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二章

第13話 生活魔法で庭造り

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 ネリネは朝食の準備を終え、アーノルドの部屋を訪れる。
 ノックをして扉を開けると、既にアーノルドは起きていて、椅子に座って紅茶を飲んでいた。

「おはようございます、アーノルド様」
「ああ、おはようネリネ」
「朝食の支度が整いました。こちらのお部屋まで運びましょうか?」
「そうだな、頼む」
「畏まりました」

 ネリネはテーブルの上に料理を並べる。
 今日のメニューはパンケーキとサラダとコーンポタージュだ。昨日、大量に買った食材で作ったものだ。

「美味しそうな匂いがするな」
「ふふ、お口に合うといいのですが……」
「いただきます」

 アーノルドはフォークとナイフを手に取ると、パンケーキを丁寧に切り分けて口へ運ぶ。

「ん……爽やかな味わいだな。甘すぎず、ほんのりとした酸味があって食べやすい」
「ミルクの代わりにヨーグルトを使用したんです。アーノルド様は朝はさっぱりした食事をお好みだと仰っていたので、それで作ってみました」
「なに、そこまで気を使ってくれなくても良かったのだぞ?」
「いえ、せっかく作るのなら、美味しいものを食べて頂きたいですから」
「……そうか。ならば遠慮なくいただこう」

 アーノルドは食事を再開する。パンケーキを小さく切って口に運ぶ。
 その表情はとても穏やかで、とても幸せそうに見える。アーノルドの満足げな様子を見て、ネリネも嬉しくなった。

「……ご馳走様。ところでネリネ、今日は何をする予定だ?」
「本日は庭造りを行いたいと思います。作業道具は既に準備していますので、食後すぐに始めようかと思っています」
「そうか、分かった。……またひと段落ついたら声をかけてくれ。君の仕事ぶりを見るのは楽しい」
「はい、ありがとうございます」

 ネリネは頭を下げると、空になった食器を片付け始めた。


***


 朝食を終えたネリネは、裏庭に出て庭園作りを開始する。もちろん生活魔法を使用して――である。

「『農業(ファーミング)』」

 『農業(ファーミング)』でまずは土作りを始める。
 土の酸度を調べる。酸度が高すぎると野菜が育ちにくくなるから、石灰を撒いて酸度を中和させる。
 土を掘り起こして、雑草や小石を取り除く。そして上と下の土を掘り起こしながら位置を入れ替えていく。
 それから鍬で土を耕して、土粒を細かくする。土がフカフカに柔らかくなったら肥料を混ぜ込んで栄養を与える。これで安定して品質の良い植物が育つようになる。
 次に作物を育てる為の畝を作る。畑の形に沿って溝を掘っていく。そこに作物の種や苗を植えていく。

「よしっ、後は水やりをすればOKね!」

 一通りの作業は終わった。
 さすがにこれだけの規模になると、生活魔法を使ってもかなりの時間がかかる。
 ネリネは腰に手を当てて一息つく。すると背後から拍手が聞こえた。

「見事な手際だな」
「アーノルド様!?」

 いつの間にかアーノルドが後ろに立っていた。ネリネは驚いて振り返る。

「すまない、驚かせてしまったか」
「い、いいえ! 大丈夫です!」
「邪魔にならないように、少し離れたところから見てたんだが……。ネリネは仕事の時、とても生き生きしているな」
「そ、そうでしょうか……? 自分ではよく分からないので、恥ずかしいです」

 一体どんな顔をしていたのだろう。まさかみっともない顔を晒していたのではないだろうか……。
 ネリネは思わず自分の頬に手をやった。
 すると農作業をして汚れていた手の泥が頬についてしまう。
 アーノルドはそれを見ると、歩み寄ってきて懐からハンカチを取り出した。
 ハンカチをネリネの頬に押し当て、顔に付いた泥を拭ってくれる。

「いけません、アーノルド様のハンカチが汚れてしまいます!」
「構わんよ。それよりもネリネの汚れを落とす方が大事だ」

 アーノルドは優しく微笑むと、ネリネの顔についている泥を綺麗にしてくれる。
 ネリネは当惑する。こんな風に男性に触れられたことなど一度もない。
 ローガンと婚約していた時ですら、彼は一度もこんな風にネリネを気遣ってくれることはなかった。

「あ……あの、アーノルド様。もう充分ですから、その……ありがとうございます」
「そうか?」
「は、はい」

 ネリネは俯く。心臓が激しく鼓動を打っていた。
 変に思われていないか心配になる。
 しかし幸いなことに、アーノルドはそんなことは気にしていないようだ。

「それでは俺は仕事に戻る。ネリネも程々にするように」
「はい、ありがとうございました!」

 ネリネはアーノルドを見送ると、再び作業に戻った。
 今度は畑に野菜の種や苗を植える。いわゆる家庭菜園だ。
 家庭菜園は屋敷の裏手、あまり人目につかない場所に造った。
 玄関や中庭といった、来客の目につきやすい箇所には花を植える。
 季節の花を選んで植えれば、それだけで華やかな印象になるだろう。

「ふう……とりあえず、こんなところかしら」

 ネリネは額の汗を拭う。まだ午前十時だというのに、既に全身びしょ濡れだ。
 それだけ集中して作業していた証拠だろう。
 こんな姿でアーノルドの前に出る訳にはいかない。またさっきのように迷惑をかけてしまう。
 一度お風呂に入って着替えてから報告に行こう。

(そうだ、せっかくだから『手芸(クラフト)』で作った入浴剤がどんな感じが確かめてみよう!)

 庭に生えていたハーブや、この間仕入れてきた花を使って入浴剤を作ってみた。
 作り方はとても簡単。岩塩とドライハーブを混ぜてから、花の精油を垂らしてさらに混ぜ合わせる。
 このままお湯に入れるとお風呂が汚れてしまうので、薄くてハリのあるオーガンジー素材の小さな巾着袋に入れる。
 たったこれだけでバスソルトの完成だ。生活魔法を使うまでもない。
 岩塩のおかげで体がしっかり温まり、ドライハーブと精油のおかげで湯気に良い香りが立ち上る。

「うん、バッチリ! これならアーノルド様も喜んでくれるはず……!」

 ネリネは早速バスソルトを持ってお風呂場に向かった。
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