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55 公爵の憂いと策略
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近衛兵は動揺はしても驚いただけで私を恐れたわけではないので目を細めて私の様子を観察している。
「いくら地方で起きたことでも貴族同士が加害者被害者になった事件だし加害者が侯爵様なら近衛兵が知らないわけないわよね」
両手を腰に当て前屈みで見上げこれまで私を見下していた男を馬鹿にするように言葉を選ぶ。
「あいつがそういう性癖なのは知っていたのよ。だから私とダリアナが侯爵家に戻るために情報網を張ったわ。見事にやらかしてくれたわよね。これまでは平民の子ばかりだったから問題にならなかったけどやっと貴族令嬢に手を出してくれた。うふふふふ」
情報網は嘘だがトリスタンの性癖を考えれば絶対に平民の少女に手を出している。一ヶ月前の少女も平民服を着た貴族令嬢だったと聞いている。
「高位貴族の夫人としてこれまで社交もしていなかったお前にそんな力があるとわな。
だがそんな事件は起きていないしお前たちの罪状は上が判断することだ」
「つまり金だけじゃなくて侯爵っていう地位も必要ってことね」
「事件は起きていないが噂は広がっている。貴族社会では起きていない事件より噂が恐ろしいこともある」
『ふぅん。つまり噂による制裁は受けつつあるってことね』
「起きていない事件じゃなくて金と地位で揉み消して起きていないことにした事件でしょう。
私に真実を言えというならあんたもそうしなさいよ」
私は自分から部屋を出て扉の前にいた近衛兵に案内をさせた。通された部屋は牢屋よりマシな程度である。
「ダリアナは?」
「隣だ。お前たちの刑罰が決まるまではここにいることになる」
それだけ言って出ていった。パンと水だけの食事は最悪だった。
〰 〰 〰
私は次男ボブバージルから不思議な話を聞かされた。ボブバージルの様子から普通の事でないことを充分に理解し人に知られることを恐れている様子であるため長男アレクシスと相談して他言しないと決めた。
改めてマクナイト伯爵に話を聞くが伯爵は憔悴しているものの何かを知っているという様子ではなかった。離縁の手続きをしているという話だがこの国では離縁の書類を神殿からもらうまでに三ヶ月はかかるため伯爵の心は休まらないようだ。
近衛隊にはブランドン第一王子殿下とアレクシスが襲撃されたことを念入りに調べてもらったが特に何も見つからずその街道を根城にする野盗であり彼らが襲撃した一行がたまたま王族であったと判断された。
それに納得できない私はボブバージルのことは伏せて我が家の護衛がダリアナという少女から聞いた話として兄である国王陛下に相談する。
「マクナイト伯爵家にいた後妻の娘があの襲撃事件や後継者の死を予言したかのような発言をしていたそうだ」
私は嘘はついていない。後継者をアレクシスと取るかブランドン第一王子殿下と取るかは人それぞれである。
国王陛下はブランドン第一王子殿下の父親でもあるためその話に怒っていた。兄は政務は優秀だが家族馬鹿である。弟の私も兄のことは笑えないが。
「すぐさま連行して聴取せよ。王子の死を願うような娘を育てた女との婚姻などマクナイト伯爵を欺いていたに違いない。神殿を通しての離縁ではなく王家として婚姻無効とする」
マクナイト伯爵は穏やかな人柄で知識も豊富なため我々兄弟が伯爵を頼ったことは一度や二度ではない。だから国王陛下は即決しエイダ母娘は王城へ連行されることになった。
だがエイダ母娘の聴取をした近衛隊から聞いた話は私の心の棘となっていた少しの罪悪感を軽々と溶かすものであった。
「第一王子殿下一行が襲撃されたと聞くや第一王子殿下とギャレット小公爵様の死を確信したという口ぶりでした。余程自信を持って戦力を揃えたのでしょう。小公爵様のご提案で護衛兵を増やして正解でした。
さらにはマクナイト伯爵前夫人の死にも関わっている可能性もあります。ですがこちらはすでに二年も前のことなので証拠も何も見つけることは不可能ですが」
「証拠を見つけられないのにマクナイト伯爵のお心を乱すようなことを言う必要はあるまい。
