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第一章 小麦姫と熊隊長の青春

10 兄の結婚

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 サンドラがあることを思い出して、ロマーナに報告する。

「そういえば!ロマーナさんは、『小麦姫と熊隊長の恋』ってお話、知っていますか?」

「えー!知らないわ、何それ?」

 ビアータがサンドラの口を塞いだが、ファブリノとコルネリオも交代で話すので、結局全てをべニートとロマーナに知られることになった。

「熊隊長さん、噂通り、しっかりね!ふふ」

 ロマーナは、アルフレードにエールを送った。噂が錯綜しすぎて、どの噂をしっかりすればいいのかわからず、アルフレードは、苦笑いするしかできなかった。

「そうだ、今日は、ビアータちゃんとサンドラちゃんに渡すものがあってさっ!」

 元気になったべニートがロマーナに目配せする。ロマーナが、ビアータとサンドラとコルネリオに手紙を渡す。

「再来週、私達の結婚披露宴をやるの。結婚式は、来年、べニートのご実家でやる予定なのだけど、今回は王都の知り合いだけの小さなものよ。」

「教会に宣誓は、昨日してきたんだ。今、家を探しているところさ」

 つまり、教会への登録は済ませたということだ。昨日から、二人は実の夫婦だ。

「それは、おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」

「僕たちも行っていいんですか?」

「もちろんよ。アル君のお友達じゃないの。是非、楽しんでほしいわ!」

「お金は気にするなよ。手ぶらで来てくれれば充分だ。あっと!クラバットやドレスはやめてくれよ。今日みたいな服でオッケーだからさっ!」 
 
 べニートがワハハと笑いながら説明した。

「クスクス、わかりました」

「早くお家が見つかるといいですね」

「そうなんだよぉ。ロマーナの手料理が食べたくさぁ」

 べニートが、ロマーナの肩に手をまわした。

「やぁね、普通のものしかできないわよ」

「いや、この前のサンドイッチには、ハーブが聞いてて美味かった!その前のクッキーも美味かったなぁ」

「兄さん、惚気は聞きたくないよ」 

 アルフレードが止めに入ったが、べニートにはどこ吹く風だ。

「お前のビアータちゃんとの惚気もいつか聞いてやるから、今は俺の惚気を聞いてくれっ!」

 そう言って、べニートはアルフレードの肩に手を回し、抱き寄せた。アルフレードは、べニートを押し返すことに必死になっていて、ビアータが可愛らしく頬を染めていることに気が付かない。

「あらあら、ねぇ?」

 ロマーナはサンドラを見る。サンドラは大きく頷いた。

「はい…」

 女二人だけにわかる会話をしていた。

 あんなに並んでいた料理は、ほぼなくなっていた。ビアータとサンドラはとっくにお腹いっぱいであった。


〰️ 〰️ 〰️

 べニートとロマーナの披露宴は、小さな食堂を昼から貸し切るアットホームなものだった。ビアータとサンドラとコルネリオは、学園の畑で育てたハーブの寄植えを用意していた。

「わぁ!ステキ!新しいお家のキッチンはとっても明るいの!そこに飾るわね。美味しいスープが作れそうだわ!」

 ロマーナは、大変喜んでいた。どうやら、本当に料理上手なようだ。

「そうかなって思って、これは、僕とファブリノからだよ」

 アルフレードが渡したのは、真っ白なスープボールが5枚。

「赤ちゃんの離乳食にも使えるでしょう?ハハハ」

 ファブリノの冗談に、べニートは大喜びだ。

「おっ!みんな、気が利くなぁ!今日はたくさん食べていけよっ!」

 ビアータたちは、アルフレードとファブリノの鍛錬場の友人たちに紹介される。中にはビアータがアルフレードに去年の1学期にプロポーズしていたことを知っている者もいたし、『小麦姫と熊隊長の恋』の噂を知っている者もいた。アルフレードは、からかわれたり、祝福されたりしていた。

 小さな空きスペースで、交互にダンスも始まり、食事もお酒も進んでくる。音楽は陽気なものが多く、貴族の舞踏会とは曲もノリも違う。しばらくすれば、5人もすぐに慣れ、ダンスに入るまではできずとも、手拍子や足拍子、拍手などで、充分に楽しい雰囲気を味わえた。

 しばらくして、ビアータは、サンドラに一言伝えて、レストルームへ行った。
 ビアータがレストルームから出たところで、ビアータは確実に酔っている男性たちにいきなり左右から肩を抱かれた。ビアータは、なんやかんや言っても令嬢なのだ。そのような状況に対応できない。男性が何かビアータに言っているが、ビアータは、青くなるだけで、反応できない。ビアータの顔スレスレで話をしてくる。吐く息は酒臭く、肩に回された手は、やらしい。ビアータはただただ震えていた。サンドラたちの方へと足も進まない。

「僕の連れなんだ!離してくれよっ!」

 頭の上から降った声に、ビアータは、泣きたくなった。
 アルフレードは、強引に男たちを引き離し、ビアータの手をとってそのまま裏口から外へ出た。昼から始まったパーティーなので、まだ外は明るい。
 ビアータの手をとったまま歩くと、そこは小さな公園だった。ベンチと花壇と広場だけの公園。そのベンチに座るが、ビアータが震えていることに気がついたアルフレードは、手を離さずにジッと待った。

 ビアータは、震えが止まった頃、アルフレードにお礼を言った。

「席を離れていた僕も悪いんだけど、ああいう場所では、レストルームに一人で行ってはダメだよ。兄さんの知り合いだからって、安心しすぎるのは良くない」

「そうなのね。私ったら何も知らなくて、ごめんなさい」

 貴族なのだから知らなくて当然だが、ビアータは、「貴族」を言い訳にしたくはなかった。男爵家なのだ。平民と同じだと言う者もいる。ビアータが好きなロマーナも平民だ。だからこそ、『知らない自分が悪い』と思った。

「謝らなくていいんだ。それに、今回は僕が間に合ったし。ビアータに何もなくてよかったよ。知ればいいだけだ。気にしすぎないでね」

 ビアータは、アルフレードの優しい言葉と先程の恐怖が重なって、涙が出てきてしまった。二人で手を繋いだまま、静かに時間は過ぎていった。

 ビアータが泣き止んだのを見て、アルフレードが声をかける。

「きっとサンドラが心配しているよ。戻ろうか?」

 ビアータは頷き、二人は店に戻る道を歩き出した。二人の手は離れようとしなかった。

 アルフレードの心配通り、サンドラたちは、店の入口で待っていた。

「ビアータ!!」

 サンドラが走ってきて、ビアータを抱きしめた。アルフレードは、そのタイミングで、ビアータの手を離した。

「兄さんたちに挨拶をしてくるよ」

 アルフレードは、店に入るとすぐに戻ってきたが、ロマーナが一緒だった。

「酔っ払いに絡まれたのね!ごめんね、ビアータちゃん!」

 ロマーナもビアータを抱きしめる。ビアータはロマーナのお祝いの席で、ロマーナに心配かけたくなかった。

「いえ、大丈夫です。私が何も知らない子供だったから、お祝いの席なのにごめんなさい」

 ビアータは、ロマーナに、きちんと謝ってから、笑って見せた。

「そんなこと気にしないで。来てくれてありがとう。またランチしましょうね!」

「「はい!今日はおめでとうございます!」」
 
 ビアータとサンドラは、ロマーナに笑顔を、見せた。

 その日の夜、ビアータはアルフレードの暖かくて逞しい手を、アルフレードはビアータの柔らかくて小麦色の働いている手を思い出し、それぞれが、人知れず、眠れない夜となったのだった。
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