終わらせるための魔法使い――魔物パンデミックと、壊れた世界の正しさ――

自ら

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1章-崩壊

第5話「移動」

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翌朝、集落が移動の準備を始めた。

人々が荷物をまとめている。食料、水、武器、毛布、ありとあらゆるものをリュックや袋に詰め込んで、持てるだけ持とうとしている。子供たちは不安そうな顔をしていて、親に抱きついている。老人たちは疲れた顔をしていて、それでも荷物を運んでいる。

美咲は昨日の傷から回復しつつあった。治療魔法で自分の傷を治したらしい。だが、まだ顔色は悪くて、動きも鈍い。

俺は美咲に近づいた。

「大丈夫か」

「…大丈夫です。これくらい」

美咲が弱く笑う。だが、その笑顔は痛々しい。

「無理するな」

「ありがとうございます」

美咲がそう言って、荷物を持とうとする。俺は美咲の荷物を取った。

「俺が持つ」

「すみません」

美咲が謝る。俺は何も言わずに、荷物を背負った。

高橋が皆を集めて、移動の説明をしている。

「新しい拠点は、ここから西に5キロほどの場所だ。廃墟となった病院がある。そこを新しい集落にする」

人々が頷く。

「途中、魔物に遭遇するかもしれない。だが、柊と佐藤がいる。大丈夫だ」

高橋が俺を見る。俺は頷いた。

出発の時間になった。

10名ほどの生存者が、荷物を持って学校を出る。子供を抱える親、老人を支える若者、皆、必死に歩いている。まるで難民のようで、実際にそうなのだろう。この世界では、皆が難民だ。

