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第四章 崩壊
第十一話 一方そのころ…西の大陸で 後
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西の大陸。
今ここで人類とオークによる協議が始まろうとしていた。
人類の居住区域”ジュード”の住民を守るため、最強の12人の内、派遣された三人が肩を並べる。
向かって左から、狂戦士ガノン。魔断のゼアル。そして風神のアロンツォ。
黒曜騎士団の小隊をさらに小分けに別けて、分隊を同行させる。
小隊はもしもの時の防御役で、街に駐在させた。議長と議員の中から選別された二名の計三名が話し合いに参加するので、分隊が周りを固め、脅威からその身を守る。
最後にアリーチェという花を添えて、この防衛の形は完成した。
というより、アリーチェがいなければそもそも頭上が守れないので、その場合アロンツォにカバーを頼むことになってしまう。
要人警護をすることの無い戦闘特化型に頭上を守らせるのは、隙間の広い鉄柵で頭を守るのと同義。要人を害する飛翔物を、運が良ければ弾くが、運が悪ければすり抜けて当たる可能性がある。
アロンツォは人類側最強の一人。彼に限ってはそこらの要人警護とは比べ物にならないレベルで護衛は出来るが、彼は個人的に信用はできない。魔族とまでは言わないが、人間を見下している。大事なときにへそを曲げられては大事に至る。あと付け加えるなら要人達はアロンツォが嫌いだった。
その点、魔法はかけてさえいればヒューマンエラーは起こりにくい。飛び道具に対して完全な耐性を設ければ、接近されない限りなにも怖いことがない。結界の中で過ごしてきた彼らには魔法がいかに偉大か理解しているので、これ程頼もしい事もなかった。
こうして陣形を組んで歩くのはここが既に結界の外だからだ。オークの領土に人類が侵入するのは何百年ぶりか?
「全く鬱陶しい木々よ……このように視界が開かぬと何があるか分からぬではないか」
「……だからって飛び立つんじゃねぇぞ?手前ぇの穴は埋めるつもりはねぇぞ?」
ガノンはギザギザの歯を剥き出しにして威嚇する。
「……いいんじゃない?アロンツォさんは警護と言うよりは偵察してもらった方がこっちが有利になるし、あっちがもし罠とか張ってたら怖いじゃん」
アリーチェはガノンのすぐ後ろで意見する。ガノンは「いらんこと言うな……」とぼやくと、プイッと顔を背ける。アロンツォも今にも飛び立ちそうな程そわそわしている。
「我慢しろ。何のための警護だと思っている?それに貴様の出番はない。私の部下が先行している」
その言葉を言い終わると同時に前方から部下が合流した。
「団長。この先の広場にオークの集団が待ち構えています」
「うむ。ご苦労……」
それを聞くや否やガノンが大剣の柄に手を伸ばす。戦闘を期待しての事だが、それをゼアルが制する。
「慌てるな。オークが戦闘を目的として呼び出したのならこんな回りくどい事はしない」
「わかりゃしねぇだろ?最近人肉が御無沙汰だったから喰いたくなったんじゃねぇのか?」
無いとは言い切れない。しかしゼアルは言い切る。
「それは無い」
そういうと歩き出した。ガノンも舌打ちしてそれについていく。アロンツォは先行したゼアルの部下の肩を叩くと、「ご苦労」といって労った。そのまましばらく歩くと木々を抜けて開けた場所に出る。
そこには単なるオークの集団というには失礼と思えるほど煌めく鎧に身を包んだ戦士達が列をなしてゼアル達を迎え入れた。丁寧に磨きあげた全身鎧は光を反射し、眩しいほどだ。
重武装歩兵団。オークの肉体が既に驚異だというのに、さらにこれほどガチガチに固められると刃はおろか、戦鎚でもダメージを与えられないだろう。
今までの人類対オークとの戦争など児戯に等しい。魔法があるからまだ安心できるが、もし魔法がなければオークが地上を支配できるかもしれない。
