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四章
第34話 王太子殿下にスカウトされました
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「……以上が『聖域の盾(サンクチュアリシールド)』の開発経緯となります」
「ほう、なるほど。興味深い話だった」
翌日。アーノルドとネリネは書斎にて、マティアスを前に研究内容を説明した。
マティアスは満足げに微笑み、ネリネの作った資料を閉じる。
「なるほど。『聖域の盾(サンクチュアリシールド)』が実現したのは、アンダーソン家の令嬢たるネリネ嬢の存在が必要不可欠だったのだな」
「はい。ですが、もちろん私一人の力で完成したわけではありません。アーノルド様の協力があってこそです」
「謙遜することはない。君がいなけれは完成しなかった。ありがとう、ネリネ」
「いえ、アーノルド様のお役に立つことが私の喜びですので」
ネリネは頬を赤らめて俯く。アーノルドの纏う雰囲気も柔らかい。その様子を見てマティアスは笑った。
「ははは、なるほどな。いや、実に羨ましいことだ。あの堅物だったアーノルドをここまで変えてしまうとは、さすがアンダーソン家のご息女だな」
「恐れ入ります」
「まあ、君たち二人のことはよく分かった。……では次は、君たちの結婚を祝おうか」
「けっ……!? け、結婚なんてしていません!」
突然の結婚という言葉にネリネは顔を真っ赤にする。
「おや? そうなのかい? ……では、婚約しているとか?」
「それも違います!」
「まだ交際の段階なのか?」
「違います!!」
マティアスは意外そうに目を丸くし、すぐに玩具を見つけた少年のような笑みを浮かべる。
「なるほどな。……ということはつまり、君はフリーという訳か。ならば、王都へ戻る気はないか?」
「えっ!?」
「これほどの才能の持ち主だ。王立魔術アカデミーで席を用意することも出来るぞ。アンダーソン家の子女ということは、魔法学院は卒業しているのだろう?」
「は、はい……ですが、私は生活魔法しか使えませんので……」
「魔術アカデミーはその名の通り、魔術を研究する機関だ。魔法適性は関係ない。むしろ魔法適性がない方が、狭い視野に囚われず画期的な魔術理論を構築できやすいと聞く。……どうだ? 考えてみてくれないか」
「えっと……それは……」
ネリネはチラッとアーノルドを見る。アーノルドは複雑そうな顔をしていた。
「アーノルド、お前は反対か?」
「……ネリネの将来を思うのであれば、反対する理由はありません。しかし……」
「しかし?」
「この屋敷と俺自身には、ネリネが必要です。個人の我儘を言って許されるのであれば、俺はネリネにここにいて欲しいと思っています」
「そうか……やはり、お前はそう言うと思ったよ」
マティアスは嬉しげに笑い、ネリネの方へ視線を向ける。
「ネリネ嬢、改めて問うが、君はこの屋敷を出て行くつもりはないのか?」
「……はい。私はアーノルド様の傍にいたいんです」
「そうか。アーノルドは果報者だな」
マティアスはアーノルドの肩を叩いて、朗らかに笑う。
「それなら話は決まりだ。……だが、アーノルド。勘違いはしないでくれよ。別に意地悪をしているわけではない。お前は優秀な男だ。だが不器用な男だ。私は友としてお前の身を案じ、同時に幸福を掴んでほしいとも思っている。だから敢えて訊ねたんだ」
「殿下……」
「ネリネ嬢もそれで良いか?」
「……はい。お心遣いに感謝いたします」
「そうか。……よし、ではこの話はこれで終わりだ。二人共、食事にしよう」
マティアスは立ち上がり、食堂へ向かう。
その後に続きながら、アーノルドはネリネに囁きかけた。
「……すまなかったな、ネリネ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「しかし、いくら現在は主従の関係とはいえ、本来俺は君の将来の決定権を持っている訳ではないのに」
「いいんです。……アーノルド様が反対してくれて、嬉しかったですから」
「ネリネ?」
「アーノルド様に必要とされているのだと実感できて、とても嬉しかったです。だから謝らないでください」
「……ああ」
アーノルドはネリネの肩を抱き寄せる。
ネリネはされるがままに身を寄せて、自分の決断が間違いでなかったと噛み締めた。
***
それから数日後――。
プロヴィネンス地方の見学を終えたマティアスは、王都へ帰ることになる。
そして別れ際、マティアスはアーノルドとネリネに一つの提案をした。
「二人とも知っているだろうが、来月王都で建国祭が行われる。今回の滞在の礼も兼ねて、二人を是非とも招待したい。受けてくれるだろうか?」
「建国祭……!」
その言葉を聞いてネリネは瞳を輝かせる。
建国祭とはその名の通り、リウム王国の建国を祝うお祭りだ。
王都では一年に一度、国を挙げて盛大に催される。
しかしネリネは一度も参加したことがない。
王都で暮らしていたのに、建国祭前後はいつも以上に雑用を押し付けられ、屋敷から離れることを禁じられていた。
外壁の外から聞こえる賑やかな声を、いつも羨ましく思いながら聞いていた。
――行ってみたい。率直にそう思う。
だがアーノルドの予定はどうだろう?
