一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?

大好き丸

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第十二章 協議

プロローグ

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 小高い丘に登る朝日。町から離れた田舎の村人は夜明けと共に活動を始める。
 最近越してきたばかりのマヤは、井戸の水で顔を洗うため寝ぼけ眼を擦って家から出た。人目を憚ることなく大きな欠伸をしていると、何やらゾロゾロと音を立てて歩いてくる人々に気がついた。
 槍や剣を持つ、一目で戦士と分かる男たちの中心に、一際屈強と呼べる戦斧を持つ男がこちらに手を降っている。この男の帰還にマヤは笑顔で頭を下げる。

「おかえり、あなた」

「ただいまマヤ。よーし!みんなしっかり休んでくれ!」

 警備隊長の掛け声は最後尾にいた半分寝ているヒョロい男まで届いた。疲れたのであろう気の抜けた声で唸るように返事をする皮装備の警備員。
 散開していくのを横目で見ながら桶を持ち上げた。井戸に投げ入れ、紐を手繰り寄せながら水を汲む。満杯の重い水桶は夫の手にかかればすんなり上がってくる。

 ここはパドル村。平屋の多い隠れ里で、魔族や魔獣からの脅威が身近に存在する危険と隣り合わせの村だ。
 ただ、昔から魔族に上手いこと見つかることなく生活をしているので、魔獣さえ押さえてしまえば平和に暮らせる。危険というよりむしろ「比較的安全ではない」と答える方が正しいだろう。

 警備隊長のジェームスは、妻のマヤを見る。アルパザで得た共に歩むべきパートナー。彼女の幸せこそが彼の幸せだ。
 マヤと夜勤後の食卓を囲いながらふと感慨にふける。食べる手が止まっていたジェームスを見てマヤは声を掛けた。

「ごめんなさい。お口に合わなかった?」

「……ん?ああ、すまない。そんなわけじゃないんだ。ただ……」

 窓の外に目をやる。パドル村は良い村だ。自分たちの安全のため、疎開して来た難民同然の立場だというのに、ここの人たちは快く受け入れてくれた。仕事もあったし、みんな親切で、若い夫婦の移住に祝賀会まで開いてくれた。
 ただ、マヤはどちらかと言えば都会育ち。お金を支払えば大抵の物が揃い、魔鉱石のお陰で夜も明るい。そんな街で何不自由なく暮らしていた。なのにいきなり田舎に引っ越すなんて迷惑ではなかったか。何度も考え、何度も口にし、その度に妻を困らせた。
 今もまた同じことを言おうとしている自分が情けなく思え、水と共にその言葉を飲み下した。

「……ただ、最近は暇でな。物見に立っても魔族の影すら見えなくなった。それ自体は良いことなのだが、俺より長くこの地で警備をしている連中も緊張の糸が切れてしまったような気がしてなぁ……」

「そうなの?それはどう言ったら良いのかな……平和なことは喜ぶべきことなのかもしれないけど、いつどんな時に怖いことが訪れるか分からないのに油断しちゃうのは悪いことよね」

 マヤはうーんっと唸っている。ジェームスは「しまった」と思って頬を掻く。また妻を困らせてしまった。

「き、気にすることはないぞ!俺がいるんだしな。今日の勤務時間に少し話し合ってみるよ。今後の警備隊の時間配分や人数調整についてとかな」

 ジェームスは笑いながらスープを呷った。マヤはきょとんとした顔で夫を眺める。空になったお皿を重ねて流しに置く。

「あ、置いといて、私がやっとくから」

「ああ、頼む」

 また今日の夜も働かなければならないジェームスは、固まった首をゴキッと鳴らしながらベッドに向かう。

「先に汗を流して!」

 マヤが台所から声をかける。面倒臭そうな顔で一瞬マヤを見たが、じとっとしたこちら目で見ていた。先日そのまま寝たのを根に持っているようだ。ジェームスはそっぽを向いて玄関の扉に手をかける。