呆気に取られる要人と黒曜騎士団分隊。ガノンも驚きを隠せない。野蛮で泥臭いオークの印象を一目で覆す光景だ。
事実としてガノンは何度かオークと相対し、煮え湯を飲まされつつ勝利を収めてきた。戦ってきたオーク達はどれも力ばかりの馬鹿ばかり。ここまで知性に溢れた行動を示した奴は見たことがなかった。
夢でも見ているような気になるが、ここで冷静なのはゼアルとまさかのアロンツォの二人。
二人とも当然というような顔だが、二人の違いは一目瞭然。
ゼアルはオークに対してそこまでの偏見がない。というより、予想を下回ることの無かったオークの技術力に関して警戒心を一段上げる程度の空気感だ。
アロンツォに関しては協議を申し入れた以上無様を晒す事は種族の恥。そんなものと相対する必要がないと思っているので、言うなれば「ま、いいんじゃないかな?」という自分基準のギリギリ合格点という嘗めた考えだった。
オーク戦士達はゼアル達の到着を見ると、その場で整列し直した。横並びだったオーク達はきびきびと動いて二列を作り、6m前後ある槍を掲げてアーチを作り、戦士達の道を作った。
その道の奥にやたら肌をさらし、頭が禿げ上がった老人がふんぞり返って座っていた。腹にまで届く蓄えた髭はその老人が生きてきた年数をそのまま表しているような見た目だ。
第八魔王”群青”。
黒の円卓という支配者の集いに属する魔王の一柱。
「……聞いてたまんまだな…こいつを殺せば手前ぇに並べるぜぇ……」
ゼアルをチラリと見てガノンは吠える。
「戦争をしに来たのではない。今回は話し合いだ。拗れるまでは手出しする事は許さん。貴様は貴様の仕事をしろ……」
ゼアルは刺さるような視線を送り、ガノンを牽制する。ガノンは顔を歪ませて大きく舌打ちをする。気に食わない事を行動で示した。
「よくぞ来た、小さき者ども。遠慮するな。儂の前に来い」
そんな小競り合いを無視して低く下っ腹を震わせる声を出して群青はゼアルたちを呼ぶ。
戦士の道はヒューマンの平均身長を軽く超え、小さな商店街くらい天井となる槍が高い。(こんな恐ろしい場所を通るのか……)議長たちは自分たちが経験する事は無いだろうと思っていた、想像すらしないこの光景に感動を覚えながらも恐怖で縮こまっている。
それに臆することなくゼアルは歩き出す。それに合わせて渋々ながら議長たちもついていく。一人、ガノンだけはそこに立ち止まり、背中に提げた大剣を思いっきり地面に突き立て、殺気を放つ。全員が入れば囲まれる可能性が高く、挟撃を防ぐための立ち位置である。殺気を放つことでヘイトを稼ぐ。
このアーチを出来る事なら潜りたくなかった議長たちは恨めしい顔をするが、よく考えればあれはあれで危険である。背中には森を背負い、魔獣からの攻撃も警戒する必要がある上、たった一人でその場所の確保をしている事から、どれ程ゼアルからその力を信用されているか分かる。
本来、重戦士であろうガノンは最前線で敵のヘイトを稼ぎ、守護する事が戦場での使い方であろうが、ガノンにそのルールは適用できない。それというのも”狂戦士”の由来通り、一瞬一瞬の攻防に愉悦を見出すため、周りが見えなくなる。その為、仲間がいるとその真価を発揮できない。アリーチェは神聖魔法が得意であり、回復や防御、強化を習得している為、戦いの後のケアのために連れている。
この配置は重戦士で見ればミス配置、ことガノンに関してはここで良い。戦闘狂は要人警護に正直邪魔なので遠慮したいところだが、より強力な人手が欲しい現在、贅沢は言えない。
アロンツォは空に飛んでもらう方が有利だが、下手に制空権を取るのは相手を刺激すると思われたため却下された。それに、”風神”の由来は何も空を飛ぶことだけではない。地上戦でも遜色なく強い。これは余談だが、いくらヒューマンを嘗めていても戦闘の中心に立たされれば、渋々でも戦闘に参加するだろうと議長たちが言い出した結果でもある。これに関してはアロンツォを見くびりすぎだが、議長たちを納得させるためには仕方がなかった。
