絶望の魔王

たじ

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魔術研究所の地上部分、その1番奥には古い書物で満たされた本棚やマジックアイテムで一杯になった所長室がありその所長室の奥の立派なデスクではオゥルが何やら古い革の表紙のついた書物を広げて目を通していた。

不意にパタン、と読んでいた本を閉じるとオゥルは一人言を呟いた。

「我らの悲願であるこの聖都ラーヌの元の世界への復帰計画。それの為ならば我らはどんな犠牲も厭わぬ……。」

もう千年も昔から徹底的な箝口令を持ってして大衆達には伏せられてきた真実。

元々ラーヌはこの世界にあった都市ではない。
文献や口伝によるとおおよそ五千年前に突如それまで存在していた世界からこの世界へと都市丸ごと異世界転移してきたのだ。

……それ以来ラーヌの人々はこの世界に元から住んでいた魔導師達に魔法を教わって何とか自分達がいた世界へ戻ろうと必死に何千年もの長きに渡って研究に研究を重ねてきた。

その過程で異世界から異世界人ーー今では勇者と呼ばれているーーを召喚する術も発見されたのだった。

そして今現在魔術研究所は秘密裏にその召喚した異世界の人間ーー勇者ーーを生け贄にして都市ごと元々ラーヌが存在していた世界へと異世界転移出来るようある魔法術式を組み上げていた。

百合江も異世界人ではあるもののそれをオゥル達は知らない。しかし仮に知っていたとしても百合江を生け贄として使うということはなかっただろう。古代から贄に捧げるのは召喚術式によって召喚された異世界人だけと厳格に定められていた。

情報が制限されている今では勇者の召喚、それの持つ本来の意味を知る者は一部の王族と貴族それに代々の魔術研究所所長とその側近だけに限られている。

この真実は例え魔導騎士団団長ですら知らない。にも拘らず彼ら魔導騎士団は魔術研究所の作り出した術式を使って魔王の手からこの世界を救おうと真剣に考えている。
オゥル達真実を知る者達にとってはとんだお笑い草だ。

……これで後はサーシャの部下達が現在行方不明である勇者という名の生け贄を見つけ密かにここ魔術研究所まで運んでくるのを待つだけだ。

「……今まで何度となく失敗してきたが今度こそは成功させて見せよう。」

オゥルはその白い顎髭を右手でさすりながら目を閉じて呟いた。


     ◆  ◆  ◆  ◆


ラボス・ドゥール・クリスティがまだ魔導騎士団副団長を務めていたときの事だ。

元々参謀であるサーシャの動きに不審なものを感じていた彼は密かにその日常を一部の部下と共に監視していた。

そして数年前サーシャがオゥルが所長を務める魔術研究所と結託して人知れず何やら胡散臭い魔法実験に精を出しているらしい所までは突き止めた。

しかししばらくしてサーシャ達に逆に自分がサーシャ達の動きに感づいていることを悟られてしまいその結果ホワイトラグーンの試運転の際に裏工作されラボスは魔導騎士団を自分から辞めざるを得ないまでに追い込まれてしまった。

食の都ケニーの宿屋にハルトと共にチェックインして部屋に入るなりラボスの隣のベッドでハルトはぐっすりと深い眠りに落ちている。

きっと旅の疲れがアルコールを摂ることで一気に出たのだろう。

スヤスヤと寝息を立てているハルトを横目にラボスは呟く。

「……サーシャ……必ず僕がお前達の裏の顔を暴いてやるからな……。
待っていろ……。」

そしてラボスはベッドの上で横向きに寝そべるとやがて眠りに落ちていった。


「……ハルト!……ハルト!!」

……どこかで懐かしい誰かの声が聞こえる。
暗い空間の中でハルトは周りを見渡すけれどしかし誰の姿も認められない。

「……誰だ?お前は一体誰なんだ?」

「……ハルト。気をつけて。あなたの身にももうすぐ火の粉が降りかかる…………。
サーシャと魔術研究所にはくれぐれも注意して…………。」

「……何だって?アイツが何だっていうんだ?……おい!聞こえてるのか??」

「…………ハルト。私は今もあなたを…………。」

それきり声は聞こえなくなり暗い空間にハルトは一人取り残された。

「……誰の声だったか……。覚えているはずなのに思い出せない!!」

……そして再びハルトは夢を見ることのない深い眠りへと落ちていった。


    ◆  ◆  ◆  ◆


サーシャの部下である捜索隊の5人の騎士達はそのうちの一人の持っているパッと見時計を一回り大きくしたような機械の表示をジッと見つめていた。

その機械には円形に目盛りが設けてあり今機械の針はその一番右の赤い目盛りを指している。

この機械はオゥル率いる魔術研究所の造り出した勇者ーー異世界人ーーの位置を探り当てるためのマジックアイテムだった。

「やはりこっちの方角で正しいようだな。
良し!!行くぞ!!」

5人の中で一際目付きの鋭いリーダー格の男が
他の4人に声をかけると5人はベルの森の出口から次の街クリーへと続く橋の方へと歩いていった。

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