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第十五章 終焉
第三十二話 謎の男バルカン
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日が落ちようとしている。
暗く寒い夜に向けて夜行性の魔獣たちが目を覚ます。体を柔軟に伸ばして固まった体のコリをほぐすと、闇夜を見通す目を見開く。今はまだ少し明るいため、洞窟や自分で掘った穴蔵でその時を待つ。盲目となった獲物が体を震わせながら祈りを捧げるその時を──。
ラルフは慣れた手つきで焚き火を育てる。そこそこ大きな火になった時、彼はようやく一息ついた。
「ん?そこの奴勝手に食べてくれて良かったのに待ってくれたの?何か悪いね」
バルカンは筋肉質で体も横に広い割りにちょこんと小さく座っている。目の前の果実には一切手を出さず、ラルフの仕事を観察していたようだ。
『気にするな、私は大いに楽しんでいる。人はこうして火を焚くのだな。感心したよ』
「ああ、古来から人はこうして火を使って来たのさ。魔力がよく解明されてない頃なんかは特にそう。良かったらやってみると良いよ。魔法ばかりに頼らず、こうしてアオヒムシとか拾ったり、火打石を使ったりなんかしてさ。んー……ジジ臭かったかな?」
『じじくさい?』
「あ、なんつーの?こう、説教臭いっつーか。こういうのは職業柄バルカンさんの方が適任だったりするよな。俺なんかただの真似っこだし……」
『ふっ、全ては真似から始まる。君が虫の生態を知らなければこんなにも早く火を拝めていなかっただろうし、罠を仕掛けていなければどんな魔獣に襲われたかも分からない。よく勉強しているじゃないか。いや、経験かな?』
「どっちもさ。あんたと俺は相性いいかもな。……おっと、悪く捉えないでくれよ?俺は良い意味で言ってっから」
バルカンは肩を竦める。ラルフは顔がよく見えるようにハットを指で持ち上げた。二人は静かにお互いを確かめ合うように微笑む。少しの沈黙が流れ、あたりがすっかり暗くなった頃、焚き火の中で燃える枝の爆ぜる音が響き始めた。
『……急に変なことを聞いても良いか?』
「その入り方も急だけど、何でも聞いてくれよ。答えられたら答えるから」
『この世界に生を受けて良かったと思えるか?』
「……それって俺が説教はあんたの領分だって言ったことを根に持っての発言じゃねぇよな?まぁいいや、生まれて良かったかって?当然良かった方だな」
『魔族が蔓延り、戦いばかりが日常の今の世に……か?』
「そりゃ平和でただ果実を貪ってるだけの自堕落な生活の方がよっぽど楽だぜ?いつ死ぬかも分かんねぇような状況が大変じゃねぇわけねぇもんな。でもよ、全部ひっくるめて俺の世界だ。生まれちまったなら少しは楽しまねぇと損だよな」
おもむろに二つ果実を手に取ると一つをバルカンに投げ渡す。膝に置いた手に吸い込まれるかのように完璧な軌道を描いて受け取った。不思議なほどに卓越した投げ渡しは神の助力を経てさらに磨きをかけていた。
『損得勘定を基礎にしているのか?』
果実をシャリッと豪快に齧りながらラルフは人差し指を立て、左右に二、三度倒しながら首を振る。
「ゴクンッ……あっあー、額面通りに受け取らないでくれよ?損ってのは言葉の綾って奴さ。人間生きてりゃ色んなことに遭遇するだろ?それが良いことなら万々歳だけど、悪いことなら「何で俺がこんな目に遭うんだ」って衝撃を受ける。そういうのの積み重ねで今の俺がある。失敗を思い出して「次こそは正解を引く!」って、こうなるのさ。あんたも言ったじゃんか、経験が人を作るって」
『それが生を受けて良かったに繋がるのか……?』
「うん、半分は。何だよ、もしかして何か悩みでも抱えてんのか?俺で良かったら聞くぜ?」
ラルフの提案に対し「いや、私は……」と逃げの姿勢を見せていたが、思った以上に答えてくれたラルフに報いろうとも考え、ついつい口を滑らせる。
『……迷っている。このままで良いのか悪いのか。時の流れに身を任せるのは私の本意だが、今はそんなことを言っているわけにはいかない。干渉すべき機は既に失しているのかもしれないが……』
「どうかな?趣味や生きがいならいつ手を出しても遅いなんてことはないと思うぜ。あ、でも流行り廃りなら話は変わるよ?乗り遅れると速攻ダメ出し食らうから注意な」
バルカンは小さく笑った。存在が大きいのに、色々こじんまりしている。見た目で誤解されるタイプだろうと察する。
(……もしかして恋か?俺は恋愛事情を聞かされているのか?)