警戒しつつアーチを潜り終えると、槍を外して石突を地面につけると、それを軸に群青の方向に体を一斉に向ける。鎧の擦れる音や足並みがそろった音は全てが一つとなり、雑音に聞こえない程気持ちがいい。
(協議の場ではない……これではまるで……)
”王に謁見する特使の図”のようなそんな感じだ。城内ではなく開けた野原である為、変な感じだが、それが最もしっくりくる。
「我が名は黒曜騎士団団長ゼアル。またの名を”魔断”。貴殿が第八魔王”群青”か?」
ゼアルは真っ先に名を名乗り、その名で注目を集める。
「”魔断”?はて……聞いたことのある名だのぅ……」
髭を撫でて視線を逸らす。横に立つ女性と思わしきオークは群青の耳元に顔を近づけると静かに囁いた。
「ん?おお!そうか”白の騎士団”か!どうも物忘れが激しくていかんなぁ」
はっはっはと快活に笑う。
「戦争中の現在、敵であるそちらからの協議の提案により、居住区域”ジュード”側の護衛としてこの場に参上した。協議の場への参加を認めて欲しい」
「というより参加できぬなら協議はせぬのだろう?ならば好きにせい。だが儂もぬしらを相手にするだけの暇を持っておらんでな、そこは期待するな?」
見た目以上に頭が回る。とっとと話を始めたいのか無駄を省いた言い回しは統治者である事を実感させられる。ゼアルは半歩左にずれて「議長…」と一言言うと、一瞬顔が強張った議長が前に出た。
「私が居住区域”ジュード”の代表です。早速話し合いを始めましょう」
震えそうになる声を何とか抑えて、気丈にふるまう。
「その前に一つ。なぜこのような場所で話し合う?そなたらには住んでいる建物がないのか?王ともなれば立派な城くらい持っているだろう?」
アロンツォは空気を読まずに突如話し出した。確かに気になるが、今はそれを聞く時ではないし要人を警護している以上、相手の神経を逆なでするような行為はご法度である。
「やめろアロンツォ、空気を読め。それにそれ位聞かなくても分かるだろう……」
「答えを聞いてもいないのに何故分かる?」
ゼアルはこの場所で協議が行われる理由を既に看破している。しかし、アロンツォはそこまで器用ではない。
「はっはっは!気になるか?鳥人族の童よ」
はっはっはとしばらく笑う。これに対しアロンツォがキレるかと内心ヒヤッとしたが、涼しい顔で微笑すら湛えている。この男はゼアルでも読めない。ひとしきり笑った後、群青はニヤリと笑みを浮かべたまま話し出す。
「実を言えば今回の協議は儂の独断でな。ぬしらを城に呼べば民衆からの顰蹙を買う。故にここで協議をする事にした。この話はできるだけ内々にしたいでな」
口許に人差し指を持ってきて静かにというジェスチャーを挟む。
「なるほど密談であったか。そなたらの建築物も興味があったが…まぁ良い。またにしよう」
納得したアロンツォは優雅に待機する。それを横目で迷惑そうに見ていた議長は、群青に向き直って協議を再開する。
「それで……我々はまだ協議内容を伺っていないのですが……」
「うむ。アーパ」
アーパと呼ばれた右隣の女性オークは一礼した後一歩前に出る。
「今回の協議は至極単純でございます。あなた方が居住区域”ジュード”と呼ぶ港町と我らの国”オークルド”間での停戦を提案いたします」
予想はしていた。問題は内容である。
「つきましては、国家間の領土の線引きと、今後情報のやり取りに関して密に行いたくお話をさせていただければと……」
「大変申し上げにくいのですが、我らの町には情報のやり取りの為に避ける人員がございません。気を悪くしないでいただきたいのですが、あなた方オーク族に対して我々ヒューマンは弱く、気も小さい故、今まともに話せるのもこれだけの戦力があってこそ。歴戦の勇士は確かに保有しておりますが、こちらにも都合というものがございます。とりあえず領土に関する事柄と当面の打ち合わせを行えれば……」
それを聞いた時、群青が待ったをかける。
