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第二章 王子の葛藤
2 落胆
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中級テストを受け、母親である王妃陛下にテスト結果を不服と言われた俺は王家領の一部である領地の管理人の館に送られた。
王都ほどではないが、伯爵領の領都くらいはある比較的大きな街だ。
俺が到着した翌朝、管理人ジェードは俺を街の酒場に連れて行った。昼間はランチも出している店だそうだ。
まだ開店前らしい店。裏口からノックもなしにジェードが入っていく。
「ガルジ。今日から頼むよ」
カウンターに座り何やら書き物仕事をしていたガタイのいい男にジェードが話しかけた。
「おお。例のぼっちゃんか」
俺はジェードから『子爵家の三男坊だと説明してあります』と聞いている。だからぼっちゃんなのだろう。
「これがデルだ。昨日も言ったが、何もできないと思ってくれ」
俺はジェードがガルジにした紹介にびっくりした。
『俺は何もできない??』
冷や汗が出る。
「わかったよ。水仕事ばかりになっちまうけどいいのか?」
「かまわんよ。ただ、飯は食わせてやってくれよ」
「当たり前だっ。働き手は大事にするのが俺のモットーだっ」
ガルジは怒った様子はなく、気安い会話なだけのようだ。だが、少しばかり荒々しい口調に心中で何度も仰け反ってしまう。
ジェードは俺を置いて早々に帰ってしまった。
「じゃあ、デル。野菜洗いからやるかぁ」
ガルジに連れられて井戸脇の小さな水路に行く。仕事は難しいものではなかったが、如何せん量がすごい。
俺の隣で同じ仕事をしている十二歳くらいの少年は俺よりずっと手際がよく、倍のスピードで洗った後の野菜で籠の中が溜まっていく。籠がいっぱいになると店内の台所へと運び空の籠を持ってくる。
少年は二回目の運びの時、俺の籠を見て少し待っていた。洗っていた野菜を籠に乗せる。
「一旦それでいいよ。あっちのこと教えるから来て」
俺は頷いて立ち上がろうとした。だが、足が痺れて尻から転んだ。
少年がカラカラと笑う。
「あんちゃん、ダメダメだなぁ」
「あんちゃんじゃないっ! デルだっ!」
座り込んだまま少年を軽く睨んだ。
「デルな。俺はアモ。マスターにあんたの世話を頼まれた」
少年に習う立場であることに衝撃を受けた。だが、ここまでの仕事を見れば納得せざるを得ない。
「そろそろ痺れも治まったろ? 行くぞ。野菜洗いしながら何度も座り直すんだ。そうすれば痺れない」
「わかった」
立ち上がり籠を持ちアモについて台所へ行った。
野菜洗いが終わる頃、早目の昼食で呼ばれた。並べられた料理にショックを受けた。だが、ジェードから賄の料理については何も言うなと言われている。
野菜のクズだろうと思われるスープ。焼いてある肉は骨だけ。骨の回りの肉を歯で刮げということらしい。ただ、パンだけは山盛りだった。
「わぉ! 今日は肉付きだぜっ! ラッキー! 新人のデルがいるから奮発したな」
アモがクフフと嬉しそうに呟いた。
『こ、これを肉というのか?』
出された物に衝撃は受けたが食べてみたらとても美味かった。俺はしっかりと平らげた。
その後、薪割りはへっぴり腰だと笑われるし、皿洗いは雑だと注意されるし、夕食前には膝が痛くて立っていられなくなった。
使えなくなった俺は先に夕食をもらい、食べ終わった後、井戸の近くにあるベンチに座って項垂れていた。
「俺は何も完璧にできない……」
自分に落胆せずにはいられない。
「今日の今日で何言ってやがるっ!」
顔を上げるとそこにはガルジがいた。
「完璧になるには時間がかかるんだ」
「時間?」
「経験だな。アモだって最初から薪割りが上手いわけじゃねぇ。毎日何度もやってるからだ」
「だが、簡単に完璧な者もいる……」
頭にはラビオナが浮かぶ。九歳にして完璧なカーテシーと完璧なポーカーフェイスをした少女。
「お前はそいつとずっと一緒だったのか?」
「ずっと?」
「ああ。起きてから寝るまでずっとだ。それを何年もだな」
「い、いや。そんなことは不可能だ」
「ふーん。家族じゃねぇやつのことか。誰でもいいけどよ。そいつはお前に見えないだけで、すげぇやってると思うぞ」
「そ、そうなのか?」
「時間を使わずに完璧にするなら、寝食を犠牲にして努力するか、血反吐を吐くほど頑張るか……。とにかく、得意不得意はあるだろうが、初めからできるものなんか、何もねぇよ」
「何も??」
「お前、さっきから、聞いてばかりだな。少しは言われたことを考えな。
今日はもう帰っていいぞ。明日もちゃんと来いよ」
「来ていいのか? 俺は使えないのに……」
「だから、今のお前にバリバリできるなんて期待してねぇ。やれることを真面目にやりゃいいんだ。そうすりゃいつか使えるようになるかもしれないだろ。それでも使えないなら違う仕事を探しゃあいいんだ。