「そこにタオルがありますよー」

 靴箱の上に真っ白なタオルが置かれていた。

「……はいはーい」

 井戸の水で体を清めるべく眠気まなこを擦りながら外に出る。そこには何人かの部下たちが先に体を拭いていた。

「ははっ……隊長もですかい?」

「まぁなぁ。すぐにでも転がりたいが、女房に睨まれちゃどうしようもない……」

「ウチもでさぁ。シーツが汚れるって寝室に入れてくれなくって……」

 所帯持ち同士で話が弾む。その様子を見ていたジェームスより少し年齢が上の男は「はぁ……」っとため息をついた。そっちに目を向けると苦笑いしながら恨めしそうに呟く。

「にしてもジェームスの旦那は良いよなぁ、若くてべっぴんさん貰ってよ。未だ独身の俺にその秘訣って奴を教えてくれよ」

「……俺は運が良かっただけさ。いずれ機会が訪れた時にお前さんがどうするかで恋の女神は微笑んでくれるぜ?」

「つっても好みじゃねーのが来たらどうするよ?それを蹴ったらお仕舞ってんじゃ話にならねーよ?」

 ジェームスは男の言葉に(まだ自分に選択肢があると思っているのか……)と内心呆れる。もういい年なのだから妥協は必要だろう。とりあえず慰めの言葉でも伝えようかと思ったが、初老の男性がそれを掻っ攫う。

「ガハハ!こん面食いがぁ!そったら時は諦めろやぁ!」

「えぇ~……でもよぉ……」

 男の困ったような空気を笑いが包む。そんな他愛無い会話をしつつ汗を拭った。
 ここに来たのはごく最近だというのに、ジェームスは隊長というまとめ役に置かれていた。なまじ強かったジェームスはここに移住した途端に警備隊長を懇願されたのだ。
 危険から遠ざかる目的の元、辺境までやって来たつもりだったので一時は断ることも考えたが、マヤの応援も相まって今の地位についた。練度こそ低かったが、みんな勤勉でジェームスの言うことには素直に従ってくれる。
 命惜しさに疎開して家と仕事を瞬く間に手に入れた。これを幸運だと言わずして何と言おう。この村には感謝しかなかった。

「おーい!!」

 そんな和気あいあいとした空気に切羽詰まった呼び声が届く。その声に一番に反応したのはジェームスだ。

「どうした!」

 バッと体を翻してタオルを武器にする勢いのジェームスに、走ってきた男がウッと立ち止まった。

「……あ、その、大したことじゃなくて……えっと、死の花が出たから……」

「死の花?」

 毒の花や食人植物を思い浮かべる。駆除しないと危険であるという報告だろうか?

「不吉な……」
「凶兆の花……」
「ここと関係がないと良いが……」

 今度はジェームス以外の警備隊の顔が強張る。どうも危険な植物というより、その花が見つかるという意味合いが不味いらしい。

「待て待て。その花が咲くと何か不味いことでもあるのか?」

 その質問に苦々しい顔を向けてくる。その目には何も知らない者への哀れみと、知らないことへの憧憬があった。

「隊長、その花は咲くんじゃねぇ。空に浮いてんだ」

 その瞬間にジェームスにも理解が及んだ。弾かれたように走り出す。男が走って来た方角にある物見台に駆け上がり、空に浮かぶ死の花を探す。いや、その必要はない。駆け上がった瞬間にその花が見えた。
 必死な形相で睨むジェームスの隣には部下の一人が目を丸くしていた。

「た、隊長?もう休んでるんじゃ……」

「……あんなのが浮いてるんじゃおちおち寝てられねぇよ……」

 死の花。それは複雑な造形をした要塞。彼岸花を模して作り出されたような外観は、美しさに恐怖を彩った凶兆の具現。アンデッドの王、第六魔王”灰燼”の居城。

「神出鬼没の要塞……昔からあれが見えたら災いの前触れだって言い聞かせれて来ましたがね……ここんとこよく見るんですわ。一体何の前触れだっていうんでしょうかね?」

「さぁてね……もしや魔族を見なくなったのはあれが原因か?」

「アンデッド野郎が魔族を集めてるってんですかい?」

「……奴だけじゃないかもしれん。とにかく何かあったらすぐに知らせてくれ、仮眠だけでも取らんと思考が働かん」

「了解しました」

 災いの前触れ。凶兆。死。
 汚濁をすすり、なお一層美しく咲き誇る。

 悪の随意ずいいを孕み、その身に宿した複雑怪奇な要塞は、ゆったりとした速度で青空を航行する。
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