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40話 王子との決別
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深夜。パーシヴァル邸の明かりが消え、一部の使用人を除いて皆が寝静まった頃。
音もなく、私の部屋の扉が開く。もちろんベッドに入る前に鍵をかけた。でもその鍵は、外側からも開錠できるタイプの鍵だ。そうじゃなければ、朝にリリィちゃんたちが起こしに来ることができない。
侵入者は、管理室にある鍵を入手したんだろう。私の部屋の鍵は破られ、長身の人影がぬぅっと室内に入ってきた。
人影は後ろ手に扉を閉めると、鍵をかける。そして足音もなく、ベッドにゆっくり近付いてきた。
窓から差し込む月の光が人影を照らし出す。その人物は――長身で豊かな金髪をたくわえたその人は、摂政王子ザカリアス=グレンヴィルに他ならなかった。
「エリカ」
ザカリアスは口の端を持ち上げて笑うと、そっとベッドに入ってくる。上からのしかかり、まるで全身で拘束するような、マウントを取るようなスタイルになる。
「やっ、やめてください、何をするんですか……!?」
「大声を出すな、人が来るぞ。このような場面を人に見られるのは、お前とて本意ではないだろう」
「何を――」
「よく考えてみよ。仮に声を聞きつけて使用人どもが来たとしよう。だが、私が既に関係を結んだ後だと言えば……世間はどちらを信じるかな?」
「まさか、シオンちゃんにもこんなことを……!?」
「シオン? はッ、あの忌々しい小娘か! 少し優しくしてやれば付け上がり、部屋に侵入防止の魔法陣を組んでいたあの小娘か! おかげで赤っ恥をかいたわ! まあ外部に漏れる前にもみ消してやったがな」
「いや、今自ら暴露しちゃったなじゃいですか」
「ほほう、余裕だな。面白くない。気の強い女は好かん。だがその余裕、いつまで保つか見物だな!」
ザカリアスがネグリジェに手をかける。
「いやぁ、やめて!」
「ハハハハハ! 大切に守ってきた聖女が手籠めにされたとあっては、フレイがどのような顔をするか見物だな!」
「フレイさんが……?」
「白銀の騎士だの剣鬼だの、前々から疎ましく思っていたのだ! たかが一地方の領主に過ぎぬ分際で、しかも半分は平民の血でありながら大きな顔をしおって! 奴の端正な顔が苦痛に歪む様を想像すると、胸が躍るわ!」
「ひどい、なんてことを言うんですか! フレイさんは立派な人です! あなたに見捨てられた私を助けてくれたし、領民に慕われているし、王都にだって今でもあの人を慕い続けている人がいます! バフォメット城攻略では都市同盟援兵の信頼を勝ち取って、元魔王四天王アモンとも対等な盟友になりました! お城で踏ん反り返っているだけのあなたに、フレイさんほどの人望があるんですか? あれほどの功績を為せるんですか!?」
「だからこそ気に入らんのだ!!」
バシッと乾いた音が響いた。ザカリアスが振り上げた掌で、“私”の頬を叩いたのだと理解する。
「な――!?」
「今さらお前に言われるまでもなく、才覚であの男に敵わないことなど理解している! たかが一地方の領主の分際で……だが所詮、奴は王族ではない! 今までは囮の聖女の盾役として大目に見てやったが、シオンが去った今、王都には新たな聖女が必要だ。この私の妻となり、権力の後ろ盾となる“聖女”が必要なのだ! 一度は見放された身ではあるが、お前は運良く王妃となる機会を得たのだ! 有難く思え!!」
ザカリアスは狂った笑みを浮かべ、恍惚として語る。
「フレイ、さん――!」
「ハハハハハ、そうだ、もっと奴の名を呼べ! その方が昂るというものだ!」
「フレイさん! もう止めましょう! これ以上は耐えられません!」
「ハハハハハハハハハハハ!!」
「……ええ、そうですね、エリカ殿。俺もこれ以上は聞くに堪えません」
「ハハハハ――は?」
ベッドに横たわる“私”がザカリアスの襟首を掴み、わずかな動作で床に放り投げた。
詳しくは知らないけど、私の世界にもあった合気道に似た技だ。もちろん合気道をよく知らない私が実行できる技じゃない。
つまりベッドにいた“私”は、エリカ=ハザマではなかったという意味だ。
「フレイさんっ! 大丈夫ですか!?」