街を歩く。崩壊したビルの間を、錆びた車を避けながら、ゆっくりと進む。子供や老人がいるから、速くは歩けない。

空は曇っていて、今にも雨が降りそうだ。風が冷たい。冬が近づいている。

移動中、俺は周囲を警戒した。魔物がいつ現れるか分からない。左腕も警戒している。

『何かがおかしい』

左腕が呟く。

「何だ」

『静かすぎる』

確かに、魔物の姿が見えない。いつもなら、この辺りには小型の魔物がいるはずなのに、今日は一匹もいない。まるで、何かに追い払われたかのように。

俺は嫌な予感がした。

移動を始めて数時間が経った頃、高橋が休憩を命じた。

「ここで休もう」

人々が座り込む。皆、疲れている。子供たちは泣いている。

美咲が子供たちを慰めている。

「大丈夫よ。もう少しだから」

子供たちが頷く。

俺は高橋の隣に座った。

「順調だな」

「ああ。このままいけば、夕方には着く」

高橋がそう言った瞬間、遠くで咆哮が聞こえた。

俺たちは立ち上がった。

「魔物だ」

高橋が銃を構える。

咆哮が近づいてくる。地面が揺れる。まるで地震のように、大地が震えている。

そして、「それ」が現れた。

A級魔物。昨日、亀裂から出てきたあの魔物だ。

黒い鱗に覆われた巨大な体。赤く光る目。鋭い牙と爪。まるで悪夢が具現化したかのような姿で、その存在だけで人々を恐怖に陥れる。

人々がパニックになる。子供たちが泣き叫ぶ。親が子供を抱きしめる。老人たちが祈る。

「逃げろ!」

高橋が叫ぶ。

だが、魔物が道を塞いでいる。逃げられない。

美咲が防御魔法を張る。光の壁が現れて、人々を守る。だが、魔物が爪を振ると、壁が砕け散った。

護衛の一人が銃を撃つ。だが、弾が鱗に弾かれる。

魔物が護衛に爪を振る。護衛が吹き飛ばされて、倒れる。動かない。

もう一人の護衛も、魔物に襲われる。血が飛び散る。悲鳴。

俺は前に出た。

左腕の力を使う。黒い炎が魔物に向かって放たれる。

だが、魔物は避ける。速い。まるで炎を予測していたかのように、軽々と避ける。

魔物が俺に向かってくる。

俺は避けた。だが、魔物の尻尾が俺を打つ。吹き飛ばされて、地面に叩きつけられる。痛い。体が動かない。

美咲が叫ぶ。

高橋が前に出る。

「逃げろ!俺が食い止める!」

高橋が銃を撃つ。連射する。だが、弾は全て弾かれる。

魔物が高橋を見る。

そして、魔物が爪を振った。

高橋が避けようとした。だが、間に合わなかった。

爪が高橋の胸を貫いた。

血が噴き出す。

高橋が倒れる。

俺は叫んだ。

魔物が高橋の上に立つ。止めを刺そうとしている。

俺は立ち上がった。体が痛いが、動かなければならない。

怒りが湧き上がる。高橋を、守らなければ。皆を、守らなければ。

左腕が疼く。

『力を解放しろ』

「…ああ」

今度は、躊躇しなかった。

『いいのか。暴走するかもしれない』

「構わない。皆を、守る」

『分かった。では、解放する』

左腕が黒く光り始めた。まるで左腕そのものが闇になったかのように、黒い光が溢れ出す。

魔力が体中を駆け巡る。まるで体の中で嵐が吹き荒れているかのような感覚で、痛いが、それ以上に力が満ちてくる。

俺は手を前に出した。

黒い炎が生まれる。だが、今までとは違う。炎が巨大で、まるで竜巻のように渦を巻いている。

炎が魔物を包む。

魔物が咆哮する。炎に包まれながら、暴れる。だが、炎は消えない。どんどん強まっていく。

魔物の鱗が焼ける。肉が焼ける。骨が焼ける。

魔物が倒れた。動かなくなった。死んだ。

俺は炎を消した。

体が重い。力を使いすぎた。膝をつく。

美咲が駆け寄ってくる。

だが、俺は美咲の方を見ずに、高橋の方へ走った。

高橋が倒れている。胸に大きな傷がある。血が流れている。

俺は高橋の体を抱き起こした。

高橋が目を開ける。

高橋が弱く笑った。

「…やったな、柊」

「喋るな」

「…すまん。これが…限界だ」

「美咲、治療魔法を」

美咲が駆けつけて、高橋に治療魔法を使う。だが、傷が深すぎる。治らない。

高橋が俺の手を握った。冷たい。

「…柊。皆を…頼む」

「高橋さん」

「…お前なら…できる」

高橋が目を閉じた。

手の力が、抜けた。

俺は高橋の名前を呼んだ。だが、高橋は動かなかった。

美咲が泣いている。人々も泣いている。

俺は高橋の遺体を、そっと地面に横たえた。

空を見上げる。曇っている。まるで世界が高橋の死を悼んでいるかのように、暗い空が広がっている。

俺は立ち上がった。

人々を見る。皆、俺を見ている。不安そうな顔だ。

「…行こう」

俺は言った。

「高橋さんが決めた場所へ、行こう」

人々が頷いた。

俺たちは再び歩き始めた。高橋の遺体を担いで、俺たちは歩いた。

夕方、俺たちは新しい拠点に辿り着いた。

廃墟となった病院。建物の半分は崩れているが、残りの半分はまだ使える。

人々が病院の中に入る。部屋を確保して、荷物を置いて、休む。

俺は高橋の遺体を、病院の中庭に埋めた。美咲と数人が手伝ってくれた。

墓を作って、高橋の名前を刻んだ木の板を立てる。

美咲が祈る。人々も祈る。

俺は祈らなかった。ただ、高橋の墓を見ていた。

高橋は、皆を守ろうとして死んだ。俺が、もっと早く力を使えば、高橋は死ななかった。

また、守れなかった。

母も、妹も、そして高橋も。

俺は、弱い。

左腕が呟く。

『貴様のせいではない』

「…分かってる」

『だが、後悔しているのだろう』

「ああ」

『ならば、強くなれ。もう、誰も失わないように』

俺は左腕を見た。黒い左腕。

「…ああ」

夜になった。

病院の一室で、俺は窓の外を見ていた。

月が出ている。満月だ。

美咲が部屋に入ってきた。

「柊さん」

俺は振り返った。

「皆、あなたに感謝してます」

「…そうか」

「あなたがいなかったら、皆死んでました」

美咲がそう言う。だが、俺には感謝される資格はない。

「高橋さんは、死んだ」

「…それは、あなたのせいじゃありません」

美咲が言う。

「高橋さんは、皆を守ろうとして死にました。それは、高橋さんの選択です」

俺は何も言えなかった。

美咲が続ける。

「柊さん、ここに残ってくれますか」

「…ああ」

俺は答えた。

「皆を、守る」

美咲が笑った。

「ありがとうございます」

美咲が部屋を出ていった。

俺は再び窓の外を見た。

この世界は、まだ終わっていない。魔物がいて、新しい亀裂があって、人々が死んでいく。

だが、俺には、守るべき人々がいる。

もう、一人じゃない。
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