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第十二章 協議
第40.5話 人の夢
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死が近づく。
土手っ腹に魔力砲を食らったノーンは自分の体が冷たくなっていくのを感じていた。痛くて辛いのに、意識は未だ飛ぶことはない。目を瞑って解き放たれればもう何も感じなくて済むのに、生命力がそれを許さない。
(新体操なんか嫌いだ……)
母に託された夢。上手く出来なかったら叩かれた。他の子と比べて辱められた。現役だった頃に出来なかった癖に娘には出来て当たり前だと強気に出る。コーチだった父が昔の母を教えて来て、とにかく娘を納得させようと必死だった。彼女は父のために新体操をしていたのだろう。
人前に出るのが嫌いだった。人一倍緊張するノーンは会場の入り口でよく縮こまっていた。年下の怪訝、同学年の憐れみ、上級生の蔑み、そして両親の怒り。
怖くてたまらなかった。一体何度死のうとしたか分からない。他者が自分を見る目に恐怖を覚え、いつしか引きこもりがちになっていた。
誰も助けてくれない。誰も守ってくれない。誰も愛してくれない。
自分が変わるしかなかった。生きるために必死だった。
ある日、強化選手に抜擢された。選び抜かれた精鋭たちの栄光の架け橋。母は言った。
「分かってる?ここからがスタートなのよ。気を引き締めていきなさい」
(……黙れ)
彼女は母を侮蔑した。まるで世界大会で優勝したような口ぶりだが、その実、強化選手にすら選ばれずにひっそり消えていったミジンコが大口を叩くなと。
ノーンは気持ちよかった。小さい時に感じたプレッシャーを跳ね除け、体の成長と共についにここまでやってきた。母にも父にも感謝はない。こいつらの言ってきたことは全て的外れだった。唯一ノーンの役に立ったのは衣食住の提供だろう。
新体操も料理もまともに出来ない母に、口下手で母にだけ味方する父。尊敬の念など1mmもなかった。
だから良かったのかもしれない。この世界に飛ばされた当初は驚愕のあまり腰を抜かしたが、これであのマヌケどもと顔を合わせなくて済むのかと思ったら清々したくらいだ。
この世界は都会っ子だったノーンには新鮮で、とにかく旅行だと割り切って楽しんでいた。同い年の子も何人か居て、仲良くなったのも居た。
ある日みんなが特異能力に目覚めて好き勝手に暴れ始めた。温厚だった子も、真面目そうな子も、備わってしまった能力を存分に発揮し、イタズラに命を奪っていった。
最初はその姿に嫌悪し、心から拒絶していた。
なんと醜い連中だろう。結局、自分に力が無かったから出来なかっただけだ。力が備われば、自分が立ちたかった立場に身を置いて、弱者を蔑む。蔑んだりするのはまだ分かる。難癖を付けて攻撃し始めるのが分からない。
その牙はノーンにも向けられた。当然傍観者で終われるはずもない。
しかし、そこは異世界転生者。ノーンにも特異能力が発現し、醜い連中を黙らせることに成功した。
ノーンの特異能力”邪視”。目の合ったものを言い知れぬ恐怖に陥れ、死をも覚悟させる。他にも呪いの類を見破ったり、危険を察知したりして未然に回避可能な能力。
派手さは無いが、睨んだ獲物を確実に殺しきる力。だからこそ八大地獄に選ばれたのだろう。
神に認められた一つの到達点。
その栄光も終わろうとしている。
駆け巡る走馬灯はノーンの意識を徐々に刈り取っていった。黒く濁る世界。誰にも看取られぬままこの世を去る。しかし悲観することはない。
(どうせ蘇生されるな……)
ノーンは眠るように意識を手放した。もう良い。頑張らなくても、我慢しなくても良い。今度生き返された時に目一杯文句を言おう。それで良いじゃないか。死んでも次がある。自分たちは特別なのだ。
「ひゃ……っかい……殺す……」
次の目標はもう決めた。ブレイドの抹殺だ。自分をこんな目に合わせた男をバラバラに引き裂く。
決まったなら今はしっかり休もう。今はこのまどろみに溶けて消えていこう。
