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第十二章 協議
第一話 人望
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ラルフは欠伸をしながら廊下を歩いていた。目指すは洗面所。固まった体をボキボキほぐしながら、風を切るように肩を揺すって進む。
「オハヨウ ラルフ」
人狼のジュリアが片手を上げて挨拶する。それに応えて同じように手を上げた。
「おう、おはよう」
ジュリアとすれ違った後、すぐ後ろから竜魔人のティアマトが歩いてきた。
「……あっ」
ティアマトはラルフに気付いてプイッとそっぽを向く。
「ようティアマト。昨夜はよく寝れたか?」
「う、うるさい……!人間風情が気安く話し掛けるな!」
気恥ずかしそうに吐き捨てると、さっさと行ってしまう。
イミーナに情報を売って敵対した早々の出戻りだというのに、いつも通りの挨拶をされては立つ瀬がないというもの。ティアマトのプライドはもうズタズタだ。
「……はっ……まぁ随分と愛想良いねぇ~、ったく……」
ラルフ自身、分かっていても皮肉は口をついて出る。だが無理に仲間に加えた経緯がある以上、結局失敗に終わった程度の利敵行為に目くじらを立て、蔑むわけにも無視するわけにもいかず、こうして気安く声を掛けてしまう。
皮肉のお陰で幾分マシになった気持ちに整理をつけ、面白くなさそうに目的の場所に急ぐ。部屋からそう遠くない洗面所には先客が何人か居た。
「「おはようございます」」
一辺に挨拶したのはデュラハンのカイラとアイリーン。シャークとリーシャは髪を解かしながらチラッとこっちを見ただけだった。
姉妹全員が似たり寄ったりで、髪型で個性を出している関係上、櫛で梳かされたら誰が誰か分からない。だが個別に話し掛けることはないので、誰が誰でも関係ないことに気付く。
「おう、おはよー」
挨拶をパッと返し、女の園をかき分けて洗面台に立つと、顔をバシャバシャ洗うゴブリンのウィーの姿を見つけた。
「こらこら、そんなバシャバシャすると床に散るだろ?見てろウィー。これが洗顔というものだ」
ラルフはお手本と題して顔をバシャバシャと洗った。ウィーはそれを見てケラケラと笑う。
「あ!もう!バシャバシャすんな!!お前のはこっちまで飛んでくるんだよ!!」
シャークがラルフの背中を平手打ちする。バシンッと豪快な音が鳴り、ラルフは痛みを堪えて床に四つん這いに屈んだ。ウィーは心配そうな顔でラルフに寄り添う。
「お姉様やりすぎです。いくらラルフ様がお強くなられたとは言え人間の身。魔族と比べては……」
「……アイリーンは毒され過ぎよ。私たちの主従関係はベルフィア様とだけなんだから、こんな奴に様付けは不要でしょ?」
「こ、こんな奴……?」
ラルフは悶絶しながら困惑の顔を上げた。
「ラルフさん大丈夫ですか?痛みますか?何だったらアルルさんをお呼びしますが?」
カイラの憐れみの目にガックシ肩を落とす。
「……良い。まだ寝てるだろうし、こんなの何でもねぇよ」
ラルフはウィーの頭を撫でながら立ち上がる。
「無事であるなら良かったです。それではお先に失礼します……」
身支度の整ったデュラハンたちは会釈して下がる。シャークだけは頑なに頭を下げることなく鼻を鳴らして出ていった。
「ウィーも先に行ってて良いぞ。腹減ったろ?ブレイドが食卓に朝飯並べてるだろうからな。先に食ってな」
「ウィー」
ウィーはお腹を押さえて頷く。出入り口まで駆け足で行くと、先程のデュラハンたちのようにペコリと頭を下げて行った。
「本当に子供ってのは何でも真似したがるな。いやいや、礼儀正しいのは悪いことじゃねー……」