研究が忙しいのではないか。そうでなくても、領主たる彼が何日も屋敷を離れて大丈夫だろうか?
まさか主人を差し置いて一人だけ王都へ行く訳にもいかない。
ネリネはアーノルドを見上げる。すると彼は優しく微笑みかけてくれた。
「一緒に行こうか、ネリネ」
「いいんですか?」
「ああ。王都となると俺の方が不慣れだから、ネリネが案内してくれると助かる」
「ありがとうございます! 私もそんなに詳しいわけではありませんが……精一杯頑張ります」
こうして二人はマティアスの招待に応じる形で、翌月王都に向かうことになった。
それまでにアーノルドは急ぎの仕事を片付け、数日間プロヴィネンス地方を離れてもいいように部下たちに指示を出しておく。
そしてネリネは旅の準備を整えた。
「アーノルド様のお着替えに、アーノルド様の日用品に、アーノルド様がお気に入りの茶葉に、アーノルド様のお仕事道具に、アーノルド様の……」
「ネリーってば、アーノルド様の支度ばっかりじゃないか。今回は君も正式に招待されているんだから、自分の準備もしなくちゃいけないよ」
「分かってます! でも、やっぱりアーノルド様のことが一番ですから!」
「気持ちはよく分かるけどさ」
ルドルフは苦笑いする。現在ネリネは使用人宿舎の一室で荷物を整理しているところだった。
そこへ手伝いに来たルドルフは呆れた様子を見せる。
「それにしても、随分な量だね」
ネリネの部屋には山のように箱が置かれている。
どれもこれも中身は全てアーノルドに関するものばかりだ。
「見てください、ルドルフさん! この燕尾服、アーノルド様にお似合いだと思いませんか!? 夜会に参加なされる時はぜひとも着てもらいましょう!」
「うん、まあ似合いそうではあるけど」
「こちらのモーニングも素敵なんですよ! お昼の祭典に招かれる時には、こちらを着てもらいましょう!」
「そうだね……まあ、いいんじゃない?」
「あと、こちらは普段使い用のシャツとズボンですね。こっちは外出用に仕立ててもらったものです」
「へーそうなんだ……」
「このハンカチとスカーフも新調したものです。白いポケットチーフを胸ポケットに挿せば完璧でしょう」
「あーはいはい……」
「それとネクタイピンとブローチもあります。これも一緒に持っていきましょう。それから――」
「ああもう、分かったからネリーも自分の準備をしなって! 君が変な恰好して行ったらアーノルド様の評判を下げることにもなるんだからね!!」
ネリネがあまりに楽しそうにしているものだから、つい放任してしまったが、このまま放置しておくといつまで経っても出発できない。
そこでようやくネリネはハッと我に返った。
「そ、そうでした……すみません、すっかり舞い上がってしまって」
「まあアーノルド様のことだから、君がどんな格好をしていても褒めてくれるだろうさ。それよりもほら、さっさと荷造りを済ませよう」
「はいっ!」
ネリネは元気よく返事をして、再び作業に戻る。
今度は自分用の荷造りだ。前にアーノルドに買ってもらったドレスやアクセサリーを詰め込んでいった。
「ほう、なるほど。興味深い話だった」
翌日。アーノルドとネリネは書斎にて、マティアスを前に研究内容を説明した。
マティアスは満足げに微笑み、ネリネの作った資料を閉じる。
「なるほど。『聖域の盾(サンクチュアリシールド)』が実現したのは、アンダーソン家の令嬢たるネリネ嬢の存在が必要不可欠だったのだな」
「はい。ですが、もちろん私一人の力で完成したわけではありません。アーノルド様の協力があってこそです」
「謙遜することはない。君がいなけれは完成しなかった。ありがとう、ネリネ」
「いえ、アーノルド様のお役に立つことが私の喜びですので」
ネリネは頬を赤らめて俯く。アーノルドの纏う雰囲気も柔らかい。その様子を見てマティアスは笑った。
「ははは、なるほどな。いや、実に羨ましいことだ。あの堅物だったアーノルドをここまで変えてしまうとは、さすがアンダーソン家のご息女だな」
