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第十四章 驚天動地
第二十八話 ゼアルの憂鬱
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どんより滲んだ朧月夜。突き出た岬に翻す黒いケープ。漆黒の鎧は夜に溶け、胸元に白く塗られた紋章も儚く消える。後方に撫で付けた髪をカチューシャで止め、それでも反発する前髪がまるで触覚のように二束垂れている。
黒曜騎士団の団長で、人類最強の剣「白の騎士団」に所属する”魔断”のゼアルその人である。
じっと水平線を見つめるその目に映るのは黒い黒い闇。全てが吸い込まれそうな深淵はゼアルの行く末を描いているように感じた。
(光の無い道……私が成るしかあるまい。一筋の光明に……)
輝ける世界に変えるには、誰かが闇を照らさなければならないのだ。皆の光になり、平和をもたらす。たとえ一瞬で燃え尽きる松明であろうと、行くべき道を指し示せる。これがゼアルが考える自らの存在理由。
スラッ……
ゼアルが世界で最も信頼を置く剣”イビルスレイヤー”。スッと前方に翳し、まだ見えぬ敵に切っ先を向ける。姿勢を変えて、柄を両手で持ち、虚空に向かって剣を構える。
その瞬間、全ての時が止まったかのように無音が支配する。風が止み、虫も魔獣も一切の物音を殺す。ゼアルの放つ殺気が強烈すぎて自然が息を潜めたのだ。しばらくの静寂が続く。
次の瞬間──
……ピュンッ
音が遅れてやってくる。雷の如き閃きがゼアルの前方を切り裂く。何もなかった虚空に暫く残る光の残像。肉体を極限まで強化させることで生み出される、人力の”空間断”。アシュタロトの強化を遥かに超える力。ゼアルはもはや人間ではなくなっていた。
生き物を超えた先にある脅威。魔族や魔王を超えた神人。遂にゼアルは救世主となった。
しかし欠点もある。それは全てが終わった後の立ち位置にある。一線を退くか、神として君臨するかというもの。一線を退き、戦いに介入しないとなれば、田舎で仙人のように暮らすことが出来るやもしれないが、そう甘いものでは無い。確実に国力の強化を図る人族の政治の道具にされるだろう。
ならば最初から国民を導く立場になれば良い。イルレアンのために働くのであれば、今まで通りマクマインと二人三脚でやって行けるだろう。いや、やはりそう甘いものでは無い。魔族を駆逐し、人族のみの世界になるとして、その後は人族同士の戦争になる。これはブルータイガーの亡き頭目であるキジョウも同じ考えを持っていた。
守ってきた人族を今度はこの手で殺す。本末転倒であろう。悪を裁くのがゼアルの役目であって、善悪の区別なく殺すのはゼアルのすべきことでは無い。
(この戦いが私の人生の終着点となろう……)
ミーシャを殺し、ラルフを殺し、やるべきことを終えた後、神に力を取り上げてもらおうと考えている。マクマインはこの勝手な選択を許しはしないだろう。きっと何らかの罪を着せて処刑に持ち込む。先代の黒曜騎士団団長ブレイブを殺した時のように……。
いや、ブレイブは本当に魔族と子を為したので「罪を着せる」とするのは厳密には違うかもしれないが、結果は同じことだ。
「ふっ……数奇な運命だな」
その短い言葉に全てが詰まっていた。最近ラルフに言い放ったセリフ。ラルフはそれを宝物だと豪語した。
ならば自分はどうか?身体能力に恵まれ、剣の才能を開花させ、マクマイン公爵に見初められ、黒曜騎士団団長として栄華を誇った。白の騎士団にも選抜されて、”魔断”の異名をも欲しいままにした。全てが完璧で、且つ神にも期待されるゼアルは、完璧すぎるが故に未熟な精神に嫌気がさしていた。
たった一つの失敗が全ての尾を引き、ゼアルを苦しめ、自暴自棄に追いやっている。
ラルフ。全ての綻びの元凶。
あの男がいなければ、ゼアルの心は完璧だった。あの男がいなければ、ミーシャは死に、今のような混乱の世界は訪れなかった。きっとマクマインが裏で全てを制御する世界になっていただろう。善悪の概念はもっと複雑になっていたかもしれないが、人族同士の戦争にも繋がらず、ある種の均衡が保たれていたと予想出来る。
全ては推測の域を出ないが、少なくともゼアルの汚点は存在し得なかった。
(……自己中心的と笑うが良い。身勝手で救いようの無い私を……)
剣を鞘に収納し、姿勢を正して水平線を眺める。海の先の闇を見つめ、自己陶酔に浸る。風や虫の声が戻ってくる。自然は安堵し、息を吹き返した。目を瞑り、自然と一体となった時、ゼアルは心の安寧を感じる。
「……少し、考え過ぎたようだ……」
鼻で笑う。
全ては明日決まるのだ。何を考えることがあるのか。ゼアルは踵を返して岬を後にしようとする。体を休めよう。それが今出来る全てだ。
ビキッ
その時の音はゼアルの障害で忘れることは出来ないだろう。
ジジジジ……ゾバァッ
おおよそ聞いたことのない音は、ゼアルを振り返らせるのに何の躊躇いも感じさせなかった。
「……いや、だからチラッと光ったんだって。あれは魔力でも松明でも……」
空間の裂け目。深淵を割いて現れた強烈な光に目が眩んだのは、暗闇に目が慣れていたからだろう。