フッと微笑を浮かべながら洗面所の大きな鏡を見る。そこに映っていたのはラルフと後もう一人。黒い何かが背後でこちらを見ていた。
「うびばっ!?」
突然の出現に驚き戸惑い奇声を上げながら素早く振り返る。誰かと思えば全身鎧の魔族"鉄"だった。
「おまっ……何だ、あんたか。驚かせんなよ……」
「いやなに、ここに入る貴様を見てな。何の部屋かと思って確認しに来た。至って普通の洗面所のようだ」
鉄はキョロキョロと見渡して満足したのか、視線をラルフに戻した。
「マジ?全然気づかなかった……つーか姉妹たちにも気づかれないように入ってきたのは何か意味があるのか?」
「癖だ」
「癖ねぇ……」
ラルフも洗面所を見渡す。
「ここにはあんたと俺だけみたいだが、もしかして俺を殺そうなんてことは……?」
鎧の擦れる音が響く。鉄が首を横に振り、組んでいた腕を解いた時の音だった。
「……今更そんなことをして何になる?貴様だけを狙うなら、この数日いくらでも機会はあった。特にあの女から離れて大広間で寝ていた時など狙い時ではなかったか?」
「残念だったな。その時はベルフィアが俺を守ってくれたさ。あいつは寝ることのないアンデッドだぜ?大広間に常駐してたんだから当然隙は無いさ。まさか魔王ともあろう者が気づかなかったか?」
煽るラルフ。それに対して首を傾げる鉄。
「?……吸血鬼なら貴様を残して何度も席を立っていた。それも半刻居ないことなど平気であったぞ?……まさか気づかなかったのか?」
「……へ?」
ラルフはきょとんとした顔で呆然と立ち尽くす。信じて任せた護衛は何の役にも立っていなかった。
あまりに間抜けな事態。二人共黙って、ぽけーっと白痴のように見つめ合う。ようやく鉄が正気を取り戻し、大袈裟に頭を振って見せた。
「……不思議な人間だな貴様は……崇拝も畏敬もまるで無く、好感すら一部しか持ち合わせていないと言うのに、何故か中心に座している。貴様らはいったいどういう集まりなのだ?」
ラルフはハットを目深に被ってため息をつく。
「はぁ……単なる寄せ集めだよ。つーよりミーシャが居たからこれだけのチームになった。ミーシャに気に入られてなけりゃ今頃アルパザの地で白骨化してるさ」
人間の命のなんと儚いことか。ミーシャに依存していることを改めて確認した瞬間だった。
「……油断が過ぎると痛い目を見る。あの女の庇護下にあるならそうなるのも無理はないが、常に先を見越しておくことだな」
鉄は教訓を残して洗面所から出ていこうとする。
「お気遣いどうも」
身の丈に合わない状況にガッカリして落ち込むラルフ。そんなラルフを肩越しに見ながら鉄はふと思う。
(俺も焼きが回った……)
黒の円卓に乱入し、好き勝手に我が物顔で図に乗られた時は頭に血が登ったものだが、何故だか今は殺す気にはなれない。
ミーシャがラルフの命を保証しているからか?そうであるならいつでも一緒に居ないと成り立たない。少なくとも今この場では鉄がラルフの命を保証している。
では、この集まりのまとめ役だからか?ならばこのぞんざいな扱いは何だというのか?理解に苦しむし、殺したところで文句の一つも出なさそうだ。
とどのつまりはどうしようもない程に情けなく、間抜けなラルフに同情しているのだ。この男には一つの野心も存在しない。ミーシャに出会ってしまったばかりに命を賭した戦いを強いられているだけなのだ。
(運の悪い奴だ……だが本当にそれだけなのか?)
自分のように同情する奴ばかりではないはずだ。生き延びてきたのにはそれなりの理由がある。
今のように肉壁が無かった時もあっただろう。口八丁手八丁が通じなかった相手も居ただろう。そんな時、こいつはどうやって命をつないできたのか?