「恐れ入ります」
「まあ、君たち二人のことはよく分かった。……では次は、君たちの結婚を祝おうか」
「けっ……!? け、結婚なんてしていません!」
突然の結婚という言葉にネリネは顔を真っ赤にする。
「おや? そうなのかい? ……では、婚約しているとか?」
「それも違います!」
「まだ交際の段階なのか?」
「違います!!」
マティアスは意外そうに目を丸くし、すぐに玩具を見つけた少年のような笑みを浮かべる。
「なるほどな。……ということはつまり、君はフリーという訳か。ならば、王都へ戻る気はないか?」
「えっ!?」
「これほどの才能の持ち主だ。王立魔術アカデミーで席を用意することも出来るぞ。アンダーソン家の子女ということは、魔法学院は卒業しているのだろう?」
「は、はい……ですが、私は生活魔法しか使えませんので……」
「魔術アカデミーはその名の通り、魔術を研究する機関だ。魔法適性は関係ない。むしろ魔法適性がない方が、狭い視野に囚われず画期的な魔術理論を構築できやすいと聞く。……どうだ? 考えてみてくれないか」
「えっと……それは……」
ネリネはチラッとアーノルドを見る。アーノルドは複雑そうな顔をしていた。
「アーノルド、お前は反対か?」
「……ネリネの将来を思うのであれば、反対する理由はありません。しかし……」
「しかし?」
「この屋敷と俺自身には、ネリネが必要です。個人の我儘を言って許されるのであれば、俺はネリネにここにいて欲しいと思っています」
「そうか……やはり、お前はそう言うと思ったよ」
マティアスは嬉しげに笑い、ネリネの方へ視線を向ける。
「ネリネ嬢、改めて問うが、君はこの屋敷を出て行くつもりはないのか?」
「……はい。私はアーノルド様の傍にいたいんです」
「そうか。アーノルドは果報者だな」
マティアスはアーノルドの肩を叩いて、朗らかに笑う。
「それなら話は決まりだ。……だが、アーノルド。勘違いはしないでくれよ。別に意地悪をしているわけではない。お前は優秀な男だ。だが不器用な男だ。私は友としてお前の身を案じ、同時に幸福を掴んでほしいとも思っている。だから敢えて訊ねたんだ」
「殿下……」
「ネリネ嬢もそれで良いか?」
「……はい。お心遣いに感謝いたします」
「そうか。……よし、ではこの話はこれで終わりだ。二人共、食事にしよう」
マティアスは立ち上がり、食堂へ向かう。
その後に続きながら、アーノルドはネリネに囁きかけた。
「……すまなかったな、ネリネ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「しかし、いくら現在は主従の関係とはいえ、本来俺は君の将来の決定権を持っている訳ではないのに」
「いいんです。……アーノルド様が反対してくれて、嬉しかったですから」
「ネリネ?」
「アーノルド様に必要とされているのだと実感できて、とても嬉しかったです。だから謝らないでください」
「……ああ」
アーノルドはネリネの肩を抱き寄せる。
ネリネはされるがままに身を寄せて、自分の決断が間違いでなかったと噛み締めた。
***
それから数日後――。
プロヴィネンス地方の見学を終えたマティアスは、王都へ帰ることになる。
そして別れ際、マティアスはアーノルドとネリネに一つの提案をした。
「二人とも知っているだろうが、来月王都で建国祭が行われる。今回の滞在の礼も兼ねて、二人を是非とも招待したい。受けてくれるだろうか?」
「建国祭……!」
その言葉を聞いてネリネは瞳を輝かせる。
建国祭とはその名の通り、リウム王国の建国を祝うお祭りだ。
王都では一年に一度、国を挙げて盛大に催される。
しかしネリネは一度も参加したことがない。
王都で暮らしていたのに、建国祭前後はいつも以上に雑用を押し付けられ、屋敷から離れることを禁じられていた。
外壁の外から聞こえる賑やかな声を、いつも羨ましく思いながら聞いていた。
――行ってみたい。率直にそう思う。
だがアーノルドの予定はどうだろう?
