辺境ぐうたら日記 〜気づいたら村の守り神になってた〜

自ら

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第5章【静かな事件】

第23話「降らない雨と祈り」

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エドワードが去ってから一週間が経った頃、村に異変が起きていた。雨が降らない。この時期なら週に二度は降るはずの雨が、もう十日以上も降っていなかった。空は毎日快晴で、雲一つない。最初は良い天気だと思っていたけど、日が経つにつれて問題が見えてきた。

朝、畑に行くと土が乾いている。いつもなら適度に湿っているはずの土が、カラカラに乾いていた。人参の葉っぱも、少し元気がない。

このままでは、枯れてしまうかもしれない。俺は井戸から水を汲んで、畑に撒き始めた。一つ、また一つと、丁寧に水をやっていく。でも、畑は広い。全部に水をやるには、何往復もしなければならない。

「めんどくさいな……」と呟きながら、また井戸に水を汲みに行く。

腕が疲れてきた。腰も痛い。こんなに水やりが大変だとは思わなかった。普段は雨が降るから、こんなに苦労しない。雨って、ありがたいんだな、と改めて思った。

昼過ぎ、ユイが心配そうな顔でやってきた。手には空の桶を持っている。

「アキトさん、井戸の水が減ってきてるんです」
「え、本当?」
「はい。このまま雨が降らないと、水不足になるかもしれません」

ユイの言葉に、俺は不安になった。水不足。それは深刻だ。飲み水がなくなれば、村人は生きていけない。畑どころの話じゃない。

「村長には伝えた?」
「はい。村長も心配してました。節水するように、村人に伝えるそうです」
「そっか」

二人で井戸を覗き込む。確かに、水面が低くなっている気がする。普段より、二メートルくらい下だろうか。これは、まずい。

「雨、降ってくれないかな」とぼんやり呟いた。でも、空は相変わらず快晴だ。雲一つない。降りそうな気配もない。

その日の夕方、セシルが広場に村人を集めていた。何かと思って近づくと、彼女は祭壇のようなものを作っていた。花と果物が供えられている。

「セシルさん、これは?」

「祈りの儀式です」とセシルは真剣な顔で答えた。

「雨を降らせるための」
「雨を?」
「はい。神に祈れば、雨を降らせてくださるはずです」

セシルは村人たちに向かって言った。

「皆さん、一緒に祈りましょう。神に、雨を授けてくださるように」

村人たちは頷いて、セシルの周りに集まった。手を合わせて、祈り始める。セシルも目を閉じて、真剣に祈っている。その姿は、神聖で美しかった。

俺も手を合わせた。別に信仰心があるわけじゃないけど、みんなが祈ってるなら、俺も祈ろう。雨が降りますように。畑が枯れませんように。村のみんなが、困りませんように。

でも、空は変わらなかった。雲は現れない。風も吹かない。ただ、静かな夕焼けが広がっているだけだった。

祈りが終わって、村人たちは少し落胆した顔で散っていった。セシルも、肩を落としている。

「セシルさん、大丈夫?」
「……すみません。私の祈りが足りなかったのかもしれません」
「そんなことないよ」
「でも……」

セシルは涙ぐんでいた。彼女は本当に、心から祈っていたんだ。村のために、みんなのために。

「明日も、祈ります」とセシルは顔を上げた。

「きっと、神様は聞いてくださるはずです」
「うん。頑張ってね」

セシルは頷いて、教会の方に向かっていった。俺は空を見上げる。夕焼けが綺麗だ。でも、雨の気配はない。

翌日も、雨は降らなかった。畑の土はさらに乾き、野菜の元気がなくなっていく。俺は朝から晩まで水やりをしていた。腕が痛い。腰も痛い。でも、やらないわけにはいかない。野菜が枯れたら、村の食料が減る。それは避けたい。

昼、リズが手伝いに来てくれた。

「師匠、一人でやってたのか」
「ああ。まあ、仕方ないよ」
「俺も手伝う」

リズは桶を持って、水を汲み始めた。二人で作業すると、少し楽になる。でも、それでも大変だ。

「なあ、師匠」
「ん?」
「雨って、いつ降るんだろうな」
「分かんない。でも、そろそろ降ってほしいね」
「だよな」

リズは空を見上げた。

「この空、雨降りそうにないけどな」
「だね」

二人で苦笑した。でも、笑ってる場合じゃない。水やりを続ける。一つ、また一つ。

夕方、また祈りの儀式があった。今日はもっと多くの村人が集まっている。みんな、真剣な顔だ。セシルが先頭に立って、祈りを捧げる。俺も参加した。ユイもリズも、みんな手を合わせている。

