終わらせるための魔法使い――魔物パンデミックと、壊れた世界の正しさ――

自ら

文字の大きさ
6 / 10
1章-崩壊

第6話「新しい日常」

しおりを挟む
高橋が死んでから、五日が経った。

新しい拠点である廃墟の病院で、人々は少しずつ日常を取り戻しつつあった。朝になれば、誰かが食事の準備を始めて、子供たちが目を覚まして泣き、大人たちが一日の役割を確認し合う。まるで魔物が出現する前の世界のような、そんな当たり前の光景が、この廃墟の中で繰り返されていた。

だが、高橋の不在は重かった。

リーダーを失った集落は、明確な指揮系統を持たないまま、それでも何とか機能している。美咲が治療魔法で怪我人を診て、数人の男たちが見張りや食料調達の役割を分担し、女性や老人たちが子供の面倒を見ながら生活を支えている。俺は、戦闘を担当することになった。

朝、目が覚めると、窓から差し込む光が目に痛い。俺は簡易ベッドから起き上がって、廊下に出た。

廊下では、美咲が子供たちに朝食を配っていた。缶詰を開けて、小さなスプーンで子供たちに食べさせている。子供たちは美咲に懐いていて、笑顔を見せている。

美咲が俺に気づいて、笑顔を向けた。

「おはようございます、柊さん」

「…おはよう」

俺は短く答えて、配給された缶詰を受け取った。美咲は相変わらず明るい。高橋の死を悼んでいるはずなのに、それでも笑顔を絶やさない。強いというより、無理をしているのかもしれない。

食事を終えて、俺は病院の屋上に上がった。ここからは、街全体が見渡せる。崩壊したビル、錆びた車、草が生えた道路。一年前と何も変わっていない。いや、変わったのは俺の方だ。一年前は一人だった。今は、ここに人々がいる。

