。
「大丈夫です。勇者は死にませんから」
「な、何を根拠に……」
ポイ子は気絶して起きないヤシャを抱えてニコリと笑った。
「魔王様は変わったんです。「魔王ヴァルタゼア」ではなく、この世界の人間「春田聖也」に……そしてその心は今も失ってはいません」
「え……?」
その言葉の意味が分からず困惑して首を傾げる。その言葉に返事をするようにアリシアから声が上がった。
「……魔王はわざと攻撃を外してる?」
見た感じほぼ互角と見えるその戦いはニーナの読み通り魔王の方が有利なようだが、その実、勇者に致命打を与えてはいない。アリシアの目から見てもそれは一目瞭然で、上手く剣でカバー出来る位置に狙って攻撃を仕掛けている。
単に戦えることが嬉しくて長引かせるために外していることも考えられたが、決定的な答えがマレフィアから発せられる。
「ああ、ポイ子ンのいう通りだね~。あの光の剣がヴァルちゃんを前にして起動してないのよ」
その言葉に「え?」と疑問符を浮かべたポイ子とナルル、ニーナとアリシアの4人がマレフィアに注目した。
「あれ?知らなかったの?うちはてっきり……」
「教えて下さい!どういうことですか!?」
「前に文献で観たんだけど~、光の剣ってモンスターや魔族に対しては最強の力を発揮するのね。つまり現在のヴァルちゃんは魔の者ではなくて無敵最強の人っぽい何かになったってわけ」
「で、でも……じゃあ魔力は……」
「じゃあ、あなた達は魔族なの?」
「いや、それは……」
そんなわけない。元の世界では魔族も人間も等しく魔力を有していた。
では魔族の定義とは?
見た目や信念、信条や行動、何より違うのは体の構造だろうか。
それでは現在の魔王は?
見た目と体の構造は魔族だろうが、それで判別するなら光の剣が猛威を振るってもおかしくない。
つまり何かが違うのだ。決定的な何かが。
しかし、それが分かったところで関係ない。何故なら魔王を魔の者として認識しない以上、光の剣は魔王に対して最強の力を発揮することはない。ただ世界一丈夫な剣であるだけだ。
その上で大事なのはアリシアが指摘したわざわざ攻撃を外している事実だろう。魔王は戦いを楽しんでいるが、勇者を殺そうとは決して考えていない。
「全く物好きな奴じゃのぅ聖也は……」
フッとナルルは小さく笑った。
バギィンッ
空中で半回転しながら体勢を立て直す勇者。その顔に疲れの色が見えた。
魔王は未だ余裕に勇者を見下ろす。
「あの時の未練を今解消しているようで最高に嬉しいぞ。しかし、甘いひと時も終わりにせねばならん。そろそろ警察が到着するかもしれんし、ないと思うが自衛隊に来られても厄介だ。次で終わりにしてやる」
「何をブツブツと!!次の一撃で終わるのはお前の方だ!!はああああぁあぁぁっ!!!」
ボワァッと宇宙にも届くほどの魔力を溜める。
全てを賭けた一撃。この世界のことを何にも考慮しないデタラメな一撃だ。これを受ければタダでは済まないし、避けても町どころか地盤も危ない。一般市民も消滅する。
「いや馬鹿か?俺を殺せれば他はどうなっても良いってのかよ。それでもお前勇者かよ」
「黙れ!俺はお前を倒して家に帰る!ただそれだけだぁ!!」
今にも振り下ろさんとする無茶苦茶な威力の斬撃。いや、これは斬撃などという細いモノではない。もっと幅広くて、何もかも押し潰すような……そう、まるで鉄槌。
「食ぅらぁえぇぇっ!!」
ゴゴゴ……と傾いていく魔力の柱を見て一瞬焦るが同時に気付く。これは単なる光の剣の力の模倣。勇者自身、何故光の剣が魔王に効かないのか困惑していたのだ。その為、自分の持つ魔力を総動員して光の剣により集め、光の剣が作動したかのように錯覚させた。
光の剣に頼らずともここまでの力が出せる勇者に脱帽するが、そんな悠長なことを言ってられなくなった。
しかし同時に気付く。実態は風船のように柔な攻撃だ。