「ご心配には及びません、エリカ殿。あの程度、虫がとまったようなものです」
月明りに照らされて、フレイさんが親指で口の端を拭う。ああは言ったものの、やっぱり口の中が少し切れていた。後で治療しないと。
床に転がったままのザカリアスが目を見開く。体を起こすフレイさんと、ベッドの影から飛び出してきた私を交互に見比べた。
「な、な、な――!?」
「こんなこともあろうかと思い、入れ替わりを提案しておいて正解でした」
「本当ですよ。夜に忍んでくるかもって可能性を聞いた時はまさかと思ったけど、フレイさんの読みが的中しましたね」
「お、お前たち、俺の行動を予想していたのか……!?」
「殿下には言うまでもないと思いますが、これでも数年間、王都にて仕えておりましたので」
「あなたがどんな人間かは、フレイさんはしっかり把握していたんです! ……それでも密かに入れ替わろうって提案された時は、どうしようと思ったけど」
「エリカ殿を危険な目に遭わせるわけには参りませんからね。俺の判断は正解でした。寝所に忍び込むのみならず、暴力まで振るうとは……」
私はベッドの影で身を隠してアテレコしていた。さすがにフレイさんの声が聞かれると一発アウトだからね。
フレイさんは言った。ザカリアスが言い逃れできなくなるほどボロが出るまで、飛び出すのは止めるようにと。
……でもまさか、あそこまでひどい本音が暴露されるとは予想していなかった。私に対する侮辱もひどいけど、フレイさんへの暴言もひどい。
私としては今さらザカリアスに何を言われようがどうでもいいけど、フレイさんへの侮辱は聞き捨てならなかった。
「言質は取りましたよ、殿下。あなたは私利私欲に溺れ、聖女に危害を加えようとした。この事実は断固として見過ごせません。あなたの罪を告発し、然るべき罰を求めます」
「ふ、不敬なるぞ!? 貴様、臣下の分際で――!」
「今の俺は聖女エリカ殿に仕えています。たとえ王子であろうとも、聖女に危害を加えようとした罪は女神ソフィアが許しません。教会が許しません。民衆も許しません。無論この俺も、許すつもりはございません」
「し――証拠は!? 物的証拠はあるのか!? よもや貴様らの証言だけで、王子たる私を罪に問えると思うのか!?」
「思います」
「何を根拠に!!」
「信用の違いです。殿下は王都にて聖女シオン殿を追い出し、今度は聖女エリカ殿に魔手を伸ばした。シオン殿は現在、ロウエン都市同盟の東方教会にて身を寄せているのを確認済です。部下が接触を図り、殿下が揉み消そうとした醜聞の証言も取っています。また半年前の夜、部下に命じて意図的に王都の結界を緩め、魔族を侵入させたことも裏が取れています。摂政王子でありながら魔族への対策をまともに講じず、日夜王宮で歓楽に耽っている――罪とまでは言えませんが。民衆や教会からは、好意的には受け取られておりません」
「ぐッ……!!」
そんなザカリアスに対してフレイさんの功績は、今さら列挙するまでもない。まるで正反対と言ってもいいぐらいだ。ザカリアスもさすがに自覚があるらしく、顔を歪めて唇を噛む。
「エリカ様! 何事ですか!?」
「なっ、ザカリアス殿下!? フレイ様も!? これは一体、何事ですか!?」
騒ぎを聞きつけて使用人たちが駆けつけてきた。クレイトンさんを始めとする、腕に覚えがある護衛を兼ねる使用人たちだ。
「実は――」
部屋の主である私の口から、ことの経過を明かす。クレイトンさんたちは驚愕したけど、事態が事態なのでザカリアスは連行されることになった。
「離せ! 私はこの国の王子だぞ、摂政だぞ! このような真似が許されると思うのか!?」
「お静かに、殿下! ますます人が集まりますぞ!!」
「ええい、知るものか!! 離せ!!」
……最後まで見苦しく叫んでいたけど。さすがにクレイトンさんは手練れだった。ザカリアスをきつく拘束すると、数人がかりで部屋から連れ出す。
「あれでよく摂政王子なんて務まりますね……」
「あそこまで取り乱すのは珍しい事態です。よほど精神的に追い詰められていたのでしょう」
「それって、シオンちゃんに振られたから?」