「神よ、どうか雨を降らせてください」

セシルの声が響く。

「この村に、恵みの雨を」

みんなが、それに続く。「恵みの雨を」

祈りが終わっても、空は変わらなかった。村人たちは、さらに落胆している。このままでは、本当にまずい。水不足だけじゃない。みんなの心も、疲れてきている。

その夜、一人で小屋の前に座っていた。星が綺麗だ。でも、雨の方がいい。星なんて、いつでも見られる。今は、雨が必要だ。

「雨、降らないかな」

ぼんやり呟いた。本当に、降ってほしい。畑のためにも、村のためにも。みんなのためにも。

その瞬間、風が吹いた。冷たい風だ。それから、空気が変わった気がする。湿った空気。まさか、と思って空を見上げると、雲が現れていた。黒い雲。厚い雲。そして、

ポツリ。

顔に、水滴が当たった。雨だ。

ポツリ、ポツリ。

雨が降り始めた。最初はゆっくり。それから、だんだん強くなる。ザアアアと、雨の音が聞こえる。

「降った……」

呆然と立ち上がる。雨だ。本当に、雨が降った。

村の方から、歓声が聞こえてきた。みんな、外に出て喜んでいる。

「雨だ!」
「降った!」
「神様が、聞いてくださった!」

ユイが駆けてきた。雨に濡れながら、笑顔で。

「アキトさん、雨です!雨が降りました!」
「うん、降ったね」

セシルとリズも来た。二人とも、嬉しそうな顔をしている。

「奇跡です」とセシルが言った。

「神が、私たちの祈りを聞いてくださったんです」
「師匠が、さっき何か言わなかったか?」

とリズが聞いた。

「え?」
「雨、降らないかなって」
「……言ったかも」

リズは呆れた顔をした。

「やっぱりな。師匠が言った瞬間、降り始めた」
「偶然だよ」
「偶然が、こんなに続くかよ」

リズは笑った。セシルも、ユイも笑っている。四人で、雨の中に立っている。冷たいけど、気持ちいい。久しぶりの雨だ。

「畑、大丈夫かな」

と俺は言った。

「見に行きましょう」とユイが言った。

四人で畑に向かった。雨に濡れながら、走る。畑に着くと、野菜たちが雨を受けている。生き生きとしている。元気を取り戻している。

「よかった」

俺は安堵のため息をついた。これで、野菜は枯れない。村の食料も大丈夫だ。

「アキト様」

セシルが言った。

「ん?」
「やはり、あなたは神に愛されています」
「そんなことないよ」
「いいえ」

セシルは真剣な顔をした。

「あなたが願った瞬間、雨が降った。これは奇跡です」
「偶然だって」
「偶然ではありません」

セシルは微笑んだ。

「でも、いいんです。あなたがそう思ってるなら」

ユイとリズも笑っている。三人とも、濡れた髪を気にせず、笑顔だ。

「帰ろうか」

と俺は言った。

「このままだと、風邪引くよ」
「そうですね」

とユイが頷いた。

四人で村に戻る。雨はまだ降り続いている。でも、もう心配はない。畑は潤う。井戸も満たされる。村は、また元に戻る。

小屋に戻って、タオルで体を拭いた。それから、温泉に行くことにした。雨の中の温泉も、たまにはいい。

温泉に着くと、すでに何人かの村人が入っていた。みんな、嬉しそうに話している。

「雨が降ってよかったな」
「ああ、本当に」
「これで、畑も安心だ」

俺も湯に浸かる。温かい。雨に濡れた体が、じんわりと温まる。気持ちいい。

しばらくして、リズも入ってきた。男性用の浴場だから、気兼ねなく話せる。

「師匠、やっぱりすげえな」
「何が?」
「雨、降らせるなんて」
「降らせてないって」
「でも、師匠が願った瞬間に降った」

リズは笑った。

「やっぱり、師匠は特別だ」
「特別じゃないよ」
「まあ、いいけどな」

リズは湯に沈んだ。

「とにかく、雨が降ってよかった」
「うん、本当に」

二人で、しばらく黙って湯に浸かっていた。外では、雨が降り続いている。その音が、心地いい。

湯から上がって、小屋に戻る頃には、雨は小降りになっていた。ユイが夕食を持ってきてくれた。

「今日は、雨の日特製スープです」
「雨の日特製?」
「はい。温かくて、体が温まります」

四人で、小屋の中で食事をする。雨の音を聞きながら。スープは美味しくて、体が温まる。パンも、柔らかくて美味い。

「雨の日も、いいもんだね」

と俺は言った。

「そうですね」

とユイが微笑んだ。

「はい」

とセシルが頷いた。

「だな」

とリズが笑った。

四人で、ゆっくり食事を楽しんだ。外では雨が降り続けている。でも、ここは温かい。みんながいてくれる。それだけで、幸せだ。

食事が終わって、三人は帰っていった。俺は一人、窓の外を見る。雨が、しとしとと降っている。静かな雨だ。

「降ってよかった」

呟く。畑も潤った。村も安心した。みんなも喜んでいる。それが、何より嬉しい。

ベッドに横になる。雨の音が、子守唄みたいだ。心地いい。目を閉じる。

「雨の日も、悪くないな」

そう思いながら、眠りについた。
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