魔力はただ出せば良いものではなく、性質変換させて相手に放つなり強化するなりするものだ。実態のないものを大きく膨らませれば見た目は凄くても大したことのない攻撃になる。
そうは言ってもこれだけ膨らませれば下に落ちた場合は大惨事だろう。振り下ろされる前に対処しなければいけないのだが、今回の場合はそれも容易い。
風船の例え通り、空気を抜けば良いのだ。
「……焦って下手を打ったな。そいつも俺には通用しない」
魔王は腕を伸ばして目の前で柏手を打つ。パァンッと景気の良い音が鳴り響く。合わせた手を徐々に開くと紫の稲妻がその太い腕に纏わりつく。それを確認したと同時にバッと勢いよく開く。
魔王の目の前には複雑怪奇な魔方陣が形成される。それは先程手に纏わせていた魔方陣に酷似していた。
迫り来る衝撃。
最早一刻の猶予もない中で出した渾身の魔方陣は魔術無効。
「それが一体何になる!!これは魔力そのものだ!諦めて消し炭になれ!!」
「諦めろ?違うな……そいつは悪役である俺の台詞のはずだぜ。お前が俺に向かって使うのは間違ってる」
目の前に形成した魔方陣に対して魔王は拳を振るった。
ガシャァンッ
ガラスが盛大に割れるような音と共に魔方陣が砕け散る。何をしているのか理解できなかった勇者は目を丸くしてその様子を見ていた。
「もうお前に殺されることは二度とない。諦めて元の世界に帰れ!!」
割れた魔方陣はその欠片全てが小さな無数の魔方陣と化す。魔王が両手を振り上げると小さな魔方陣は魔力の塊に向かって流星群の様に飛んでいった。
「!?……なんだ?この魔法は!?」
理解できない魔法に困惑して心が乱れる。そんなことお構いなしに無数の魔方陣は魔力の壁に弾かれてシールのように張り付いていく。
勇者のやけっぱち魔力弾を小さな魔方陣が覆うと、白かった光は紫の暗い光に変わり、太陽光を遮って辺り一面紫に照らされた。
この世の終わり、アルマゲドンを思わせる事態に固唾を飲む。
「魔力……吸収!」
魔王が両手を握るとその魔法は発動した。
魔方陣は一つ一つが光を放ち、その力を発揮する。
「魔力吸収だと?!まさか……これ全部がか!?」
それは蛭のように勇者の魔力を吸い上げた。魔力吸収は一つ一つの容量は然程無く、限界を迎えるとパリンッと割れて雪の花のようにヒラヒラと舞い落ちた。
勇者が気付かないのも無理はない。魔力吸収など魔力消費のわりに使い勝手が悪く、戦闘で使うものなど誰もいない。
仮にMPが100あったとして、弱体化強化効果がそれぞれ5、単体攻撃に10、全体攻撃に20……この場合弱体化に含まれる魔力吸収は5。
使ったところで自分の魔力に変換されるわけでもないし、同じだけ魔力を消費するなら、魔王も積極的に使っていた魔術無効の方にコストを割く方が理に敵っている。
魔力吸収はモンスター研究のために産み出された研究者の道楽の産物。戦闘に特化していないのも頷ける。
魔王が知っていたのは単なる偶然だったが、暇潰し程度に覚えていた。
「俺の魔力は無限大だ。この俺に無駄の文字は無い」
「そんな……馬鹿な……!」
自分が溜めた渾身の魔力弾は魔力吸収に阻まれて消えていく。魔力の塊は一気に縮小し、それと共に紫の花が舞い落ちた。
視界を遮る魔方陣が砕け散る瞬間、それを突き破るように魔王が姿を現した。
勇者は旅の中で訪れた初めての敗北を思い出していた。突然現れた最強の魔王。仲間の戦士が一撃で倒され、恐怖を抱いたあの時を。勇者と持て囃され、調子付いていた自分をへし折られた絶望を。逃げることしかできなかった脆弱な自分を。
その全てが昨日の事のように鮮明に克明に蘇る。
「俺の……負け……?」
「ああ、そうだ。俺の勝ちだ」
魔王のニヤついた顔は魂に刻まれ、ここで死んでも忘れることなど出来ないだろう。
魔王の突き出された拳が顔に向かって飛んでくる。死ぬ瞬間は全てがスローに見えると言うが事実らしい。ゆっくりと確実に迫ってくるのに体が動かないのだ。