「間接的には、そうでしょうね。アルメリア王女は病身とはいえ、20歳になれば婿を迎えることが決定されています。以降は王配が主体となり、公務を担うことになるでしょう。そうなれば殿下はもう国王に就任することが不可能になります。摂政王子という立場も失うでしょう。しかしタイムリミットまでに聖女を娶れば、聖女の威光により自らが事実上の王になることも可能です。聖女を崇める民は賛成し、教会勢も戴冠を許可するでしょう」
「ちなみに、アルメリア王女の今の年齢は?」
「19歳です」
「じゃあ本当に、タイムリミットギリギリなんだ」
だから聖女に執着しているんだ、あの人は。魔王を倒せる唯一の存在だなんて言いながら、ちっとも王都から動こうとしなかったのも納得だ。ザカリアスにとって、魔王なんて口実、方便に過ぎなかったんだ。
そんなことの為に、私は殺されそうになったのか。考えれば考えるほど腹が立つ。
「……まあいいや。それよりもフレイさん、ザカリアスを告発するって本気ですか? そんなことをしたら、ますます忙しくなるんじゃないですか」
「だとしても、黙ってはいられません」
「フレイさんの立場だって、悪くなるかも……」
「保身を優先し、エリカ殿が受けた侮辱を無視するなど、騎士の誓いに反します。大丈夫、領民たちも分かってくれるでしょう。皆、エリカ殿に感謝していますからね。エリカ殿への侮辱を見過ごす方が、かえって反感の火種になりかねませんよ」
「さすがにそれは言い過ぎじゃないかな?」
「いいえ、正当な評価です」
だけど結局のところ、フレイさんの言いたいことは、なんとなく分かる。
侮辱されたのがフレイさんなら、パーシヴァル領の民たちは怒るだろう。みんなフレイさんを慕っているのが、よく伝わってくるから。きっと、それと同じことだと思う。
今やフレイさんはザカリアスとの対立姿勢を隠していない。今まではなんとか上手くやろうと試みていたけど、さすがに今回の件は腹に据えかねているみたいだ。
「ここは絶対に引き下がれません。エリカ殿にも窮屈な思いをさせてしまうかもしれませんが――どうかひと時、お付き合いいただきたく存じます」
こんな時でも、騎士としての礼を尽くすフレイさん。
ああ、こんな人だから、私はこの人のことが好きになったんだと実感する。
改めてこの人のことが好きだと再認識する。
そんな私にとって、彼から差し出された手を拒むという選択肢は存在しなかった。
「もちろん、どこまでも付き合いますよ、フレイさん!」
音もなく、私の部屋の扉が開く。もちろんベッドに入る前に鍵をかけた。でもその鍵は、外側からも開錠できるタイプの鍵だ。そうじゃなければ、朝にリリィちゃんたちが起こしに来ることができない。
侵入者は、管理室にある鍵を入手したんだろう。私の部屋の鍵は破られ、長身の人影がぬぅっと室内に入ってきた。
人影は後ろ手に扉を閉めると、鍵をかける。そして足音もなく、ベッドにゆっくり近付いてきた。
窓から差し込む月の光が人影を照らし出す。その人物は――長身で豊かな金髪をたくわえたその人は、摂政王子ザカリアス=グレンヴィルに他ならなかった。
「エリカ」
ザカリアスは口の端を持ち上げて笑うと、そっとベッドに入ってくる。上からのしかかり、まるで全身で拘束するような、マウントを取るようなスタイルになる。
「やっ、やめてください、何をするんですか……!?」
「大声を出すな、人が来るぞ。このような場面を人に見られるのは、お前とて本意ではないだろう」
「何を――」
「よく考えてみよ。仮に声を聞きつけて使用人どもが来たとしよう。だが、私が既に関係を結んだ後だと言えば……世間はどちらを信じるかな?」
「まさか、シオンちゃんにもこんなことを……!?」
「シオン? はッ、あの忌々しい小娘か! 少し優しくしてやれば付け上がり、部屋に侵入防止の魔法陣を組んでいたあの小娘か! おかげで赤っ恥をかいたわ! まあ外部に漏れる前にもみ消してやったがな」
「いや、今自ら暴露しちゃったなじゃいですか」
「ほほう、余裕だな。面白くない。気の強い女は好かん。だがその余裕、いつまで保つか見物だな!」
ザカリアスがネグリジェに手をかける。
「いやぁ、やめて!」
「ハハハハハ! 大切に守ってきた聖女が手籠めにされたとあっては、フレイがどのような顔をするか見物だな!」
「フレイさんが……?」
「白銀の騎士だの剣鬼だの、前々から疎ましく思っていたのだ! たかが一地方の領主に過ぎぬ分際で、しかも半分は平民の血でありながら大きな顔をしおって! 奴の端正な顔が苦痛に歪む様を想像すると、胸が躍るわ!」
