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第九章 頂上
第四話 脅威進行
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目を瞑れば思い出す。
あの方の優れた体、力、そして威厳。何者にも代えがたい存在に惚れ、その突き抜けたカリスマに焦がれた。自身が彼の真横に立った時、永遠に変わらぬ愛を誓い合い、その感動に涙した。幸せだった。
しかし、もう二度とあの幸せを味わえないと死した夫をこの手に抱いた。彼がいない世界など滅んでしまえば良い。円卓などどうでも良い。
だが彼が築いたこの国を破壊するのは彼に対する冒涜だ。
だから受け継いだ。ただ彼の影を追って——
*
揺れる海の上、超巨大ガレオン船に乗った第四魔王”竜胆”。
本来なら空を飛んで大陸を渡りたいところだが、第十一魔王”橙将”と共に行動することを義務付けられ、橙将が用意した船に乗り込む形となった。
面倒この上無い上に、船酔いまで発症していて完全に気分を害していた。
「快適に過ごされてますかな?」
そこに不快と取れる声が聞こえてきた。不自由を強いて船酔いまで起こさせといて”快適”という言葉を用いるとは、思った以上にこちらに寄り添っていない。眉をひそめながら橙将を見ると、その顔はニヤニヤといやらしい笑顔を見せていた。
「このっ……フゥ……快適に見えますか?何故わたくしたちがこんな粗末なものに乗らねばならないのか聞かせて欲しいものですが……」
「ふっ……大変申し訳ないが、吾らオーガは空を飛べない。オーガ以外なら飛べる部下も居ないことはないが、それでは到着に差が出てしまう。撫子がやられた今、万が一のことがあっては魔族の危機となってしまうのは火を見るよりも明らか。事情をお察し願いたい」
橙将は張り付いたような作り笑いで、一定の距離を保ちながら語りかけてくる。「近寄るな」という言葉を忘れてないぞとアピールしているようだ。竜胆がキレないギリギリを攻めているような雰囲気に苛立ちを覚える。
ほんの少しでも失態を見せたら幾らでも責めてやろうと思いつつ観察するが、橙将はその辺り抜け目ない。
「……ドワーフ如き、わたくしたちの敵ではありません。相手が古代種でもない限り負ける通りなど存在しないのです。これは提案ですが、わたくしたちに全部任せて黙って後ろで指を咥えて見ているだけで構いませんのよ?」
「ははは……大変頼もしい限りだが、調子に乗らない方が身のためだ。古代種は言い過ぎかも知れんが、白の騎士団の連中もいる。どんなことがあるかも分からない戦場で油断は禁物……」
橙将は壁際に立っていた竜胆の供回りの間を縫って、備え付けの棚らしき物を開けた。そこにはビンが幾つか保管されていた。
「飲むかな?」
「……お前の用意したものは飲みません」
「ふっ、つれないな……」
コップを一つと年代物のお酒を取り出すと、竜胆から離れたテーブルでコルク栓を開けた。見た感じバーボンのような色合いだが、味は定かではない。コップを傾けて酒を呷る。
「吾らは仲間だぞ……吾が毒を盛るとでも?」
その言葉に竜胆は鼻で笑う。
「お前の能力を知っていると言ったでしょう?猛毒の赤鬼。自身の弱さをカバーする方法は幾らでもある中で、わざわざ毒を使うなど笑止。……魔王の座を掠め取った手腕は認めますが、それだけです。出来ればあまり関わりたくないので、仕事以外で話しかけないでいただけると助かるのですが……?」
明確な拒絶。これを聞いた橙将の怒りや苛立ちを想像してしまうが、彼は竜胆を見据え、静かにその言葉を聞いていた。
「なるほど。吾の能力について誤解があるようだ。まず吾の能力は「薬効」。たった一つの「毒」という単語では決して言い表せない様々な効能が吾の体で生成可能だ。チンケな毒と一緒にされては困るというもの」
「はんっ!薬効などと聞こえの良いことを言っても、使い方を違えれば毒と同じ……待って。体内で生成って……それは体液ということ?気持ち悪い。益々寄らないでいただけると助かるのだけど?」
心底嫌そうな顔をして橙将の体と顔を交互に見る。