(すまない……ニーナ、アリシア……俺はお前らを助けられないまま死ぬようだ……お前たちの無事を祈る)
魔王の手は拳から徐々に開かれていく。不思議なことに親指と中指だけ折られたまま他の指が開かれた。
お釈迦様のような握り方だが、そうではない。この手の形を勇者は知っていた。そう、あの時戦士をのした一撃。デコピンだ。
ビシッ
その一撃は想像以上の威力で勇者の頭を揺らした。体が仰け反り、数mは飛ばされた。命の危機を感じて体が言うことを聞かないほど緊張した精神状態にこの一撃は重い。
勇者は為す術なく意識が薄れていき、そのまま気絶した。
まるで花火のように空気を震わせる攻防は、雷がすぐ側で落ちるくらい恐怖を感じる。
自然の驚異、所謂"天災"と呼ばれる境地に二人は居た。
どちらが勝つのか。この戦いの理由も行く末も知りえないまま皆天を仰ぐ。
究極の戦いに生物は等しく息を呑んだ。
「うおおおっ!魔王ヴァルタゼアァァ!!」
光の剣を振るって光速で移動する勇者。
「無駄だ!今度こそ俺が勝つ!!」
光の速度に完璧に対応する魔王。
最早見ることしか出来なくなった魔王の部下と勇者の家族は悲哀を持ってその様子を観戦する。
この戦いは結局どちらかの死で決着してしまうからだ。
魔王が勝てば勇者が死に、勇者が勝てば魔王が死ぬ。
どちらも負けられぬが故に引けぬ戦いとなり、必然死の影が迫る。
そして既に諦めきった顔をしているのは勇者と魔王をよく知るニーナだった。
「この戦いは勇者の敗北を持って終わる。即ち勇者が死ぬ」それが彼女の中で絶対のものとして大きく膨らみ、涙ぐんで二人を直視出来ないまで来ていた。あの頃の勇者からは頭一つ以上抜けた力を蓄えたとしても、その上さらに光の剣を携えているとしても、魔王に勝つという幻視が浮かんでこない。
魔王は単に力を隠し持っていただけであり、夫を止めてまで魔王に力を引き出す時間を与え、あまつさえ見殺しにしてしまうなど耐えられるはずもない。知的好奇心を満たすためにこの世界に滞在したのは間違いだった。自分の愚かさを恥じて目を瞑った。
「……ニーナさん、諦めてはいけません」
だが、それに待ったをかけたのはポイ子だった。ニーナはその言葉に気付いてポイ子を見る。
「大丈夫です。勇者は死にませんから」
「な、何を根拠に……」
ポイ子は気絶して起きないヤシャを抱えてニコリと笑った。
「魔王様は変わったんです。「魔王ヴァルタゼア」ではなく、この世界の人間「春田聖也」に……そしてその心は今も失ってはいません」
「え……?」
その言葉の意味が分からず困惑して首を傾げる。その言葉に返事をするようにアリシアから声が上がった。
「……魔王はわざと攻撃を外してる?」
見た感じほぼ互角と見えるその戦いはニーナの読み通り魔王の方が有利なようだが、その実、勇者に致命打を与えてはいない。アリシアの目から見てもそれは一目瞭然で、上手く剣でカバー出来る位置に狙って攻撃を仕掛けている。
単に戦えることが嬉しくて長引かせるために外していることも考えられたが、決定的な答えがマレフィアから発せられる。
「ああ、ポイ子ンのいう通りだね~。あの光の剣がヴァルちゃんを前にして起動してないのよ」
その言葉に「え?」と疑問符を浮かべたポイ子とナルル、ニーナとアリシアの4人がマレフィアに注目した。
「あれ?知らなかったの?うちはてっきり……」
「教えて下さい!どういうことですか!?」
「前に文献で観たんだけど~、光の剣ってモンスターや魔族に対しては最強の力を発揮するのね。つまり現在のヴァルちゃんは魔の者ではなくて無敵最強の人っぽい何かになったってわけ」
「で、でも……じゃあ魔力は……」
「じゃあ、あなた達は魔族なの?」
「いや、それは……」
そんなわけない。元の世界では魔族も人間も等しく魔力を有していた。
では魔族の定義とは?