「ひどい、なんてことを言うんですか! フレイさんは立派な人です! あなたに見捨てられた私を助けてくれたし、領民に慕われているし、王都にだって今でもあの人を慕い続けている人がいます! バフォメット城攻略では都市同盟援兵の信頼を勝ち取って、元魔王四天王アモンとも対等な盟友になりました! お城で踏ん反り返っているだけのあなたに、フレイさんほどの人望があるんですか? あれほどの功績を為せるんですか!?」
「だからこそ気に入らんのだ!!」
バシッと乾いた音が響いた。ザカリアスが振り上げた掌で、“私”の頬を叩いたのだと理解する。
「な――!?」
「今さらお前に言われるまでもなく、才覚であの男に敵わないことなど理解している! たかが一地方の領主の分際で……だが所詮、奴は王族ではない! 今までは囮の聖女の盾役として大目に見てやったが、シオンが去った今、王都には新たな聖女が必要だ。この私の妻となり、権力の後ろ盾となる“聖女”が必要なのだ! 一度は見放された身ではあるが、お前は運良く王妃となる機会を得たのだ! 有難く思え!!」
ザカリアスは狂った笑みを浮かべ、恍惚として語る。
「フレイ、さん――!」
「ハハハハハ、そうだ、もっと奴の名を呼べ! その方が昂るというものだ!」
「フレイさん! もう止めましょう! これ以上は耐えられません!」
「ハハハハハハハハハハハ!!」
「……ええ、そうですね、エリカ殿。俺もこれ以上は聞くに堪えません」
「ハハハハ――は?」
ベッドに横たわる“私”がザカリアスの襟首を掴み、わずかな動作で床に放り投げた。
詳しくは知らないけど、私の世界にもあった合気道に似た技だ。もちろん合気道をよく知らない私が実行できる技じゃない。
つまりベッドにいた“私”は、エリカ=ハザマではなかったという意味だ。
「フレイさんっ! 大丈夫ですか!?」
「ご心配には及びません、エリカ殿。あの程度、虫がとまったようなものです」
月明りに照らされて、フレイさんが親指で口の端を拭う。ああは言ったものの、やっぱり口の中が少し切れていた。後で治療しないと。
床に転がったままのザカリアスが目を見開く。体を起こすフレイさんと、ベッドの影から飛び出してきた私を交互に見比べた。
「な、な、な――!?」
「こんなこともあろうかと思い、入れ替わりを提案しておいて正解でした」
「本当ですよ。夜に忍んでくるかもって可能性を聞いた時はまさかと思ったけど、フレイさんの読みが的中しましたね」
「お、お前たち、俺の行動を予想していたのか……!?」
「殿下には言うまでもないと思いますが、これでも数年間、王都にて仕えておりましたので」
「あなたがどんな人間かは、フレイさんはしっかり把握していたんです! ……それでも密かに入れ替わろうって提案された時は、どうしようと思ったけど」
「エリカ殿を危険な目に遭わせるわけには参りませんからね。俺の判断は正解でした。寝所に忍び込むのみならず、暴力まで振るうとは……」
私はベッドの影で身を隠してアテレコしていた。さすがにフレイさんの声が聞かれると一発アウトだからね。
フレイさんは言った。ザカリアスが言い逃れできなくなるほどボロが出るまで、飛び出すのは止めるようにと。
……でもまさか、あそこまでひどい本音が暴露されるとは予想していなかった。私に対する侮辱もひどいけど、フレイさんへの暴言もひどい。
私としては今さらザカリアスに何を言われようがどうでもいいけど、フレイさんへの侮辱は聞き捨てならなかった。
「言質は取りましたよ、殿下。あなたは私利私欲に溺れ、聖女に危害を加えようとした。この事実は断固として見過ごせません。あなたの罪を告発し、然るべき罰を求めます」
「ふ、不敬なるぞ!? 貴様、臣下の分際で――!」
「今の俺は聖女エリカ殿に仕えています。たとえ王子であろうとも、聖女に危害を加えようとした罪は女神ソフィアが許しません。教会が許しません。民衆も許しません。無論この俺も、許すつもりはございません」
「し――証拠は!? 物的証拠はあるのか!? よもや貴様らの証言だけで、王子たる私を罪に問えると思うのか!?」
「思います」
「何を根拠に!!」
