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第九章 頂上
第六話 グレートロック
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グレートロックの監視所からドワーフが双眼鏡を覗いていた。敵の接近をいち早く発見しようと目を皿にして忙しなく見ている。
そこに様子を見に来た仲間のドワーフが温かいスープを持って無骨に質問する。
「おぅ、どんな感じじゃ?」
「ふーむ……今のところ敵影は無いのぅ……」
双眼鏡から目を離してスープを受け取る。湯気の立つスープを啜りながらホッと息をつくと、外に目を向ける。
「本当に来るんかのぅ。何十年か前に同じ様なことがあった時は魔族の進行が早かったように記憶しとるが……今は見る影もない」
「知らん。敵も忙しいのか、または前回の襲撃失敗を見越してタイミングをズラしているのか。いずれにせよ儂らの住むべきこの山を守らねば……」
その返答を聞き、スープをぐいっと呷って近くの手すりに置くと双眼鏡に手を伸ばす。一息ついてやる気が出たのか、すぐさま監視に戻る。
「……時に、儂にスープを持って来たっちゅーことは、対空砲の準備はもう出来とるのか?」
「ああ、問題ない。空からの敵は打ち落とせるわい」
「おおっ!はっはっ!前回の反省を活かしとるのは向こうだけではないということよな!」
快活に笑いながら双眼鏡を下に向けた。
「……ん?」
その目に映ったのは地上で蠢く影。何百、何千といる何かがまっすぐこちらに向かって進んできている。
「来おった!!」
「何っ!?」
ザッと立ち上がって食い入るように見る。即座に手元にあったライトを手にし、別の場所で監視していた同僚に伝達しようと試みる。目を向けた先には既にこちらに光を灯していた。
「みんなもう気づいておる!始まるぞ!戦争がっ!!」
その言葉と同時にスープの入っていたコップを投げ捨てる。重い体を忙しなく動かして走り出したドワーフは鋼王の元へと急ぐ。
*
巨大ガレオン船から降り立った第十一魔王”橙将”は聳え立つ山を仰ぎ見る。次々と降り立ち、整列していく部下を尻目に歩き出す。その後ろを付き従うように第四魔王”竜胆”がついていく。その目は虚ろで覇気がない。
「ふむ……面倒な地形だな。相手がドワーフとはいえ、厄介なことだ。貴様はどう思う?」
「……知ら……ない。ここは……初めて……だ」
無表情で抑揚無く返答する。橙将は眉間に皺を寄せて竜胆を見た。
「素直すぎる……搦め手に弱いだろうと踏んでいたが、ここまで簡単だとつまらんな……」
大陸までの道のりで竜胆を素直にさせる為に薬漬けにした。竜魔人は生物的に完成された存在であるがゆえに、身体能力は他の比ではない。魔法能力、治癒能力ともに隙がないので上級魔族に指定されている。一匹は部下に欲しいとは思っていたが、こんなに薬に弱いとは思いもよらなかった。
これなら竜魔人最強と謳われた元第四魔王”紫炎”も難なく陥せていたかもしれないと思うと惜しい気持ちになる。
「まぁ良い、このメスは紫炎の力の源を手にして自らを強化したと言っていた。擬似的に紫炎を部下にしたと言って過言ではないだろう……」
橙将は鼻を鳴らして最終目的地であるグレートロックを見据える。
「ふっ、まずは小手調べか……全軍!進撃!」
大声で指示すると多くの軍艦から降りては軍に合流し、雲霞の如く進軍する。地響きを鳴らしながら進軍する様は恐怖そのもの。
魔族は強い。本来一捻りで押しつぶされる人族が、今現在も生きてこられたのは幸運であったことが大きい。魔族同士が勝手に仲間割れを始めたり、そもそも殺すのが面倒臭いという理由で放って置かれたりと理由は様々。
今ここに死の川が大挙してやってくる。統率のとれた人類抹殺を目論む畝りが命を飲み込む為に……。
「……?」
橙将は違和感を感じて手を横に出した。その合図は停止の合図。各将がその合図に自軍の部下の停止を呼びかけると、進軍が止まるのと同時に地響きも止んだ。
彼の違和感はドワーフ軍の展開の仕方にあった。先遣隊も何もない。壁も築いてなければ偵察隊の影も気配すら感じなかった。つまり何もしていないのだ。人っ子一人その場に居らず、ゴツゴツとした岩肌が広がるばかりだった。
グレートロックは切り立った鉱山で侵入自体は厳しいが、入られてはドワーフ達が苦しい戦いを強いられる。食い止める為の何かがあっても良いと思ったが、見た感じでは隙だらけだ。
無論、見えない罠を張っていたりするのだろうが、こちらの戦意を削ぐようなものが無いというのは如何なものか?切り立った天然の防壁でどうにかしようという魂胆なのか?