そう思えば合点のいくことが多い。きっと好きだった相手が結婚か、もしくは婚約者でも出来たのだろう。もっと初期段階の恋人が出来たレベルの小さなことかもしれないが、バルカンの言動から針小棒大に語っている可能性もなくはない。
(いや間違いなく「私好きな人がいるんだよね」→「ガーン」→トボトボ→「何だこいつ人生楽しそうだな……」のコンボでしょ!どうりで突然声を掛けてきたわけだよ!……うーん、決めつけるのはあんまり良くないか?とりあえず話合わせとくか)
ラルフは無難に相手を傷付けない立ち回りで話すことにした。
「でももしかしたらもしかするかもだから、ワンチャン玉砕覚悟ってのも良いんじゃねぇかな?」
『玉砕しては元も子もないのだが……そういう覚悟の下に行動せよと言いたいのだろう?』
大きく頷く。幼稚そのもので聞くだけで馬鹿らしくなってくるラルフとの会話。たった一人で居たラルフをどうするべきか悩んでのこの質問だったために拍子抜けと感じざるを得ない。
回帰の神バルカン。他の神と違って消極的な彼は、皆が欲してやまないラルフを殺すチャンスに恵まれていた。
ミーシャと一緒くたになっていないから今なら簡単に殺せる。アバターに必要以上に筋肉を乗せたのも捻り潰すためだ。その上、特異能力が封印されている。特異能力云々は知らないことだが、今襲えば間違いなくラルフは死んでいた。
しかしそこまで好戦的になれず、悩んだ末どんな男なのか聞けば少しは世界のためだと妥協出来るだろうと近づいてみたのが事の顛末だ。
玉砕覚悟。ラルフは勘違いからだったが、迷っているバルカンに対して「グダグダ考えず殺してみろ」と煽っているに他ならない。
(面白い男だ。馬鹿みたいに真っ直ぐで、弱いくせに強い芯を持って……。この会話だけで殺すのは惜しいな。もう少し知りたいかもしれん)
バルカンは手で弄っていた果実を頬張る。それを見たラルフはバルカンの中である程度の覚悟が決まったのだと悟り、自分も果実を齧った。
久々の自由気ままな旅に現れた悩める男バルカン。野宿は一人でも平気だが、二人で焚き火を囲うのも悪くない。
(……ミーシャはどうしてっかな?)
ラルフは星空を仰いで思いに耽る。一人旅は始まったばかりだ。
暗く寒い夜に向けて夜行性の魔獣たちが目を覚ます。体を柔軟に伸ばして固まった体のコリをほぐすと、闇夜を見通す目を見開く。今はまだ少し明るいため、洞窟や自分で掘った穴蔵でその時を待つ。盲目となった獲物が体を震わせながら祈りを捧げるその時を──。
ラルフは慣れた手つきで焚き火を育てる。そこそこ大きな火になった時、彼はようやく一息ついた。
「ん?そこの奴勝手に食べてくれて良かったのに待ってくれたの?何か悪いね」
バルカンは筋肉質で体も横に広い割りにちょこんと小さく座っている。目の前の果実には一切手を出さず、ラルフの仕事を観察していたようだ。
『気にするな、私は大いに楽しんでいる。人はこうして火を焚くのだな。感心したよ』
「ああ、古来から人はこうして火を使って来たのさ。魔力がよく解明されてない頃なんかは特にそう。良かったらやってみると良いよ。魔法ばかりに頼らず、こうしてアオヒムシとか拾ったり、火打石を使ったりなんかしてさ。んー……ジジ臭かったかな?」
『じじくさい?』
「あ、なんつーの?こう、説教臭いっつーか。こういうのは職業柄バルカンさんの方が適任だったりするよな。俺なんかただの真似っこだし……」
『ふっ、全ては真似から始まる。君が虫の生態を知らなければこんなにも早く火を拝めていなかっただろうし、罠を仕掛けていなければどんな魔獣に襲われたかも分からない。よく勉強しているじゃないか。いや、経験かな?』
「どっちもさ。あんたと俺は相性いいかもな。……おっと、悪く捉えないでくれよ?俺は良い意味で言ってっから」
バルカンは肩を竦める。ラルフは顔がよく見えるようにハットを指で持ち上げた。二人は静かにお互いを確かめ合うように微笑む。少しの沈黙が流れ、あたりがすっかり暗くなった頃、焚き火の中で燃える枝の爆ぜる音が響き始めた。
『……急に変なことを聞いても良いか?』
「その入り方も急だけど、何でも聞いてくれよ。答えられたら答えるから」
『この世界に生を受けて良かったと思えるか?』