「聞いたぞ?ぬしらには遠くでも声を届ける魔道具があるそうではないか。それがあれば詰所なんぞ用意せんでも時間さえ合わせればやり取りができるではないか」
これにはゼアルも驚いた。
「……いや、私は皆目見当もつきませんで……」
「知らばっくれるか?儂を前にしていい度胸だが許そう。こんなことで一々話の腰を折ってはこの場を設けた意味がないでな……」
座った椅子の隣に立てかけたこん棒を前に持ってくる。杖代わりにすると手の甲に顎を乗せた。武器が出てきたことで委縮する議長。手を出す事は無いという空気を出しながら、”もし”を臭わせ圧をかける。
「同じ大陸に住む者同士、腹を割って話そうではないか?」
議長は声が出なくなるほど怯えた。その時見かねたゼアルが前に出る。
「この場は私が預かろう。持ち帰り、上に報告する。敵に技術を与える事を是とするか否かはここで決められることではないのでな。こちらも話し合いの機会をいただく。勿論この件は完全に秘匿した上で我が国、イルレアン国のみが介入する。許可してもらえなければ、先の案の詰所での対応となるがいかがか?」
「……なるほどのぅ。確かに一理ある。許可するのは構わんがしかし、こちらも領土を譲歩する以上は半端ではないぞ?その事は承知の上であろうな?」
群青はその理知的で懐疑的な目をゼアルに向ける。その視線に対する答えは簡素なものだった。
「無論」
群青は膝を叩いて唸る。
「気に入った!イルレアンの介入を許可する」
アーパは即座に手元の羊皮紙に書き記す。
「では続きまして、領土の線引きについて……」
この話し合いの結果。居住区域”ジュード”は二倍近い国土を有するに至る。随分太っ腹と言える。
地図で見ればまだまだ小さいが、領土拡大は願ってもないことなので、オークから貰うことがあるなどまさに奇跡だ。
(欲しいのは通信機の技術か?)
それさえあれば、今後情報伝達が恐ろしいほど早くなる。わざわざ出向くこともなくなる事を考えれば、これほど有意義な事はない。
オークにとっても、それこそ喉から手が出るほどという奴だろう。領土を差し出すだけの価値がある。
話し合いはすんなりと思った方向に行き、戦闘もなくこのまま帰される空気となる。
「つまらん!!」
ガノンにとってはまさにやって来た甲斐のないつまらない仕事となった。
今ここで人類とオークによる協議が始まろうとしていた。
人類の居住区域”ジュード”の住民を守るため、最強の12人の内、派遣された三人が肩を並べる。
向かって左から、狂戦士ガノン。魔断のゼアル。そして風神のアロンツォ。
黒曜騎士団の小隊をさらに小分けに別けて、分隊を同行させる。
小隊はもしもの時の防御役で、街に駐在させた。議長と議員の中から選別された二名の計三名が話し合いに参加するので、分隊が周りを固め、脅威からその身を守る。
最後にアリーチェという花を添えて、この防衛の形は完成した。
というより、アリーチェがいなければそもそも頭上が守れないので、その場合アロンツォにカバーを頼むことになってしまう。
要人警護をすることの無い戦闘特化型に頭上を守らせるのは、隙間の広い鉄柵で頭を守るのと同義。要人を害する飛翔物を、運が良ければ弾くが、運が悪ければすり抜けて当たる可能性がある。
アロンツォは人類側最強の一人。彼に限ってはそこらの要人警護とは比べ物にならないレベルで護衛は出来るが、彼は個人的に信用はできない。魔族とまでは言わないが、人間を見下している。大事なときにへそを曲げられては大事に至る。あと付け加えるなら要人達はアロンツォが嫌いだった。
その点、魔法はかけてさえいればヒューマンエラーは起こりにくい。飛び道具に対して完全な耐性を設ければ、接近されない限りなにも怖いことがない。結界の中で過ごしてきた彼らには魔法がいかに偉大か理解しているので、これ程頼もしい事もなかった。
こうして陣形を組んで歩くのはここが既に結界の外だからだ。オークの領土に人類が侵入するのは何百年ぶりか?