見た目や信念、信条や行動、何より違うのは体の構造だろうか。
それでは現在の魔王は?
見た目と体の構造は魔族だろうが、それで判別するなら光の剣が猛威を振るってもおかしくない。
つまり何かが違うのだ。決定的な何かが。
しかし、それが分かったところで関係ない。何故なら魔王を魔の者として認識しない以上、光の剣は魔王に対して最強の力を発揮することはない。ただ世界一丈夫な剣であるだけだ。
その上で大事なのはアリシアが指摘したわざわざ攻撃を外している事実だろう。魔王は戦いを楽しんでいるが、勇者を殺そうとは決して考えていない。
「全く物好きな奴じゃのぅ聖也は……」
フッとナルルは小さく笑った。
バギィンッ
空中で半回転しながら体勢を立て直す勇者。その顔に疲れの色が見えた。
魔王は未だ余裕に勇者を見下ろす。
「あの時の未練を今解消しているようで最高に嬉しいぞ。しかし、甘いひと時も終わりにせねばならん。そろそろ警察が到着するかもしれんし、ないと思うが自衛隊に来られても厄介だ。次で終わりにしてやる」
「何をブツブツと!!次の一撃で終わるのはお前の方だ!!はああああぁあぁぁっ!!!」
ボワァッと宇宙にも届くほどの魔力を溜める。
全てを賭けた一撃。この世界のことを何にも考慮しないデタラメな一撃だ。これを受ければタダでは済まないし、避けても町どころか地盤も危ない。一般市民も消滅する。
「いや馬鹿か?俺を殺せれば他はどうなっても良いってのかよ。それでもお前勇者かよ」
「黙れ!俺はお前を倒して家に帰る!ただそれだけだぁ!!」
今にも振り下ろさんとする無茶苦茶な威力の斬撃。いや、これは斬撃などという細いモノではない。もっと幅広くて、何もかも押し潰すような……そう、まるで鉄槌。
「食ぅらぁえぇぇっ!!」
ゴゴゴ……と傾いていく魔力の柱を見て一瞬焦るが同時に気付く。これは単なる光の剣の力の模倣。勇者自身、何故光の剣が魔王に効かないのか困惑していたのだ。その為、自分の持つ魔力を総動員して光の剣により集め、光の剣が作動したかのように錯覚させた。
光の剣に頼らずともここまでの力が出せる勇者に脱帽するが、そんな悠長なことを言ってられなくなった。
しかし同時に気付く。実態は風船のように柔な攻撃だ。
魔力はただ出せば良いものではなく、性質変換させて相手に放つなり強化するなりするものだ。実態のないものを大きく膨らませれば見た目は凄くても大したことのない攻撃になる。
そうは言ってもこれだけ膨らませれば下に落ちた場合は大惨事だろう。振り下ろされる前に対処しなければいけないのだが、今回の場合はそれも容易い。
風船の例え通り、空気を抜けば良いのだ。
「……焦って下手を打ったな。そいつも俺には通用しない」
魔王は腕を伸ばして目の前で柏手を打つ。パァンッと景気の良い音が鳴り響く。合わせた手を徐々に開くと紫の稲妻がその太い腕に纏わりつく。それを確認したと同時にバッと勢いよく開く。
魔王の目の前には複雑怪奇な魔方陣が形成される。それは先程手に纏わせていた魔方陣に酷似していた。
迫り来る衝撃。
最早一刻の猶予もない中で出した渾身の魔方陣は魔術無効。
「それが一体何になる!!これは魔力そのものだ!諦めて消し炭になれ!!」
「諦めろ?違うな……そいつは悪役である俺の台詞のはずだぜ。お前が俺に向かって使うのは間違ってる」
目の前に形成した魔方陣に対して魔王は拳を振るった。
ガシャァンッ