「……何だよ?」
いつまで経っても出ていかない鉄に痺れを切らして声を掛けた。鉄はフッと鼻で笑う。
「いや……どうも貴様は悪運が強いらしい。また貴様と敵対した暁にはそこも考慮する必要があるだろうな」
不穏なことを言い残してその場を去った。
「敵対……ねぇ……」
鉄の言葉を反芻しながら櫛を手に取った。ハットを取って髪を梳かしている時に、ふと鉄の言葉に気づく。
「半刻って……やっぱ俺、殺されるとこだったか?」
身震いしながら鏡に映る顔を見ていた。
「オハヨウ ラルフ」
人狼のジュリアが片手を上げて挨拶する。それに応えて同じように手を上げた。
「おう、おはよう」
ジュリアとすれ違った後、すぐ後ろから竜魔人のティアマトが歩いてきた。
「……あっ」
ティアマトはラルフに気付いてプイッとそっぽを向く。
「ようティアマト。昨夜はよく寝れたか?」
「う、うるさい……!人間風情が気安く話し掛けるな!」
気恥ずかしそうに吐き捨てると、さっさと行ってしまう。
イミーナに情報を売って敵対した早々の出戻りだというのに、いつも通りの挨拶をされては立つ瀬がないというもの。ティアマトのプライドはもうズタズタだ。
「……はっ……まぁ随分と愛想良いねぇ~、ったく……」
ラルフ自身、分かっていても皮肉は口をついて出る。だが無理に仲間に加えた経緯がある以上、結局失敗に終わった程度の利敵行為に目くじらを立て、蔑むわけにも無視するわけにもいかず、こうして気安く声を掛けてしまう。
皮肉のお陰で幾分マシになった気持ちに整理をつけ、面白くなさそうに目的の場所に急ぐ。部屋からそう遠くない洗面所には先客が何人か居た。
「「おはようございます」」
一辺に挨拶したのはデュラハンのカイラとアイリーン。シャークとリーシャは髪を解かしながらチラッとこっちを見ただけだった。
姉妹全員が似たり寄ったりで、髪型で個性を出している関係上、櫛で梳かされたら誰が誰か分からない。だが個別に話し掛けることはないので、誰が誰でも関係ないことに気付く。
「おう、おはよー」
挨拶をパッと返し、女の園をかき分けて洗面台に立つと、顔をバシャバシャ洗うゴブリンのウィーの姿を見つけた。
「こらこら、そんなバシャバシャすると床に散るだろ?見てろウィー。これが洗顔というものだ」
ラルフはお手本と題して顔をバシャバシャと洗った。ウィーはそれを見てケラケラと笑う。
「あ!もう!バシャバシャすんな!!お前のはこっちまで飛んでくるんだよ!!」
シャークがラルフの背中を平手打ちする。バシンッと豪快な音が鳴り、ラルフは痛みを堪えて床に四つん這いに屈んだ。ウィーは心配そうな顔でラルフに寄り添う。
「お姉様やりすぎです。いくらラルフ様がお強くなられたとは言え人間の身。魔族と比べては……」
「……アイリーンは毒され過ぎよ。私たちの主従関係はベルフィア様とだけなんだから、こんな奴に様付けは不要でしょ?」
「こ、こんな奴……?」
ラルフは悶絶しながら困惑の顔を上げた。
「ラルフさん大丈夫ですか?痛みますか?何だったらアルルさんをお呼びしますが?」
カイラの憐れみの目にガックシ肩を落とす。
「……良い。まだ寝てるだろうし、こんなの何でもねぇよ」
ラルフはウィーの頭を撫でながら立ち上がる。
「無事であるなら良かったです。それではお先に失礼します……」
身支度の整ったデュラハンたちは会釈して下がる。シャークだけは頑なに頭を下げることなく鼻を鳴らして出ていった。
「ウィーも先に行ってて良いぞ。腹減ったろ?ブレイドが食卓に朝飯並べてるだろうからな。先に食ってな」
「ウィー」
ウィーはお腹を押さえて頷く。出入り口まで駆け足で行くと、先程のデュラハンたちのようにペコリと頭を下げて行った。
「本当に子供ってのは何でも真似したがるな。いやいや、礼儀正しいのは悪いことじゃねー……」
フッと微笑を浮かべながら洗面所の大きな鏡を見る。そこに映っていたのはラルフと後もう一人。黒い何かが背後でこちらを見ていた。
「うびばっ!?」
