一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?

大好き丸

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第十章 虚空

第三話 老境

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「頼ム……モウ オ前シカ居ナインダ」

 沈痛な面持ちで頭を下げるのはクリムゾンテールを統治する獣人族アニマンの王、獣王ガルムート。立派なたてがみを櫛で解いて小綺麗にしている獅子の獣人。対するは毛が真っ白に染まった熊の獣人。シロクマの獣人と言いたいところだが、この毛は老いによって色が抜け落ちたものである。

 彼の名はベリア。かつてクリムゾンテールの怪力男と謳われ、ブレイドの父、勇者ブレイブと共に旅をした格闘士。
 すでに一線から退いたというのに、その体は全盛期以上に筋肉で太り、老人とは思えぬほどに若々しい肌の張りをしていた。真っ白な体毛と顔に刻まれたシワだけが彼の本当の年齢に現れている。

「出来ン相談ダナ」

 その体躯をようやく収めることができるソファから立ち上がり、のっしのっしと近くのテーブルに鎮座するアルコール度数高い酒に手を伸ばした。ゴツい手の先に生えた黒々とした鉤爪は獲物の肉をごっそり削り取りそうだ。
 体の割に小さなコップが側にあり、器用にボトルから注ぐ。それをチョンっと摘むと、獣王に手渡した。この後も公務のある獣王だが、断る訳にもいかずに出されるがままに受け取る。ベリアは手の中に収まったボトルから直に口をつけて酒を呷ると、座っていたソファに腰掛けた。

「俺ハ トウノ昔ニ後進ニ道ヲ譲ッタ。今更”白ノ騎士団”ナドト言ウ若造ラト肩ヲ並ベルツモリハ無イ。大体、甥ノ グランツ ガ”剛撃”ト呼称サレ、各国カラ有難ガラレテイルデハナイカ。アイツガ目覚メタ時ニ叔父ニ地位ヲ掠メ取ラレタトアッテハ、戦士ノ名折レダ。死ンダ弟ニ顔向ケ出来ンワ」

 ある戦争にて銀爪に瀕死の重傷を負わされ、病院に担ぎ込まれた白の騎士団の一人”剛撃”のグランツは、傷薬と魔法によってその傷を完治させたものの、未だその目を覚ますことなく眠り続けている。

「……我々モ グランツ ノ目覚メニ期待シタイ所ダガ、ソウ言ッテイル場合デハ無クナッタ。残念ダガ グランツ ハ外サザルヲ得ナイノダ……分カッテクレルナ?」

「フッ……嘘コクナ。誰モ グランツ ニ期待シテ無インダロ?俺ノ家ヲ訪ネタ所カラ ピンッ ト来テル。上層部ガ戦イデ負ケタ甥ヲこぞッテ締メ出ソウトシテルンダナ。マッタク……背後デ色々画策シテイル連中ト来タラ、最前線ノ戦士達ノ事ナド盤上ノ駒トシカ見テイナイ……」

 鼻で笑いながらボトルを傾ける。喉を鳴らして酒を流し込むと、今度は獣王にボトルの注ぎ口を突き出した。全く飲んでいないコップの中を見せながら「イヤ、コレダケデ良イ」とお酌を断る。ベリアは眉間に深いシワを作りながら鼻の頭をヒクヒクと動かした。喉奥をグルル……と鳴らして苛立ちを見せる。傲慢極まりない上、王に見せるべき態度ではない。

 しかし相手は一線を退くまでは国一番の戦力。強さとは傲慢なもの。純粋で圧倒的な力は権力をもねじ伏せる。

 獣王はベリアの表情に肝を冷やしたが、怯えた風を見せれば威厳がなくなる。政治の場で鍛えられた腹芸を用い、表情筋を動かすことなくベリアをジッと見据え、必死に呆れた表情を作りながら半分ほどコップの中身を開けた。そうして差し出された中身が半分のコップに注ぎ足すと、満足そうに背もたれに体を預けた。

(始末ノ悪イ老害ガ……)

 獣王は心で舌を打つ。王を敬い尊ぶ気持ちなどこの男にはないと見えた。誰もが”激烈”のルールーのように、強いながらも上位者を尊敬する戦士であってほしいと願う今日この頃である。

 とはいえ、この男しかいない。

 くだんのルールーも銀爪に倒されてから落ち込んでしまい、最近実力を発揮できていない。人類の切り札とも呼ばれる白の騎士団の二人が、完全にグロッキー状態という今まで経験したことのないピンチに陥っている。
 となれば二人の後進となる白の騎士団の候補生から選出すれば良いように思える。一応それにギリギリ該当する若者が居るにはいるが、そこから選出しないのは出来ないからだ。今欲しいのは旗印となれる即戦力。候補生が一人前になるまでの繋ぎにベリアを推したいのだ。