左腕が呟く。

『慣れてきたか』

「…まあ」

『人間と暮らすのは、悪くないだろう』

俺は左腕を見た。黒い左腕。この腕が、俺を変えた。一人ではなくなったから、人と一緒にいることを受け入れられるようになった。

昼前、俺と美咲は食料調達に出かけることになった。数人の男たちも同行する予定だったが、見張りの役割があるため、結局、俺と美咲の二人だけで行くことになった。

病院を出て、街を歩く。目的地は近くのスーパーマーケットだ。何度か来ているが、まだ完全には漁り尽くしていない。

道中、美咲が話しかけてきた。

「柊さん、ここでの生活、慣れましたか」

「…まあ」

「良かった。皆、あなたのこと頼りにしてますよ」

美咲がそう言って笑う。俺は何も答えなかった。頼りにされているのは分かる。だが、それが重荷でもある。また、誰かを失うかもしれない。その恐怖が、常にある。

スーパーに着くと、ガラスの割れた入口から中に入った。棚は荒らされていて、商品は散乱している。だが、まだ缶詰や水が残っている。

俺と美咲は棚を漁った。缶詰を見つけては、リュックに詰める。水のペットボトルも数本見つけた。

作業をしながら、美咲が話し始めた。

「私、魔物が出る前は看護師でした」

俺は手を止めて、美咲を見た。

「病院で働いてたんです。人を助けるのが好きで」

美咲が少し寂しそうに笑う。

「でも、魔物が出た日、病院は混乱しました。怪我人が次々と運ばれてきて、でも治療が追いつかなくて。そして、魔物が病院にも来て」

美咲が言葉を切った。

「両親は、その日に死にました。家にいたんです。魔物に襲われて」

俺は何も言えなかった。美咲も、俺と同じだ。家族を失っている。

「でも、生きていれば、また誰かを助けられると思ったんです。だから、前を向こうって」

美咲がそう言って、俺を見た。

「柊さんも、前を向いてくださいね」

俺は頷いた。だが、前を向くとは、どういうことだろう。俺には、もう未来が見えない。ただ、生き延びているだけだ。

作業を終えて、スーパーを出た。帰り道、小型の魔物に遭遇した。犬型のC級魔物だ。

俺は火炎魔法で倒した。魔物が燃えて、倒れる。

美咲が俺の腕に軽い傷があるのを見つけて、治療魔法を使った。温かい光が傷を包んで、傷が癒える。痛みが消える。

「ありがとう」

「どういたしまして」

美咲が笑顔を見せる。その笑顔を見ていると、少しだけ心が和む。

病院に戻ると、夕方だった。人々が夕食の準備をしていて、中庭で焚き火を起こしている。今日の食料を分け合って、皆で食べる。

子供たちが俺の周りに集まってきた。

「お兄さん、魔法使えるんだよね」

「見せて」

俺は少し迷ったが、手のひらに小さな火を灯してみせた。子供たちが目を輝かせる。

「すごい!」

子供たちが喜ぶ。俺は、少しだけ笑った。

夜になった。

俺は病院の屋上で見張り当番をしていた。美咲も一緒だ。

空には星が見える。雲ひとつない。まるで魔物が出る前の世界のような、平和な夜空だ。

美咲が呟く。

「星がきれいですね」

「…ああ」

「こんな世界でも、星は変わらないんですね」

美咲がそう言って、空を見上げている。星の光が美咲の顔を照らしていて、まるで美咲そのものが光っているかのようだ。

しばらく沈黙が続いた。静かな夜だ。魔物の咆哮も聞こえない。風が吹いて、髪が揺れる。

美咲が口を開いた。

「柊さん、家族は」

俺は少し迷ったが、答えた。

「…いない。死んだ」

「そうですか。私も同じです」

美咲が俯く。

「でも、ここには仲間がいます。一人じゃないですよ」

美咲がそう言って、俺を見た。その目には、優しさがある。

「一人じゃない、か」

俺は呟いた。

確かに、今は一人じゃない。ここには人々がいて、美咲がいて、子供たちがいる。だが、それが永遠に続くとは思えない。また、失うかもしれない。その恐怖が、常に俺を縛っている。

そのとき、俺は遠くに光を見つけた。

街の向こう、ビルの向こうで、何かが光っている。

「あれは」

美咲も気づいた。

「魔法…ですか」

光は一瞬で消えた。だが、確かに見えた。あれは、魔法の光だ。

左腕が呟く。

『何か来る』

「何だ」

『分からない。だが、強い魔力を感じる』

俺は警戒した。あの光は、何だ。魔物の魔法か。いや、違う。あれは、人間の魔法だ。魔物は魔法を使わない。少なくとも、俺が知っている魔物は。

「美咲さん、今の見た」

「はい」

「他の生存者かもしれない」

美咲が頷く。

「どうしますか」

「…明日、確認しに行く」

俺はそう答えた。だが、不安もある。他の生存者がいるなら、協力できるかもしれない。だが、敵対的かもしれない。この世界では、人間同士が争うこともある。食料や水を巡って、殺し合うこともある。

見張り当番を終えて、俺は部屋に戻った。

簡易ベッドに横になって、天井を見る。左腕が呟く。

『嫌な予感がする』

「また何かが起きるのか」

『分からない。だが、何かが変わろうとしている』

俺は目を閉じた。

また、誰かを失うのか。高橋のように。母や妹のように。

窓の外を見ると、月が雲に隠れていた。暗い夜。まるで、何かの前触れのような暗さだ。

俺は眠れなかった。ただ、天井を見つめていた。明日、あの光の場所へ行く。そこで、何が待っているのか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。

夜兎ましろ
ファンタジー
 高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。  ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。  バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。

最弱弓術士、全距離支配で最強へ

Y.
ファンタジー
「弓術士? ああ、あの器用貧乏な最弱職のことか」 剣と魔法が全てを決める世界において、弓は「射程は魔法に及ばず、威力は剣に劣る」不遇の武器と蔑まれていた。 若き冒険者リアンは、亡き叔父から譲り受けた一振りの弓「ストーム・ウィスパー」を手に、冒険者の門を叩く。周囲の嘲笑を余所に、彼が秘めていたのは、世界をナノ単位で解析する「化け物じみた集中力」だった。 リアンの放つ一矢は、もはや単なる遠距離攻撃ではない。 風を読み、空間を計算し、敵の急所をミリ単位で射抜く精密射撃。 弓本体に仕込まれたブレードを操り、剣士を圧倒する近接弓術。 そして、魔力の波長を読み取り、呪文そのものを撃ち落とす対魔法技術。 「近距離、中距離、遠距離……俺の射程に逃げ場はない」 孤独な修行の末に辿り着いた「全距離対応型弓術」は、次第に王道パーティやエリート冒険者たちの常識を塗り替えていく。 しかし、その弓には叔父が命を懸けて守り抜いた**「世界の理(ことわり)」を揺るがす秘密**が隠されていた――。 最弱と笑われた少年が、一張の弓で最強へと駆け上がる、至高の異世界アクションファンタジー、開幕!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...