突然の出現に驚き戸惑い奇声を上げながら素早く振り返る。誰かと思えば全身鎧の魔族"鉄"だった。
「おまっ……何だ、あんたか。驚かせんなよ……」
「いやなに、ここに入る貴様を見てな。何の部屋かと思って確認しに来た。至って普通の洗面所のようだ」
鉄はキョロキョロと見渡して満足したのか、視線をラルフに戻した。
「マジ?全然気づかなかった……つーか姉妹たちにも気づかれないように入ってきたのは何か意味があるのか?」
「癖だ」
「癖ねぇ……」
ラルフも洗面所を見渡す。
「ここにはあんたと俺だけみたいだが、もしかして俺を殺そうなんてことは……?」
鎧の擦れる音が響く。鉄が首を横に振り、組んでいた腕を解いた時の音だった。
「……今更そんなことをして何になる?貴様だけを狙うなら、この数日いくらでも機会はあった。特にあの女から離れて大広間で寝ていた時など狙い時ではなかったか?」
「残念だったな。その時はベルフィアが俺を守ってくれたさ。あいつは寝ることのないアンデッドだぜ?大広間に常駐してたんだから当然隙は無いさ。まさか魔王ともあろう者が気づかなかったか?」
煽るラルフ。それに対して首を傾げる鉄。
「?……吸血鬼なら貴様を残して何度も席を立っていた。それも半刻居ないことなど平気であったぞ?……まさか気づかなかったのか?」
「……へ?」
ラルフはきょとんとした顔で呆然と立ち尽くす。信じて任せた護衛は何の役にも立っていなかった。
あまりに間抜けな事態。二人共黙って、ぽけーっと白痴のように見つめ合う。ようやく鉄が正気を取り戻し、大袈裟に頭を振って見せた。
「……不思議な人間だな貴様は……崇拝も畏敬もまるで無く、好感すら一部しか持ち合わせていないと言うのに、何故か中心に座している。貴様らはいったいどういう集まりなのだ?」
ラルフはハットを目深に被ってため息をつく。
「はぁ……単なる寄せ集めだよ。つーよりミーシャが居たからこれだけのチームになった。ミーシャに気に入られてなけりゃ今頃アルパザの地で白骨化してるさ」
人間の命のなんと儚いことか。ミーシャに依存していることを改めて確認した瞬間だった。
「……油断が過ぎると痛い目を見る。あの女の庇護下にあるならそうなるのも無理はないが、常に先を見越しておくことだな」
鉄は教訓を残して洗面所から出ていこうとする。
「お気遣いどうも」
身の丈に合わない状況にガッカリして落ち込むラルフ。そんなラルフを肩越しに見ながら鉄はふと思う。
(俺も焼きが回った……)
黒の円卓に乱入し、好き勝手に我が物顔で図に乗られた時は頭に血が登ったものだが、何故だか今は殺す気にはなれない。
ミーシャがラルフの命を保証しているからか?そうであるならいつでも一緒に居ないと成り立たない。少なくとも今この場では鉄がラルフの命を保証している。
では、この集まりのまとめ役だからか?ならばこのぞんざいな扱いは何だというのか?理解に苦しむし、殺したところで文句の一つも出なさそうだ。
とどのつまりはどうしようもない程に情けなく、間抜けなラルフに同情しているのだ。この男には一つの野心も存在しない。ミーシャに出会ってしまったばかりに命を賭した戦いを強いられているだけなのだ。
(運の悪い奴だ……だが本当にそれだけなのか?)
自分のように同情する奴ばかりではないはずだ。生き延びてきたのにはそれなりの理由がある。
今のように肉壁が無かった時もあっただろう。口八丁手八丁が通じなかった相手も居ただろう。そんな時、こいつはどうやって命をつないできたのか?
「……何だよ?」
いつまで経っても出ていかない鉄に痺れを切らして声を掛けた。鉄はフッと鼻で笑う。
「いや……どうも貴様は悪運が強いらしい。また貴様と敵対した暁にはそこも考慮する必要があるだろうな」
不穏なことを言い残してその場を去った。
「敵対……ねぇ……」
鉄の言葉を反芻しながら櫛を手に取った。ハットを取って髪を梳かしている時に、ふと鉄の言葉に気づく。
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