「……第二、三軍は回り込め。第四、第五で正面を。他は待機だ」
「御意」
伝達を受けた部下が早駆けで橙将の元を離れ、各将に知らせに行く。指示を受けた第二から第五の軍隊はそれぞれ動き出す。橙将は後ろを振り向き、竜胆を見た。
「相手の動きが無さすぎて不気味だ。竜魔人の数体で空から奇襲をかけろ。突っついた反応が見たい」
万が一既に鉱山を放棄しているのなら行くだけ無駄だ。歴史上何度かドワーフにちょっかいを掛けている戦争があるが、彼らはどの戦争も踏み留まって国を守っている。今回は自分を含めた魔王が二柱も出張ってきているので、逃げた可能性は大いにありうる。
それとも鉱山に入れてしまった方が奴らに有利なのかもしれない。とりあえずは偵察隊を出して、まず居るのか居ないのかだけでも精査したい。竜魔人は簡単には死なないし、傷を負うことも稀だ。真っ裸でも重戦士と呼ばれる鱗による装甲は伊達では無い。
「……行け……」
竜胆は後ろに控えていた部下に顎をしゃくる。二体が地面を踏みしめて飛び上がり、浮遊魔法で勢いそのままに飛んでいく。その様子を眺めて「便利なものだ」と感心していると、突如山の頂上付近からドンッという音と共に勢いよく砲弾が飛び出した。一体は難なく回避に成功したが、もう一体が直撃し、真っ逆さまに落ちていくのが見えた。
魔法のエネルギー的な砲撃ではなく、重さと大きさを備えた単純な物質の砲撃。潤沢な鉱石があるからこそ可能な強度を兼ね備えた球体は竜魔人一体を半死に追い込んだ。
「対空砲撃か。面倒な……いや、あれをこのままこちらに向けたら地上も危ないな」
ともあれドワーフがまだ鉱山に居たことを知らせてくれた。第四、第五の軍隊が着実に正面を進んでいく。罠の類はなさそうなので、対空特化と自然の障壁で籠城戦をやるつもりらしい。
「ふざけた連中だ。どうやって今日まで生き残ったのか教えてほしいものだな」
そこにまたドンッという音が空気を震わせる。もう一体の竜魔人も撃墜された。
「チッ、薬害か……普段の力が使えていないようだな……」
本来なら避けられたかも知れない砲弾に敢え無くやられている。収集するだけなら問題ないが、戦闘で起用するとなるとどうも真価を発揮しない。やはり御しやすくするのはその分リスクも伴う。
「ふんっ、まぁ良い。竜魔人は切り札にとっておくとしよう。吾の部下だけでもどうにかなろうよ……」
橙将は鼻を鳴らしながら、正面を向く。その時——
ゴオォッ
凄まじい火力が軍の正面を覆った。罠が発動したのか、いきなりの状態に目を丸くする。
「ほう……」
やはり用意していた。こうでなくては面白くない。
「オラっ!!クソ野郎ども!!」
怒号が聞こえてきた。その方向に目を向けるとドワーフとはかけ離れた身長の人影が立っていた。
「やっと来やがったかお前ら!!待ちわびたぜ!!」
「……ん?ドワーフでは無い?」
そこに立っていたのは獅子谷 正孝。強さにおいては白の騎士団に匹敵する力を保有するグレートロックの最高戦力の一人。その存在を皮切りに正孝の背後からゾロゾロとドワーフが出てきた。全員ハンマーや斧を装備して戦闘に備えている。
「この国で命を落とすつもりは微塵もねぇがよ!お前らは気に入らねぇ!!全員燃えカスにしてやるよぉ!!」
先程放った火を掌で操りながら脅しかける。そんな正孝を見ながら橙将はニヤリと笑った。
「くくくっ……灼熱の大陸で生まれた吾らに火をチラつかせるとは笑止。返り討ちにしてくれる」
バッと手を広げ、大声で部下に指示した。
「蹴散らせ!!」
そこに様子を見に来た仲間のドワーフが温かいスープを持って無骨に質問する。
「おぅ、どんな感じじゃ?」
「ふーむ……今のところ敵影は無いのぅ……」
双眼鏡から目を離してスープを受け取る。湯気の立つスープを啜りながらホッと息をつくと、外に目を向ける。