「全く鬱陶しい木々よ……このように視界が開かぬと何があるか分からぬではないか」
「……だからって飛び立つんじゃねぇぞ?手前ぇの穴は埋めるつもりはねぇぞ?」
ガノンはギザギザの歯を剥き出しにして威嚇する。
「……いいんじゃない?アロンツォさんは警護と言うよりは偵察してもらった方がこっちが有利になるし、あっちがもし罠とか張ってたら怖いじゃん」
アリーチェはガノンのすぐ後ろで意見する。ガノンは「いらんこと言うな……」とぼやくと、プイッと顔を背ける。アロンツォも今にも飛び立ちそうな程そわそわしている。
「我慢しろ。何のための警護だと思っている?それに貴様の出番はない。私の部下が先行している」
その言葉を言い終わると同時に前方から部下が合流した。
「団長。この先の広場にオークの集団が待ち構えています」
「うむ。ご苦労……」
それを聞くや否やガノンが大剣の柄に手を伸ばす。戦闘を期待しての事だが、それをゼアルが制する。
「慌てるな。オークが戦闘を目的として呼び出したのならこんな回りくどい事はしない」
「わかりゃしねぇだろ?最近人肉が御無沙汰だったから喰いたくなったんじゃねぇのか?」
無いとは言い切れない。しかしゼアルは言い切る。
「それは無い」
そういうと歩き出した。ガノンも舌打ちしてそれについていく。アロンツォは先行したゼアルの部下の肩を叩くと、「ご苦労」といって労った。そのまましばらく歩くと木々を抜けて開けた場所に出る。
そこには単なるオークの集団というには失礼と思えるほど煌めく鎧に身を包んだ戦士達が列をなしてゼアル達を迎え入れた。丁寧に磨きあげた全身鎧は光を反射し、眩しいほどだ。
重武装歩兵団。オークの肉体が既に驚異だというのに、さらにこれほどガチガチに固められると刃はおろか、戦鎚でもダメージを与えられないだろう。
今までの人類対オークとの戦争など児戯に等しい。魔法があるからまだ安心できるが、もし魔法がなければオークが地上を支配できるかもしれない。
呆気に取られる要人と黒曜騎士団分隊。ガノンも驚きを隠せない。野蛮で泥臭いオークの印象を一目で覆す光景だ。
事実としてガノンは何度かオークと相対し、煮え湯を飲まされつつ勝利を収めてきた。戦ってきたオーク達はどれも力ばかりの馬鹿ばかり。ここまで知性に溢れた行動を示した奴は見たことがなかった。
夢でも見ているような気になるが、ここで冷静なのはゼアルとまさかのアロンツォの二人。
二人とも当然というような顔だが、二人の違いは一目瞭然。
ゼアルはオークに対してそこまでの偏見がない。というより、予想を下回ることの無かったオークの技術力に関して警戒心を一段上げる程度の空気感だ。
アロンツォに関しては協議を申し入れた以上無様を晒す事は種族の恥。そんなものと相対する必要がないと思っているので、言うなれば「ま、いいんじゃないかな?」という自分基準のギリギリ合格点という嘗めた考えだった。
オーク戦士達はゼアル達の到着を見ると、その場で整列し直した。横並びだったオーク達はきびきびと動いて二列を作り、6m前後ある槍を掲げてアーチを作り、戦士達の道を作った。
その道の奥にやたら肌をさらし、頭が禿げ上がった老人がふんぞり返って座っていた。腹にまで届く蓄えた髭はその老人が生きてきた年数をそのまま表しているような見た目だ。
第八魔王”群青”。
黒の円卓という支配者の集いに属する魔王の一柱。
「……聞いてたまんまだな…こいつを殺せば手前ぇに並べるぜぇ……」
ゼアルをチラリと見てガノンは吠える。
「戦争をしに来たのではない。今回は話し合いだ。拗れるまでは手出しする事は許さん。貴様は貴様の仕事をしろ……」
ゼアルは刺さるような視線を送り、ガノンを牽制する。ガノンは顔を歪ませて大きく舌打ちをする。気に食わない事を行動で示した。
「よくぞ来た、小さき者ども。遠慮するな。儂の前に来い」
そんな小競り合いを無視して低く下っ腹を震わせる声を出して群青はゼアルたちを呼ぶ。
戦士の道はヒューマンの平均身長を軽く超え、小さな商店街くらい天井となる槍が高い。(こんな恐ろしい場所を通るのか……)議長たちは自分たちが経験する事は無いだろうと思っていた、想像すらしないこの光景に感動を覚えながらも恐怖で縮こまっている。
それに臆することなくゼアルは歩き出す。それに合わせて渋々ながら議長たちもついていく。一人、ガノンだけはそこに立ち止まり、背中に提げた大剣を思いっきり地面に突き立て、殺気を放つ。全員が入れば囲まれる可能性が高く、挟撃を防ぐための立ち位置である。殺気を放つことでヘイトを稼ぐ。