 選択肢が限られるというのはこれ程までに辛いのかと思い知らされていた。権力で動かない戦力を使うのは綱渡りに似ている。崖から崖の間に橋を渡したと言えば聞こえは良いが、頼りの橋が縄一本では心許ない。

「ウゥム……ナラバ一時的ニ精鋭部隊ノ監督役ヲ引キ受ケテクレナイカ?グランツ、ルールー ニ次グ優秀ナ部下達ダ。ガ、国ヲ背負ウニハ今一歩足リ無イ。壁ヲ乗リ越エル切ッ掛ケガ欲シイノダ」

 白の騎士団への加盟を断られた時用の方便として持っていた手札を切る。戦場に出ず、教鞭を振るうとあれば危険はないし、何より若造と言って軽んじる若輩じゃくはい達に偉振れるのは彼にとって喜ばしいことではないだろうか?
 その上、王直々の権限とあれば誰も逆らえない。即座に食いつくのではないかと浅知恵を働かせてのことだった。これほどまでに譲歩する獣王に、さらに気を良くしたベリアはくつくつ笑いながら酒を呷る。

「ホゥ、コノ俺ニ精鋭ヲ……?フッ……半端ジャネェゾ?」

 ようやく話が動いたとホッと肩をなでおろす。

「ダガ良イカ?俺ガ壊シチマッテモ文句ハ言ウナヨ?」

「待テ待テ、オ手柔ラカニ頼ムゾ。次代ヲ担ウ若キちからダ。ソレヲ絶ヤス訳ニハイカンノデナ……老イ先短イ我等トハ物ガ違ウ」

「……グルルッ……」

 獣王の言葉にカチンと来たのか喉を鳴らした。ベリアのこめかみに血管が浮き始めた瞬間、彼はふいに家の出入り口に目を向けた。それに気付いた獣王は「何ダ?!」と大きな声を上げた。ドア越しに部下の声が聞こえてくる。

「オ邪魔ヲシテ申シ訳ゴザイマセン。ルールー様ガ オ越シニナリマシタ」

 ベリアは眉を顰めて獣王を見ると、獣王と目が合った。獣王側にも予定になかったようで困惑しているようだ。
 招き入れたいところだが、ここはベリアの家。勝手に招き入れれば怒りを買う。獣王は少し考えて席を立った。

「マァ待テ」

 その行動を待っていたようにベリアが静止する。

「俺達ノ話ニ割ッテ入ル程ノ急用ダ。何ヲ持ッテ来タカ聞イテミタイ」

 ルールーだけ入室を許され、線の細い黒豹の女戦士が丸めた羊皮紙を持って入ってきた。すぐに跪いて頭を垂れる。

「突然ノ訪問、オ許シヲ。ゴレヲ見デ頂ギタク……」

 ルールーに渡された書状の内容は、白の騎士団の招集。差出人にはガノンの名が書かれていた。ベリアと回し読んだ内容を精査し、獣王は腕を組んだ。

「ソウ考エル事カ?カサブリア ハ滅ンダ。今俺達ノ側ニハ敵ナド居ナイ。コレ程ノ安全ガ保障サレテイルンダ、白ノ騎士団ノ召集ニハ率先シテ応ジテヤルベキダロウ?」

 確かにカサブリアは滅びた。しかし、だからこそ今戦力を削ぐのは国民の堕落につながる。すべての戦争が終わってない以上、平和を維持するためには脅威は去っていないと身を引き締めるのが必要なのだ。最近弛んでいるとは言え、ルールーは最高戦力の一人。出来れば遠征は避けたい。
 その考えを知ってか知らずか、ベリアは口を開いた。

「激烈、好都合ダッタナ。俺ガ軍ニ再雇用サレタ時デ……」

 口を固く結んで難しい顔をしていた獣王は目をパチクリさせてベリアの言葉を反芻した。ほんの少しだけ理解に時間がかかったが、すぐに顔をほころばせた。

「ソレジャア……ベリア!」

「フッ……ソウ興奮スルナ。「率先シテ行クベキ」ト言ッタカラニハ俺ガ手伝ワネバナルマイテ」

 ならば話は変わってくる。ベリアの返事如何では温存しかないと考えていたが、先の話を受諾するというのであれば快く彼女を送り出そう。
 ルールーはさっきまでの二人の会話を聞いていないので、獣王が何故ここまで感情を表に出したのか分からなかったが、これだけは分かった。国を離れても何も問題はないと。

「スグニ出立イダシマス!」

 ベリアの家を後にしたルールーは軽めの荷物と五人の部下を伴い、イルレアン国に向けてその日の内に旅立った。ベリアも正式に精鋭部隊の監督官として就任し、万事順調に進んでいた頃、カサブリア王国の跡地の空に不気味な花が咲いていた。

 花弁が触手のように無数に広がった不思議で巨大な要塞は、静かに、だが着実にクリムゾンテールの領空を侵犯した。
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