「本当に来るんかのぅ。何十年か前に同じ様なことがあった時は魔族の進行が早かったように記憶しとるが……今は見る影もない」
「知らん。敵も忙しいのか、または前回の襲撃失敗を見越してタイミングをズラしているのか。いずれにせよ儂らの住むべきこの山を守らねば……」
その返答を聞き、スープをぐいっと呷って近くの手すりに置くと双眼鏡に手を伸ばす。一息ついてやる気が出たのか、すぐさま監視に戻る。
「……時に、儂にスープを持って来たっちゅーことは、対空砲の準備はもう出来とるのか?」
「ああ、問題ない。空からの敵は打ち落とせるわい」
「おおっ!はっはっ!前回の反省を活かしとるのは向こうだけではないということよな!」
快活に笑いながら双眼鏡を下に向けた。
「……ん?」
その目に映ったのは地上で蠢く影。何百、何千といる何かがまっすぐこちらに向かって進んできている。
「来おった!!」
「何っ!?」
ザッと立ち上がって食い入るように見る。即座に手元にあったライトを手にし、別の場所で監視していた同僚に伝達しようと試みる。目を向けた先には既にこちらに光を灯していた。
「みんなもう気づいておる!始まるぞ!戦争がっ!!」
その言葉と同時にスープの入っていたコップを投げ捨てる。重い体を忙しなく動かして走り出したドワーフは鋼王の元へと急ぐ。
*
巨大ガレオン船から降り立った第十一魔王”橙将”は聳え立つ山を仰ぎ見る。次々と降り立ち、整列していく部下を尻目に歩き出す。その後ろを付き従うように第四魔王”竜胆”がついていく。その目は虚ろで覇気がない。
「ふむ……面倒な地形だな。相手がドワーフとはいえ、厄介なことだ。貴様はどう思う?」
「……知ら……ない。ここは……初めて……だ」
無表情で抑揚無く返答する。橙将は眉間に皺を寄せて竜胆を見た。
「素直すぎる……搦め手に弱いだろうと踏んでいたが、ここまで簡単だとつまらんな……」
大陸までの道のりで竜胆を素直にさせる為に薬漬けにした。竜魔人は生物的に完成された存在であるがゆえに、身体能力は他の比ではない。魔法能力、治癒能力ともに隙がないので上級魔族に指定されている。一匹は部下に欲しいとは思っていたが、こんなに薬に弱いとは思いもよらなかった。
これなら竜魔人最強と謳われた元第四魔王”紫炎”も難なく陥せていたかもしれないと思うと惜しい気持ちになる。
「まぁ良い、このメスは紫炎の力の源を手にして自らを強化したと言っていた。擬似的に紫炎を部下にしたと言って過言ではないだろう……」
橙将は鼻を鳴らして最終目的地であるグレートロックを見据える。
「ふっ、まずは小手調べか……全軍!進撃!」
大声で指示すると多くの軍艦から降りては軍に合流し、雲霞の如く進軍する。地響きを鳴らしながら進軍する様は恐怖そのもの。
魔族は強い。本来一捻りで押しつぶされる人族が、今現在も生きてこられたのは幸運であったことが大きい。魔族同士が勝手に仲間割れを始めたり、そもそも殺すのが面倒臭いという理由で放って置かれたりと理由は様々。
今ここに死の川が大挙してやってくる。統率のとれた人類抹殺を目論む畝りが命を飲み込む為に……。
「……?」
橙将は違和感を感じて手を横に出した。その合図は停止の合図。各将がその合図に自軍の部下の停止を呼びかけると、進軍が止まるのと同時に地響きも止んだ。
彼の違和感はドワーフ軍の展開の仕方にあった。先遣隊も何もない。壁も築いてなければ偵察隊の影も気配すら感じなかった。つまり何もしていないのだ。人っ子一人その場に居らず、ゴツゴツとした岩肌が広がるばかりだった。
グレートロックは切り立った鉱山で侵入自体は厳しいが、入られてはドワーフ達が苦しい戦いを強いられる。食い止める為の何かがあっても良いと思ったが、見た感じでは隙だらけだ。
無論、見えない罠を張っていたりするのだろうが、こちらの戦意を削ぐようなものが無いというのは如何なものか?切り立った天然の防壁でどうにかしようという魂胆なのか?