「まったく……躾のなってない雌トカゲが……」
ポツリと誰にも聞かれないように、口に含む程度に声を出す。本来なら我慢してニコニコやり過ごすのだが、彼女の横柄な態度や言動は身に余る。流石に調子に乗り過ぎだろう。
ただこれは悪手。これから共に戦おうというのに逆鱗に触れては内部から瓦解してしまう。当然この暴言は彼女の耳に届いた。
「……は?」
彼女の体からオーラが出る。怒りが鋭利な刃物として具現化し、襲ってくるようなそんな予感すら覚える殺意。吐いた唾は飲み込めない。
オーガ 対 竜魔神。
竜魔人はその名の通り竜と魔人の混合体という奇跡の種族。対してオーガは鬼というだけあって筋力や体力はかなりのもので、魔族の中でも中の上。二者がこの船の上で争えば、どれほど頑丈なガレオン船でも沈没は必至。その上でどちらが強いかと問われれば、竜魔人がオーガに比べて戦闘能力では頭一つ抜きん出ている。正面から戦えばオーガ族の負けは濃厚。
極め付けは海の上で戦うという最悪の状況だろう。空もまともに飛べず、ガレオン船を駆使するしか移動手段のないオーガたちに船上で竜魔人と相対するのは自殺行為となる。
だが、橙将は涼しい顔でその殺意を受け止める。汗一つかかずに不動の姿勢を保つ。それも戦えば負けるのが分かっていてだ。
「良い度胸ね……実力では数段劣るくせに共回りも連れずに喧嘩を売るなんて。円卓で肩を並べているからと図に乗っていたのなら大きな間違いよ」
竜胆が立ち上がる。それに呼応して部屋で橙将の動向を見張っていた竜魔人たちがギラッと色めき立つ。
囲まれた。ガレオン船はオーガの所有物だというのに不利な状況となっている。チラッと目だけで周りを確認する。どこに立っているのか、誰が最初に飛び出して来そうかを精査しているように見える。
「橙将……お前がオーガの頂点である以上、ある程度の実力者であることは認めましょう。しかしそれだけです。仲間だから攻撃されないだろうと踏んでいたのなら今すぐ思い直し、全力で謝罪しなさい。そうすれば手出しはしないわ」
今すぐにも手が出そうなほどの気迫を出していたが、竜胆は思ったより大人だった。侮辱されたからとすぐにも攻撃に転じるほど理性がないわけではない。部下が橙将を囲んで明らかに有利な状態だからこその余裕もあるのだろう。
「……ふむ、なんとも寛大な言葉だな。しかし遠慮することはない。感情を発露し、吾を煮るなり焼くなり好きにするが良い」
橙将は武器も持たずに挑発をし始めた。謝罪するつもりは一切無いようだ。微妙に笑っていた竜胆の顔は全くの無表情になり、その目は鋭く光る。橙将はこの後に控える戦争の前に一戦交える覚悟だ。
ならば遠慮することはない。竜胆は橙将を本気で殺す気概でスッと手を挙げた。この手が降りた時が橙将の最期であり、ガレオン船の消滅も意味している。灼赤大陸の二大柱がこの限られた場所でぶつかり合う。
「先に言っておこう」
橙将は戦闘態勢に入る竜魔人たちを一瞥しながら口を開いた。
「何?今更。命乞い?」
「違う、その逆だ。矛を収め、吾の前に跪け。そうすればこの場のことは忘れてやろう。特に吾の侮辱についてはな……」
ビキッ
顔中に血管が浮くほどの怒り。それは竜胆だけでなくこの場にいた魔竜人たちも同じで、牙をむき出しに橙将を睨みつけている。彼のこの提案に乗りそうな相手はこの場には居ない。
「……ふむ、なるほど……残念なことだ。ところで吾の部下がこの場に居ないのは不思議に思わないかな?」
その問いかけに答えることなく竜胆はその手を下ろした。
*
ガレオン船を鉄靴を鳴らしながら歩く橙将。全くブレない足取りは甲板に向けられていた。その音に気づいた橙将の部下が、部屋から出て斜め後ろに侍る。
「奴らを部屋から運び出し、例の部屋に移動させろ」
「かしこまりました。橙将様、お体の方は?」
「なんともない。腕力だけが自慢の竜魔人どもは想像通り搦め手に弱かったようだ」
部下のオーガは頭を下げて橙将から離れた。
あれだけ殺気立っていた部屋はしんっと静まり返り、床には竜魔人たちが泡を吹いて倒れていた。椅子に座っている竜胆も完全に意識を飛ばして夢の中へと落ちている。