ガラスが盛大に割れるような音と共に魔方陣が砕け散る。何をしているのか理解できなかった勇者は目を丸くしてその様子を見ていた。
「もうお前に殺されることは二度とない。諦めて元の世界に帰れ!!」
割れた魔方陣はその欠片全てが小さな無数の魔方陣と化す。魔王が両手を振り上げると小さな魔方陣は魔力の塊に向かって流星群の様に飛んでいった。
「!?……なんだ?この魔法は!?」
理解できない魔法に困惑して心が乱れる。そんなことお構いなしに無数の魔方陣は魔力の壁に弾かれてシールのように張り付いていく。
勇者のやけっぱち魔力弾を小さな魔方陣が覆うと、白かった光は紫の暗い光に変わり、太陽光を遮って辺り一面紫に照らされた。
この世の終わり、アルマゲドンを思わせる事態に固唾を飲む。
「魔力……吸収!」
魔王が両手を握るとその魔法は発動した。
魔方陣は一つ一つが光を放ち、その力を発揮する。
「魔力吸収だと?!まさか……これ全部がか!?」
それは蛭のように勇者の魔力を吸い上げた。魔力吸収は一つ一つの容量は然程無く、限界を迎えるとパリンッと割れて雪の花のようにヒラヒラと舞い落ちた。
勇者が気付かないのも無理はない。魔力吸収など魔力消費のわりに使い勝手が悪く、戦闘で使うものなど誰もいない。
仮にMPが100あったとして、弱体化強化効果がそれぞれ5、単体攻撃に10、全体攻撃に20……この場合弱体化に含まれる魔力吸収は5。
使ったところで自分の魔力に変換されるわけでもないし、同じだけ魔力を消費するなら、魔王も積極的に使っていた魔術無効の方にコストを割く方が理に敵っている。
魔力吸収はモンスター研究のために産み出された研究者の道楽の産物。戦闘に特化していないのも頷ける。
魔王が知っていたのは単なる偶然だったが、暇潰し程度に覚えていた。
「俺の魔力は無限大だ。この俺に無駄の文字は無い」
「そんな……馬鹿な……!」
自分が溜めた渾身の魔力弾は魔力吸収に阻まれて消えていく。魔力の塊は一気に縮小し、それと共に紫の花が舞い落ちた。
視界を遮る魔方陣が砕け散る瞬間、それを突き破るように魔王が姿を現した。
勇者は旅の中で訪れた初めての敗北を思い出していた。突然現れた最強の魔王。仲間の戦士が一撃で倒され、恐怖を抱いたあの時を。勇者と持て囃され、調子付いていた自分をへし折られた絶望を。逃げることしかできなかった脆弱な自分を。
その全てが昨日の事のように鮮明に克明に蘇る。
「俺の……負け……?」
「ああ、そうだ。俺の勝ちだ」
魔王のニヤついた顔は魂に刻まれ、ここで死んでも忘れることなど出来ないだろう。
魔王の突き出された拳が顔に向かって飛んでくる。死ぬ瞬間は全てがスローに見えると言うが事実らしい。ゆっくりと確実に迫ってくるのに体が動かないのだ。
(すまない……ニーナ、アリシア……俺はお前らを助けられないまま死ぬようだ……お前たちの無事を祈る)
魔王の手は拳から徐々に開かれていく。不思議なことに親指と中指だけ折られたまま他の指が開かれた。
お釈迦様のような握り方だが、そうではない。この手の形を勇者は知っていた。そう、あの時戦士をのした一撃。デコピンだ。
ビシッ
その一撃は想像以上の威力で勇者の頭を揺らした。体が仰け反り、数mは飛ばされた。命の危機を感じて体が言うことを聞かないほど緊張した精神状態にこの一撃は重い。
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