「……第二、三軍は回り込め。第四、第五で正面を。他は待機だ」
「御意」
伝達を受けた部下が早駆けで橙将の元を離れ、各将に知らせに行く。指示を受けた第二から第五の軍隊はそれぞれ動き出す。橙将は後ろを振り向き、竜胆を見た。
「相手の動きが無さすぎて不気味だ。竜魔人の数体で空から奇襲をかけろ。突っついた反応が見たい」
万が一既に鉱山を放棄しているのなら行くだけ無駄だ。歴史上何度かドワーフにちょっかいを掛けている戦争があるが、彼らはどの戦争も踏み留まって国を守っている。今回は自分を含めた魔王が二柱も出張ってきているので、逃げた可能性は大いにありうる。
それとも鉱山に入れてしまった方が奴らに有利なのかもしれない。とりあえずは偵察隊を出して、まず居るのか居ないのかだけでも精査したい。竜魔人は簡単には死なないし、傷を負うことも稀だ。真っ裸でも重戦士と呼ばれる鱗による装甲は伊達では無い。
「……行け……」
竜胆は後ろに控えていた部下に顎をしゃくる。二体が地面を踏みしめて飛び上がり、浮遊魔法で勢いそのままに飛んでいく。その様子を眺めて「便利なものだ」と感心していると、突如山の頂上付近からドンッという音と共に勢いよく砲弾が飛び出した。一体は難なく回避に成功したが、もう一体が直撃し、真っ逆さまに落ちていくのが見えた。
魔法のエネルギー的な砲撃ではなく、重さと大きさを備えた単純な物質の砲撃。潤沢な鉱石があるからこそ可能な強度を兼ね備えた球体は竜魔人一体を半死に追い込んだ。
「対空砲撃か。面倒な……いや、あれをこのままこちらに向けたら地上も危ないな」
ともあれドワーフがまだ鉱山に居たことを知らせてくれた。第四、第五の軍隊が着実に正面を進んでいく。罠の類はなさそうなので、対空特化と自然の障壁で籠城戦をやるつもりらしい。
「ふざけた連中だ。どうやって今日まで生き残ったのか教えてほしいものだな」
そこにまたドンッという音が空気を震わせる。もう一体の竜魔人も撃墜された。
「チッ、薬害か……普段の力が使えていないようだな……」
本来なら避けられたかも知れない砲弾に敢え無くやられている。収集するだけなら問題ないが、戦闘で起用するとなるとどうも真価を発揮しない。やはり御しやすくするのはその分リスクも伴う。
「ふんっ、まぁ良い。竜魔人は切り札にとっておくとしよう。吾の部下だけでもどうにかなろうよ……」
橙将は鼻を鳴らしながら、正面を向く。その時——
ゴオォッ
凄まじい火力が軍の正面を覆った。罠が発動したのか、いきなりの状態に目を丸くする。
「ほう……」
やはり用意していた。こうでなくては面白くない。
「オラっ!!クソ野郎ども!!」
怒号が聞こえてきた。その方向に目を向けるとドワーフとはかけ離れた身長の人影が立っていた。
「やっと来やがったかお前ら!!待ちわびたぜ!!」
「……ん?ドワーフでは無い?」
そこに立っていたのは獅子谷 正孝。強さにおいては白の騎士団に匹敵する力を保有するグレートロックの最高戦力の一人。その存在を皮切りに正孝の背後からゾロゾロとドワーフが出てきた。全員ハンマーや斧を装備して戦闘に備えている。
「この国で命を落とすつもりは微塵もねぇがよ!お前らは気に入らねぇ!!全員燃えカスにしてやるよぉ!!」
先程放った火を掌で操りながら脅しかける。そんな正孝を見ながら橙将はニヤリと笑った。
「くくくっ……灼熱の大陸で生まれた吾らに火をチラつかせるとは笑止。返り討ちにしてくれる」
バッと手を広げ、大声で部下に指示した。
「蹴散らせ!!」
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