襲撃における最悪な予定結果を口にしていたとは確定だな」
「はい。襲撃は失敗に終わったのだと教えましたら暴れるほどに取り乱しておりました。兄も王子も死んでいないのかと叫ぶ始末です。
母親の方は徹底して娘に罪を押し付けており話が進みませんでした」
『まさか私が国王陛下に言った言葉が事実だとは思わなかった。後継者の死の予言に第一王子が含まれていたのか。貴族夫人と貴族令嬢がそこまでするとは……驚きだ』
私は少しホッとし少し恐怖を覚えた。
「なんと恐ろしい母娘だ」
「それとオールポッド小侯爵トリスタン様が幼女誘拐の嫌疑で留置されましたがすぐに釈放されたことを知っていました」
「何?!」
「被害者である子爵家が一日で勘違いだったと申し出たため事件にはなりませんでしたがオールポッド侯爵様の圧力と思っている者は少なからずおります」
『私もそうであると思うよ……とは言えまいな』
事件にもならなかったため私のところにでさえ回って来なかった情報だ。私は最近になって噂を聞き確認したところ一晩の留置はあったこととその近辺の少女が時々忽然といなくなることがあるということがわかったのだ。
「どうやら母親エイダは独自の情報網を持っているようです。その事件の付近で平民の少女が数名いなくなっていることも知っていました。
侯爵家に戻るためと言っておりましたので侯爵家を窮地に追い込むよう噂の流布をしたのも母親エイダかもしれません。
真実だけを述べているとは考えてにくいので裏取りはしますが要注意人物であることは間違いありません」
国王陛下にこの話をすると即時に処罰が決定した。
「兄上も甘い時があるのですね」
「マクナイト伯爵からマクナイト伯爵令嬢が生涯罪悪感を持つことがないようにとの希望が出された。
それに娘の方はまだ十二歳だから情状を酌量してほしいそうだ。自分の判断が悪かったのだと言っている」
「なるほど。それならば国内でというわけにはまいりませんね」
「それにそのような情報網を持った者を置いておくわけにはいくまい」
留置から三日後にはエイダ母娘は送致されることになった。そして国王陛下の命令で裏取りも必要なしとなった。
「頭の可怪しい母娘に近衛の時間を費やす必要はない。あとはギャレット公爵に一任せよ」
国王陛下のご尤もな判断である。
「いくら地方で起きたことでも貴族同士が加害者被害者になった事件だし加害者が侯爵様なら近衛兵が知らないわけないわよね」
両手を腰に当て前屈みで見上げこれまで私を見下していた男を馬鹿にするように言葉を選ぶ。
「あいつがそういう性癖なのは知っていたのよ。だから私とダリアナが侯爵家に戻るために情報網を張ったわ。見事にやらかしてくれたわよね。これまでは平民の子ばかりだったから問題にならなかったけどやっと貴族令嬢に手を出してくれた。うふふふふ」
情報網は嘘だがトリスタンの性癖を考えれば絶対に平民の少女に手を出している。一ヶ月前の少女も平民服を着た貴族令嬢だったと聞いている。
「高位貴族の夫人としてこれまで社交もしていなかったお前にそんな力があるとわな。
だがそんな事件は起きていないしお前たちの罪状は上が判断することだ」
「つまり金だけじゃなくて侯爵っていう地位も必要ってことね」
「事件は起きていないが噂は広がっている。貴族社会では起きていない事件より噂が恐ろしいこともある」
『ふぅん。つまり噂による制裁は受けつつあるってことね』
「起きていない事件じゃなくて金と地位で揉み消して起きていないことにした事件でしょう。
私に真実を言えというならあんたもそうしなさいよ」
私は自分から部屋を出て扉の前にいた近衛兵に案内をさせた。通された部屋は牢屋よりマシな程度である。
「ダリアナは?」
「隣だ。お前たちの刑罰が決まるまではここにいることになる」
それだけ言って出ていった。パンと水だけの食事は最悪だった。
〰 〰 〰
私は次男ボブバージルから不思議な話を聞かされた。ボブバージルの様子から普通の事でないことを充分に理解し人に知られることを恐れている様子であるため長男アレクシスと相談して他言しないと決めた。
改めてマクナイト伯爵に話を聞くが伯爵は憔悴しているものの何かを知っているという様子ではなかった。離縁の手続きをしているという話だがこの国では離縁の書類を神殿からもらうまでに三ヶ月はかかるため伯爵の心は休まらないようだ。