だが、そのシルエットだけは隠せない。影絵のように切り取られた、草臥れたハットを被った男のシルエットだけは……。
「ラルフ……貴様か?」
「あら?ゼアル団長だ。じゃさっきの光はあんただったのか……って、こんなとこで何してんの?」
黒曜騎士団の団長で、人類最強の剣「白の騎士団」に所属する”魔断”のゼアルその人である。
じっと水平線を見つめるその目に映るのは黒い黒い闇。全てが吸い込まれそうな深淵はゼアルの行く末を描いているように感じた。
(光の無い道……私が成るしかあるまい。一筋の光明に……)
輝ける世界に変えるには、誰かが闇を照らさなければならないのだ。皆の光になり、平和をもたらす。たとえ一瞬で燃え尽きる松明であろうと、行くべき道を指し示せる。これがゼアルが考える自らの存在理由。
スラッ……
ゼアルが世界で最も信頼を置く剣”イビルスレイヤー”。スッと前方に翳し、まだ見えぬ敵に切っ先を向ける。姿勢を変えて、柄を両手で持ち、虚空に向かって剣を構える。
その瞬間、全ての時が止まったかのように無音が支配する。風が止み、虫も魔獣も一切の物音を殺す。ゼアルの放つ殺気が強烈すぎて自然が息を潜めたのだ。しばらくの静寂が続く。
次の瞬間──
……ピュンッ
音が遅れてやってくる。雷の如き閃きがゼアルの前方を切り裂く。何もなかった虚空に暫く残る光の残像。肉体を極限まで強化させることで生み出される、人力の”空間断”。アシュタロトの強化を遥かに超える力。ゼアルはもはや人間ではなくなっていた。
生き物を超えた先にある脅威。魔族や魔王を超えた神人。遂にゼアルは救世主となった。
しかし欠点もある。それは全てが終わった後の立ち位置にある。一線を退くか、神として君臨するかというもの。一線を退き、戦いに介入しないとなれば、田舎で仙人のように暮らすことが出来るやもしれないが、そう甘いものでは無い。確実に国力の強化を図る人族の政治の道具にされるだろう。
ならば最初から国民を導く立場になれば良い。イルレアンのために働くのであれば、今まで通りマクマインと二人三脚でやって行けるだろう。いや、やはりそう甘いものでは無い。魔族を駆逐し、人族のみの世界になるとして、その後は人族同士の戦争になる。これはブルータイガーの亡き頭目であるキジョウも同じ考えを持っていた。
守ってきた人族を今度はこの手で殺す。本末転倒であろう。悪を裁くのがゼアルの役目であって、善悪の区別なく殺すのはゼアルのすべきことでは無い。
(この戦いが私の人生の終着点となろう……)
ミーシャを殺し、ラルフを殺し、やるべきことを終えた後、神に力を取り上げてもらおうと考えている。マクマインはこの勝手な選択を許しはしないだろう。きっと何らかの罪を着せて処刑に持ち込む。先代の黒曜騎士団団長ブレイブを殺した時のように……。
いや、ブレイブは本当に魔族と子を為したので「罪を着せる」とするのは厳密には違うかもしれないが、結果は同じことだ。
「ふっ……数奇な運命だな」
その短い言葉に全てが詰まっていた。最近ラルフに言い放ったセリフ。ラルフはそれを宝物だと豪語した。
ならば自分はどうか?身体能力に恵まれ、剣の才能を開花させ、マクマイン公爵に見初められ、黒曜騎士団団長として栄華を誇った。白の騎士団にも選抜されて、”魔断”の異名をも欲しいままにした。全てが完璧で、且つ神にも期待されるゼアルは、完璧すぎるが故に未熟な精神に嫌気がさしていた。
たった一つの失敗が全ての尾を引き、ゼアルを苦しめ、自暴自棄に追いやっている。
ラルフ。全ての綻びの元凶。
あの男がいなければ、ゼアルの心は完璧だった。あの男がいなければ、ミーシャは死に、今のような混乱の世界は訪れなかった。きっとマクマインが裏で全てを制御する世界になっていただろう。善悪の概念はもっと複雑になっていたかもしれないが、人族同士の戦争にも繋がらず、ある種の均衡が保たれていたと予想出来る。
全ては推測の域を出ないが、少なくともゼアルの汚点は存在し得なかった。
(……自己中心的と笑うが良い。身勝手で救いようの無い私を……)
剣を鞘に収納し、姿勢を正して水平線を眺める。海の先の闇を見つめ、自己陶酔に浸る。風や虫の声が戻ってくる。自然は安堵し、息を吹き返した。目を瞑り、自然と一体となった時、ゼアルは心の安寧を感じる。
「……少し、考え過ぎたようだ……」
鼻で笑う。
全ては明日決まるのだ。何を考えることがあるのか。ゼアルは踵を返して岬を後にしようとする。体を休めよう。それが今出来る全てだ。
ビキッ
その時の音はゼアルの障害で忘れることは出来ないだろう。
ジジジジ……ゾバァッ
おおよそ聞いたことのない音は、ゼアルを振り返らせるのに何の躊躇いも感じさせなかった。
「……いや、だからチラッと光ったんだって。あれは魔力でも松明でも……」
空間の裂け目。深淵を割いて現れた強烈な光に目が眩んだのは、暗闇に目が慣れていたからだろう。
だが、そのシルエットだけは隠せない。影絵のように切り取られた、草臥れたハットを被った男のシルエットだけは……。
「ラルフ……貴様か?」
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