グレートロックまでの海路。巨大ガレオン船はゆっくりと着実に進行していた。
あの方の優れた体、力、そして威厳。何者にも代えがたい存在に惚れ、その突き抜けたカリスマに焦がれた。自身が彼の真横に立った時、永遠に変わらぬ愛を誓い合い、その感動に涙した。幸せだった。
しかし、もう二度とあの幸せを味わえないと死した夫をこの手に抱いた。彼がいない世界など滅んでしまえば良い。円卓などどうでも良い。
だが彼が築いたこの国を破壊するのは彼に対する冒涜だ。
だから受け継いだ。ただ彼の影を追って——
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本来なら空を飛んで大陸を渡りたいところだが、第十一魔王”橙将”と共に行動することを義務付けられ、橙将が用意した船に乗り込む形となった。
面倒この上無い上に、船酔いまで発症していて完全に気分を害していた。
「快適に過ごされてますかな?」
そこに不快と取れる声が聞こえてきた。不自由を強いて船酔いまで起こさせといて”快適”という言葉を用いるとは、思った以上にこちらに寄り添っていない。眉をひそめながら橙将を見ると、その顔はニヤニヤといやらしい笑顔を見せていた。
「このっ……フゥ……快適に見えますか?何故わたくしたちがこんな粗末なものに乗らねばならないのか聞かせて欲しいものですが……」
「ふっ……大変申し訳ないが、吾らオーガは空を飛べない。オーガ以外なら飛べる部下も居ないことはないが、それでは到着に差が出てしまう。撫子がやられた今、万が一のことがあっては魔族の危機となってしまうのは火を見るよりも明らか。事情をお察し願いたい」
橙将は張り付いたような作り笑いで、一定の距離を保ちながら語りかけてくる。「近寄るな」という言葉を忘れてないぞとアピールしているようだ。竜胆がキレないギリギリを攻めているような雰囲気に苛立ちを覚える。
ほんの少しでも失態を見せたら幾らでも責めてやろうと思いつつ観察するが、橙将はその辺り抜け目ない。
「……ドワーフ如き、わたくしたちの敵ではありません。相手が古代種でもない限り負ける通りなど存在しないのです。これは提案ですが、わたくしたちに全部任せて黙って後ろで指を咥えて見ているだけで構いませんのよ?」
「ははは……大変頼もしい限りだが、調子に乗らない方が身のためだ。古代種は言い過ぎかも知れんが、白の騎士団の連中もいる。どんなことがあるかも分からない戦場で油断は禁物……」
橙将は壁際に立っていた竜胆の供回りの間を縫って、備え付けの棚らしき物を開けた。そこにはビンが幾つか保管されていた。
「飲むかな?」
「……お前の用意したものは飲みません」
「ふっ、つれないな……」
コップを一つと年代物のお酒を取り出すと、竜胆から離れたテーブルでコルク栓を開けた。見た感じバーボンのような色合いだが、味は定かではない。コップを傾けて酒を呷る。
「吾らは仲間だぞ……吾が毒を盛るとでも?」
その言葉に竜胆は鼻で笑う。
「お前の能力を知っていると言ったでしょう?猛毒の赤鬼。自身の弱さをカバーする方法は幾らでもある中で、わざわざ毒を使うなど笑止。……魔王の座を掠め取った手腕は認めますが、それだけです。出来ればあまり関わりたくないので、仕事以外で話しかけないでいただけると助かるのですが……?」
明確な拒絶。これを聞いた橙将の怒りや苛立ちを想像してしまうが、彼は竜胆を見据え、静かにその言葉を聞いていた。
「なるほど。吾の能力について誤解があるようだ。まず吾の能力は「薬効」。たった一つの「毒」という単語では決して言い表せない様々な効能が吾の体で生成可能だ。チンケな毒と一緒にされては困るというもの」
「はんっ!薬効などと聞こえの良いことを言っても、使い方を違えれば毒と同じ……待って。体内で生成って……それは体液ということ?気持ち悪い。益々寄らないでいただけると助かるのだけど?」
心底嫌そうな顔をして橙将の体と顔を交互に見る。
「まったく……躾のなってない雌トカゲが……」