近衛隊にはブランドン第一王子殿下とアレクシスが襲撃されたことを念入りに調べてもらったが特に何も見つからずその街道を根城にする野盗であり彼らが襲撃した一行がたまたま王族であったと判断された。
それに納得できない私はボブバージルのことは伏せて我が家の護衛がダリアナという少女から聞いた話として兄である国王陛下に相談する。
「マクナイト伯爵家にいた後妻の娘があの襲撃事件や後継者の死を予言したかのような発言をしていたそうだ」
私は嘘はついていない。後継者をアレクシスと取るかブランドン第一王子殿下と取るかは人それぞれである。
国王陛下はブランドン第一王子殿下の父親でもあるためその話に怒っていた。兄は政務は優秀だが家族馬鹿である。弟の私も兄のことは笑えないが。
「すぐさま連行して聴取せよ。王子の死を願うような娘を育てた女との婚姻などマクナイト伯爵を欺いていたに違いない。神殿を通しての離縁ではなく王家として婚姻無効とする」
マクナイト伯爵は穏やかな人柄で知識も豊富なため我々兄弟が伯爵を頼ったことは一度や二度ではない。だから国王陛下は即決しエイダ母娘は王城へ連行されることになった。
だがエイダ母娘の聴取をした近衛隊から聞いた話は私の心の棘となっていた少しの罪悪感を軽々と溶かすものであった。
「第一王子殿下一行が襲撃されたと聞くや第一王子殿下とギャレット小公爵様の死を確信したという口ぶりでした。余程自信を持って戦力を揃えたのでしょう。小公爵様のご提案で護衛兵を増やして正解でした。
さらにはマクナイト伯爵前夫人の死にも関わっている可能性もあります。ですがこちらはすでに二年も前のことなので証拠も何も見つけることは不可能ですが」
「証拠を見つけられないのにマクナイト伯爵のお心を乱すようなことを言う必要はあるまい。
襲撃における最悪な予定結果を口にしていたとは確定だな」
「はい。襲撃は失敗に終わったのだと教えましたら暴れるほどに取り乱しておりました。兄も王子も死んでいないのかと叫ぶ始末です。
母親の方は徹底して娘に罪を押し付けており話が進みませんでした」
『まさか私が国王陛下に言った言葉が事実だとは思わなかった。後継者の死の予言に第一王子が含まれていたのか。貴族夫人と貴族令嬢がそこまでするとは……驚きだ』
私は少しホッとし少し恐怖を覚えた。
「なんと恐ろしい母娘だ」
「それとオールポッド小侯爵トリスタン様が幼女誘拐の嫌疑で留置されましたがすぐに釈放されたことを知っていました」
「何?!」
「被害者である子爵家が一日で勘違いだったと申し出たため事件にはなりませんでしたがオールポッド侯爵様の圧力と思っている者は少なからずおります」
『私もそうであると思うよ……とは言えまいな』
事件にもならなかったため私のところにでさえ回って来なかった情報だ。私は最近になって噂を聞き確認したところ一晩の留置はあったこととその近辺の少女が時々忽然といなくなることがあるということがわかったのだ。
「どうやら母親エイダは独自の情報網を持っているようです。その事件の付近で平民の少女が数名いなくなっていることも知っていました。
侯爵家に戻るためと言っておりましたので侯爵家を窮地に追い込むよう噂の流布をしたのも母親エイダかもしれません。
真実だけを述べているとは考えてにくいので裏取りはしますが要注意人物であることは間違いありません」
国王陛下にこの話をすると即時に処罰が決定した。
「兄上も甘い時があるのですね」
「マクナイト伯爵からマクナイト伯爵令嬢が生涯罪悪感を持つことがないようにとの希望が出された。
それに娘の方はまだ十二歳だから情状を酌量してほしいそうだ。自分の判断が悪かったのだと言っている」
「なるほど。それならば国内でというわけにはまいりませんね」
「それにそのような情報網を持った者を置いておくわけにはいくまい」
留置から三日後にはエイダ母娘は送致されることになった。そして国王陛下の命令で裏取りも必要なしとなった。
「頭の可怪しい母娘に近衛の時間を費やす必要はない。あとはギャレット公爵に一任せよ」
国王陛下のご尤もな判断である。
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