このアーチを出来る事なら潜りたくなかった議長たちは恨めしい顔をするが、よく考えればあれはあれで危険である。背中には森を背負い、魔獣からの攻撃も警戒する必要がある上、たった一人でその場所の確保をしている事から、どれ程ゼアルからその力を信用されているか分かる。
本来、重戦士であろうガノンは最前線で敵のヘイトを稼ぎ、守護する事が戦場での使い方であろうが、ガノンにそのルールは適用できない。それというのも”狂戦士”の由来通り、一瞬一瞬の攻防に愉悦を見出すため、周りが見えなくなる。その為、仲間がいるとその真価を発揮できない。アリーチェは神聖魔法が得意であり、回復や防御、強化を習得している為、戦いの後のケアのために連れている。
この配置は重戦士で見ればミス配置、ことガノンに関してはここで良い。戦闘狂は要人警護に正直邪魔なので遠慮したいところだが、より強力な人手が欲しい現在、贅沢は言えない。
アロンツォは空に飛んでもらう方が有利だが、下手に制空権を取るのは相手を刺激すると思われたため却下された。それに、”風神”の由来は何も空を飛ぶことだけではない。地上戦でも遜色なく強い。これは余談だが、いくらヒューマンを嘗めていても戦闘の中心に立たされれば、渋々でも戦闘に参加するだろうと議長たちが言い出した結果でもある。これに関してはアロンツォを見くびりすぎだが、議長たちを納得させるためには仕方がなかった。
警戒しつつアーチを潜り終えると、槍を外して石突を地面につけると、それを軸に群青の方向に体を一斉に向ける。鎧の擦れる音や足並みがそろった音は全てが一つとなり、雑音に聞こえない程気持ちがいい。
(協議の場ではない……これではまるで……)
”王に謁見する特使の図”のようなそんな感じだ。城内ではなく開けた野原である為、変な感じだが、それが最もしっくりくる。
「我が名は黒曜騎士団団長ゼアル。またの名を”魔断”。貴殿が第八魔王”群青”か?」
ゼアルは真っ先に名を名乗り、その名で注目を集める。
「”魔断”?はて……聞いたことのある名だのぅ……」
髭を撫でて視線を逸らす。横に立つ女性と思わしきオークは群青の耳元に顔を近づけると静かに囁いた。
「ん?おお!そうか”白の騎士団”か!どうも物忘れが激しくていかんなぁ」
はっはっはと快活に笑う。
「戦争中の現在、敵であるそちらからの協議の提案により、居住区域”ジュード”側の護衛としてこの場に参上した。協議の場への参加を認めて欲しい」
「というより参加できぬなら協議はせぬのだろう?ならば好きにせい。だが儂もぬしらを相手にするだけの暇を持っておらんでな、そこは期待するな?」
見た目以上に頭が回る。とっとと話を始めたいのか無駄を省いた言い回しは統治者である事を実感させられる。ゼアルは半歩左にずれて「議長…」と一言言うと、一瞬顔が強張った議長が前に出た。
「私が居住区域”ジュード”の代表です。早速話し合いを始めましょう」
震えそうになる声を何とか抑えて、気丈にふるまう。
「その前に一つ。なぜこのような場所で話し合う?そなたらには住んでいる建物がないのか?王ともなれば立派な城くらい持っているだろう?」
アロンツォは空気を読まずに突如話し出した。確かに気になるが、今はそれを聞く時ではないし要人を警護している以上、相手の神経を逆なでするような行為はご法度である。
「やめろアロンツォ、空気を読め。それにそれ位聞かなくても分かるだろう……」
「答えを聞いてもいないのに何故分かる?」
ゼアルはこの場所で協議が行われる理由を既に看破している。しかし、アロンツォはそこまで器用ではない。
「はっはっは!気になるか?鳥人族の童よ」
はっはっはとしばらく笑う。これに対しアロンツォがキレるかと内心ヒヤッとしたが、涼しい顔で微笑すら湛えている。この男はゼアルでも読めない。ひとしきり笑った後、群青はニヤリと笑みを浮かべたまま話し出す。
「実を言えば今回の協議は儂の独断でな。ぬしらを城に呼べば民衆からの顰蹙を買う。故にここで協議をする事にした。この話はできるだけ内々にしたいでな」
口許に人差し指を持ってきて静かにというジェスチャーを挟む。
「なるほど密談であったか。そなたらの建築物も興味があったが…まぁ良い。またにしよう」
納得したアロンツォは優雅に待機する。それを横目で迷惑そうに見ていた議長は、群青に向き直って協議を再開する。
「それで……我々はまだ協議内容を伺っていないのですが……」
「うむ。アーパ」
アーパと呼ばれた右隣の女性オークは一礼した後一歩前に出る。
「今回の協議は至極単純でございます。あなた方が居住区域”ジュード”と呼ぶ港町と我らの国”オークルド”間での停戦を提案いたします」
予想はしていた。問題は内容である。