「……それって俺が説教はあんたの領分だって言ったことを根に持っての発言じゃねぇよな?まぁいいや、生まれて良かったかって?当然良かった方だな」
『魔族が蔓延り、戦いばかりが日常の今の世に……か?』
「そりゃ平和でただ果実を貪ってるだけの自堕落な生活の方がよっぽど楽だぜ?いつ死ぬかも分かんねぇような状況が大変じゃねぇわけねぇもんな。でもよ、全部ひっくるめて俺の世界だ。生まれちまったなら少しは楽しまねぇと損だよな」
おもむろに二つ果実を手に取ると一つをバルカンに投げ渡す。膝に置いた手に吸い込まれるかのように完璧な軌道を描いて受け取った。不思議なほどに卓越した投げ渡しは神の助力を経てさらに磨きをかけていた。
『損得勘定を基礎にしているのか?』
果実をシャリッと豪快に齧りながらラルフは人差し指を立て、左右に二、三度倒しながら首を振る。
「ゴクンッ……あっあー、額面通りに受け取らないでくれよ?損ってのは言葉の綾って奴さ。人間生きてりゃ色んなことに遭遇するだろ?それが良いことなら万々歳だけど、悪いことなら「何で俺がこんな目に遭うんだ」って衝撃を受ける。そういうのの積み重ねで今の俺がある。失敗を思い出して「次こそは正解を引く!」って、こうなるのさ。あんたも言ったじゃんか、経験が人を作るって」
『それが生を受けて良かったに繋がるのか……?』
「うん、半分は。何だよ、もしかして何か悩みでも抱えてんのか?俺で良かったら聞くぜ?」
ラルフの提案に対し「いや、私は……」と逃げの姿勢を見せていたが、思った以上に答えてくれたラルフに報いろうとも考え、ついつい口を滑らせる。
『……迷っている。このままで良いのか悪いのか。時の流れに身を任せるのは私の本意だが、今はそんなことを言っているわけにはいかない。干渉すべき機は既に失しているのかもしれないが……』
「どうかな?趣味や生きがいならいつ手を出しても遅いなんてことはないと思うぜ。あ、でも流行り廃りなら話は変わるよ?乗り遅れると速攻ダメ出し食らうから注意な」
バルカンは小さく笑った。存在が大きいのに、色々こじんまりしている。見た目で誤解されるタイプだろうと察する。
(……もしかして恋か?俺は恋愛事情を聞かされているのか?)
そう思えば合点のいくことが多い。きっと好きだった相手が結婚か、もしくは婚約者でも出来たのだろう。もっと初期段階の恋人が出来たレベルの小さなことかもしれないが、バルカンの言動から針小棒大に語っている可能性もなくはない。
(いや間違いなく「私好きな人がいるんだよね」→「ガーン」→トボトボ→「何だこいつ人生楽しそうだな……」のコンボでしょ!どうりで突然声を掛けてきたわけだよ!……うーん、決めつけるのはあんまり良くないか?とりあえず話合わせとくか)
ラルフは無難に相手を傷付けない立ち回りで話すことにした。
「でももしかしたらもしかするかもだから、ワンチャン玉砕覚悟ってのも良いんじゃねぇかな?」
『玉砕しては元も子もないのだが……そういう覚悟の下に行動せよと言いたいのだろう?』
大きく頷く。幼稚そのもので聞くだけで馬鹿らしくなってくるラルフとの会話。たった一人で居たラルフをどうするべきか悩んでのこの質問だったために拍子抜けと感じざるを得ない。
回帰の神バルカン。他の神と違って消極的な彼は、皆が欲してやまないラルフを殺すチャンスに恵まれていた。
ミーシャと一緒くたになっていないから今なら簡単に殺せる。アバターに必要以上に筋肉を乗せたのも捻り潰すためだ。その上、特異能力が封印されている。特異能力云々は知らないことだが、今襲えば間違いなくラルフは死んでいた。
しかしそこまで好戦的になれず、悩んだ末どんな男なのか聞けば少しは世界のためだと妥協出来るだろうと近づいてみたのが事の顛末だ。
玉砕覚悟。ラルフは勘違いからだったが、迷っているバルカンに対して「グダグダ考えず殺してみろ」と煽っているに他ならない。
(面白い男だ。馬鹿みたいに真っ直ぐで、弱いくせに強い芯を持って……。この会話だけで殺すのは惜しいな。もう少し知りたいかもしれん)
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