【完結】虐げられた男爵令嬢はお隣さんと幸せになる[スピラリニ王国1]

宇水涼麻

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19 夕日の丘

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 いつもの芝生で5人はランチをしていた。もう、クレメンティたち3人を追いかけたり、5人が一緒にいることに陰口を言う者はいないだろう。だが、5人にとって、ここの居心地がとてもよかった。今では、学食に並ぶのも交代でやっている。

 そこに少しだけ強めの風が吹いた。

「そろそろ、ここでのランチも終わりね。ずいぶんと寒くなってきたもの」

 セリナージェは、襟元を整えた。イルミネが頬張っていたサンドイッチを飲み込んだ。

「そうだね。二人は、寒くなったら、今までは、どうしていたの?」

「学食で食べていたわよ。メニューはかわらないけど」

 ベルティナも袖を直して風対策をした。

「なら、教室で食べることにするのはどうだ?」

 寒さなど感じていないような大きな体でクレメンティが提案する。

「それなら、今と変わらないね。じゃあ、明日からそうしよう。レディたちに風邪をひかせるわけにはいかないからね」

 クレメンティの意見にエリオが賛成して、そうなることに決まりそうだ。エリオのまるで役者のセリフのような言葉に、みんな吹き出して笑った。
 
「あ!そうだわ!ねぇ、レム、あなたには専属執事とかいるの?」

 ベルティナの突然の質問にクレメンティが、むせた。

「コホコホ、え?なんだい突然。いや、まだいないよ。でも、あちらに戻ったら雇うことになるだろうな。どうして?」

「もし、よかったら、私を秘書として雇ってくれないかしら?」

 ベルティナは、とびきりの笑顔でクレメンティにお願いした。

「ゴホゴホゴホ!それは、それは、ダメだ!」

 エリオは、喉につまらせながらも、少し大きな声で止めてしまった。エリオのあまりの勢いにベルティナとセリナージェは目を見開いた。イルミネは笑い出した。

「あ、ごめん、あー、なんだそのぉ、まだ何もハッキリしてないだろう?それじゃあ、ベルティナがレムにセリナと結婚しろって言ってるみたいだし、ね?」

 エリオは、頭をかきながら、必死に言い訳をした。エリオの必死な言い訳は、的を射ていた。

「「「え?!」」」

 クレメンティとセリナージェとベルティナが真っ赤になった。確かにまだクレメンティとセリナージェは婚約もしていない。

「そ、そうね。私が急ぎすぎたわ。ごめんなさい」

 ベルティナは、ハンカチを取り出し、自分の汗を拭いた。

「コホン!いや、ベルティナの気持ちはわかったよ。うん!」

 クレメンティは、口角があがったままだ。

「イル!いつまで笑ってるつもりだっ!」

 エリオが、笑って転げまわっているイルミネを怒った。エリオが頬を染めているので、あまり怖くはない。

「ああ、ごめんごめん。腹もいっぱいだし、先に教室戻るわ。レム、セリナ、行こう!」

「ああ。セリナ」

 クレメンティがセリナージェに手を差し伸べて立ち上がらせる。この光景も普通になった。

 なぜか、3人がいなくなってしまった。ベルティナはこの状況が不思議だった。でも、嫌ではなかった。

「ベルティナ、今日の放課後、時間は空いているかな?ちょっと付き合ってもらいたいところがあるんだけど」

 エリオは、少し視線を下げて、頭をかいていた。

「ええ、時間は空いてるけど」

「本当に?よかった。じゃあ、放課後、乗馬服で寮の前にいてくれる?」

 ベルティナの目を見て、真剣に誘う。

「わかったわ」

 ベルティナは、何があるのかわからないけれど、エリオからの誘いが嬉しくて、自然に笑顔になってしまった。

「よろしくね。僕らも行こう」

 エリオが笑顔でベルティナに手を差し伸べた。

〰️ 

 放課後、エリオが馬に乗って、寮の前に迎えに来た。

「学園から1頭借りたんだ」

 そう言うと、ベルティナに手を伸ばす。ベルティナは、エリオの前に跨がる。夏休みに、二人とも乗馬ができることはわかっている。
 護衛が一人後ろについてくれている。

「じゃあ、行くよ。それっ!」

 30分ほどで着いたのは、以前来たストックの丘だった。馬車ではないので、丘の上まで駆け上がる。エリオは、先に降りるとベルティナに手を伸ばして、ベルティナを降ろした。