「信用の違いです。殿下は王都にて聖女シオン殿を追い出し、今度は聖女エリカ殿に魔手を伸ばした。シオン殿は現在、ロウエン都市同盟の東方教会にて身を寄せているのを確認済です。部下が接触を図り、殿下が揉み消そうとした醜聞の証言も取っています。また半年前の夜、部下に命じて意図的に王都の結界を緩め、魔族を侵入させたことも裏が取れています。摂政王子でありながら魔族への対策をまともに講じず、日夜王宮で歓楽に耽っている――罪とまでは言えませんが。民衆や教会からは、好意的には受け取られておりません」
「ぐッ……!!」
そんなザカリアスに対してフレイさんの功績は、今さら列挙するまでもない。まるで正反対と言ってもいいぐらいだ。ザカリアスもさすがに自覚があるらしく、顔を歪めて唇を噛む。
「エリカ様! 何事ですか!?」
「なっ、ザカリアス殿下!? フレイ様も!? これは一体、何事ですか!?」
騒ぎを聞きつけて使用人たちが駆けつけてきた。クレイトンさんを始めとする、腕に覚えがある護衛を兼ねる使用人たちだ。
「実は――」
部屋の主である私の口から、ことの経過を明かす。クレイトンさんたちは驚愕したけど、事態が事態なのでザカリアスは連行されることになった。
「離せ! 私はこの国の王子だぞ、摂政だぞ! このような真似が許されると思うのか!?」
「お静かに、殿下! ますます人が集まりますぞ!!」
「ええい、知るものか!! 離せ!!」
……最後まで見苦しく叫んでいたけど。さすがにクレイトンさんは手練れだった。ザカリアスをきつく拘束すると、数人がかりで部屋から連れ出す。
「あれでよく摂政王子なんて務まりますね……」
「あそこまで取り乱すのは珍しい事態です。よほど精神的に追い詰められていたのでしょう」
「それって、シオンちゃんに振られたから?」
「間接的には、そうでしょうね。アルメリア王女は病身とはいえ、20歳になれば婿を迎えることが決定されています。以降は王配が主体となり、公務を担うことになるでしょう。そうなれば殿下はもう国王に就任することが不可能になります。摂政王子という立場も失うでしょう。しかしタイムリミットまでに聖女を娶れば、聖女の威光により自らが事実上の王になることも可能です。聖女を崇める民は賛成し、教会勢も戴冠を許可するでしょう」
「ちなみに、アルメリア王女の今の年齢は?」
「19歳です」
「じゃあ本当に、タイムリミットギリギリなんだ」
だから聖女に執着しているんだ、あの人は。魔王を倒せる唯一の存在だなんて言いながら、ちっとも王都から動こうとしなかったのも納得だ。ザカリアスにとって、魔王なんて口実、方便に過ぎなかったんだ。
そんなことの為に、私は殺されそうになったのか。考えれば考えるほど腹が立つ。
「……まあいいや。それよりもフレイさん、ザカリアスを告発するって本気ですか? そんなことをしたら、ますます忙しくなるんじゃないですか」
「だとしても、黙ってはいられません」
「フレイさんの立場だって、悪くなるかも……」
「保身を優先し、エリカ殿が受けた侮辱を無視するなど、騎士の誓いに反します。大丈夫、領民たちも分かってくれるでしょう。皆、エリカ殿に感謝していますからね。エリカ殿への侮辱を見過ごす方が、かえって反感の火種になりかねませんよ」
「さすがにそれは言い過ぎじゃないかな?」
「いいえ、正当な評価です」
だけど結局のところ、フレイさんの言いたいことは、なんとなく分かる。
侮辱されたのがフレイさんなら、パーシヴァル領の民たちは怒るだろう。みんなフレイさんを慕っているのが、よく伝わってくるから。きっと、それと同じことだと思う。
今やフレイさんはザカリアスとの対立姿勢を隠していない。今まではなんとか上手くやろうと試みていたけど、さすがに今回の件は腹に据えかねているみたいだ。
「ここは絶対に引き下がれません。エリカ殿にも窮屈な思いをさせてしまうかもしれませんが――どうかひと時、お付き合いいただきたく存じます」
こんな時でも、騎士としての礼を尽くすフレイさん。
ああ、こんな人だから、私はこの人のことが好きになったんだと実感する。
改めてこの人のことが好きだと再認識する。
そんな私にとって、彼から差し出された手を拒むという選択肢は存在しなかった。
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