それにな。真面目にやってりゃ完璧でなくても身につくもんだ。完璧である必要なんてねぇ」
ガルジに背を押されてふらふらと家路についた。
王都ほどではないが、伯爵領の領都くらいはある比較的大きな街だ。
俺が到着した翌朝、管理人ジェードは俺を街の酒場に連れて行った。昼間はランチも出している店だそうだ。
まだ開店前らしい店。裏口からノックもなしにジェードが入っていく。
「ガルジ。今日から頼むよ」
カウンターに座り何やら書き物仕事をしていたガタイのいい男にジェードが話しかけた。
「おお。例のぼっちゃんか」
俺はジェードから『子爵家の三男坊だと説明してあります』と聞いている。だからぼっちゃんなのだろう。
「これがデルだ。昨日も言ったが、何もできないと思ってくれ」
俺はジェードがガルジにした紹介にびっくりした。
『俺は何もできない??』
冷や汗が出る。
「わかったよ。水仕事ばかりになっちまうけどいいのか?」
「かまわんよ。ただ、飯は食わせてやってくれよ」
「当たり前だっ。働き手は大事にするのが俺のモットーだっ」
ガルジは怒った様子はなく、気安い会話なだけのようだ。だが、少しばかり荒々しい口調に心中で何度も仰け反ってしまう。
ジェードは俺を置いて早々に帰ってしまった。
「じゃあ、デル。野菜洗いからやるかぁ」
ガルジに連れられて井戸脇の小さな水路に行く。仕事は難しいものではなかったが、如何せん量がすごい。
俺の隣で同じ仕事をしている十二歳くらいの少年は俺よりずっと手際がよく、倍のスピードで洗った後の野菜で籠の中が溜まっていく。籠がいっぱいになると店内の台所へと運び空の籠を持ってくる。
少年は二回目の運びの時、俺の籠を見て少し待っていた。洗っていた野菜を籠に乗せる。
「一旦それでいいよ。あっちのこと教えるから来て」
俺は頷いて立ち上がろうとした。だが、足が痺れて尻から転んだ。
少年がカラカラと笑う。
「あんちゃん、ダメダメだなぁ」
「あんちゃんじゃないっ! デルだっ!」
座り込んだまま少年を軽く睨んだ。
「デルな。俺はアモ。マスターにあんたの世話を頼まれた」
少年に習う立場であることに衝撃を受けた。だが、ここまでの仕事を見れば納得せざるを得ない。
「そろそろ痺れも治まったろ? 行くぞ。野菜洗いしながら何度も座り直すんだ。そうすれば痺れない」
「わかった」
立ち上がり籠を持ちアモについて台所へ行った。
野菜洗いが終わる頃、早目の昼食で呼ばれた。並べられた料理にショックを受けた。だが、ジェードから賄の料理については何も言うなと言われている。
野菜のクズだろうと思われるスープ。焼いてある肉は骨だけ。骨の回りの肉を歯で刮げということらしい。ただ、パンだけは山盛りだった。
「わぉ! 今日は肉付きだぜっ! ラッキー! 新人のデルがいるから奮発したな」
アモがクフフと嬉しそうに呟いた。
『こ、これを肉というのか?』
出された物に衝撃は受けたが食べてみたらとても美味かった。俺はしっかりと平らげた。
その後、薪割りはへっぴり腰だと笑われるし、皿洗いは雑だと注意されるし、夕食前には膝が痛くて立っていられなくなった。
使えなくなった俺は先に夕食をもらい、食べ終わった後、井戸の近くにあるベンチに座って項垂れていた。
「俺は何も完璧にできない……」
自分に落胆せずにはいられない。
「今日の今日で何言ってやがるっ!」
顔を上げるとそこにはガルジがいた。
「完璧になるには時間がかかるんだ」
「時間?」
「経験だな。アモだって最初から薪割りが上手いわけじゃねぇ。毎日何度もやってるからだ」
「だが、簡単に完璧な者もいる……」
頭にはラビオナが浮かぶ。九歳にして完璧なカーテシーと完璧なポーカーフェイスをした少女。
「お前はそいつとずっと一緒だったのか?」
「ずっと?」
「ああ。起きてから寝るまでずっとだ。それを何年もだな」
「い、いや。そんなことは不可能だ」
「ふーん。家族じゃねぇやつのことか。誰でもいいけどよ。そいつはお前に見えないだけで、すげぇやってると思うぞ」
「そ、そうなのか?」
「時間を使わずに完璧にするなら、寝食を犠牲にして努力するか、血反吐を吐くほど頑張るか……。とにかく、得意不得意はあるだろうが、初めからできるものなんか、何もねぇよ」
「何も??」
「お前、さっきから、聞いてばかりだな。少しは言われたことを考えな。
今日はもう帰っていいぞ。明日もちゃんと来いよ」
「来ていいのか? 俺は使えないのに……」
「だから、今のお前にバリバリできるなんて期待してねぇ。やれることを真面目にやりゃいいんだ。そうすりゃいつか使えるようになるかもしれないだろ。それでも使えないなら違う仕事を探しゃあいいんだ。
それにな。真面目にやってりゃ完璧でなくても身につくもんだ。完璧である必要なんてねぇ」
ガルジに背を押されてふらふらと家路についた。
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