第五の地獄”大叫”が浮かんでアルテミスに向かう頃、ノーンは静かに息を引き取った。
土手っ腹に魔力砲を食らったノーンは自分の体が冷たくなっていくのを感じていた。痛くて辛いのに、意識は未だ飛ぶことはない。目を瞑って解き放たれればもう何も感じなくて済むのに、生命力がそれを許さない。
(新体操なんか嫌いだ……)
母に託された夢。上手く出来なかったら叩かれた。他の子と比べて辱められた。現役だった頃に出来なかった癖に娘には出来て当たり前だと強気に出る。コーチだった父が昔の母を教えて来て、とにかく娘を納得させようと必死だった。彼女は父のために新体操をしていたのだろう。
人前に出るのが嫌いだった。人一倍緊張するノーンは会場の入り口でよく縮こまっていた。年下の怪訝、同学年の憐れみ、上級生の蔑み、そして両親の怒り。
怖くてたまらなかった。一体何度死のうとしたか分からない。他者が自分を見る目に恐怖を覚え、いつしか引きこもりがちになっていた。
誰も助けてくれない。誰も守ってくれない。誰も愛してくれない。
自分が変わるしかなかった。生きるために必死だった。
ある日、強化選手に抜擢された。選び抜かれた精鋭たちの栄光の架け橋。母は言った。
「分かってる?ここからがスタートなのよ。気を引き締めていきなさい」
(……黙れ)
彼女は母を侮蔑した。まるで世界大会で優勝したような口ぶりだが、その実、強化選手にすら選ばれずにひっそり消えていったミジンコが大口を叩くなと。
ノーンは気持ちよかった。小さい時に感じたプレッシャーを跳ね除け、体の成長と共についにここまでやってきた。母にも父にも感謝はない。こいつらの言ってきたことは全て的外れだった。唯一ノーンの役に立ったのは衣食住の提供だろう。
新体操も料理もまともに出来ない母に、口下手で母にだけ味方する父。尊敬の念など1mmもなかった。
だから良かったのかもしれない。この世界に飛ばされた当初は驚愕のあまり腰を抜かしたが、これであのマヌケどもと顔を合わせなくて済むのかと思ったら清々したくらいだ。
この世界は都会っ子だったノーンには新鮮で、とにかく旅行だと割り切って楽しんでいた。同い年の子も何人か居て、仲良くなったのも居た。
ある日みんなが特異能力に目覚めて好き勝手に暴れ始めた。温厚だった子も、真面目そうな子も、備わってしまった能力を存分に発揮し、イタズラに命を奪っていった。
最初はその姿に嫌悪し、心から拒絶していた。
なんと醜い連中だろう。結局、自分に力が無かったから出来なかっただけだ。力が備われば、自分が立ちたかった立場に身を置いて、弱者を蔑む。蔑んだりするのはまだ分かる。難癖を付けて攻撃し始めるのが分からない。
その牙はノーンにも向けられた。当然傍観者で終われるはずもない。
しかし、そこは異世界転生者。ノーンにも特異能力が発現し、醜い連中を黙らせることに成功した。
ノーンの特異能力”邪視”。目の合ったものを言い知れぬ恐怖に陥れ、死をも覚悟させる。他にも呪いの類を見破ったり、危険を察知したりして未然に回避可能な能力。
派手さは無いが、睨んだ獲物を確実に殺しきる力。だからこそ八大地獄に選ばれたのだろう。
神に認められた一つの到達点。
その栄光も終わろうとしている。
駆け巡る走馬灯はノーンの意識を徐々に刈り取っていった。黒く濁る世界。誰にも看取られぬままこの世を去る。しかし悲観することはない。
(どうせ蘇生されるな……)
ノーンは眠るように意識を手放した。もう良い。頑張らなくても、我慢しなくても良い。今度生き返された時に目一杯文句を言おう。それで良いじゃないか。死んでも次がある。自分たちは特別なのだ。
「ひゃ……っかい……殺す……」
次の目標はもう決めた。ブレイドの抹殺だ。自分をこんな目に合わせた男をバラバラに引き裂く。
決まったなら今はしっかり休もう。今はこのまどろみに溶けて消えていこう。
第五の地獄”大叫”が浮かんでアルテミスに向かう頃、ノーンは静かに息を引き取った。
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