「つきましては、国家間の領土の線引きと、今後情報のやり取りに関して密に行いたくお話をさせていただければと……」
「大変申し上げにくいのですが、我らの町には情報のやり取りの為に避ける人員がございません。気を悪くしないでいただきたいのですが、あなた方オーク族に対して我々ヒューマンは弱く、気も小さい故、今まともに話せるのもこれだけの戦力があってこそ。歴戦の勇士は確かに保有しておりますが、こちらにも都合というものがございます。とりあえず領土に関する事柄と当面の打ち合わせを行えれば……」
それを聞いた時、群青が待ったをかける。
「聞いたぞ?ぬしらには遠くでも声を届ける魔道具があるそうではないか。それがあれば詰所なんぞ用意せんでも時間さえ合わせればやり取りができるではないか」
これにはゼアルも驚いた。
「……いや、私は皆目見当もつきませんで……」
「知らばっくれるか?儂を前にしていい度胸だが許そう。こんなことで一々話の腰を折ってはこの場を設けた意味がないでな……」
座った椅子の隣に立てかけたこん棒を前に持ってくる。杖代わりにすると手の甲に顎を乗せた。武器が出てきたことで委縮する議長。手を出す事は無いという空気を出しながら、”もし”を臭わせ圧をかける。
「同じ大陸に住む者同士、腹を割って話そうではないか?」
議長は声が出なくなるほど怯えた。その時見かねたゼアルが前に出る。
「この場は私が預かろう。持ち帰り、上に報告する。敵に技術を与える事を是とするか否かはここで決められることではないのでな。こちらも話し合いの機会をいただく。勿論この件は完全に秘匿した上で我が国、イルレアン国のみが介入する。許可してもらえなければ、先の案の詰所での対応となるがいかがか?」
「……なるほどのぅ。確かに一理ある。許可するのは構わんがしかし、こちらも領土を譲歩する以上は半端ではないぞ?その事は承知の上であろうな?」
群青はその理知的で懐疑的な目をゼアルに向ける。その視線に対する答えは簡素なものだった。
「無論」
群青は膝を叩いて唸る。
「気に入った!イルレアンの介入を許可する」
アーパは即座に手元の羊皮紙に書き記す。
「では続きまして、領土の線引きについて……」
この話し合いの結果。居住区域”ジュード”は二倍近い国土を有するに至る。随分太っ腹と言える。
地図で見ればまだまだ小さいが、領土拡大は願ってもないことなので、オークから貰うことがあるなどまさに奇跡だ。
(欲しいのは通信機の技術か?)
それさえあれば、今後情報伝達が恐ろしいほど早くなる。わざわざ出向くこともなくなる事を考えれば、これほど有意義な事はない。
オークにとっても、それこそ喉から手が出るほどという奴だろう。領土を差し出すだけの価値がある。
話し合いはすんなりと思った方向に行き、戦闘もなくこのまま帰される空気となる。
「つまらん!!」
ガノンにとってはまさにやって来た甲斐のないつまらない仕事となった。
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[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
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パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
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間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
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召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
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この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
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これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
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