研究が忙しいのではないか。そうでなくても、領主たる彼が何日も屋敷を離れて大丈夫だろうか?
まさか主人を差し置いて一人だけ王都へ行く訳にもいかない。
ネリネはアーノルドを見上げる。すると彼は優しく微笑みかけてくれた。
「一緒に行こうか、ネリネ」
「いいんですか?」
「ああ。王都となると俺の方が不慣れだから、ネリネが案内してくれると助かる」
「ありがとうございます! 私もそんなに詳しいわけではありませんが……精一杯頑張ります」
こうして二人はマティアスの招待に応じる形で、翌月王都に向かうことになった。
それまでにアーノルドは急ぎの仕事を片付け、数日間プロヴィネンス地方を離れてもいいように部下たちに指示を出しておく。
そしてネリネは旅の準備を整えた。
「アーノルド様のお着替えに、アーノルド様の日用品に、アーノルド様がお気に入りの茶葉に、アーノルド様のお仕事道具に、アーノルド様の……」
「ネリーってば、アーノルド様の支度ばっかりじゃないか。今回は君も正式に招待されているんだから、自分の準備もしなくちゃいけないよ」
「分かってます! でも、やっぱりアーノルド様のことが一番ですから!」
「気持ちはよく分かるけどさ」
ルドルフは苦笑いする。現在ネリネは使用人宿舎の一室で荷物を整理しているところだった。
そこへ手伝いに来たルドルフは呆れた様子を見せる。
「それにしても、随分な量だね」
ネリネの部屋には山のように箱が置かれている。
どれもこれも中身は全てアーノルドに関するものばかりだ。
「見てください、ルドルフさん! この燕尾服、アーノルド様にお似合いだと思いませんか!? 夜会に参加なされる時はぜひとも着てもらいましょう!」
「うん、まあ似合いそうではあるけど」
「こちらのモーニングも素敵なんですよ! お昼の祭典に招かれる時には、こちらを着てもらいましょう!」
「そうだね……まあ、いいんじゃない?」
「あと、こちらは普段使い用のシャツとズボンですね。こっちは外出用に仕立ててもらったものです」
「へーそうなんだ……」
「このハンカチとスカーフも新調したものです。白いポケットチーフを胸ポケットに挿せば完璧でしょう」
「あーはいはい……」
「それとネクタイピンとブローチもあります。これも一緒に持っていきましょう。それから――」
「ああもう、分かったからネリーも自分の準備をしなって! 君が変な恰好して行ったらアーノルド様の評判を下げることにもなるんだからね!!」
ネリネがあまりに楽しそうにしているものだから、つい放任してしまったが、このまま放置しておくといつまで経っても出発できない。
そこでようやくネリネはハッと我に返った。
「そ、そうでした……すみません、すっかり舞い上がってしまって」
「まあアーノルド様のことだから、君がどんな格好をしていても褒めてくれるだろうさ。それよりもほら、さっさと荷造りを済ませよう」
「はいっ!」
ネリネは元気よく返事をして、再び作業に戻る。
今度は自分用の荷造りだ。前にアーノルドに買ってもらったドレスやアクセサリーを詰め込んでいった。
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