ポツリと誰にも聞かれないように、口に含む程度に声を出す。本来なら我慢してニコニコやり過ごすのだが、彼女の横柄な態度や言動は身に余る。流石に調子に乗り過ぎだろう。
ただこれは悪手。これから共に戦おうというのに逆鱗に触れては内部から瓦解してしまう。当然この暴言は彼女の耳に届いた。
「……は?」
彼女の体からオーラが出る。怒りが鋭利な刃物として具現化し、襲ってくるようなそんな予感すら覚える殺意。吐いた唾は飲み込めない。
オーガ 対 竜魔神。
竜魔人はその名の通り竜と魔人の混合体という奇跡の種族。対してオーガは鬼というだけあって筋力や体力はかなりのもので、魔族の中でも中の上。二者がこの船の上で争えば、どれほど頑丈なガレオン船でも沈没は必至。その上でどちらが強いかと問われれば、竜魔人がオーガに比べて戦闘能力では頭一つ抜きん出ている。正面から戦えばオーガ族の負けは濃厚。
極め付けは海の上で戦うという最悪の状況だろう。空もまともに飛べず、ガレオン船を駆使するしか移動手段のないオーガたちに船上で竜魔人と相対するのは自殺行為となる。
だが、橙将は涼しい顔でその殺意を受け止める。汗一つかかずに不動の姿勢を保つ。それも戦えば負けるのが分かっていてだ。
「良い度胸ね……実力では数段劣るくせに共回りも連れずに喧嘩を売るなんて。円卓で肩を並べているからと図に乗っていたのなら大きな間違いよ」
竜胆が立ち上がる。それに呼応して部屋で橙将の動向を見張っていた竜魔人たちがギラッと色めき立つ。
囲まれた。ガレオン船はオーガの所有物だというのに不利な状況となっている。チラッと目だけで周りを確認する。どこに立っているのか、誰が最初に飛び出して来そうかを精査しているように見える。
「橙将……お前がオーガの頂点である以上、ある程度の実力者であることは認めましょう。しかしそれだけです。仲間だから攻撃されないだろうと踏んでいたのなら今すぐ思い直し、全力で謝罪しなさい。そうすれば手出しはしないわ」
今すぐにも手が出そうなほどの気迫を出していたが、竜胆は思ったより大人だった。侮辱されたからとすぐにも攻撃に転じるほど理性がないわけではない。部下が橙将を囲んで明らかに有利な状態だからこその余裕もあるのだろう。
「……ふむ、なんとも寛大な言葉だな。しかし遠慮することはない。感情を発露し、吾を煮るなり焼くなり好きにするが良い」
橙将は武器も持たずに挑発をし始めた。謝罪するつもりは一切無いようだ。微妙に笑っていた竜胆の顔は全くの無表情になり、その目は鋭く光る。橙将はこの後に控える戦争の前に一戦交える覚悟だ。
ならば遠慮することはない。竜胆は橙将を本気で殺す気概でスッと手を挙げた。この手が降りた時が橙将の最期であり、ガレオン船の消滅も意味している。灼赤大陸の二大柱がこの限られた場所でぶつかり合う。
「先に言っておこう」
橙将は戦闘態勢に入る竜魔人たちを一瞥しながら口を開いた。
「何?今更。命乞い?」
「違う、その逆だ。矛を収め、吾の前に跪け。そうすればこの場のことは忘れてやろう。特に吾の侮辱についてはな……」
ビキッ
顔中に血管が浮くほどの怒り。それは竜胆だけでなくこの場にいた魔竜人たちも同じで、牙をむき出しに橙将を睨みつけている。彼のこの提案に乗りそうな相手はこの場には居ない。
「……ふむ、なるほど……残念なことだ。ところで吾の部下がこの場に居ないのは不思議に思わないかな?」
その問いかけに答えることなく竜胆はその手を下ろした。
*
ガレオン船を鉄靴を鳴らしながら歩く橙将。全くブレない足取りは甲板に向けられていた。その音に気づいた橙将の部下が、部屋から出て斜め後ろに侍る。
「奴らを部屋から運び出し、例の部屋に移動させろ」
「かしこまりました。橙将様、お体の方は?」
「なんともない。腕力だけが自慢の竜魔人どもは想像通り搦め手に弱かったようだ」
部下のオーガは頭を下げて橙将から離れた。
あれだけ殺気立っていた部屋はしんっと静まり返り、床には竜魔人たちが泡を吹いて倒れていた。椅子に座っている竜胆も完全に意識を飛ばして夢の中へと落ちている。
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