「ちょうどいい時間だったね」

 辺りは真っ赤に染められ始めていて、王都の端に夕日が向かっているところだった。

「わぁ!ステキ!エリオ、覚えていてくれたの?」

 ベルティナが2歩前出て、夕日を抱くように手を広げた。それから、エリオに振り返った。

「でも、私だけでよかったのかしら?」

「当たり前だろう。ベルティナと僕とでした約束なんだから」

 エリオから見たベルティナは、光の女神のようだった。

「きれいだ……」

 エリオの呟きはベルティナには届かなかった。

「え?そうだったの?私ったらてっきりみんなとの約束だと。
ふふふ、エリオ、本当にありがとう。とてもキレイだわ」

 ベルティナは、また夕日の方を見た。
 エリオは、ベルティナの隣に立ち、手を繋いだ。ベルティナは驚いたり嫌がったりしなかった。

「ベルティナ、お誕生日おめでとう。このプレゼントは喜んでもらえたかな?」
 
「ええ、とっても嬉しいプレゼントだわ。エリオ、ありがとう」

 二人は視線を夕日に向けたまま、しばらくジッと眺めていた。

「それから…」

 エリオがベルティナの後ろにまわり、首に細い鎖をかけた。ネックレスだ。サンゴのチャームがついている。

「ピッツォーネ王国では、サンゴは付けてる人を幸せにしてくれるって言われているんだよ」

「わぁ、かわいい。ありがとう!」

 ベルティナがチャームを見て、顔をほころばせた。

「ベルティナ、僕は君が好きだ。これから先、何があっても君を離したくないんだ。どうか僕を信じてついてきてほしい」

「私はあなたを信じているわ。ふふ、理由なんて聞かないでね。私もあなたが好きです。友達としてではなく」

 ベルティナは、エリオにこうして返事ができるのは、自分が侯爵令嬢になれたからだと自覚していた。男爵令嬢であったなら、きっと断っていたであろう。ベルティナは、ティエポロ侯爵家のみんなに、本当に感謝していた。

「ふふふ、この前は先に言われてしまって、びっくりしたんだ。でも、友達って言われて、ハハハ。よかった。ベルティナ、大好きだ」

 エリオがベルティナを、抱きしめた。ベルティナもエリオの背に腕をまわした。

 エリオがゆっくりとベルティナを胸から離すと、エリオの知らないうちにベルティナが泣いていた。

「っ!ベルティナ?」

「ごめんなさい、エリオ。私、この間から、幸せ過ぎて、幸せ過ぎて、受け止めきれないの。なのに、手放したくないのよ。私って強欲だったのね」

 ベルティナは、涙が止まらないのに、口元は笑顔になってしまう自分が止められなかった。

「そのぉ、その幸せの中に、僕は入っているのかな?」

 エリオは、自信なげに、頭をかいている。

『チュッ』
 エリオの頬に柔らかいものが触れた。エリオは、少しだけ呆けていたが、すぐに笑顔が戻り、ベルティナをギュッと抱きしめた。

「ベルティナって、結構いたずらっ子なんだね?」

「あら?知らなかったの?」

「これからも、もっといっぱい、ベルティナを知りたいな」

「私にも、エリオを教えてね」

 二人はもう一度並んで夕日を見た。ベルティナが、夕日ではなく、隣に立つエリオの横顔を見ていたことに、エリオは気がついていなかった。

『この人の隣にいたいわ』
 ベルティナは、夕日にお願いをした。




「まだ、夕日は沈みきらないけど、帰ろう。3人が心配しちゃうからね」

「うん!」

 エリオが伸ばした手を握り、隣に並んで馬まで歩いた。二人の前に伸びる影も重なっていて、ベルティナは幸せな気持ちになった。

〰️ 

 寮へ戻ると、エリオが共同談話室で会おうという。そちらに行ってみると、いつもの3人が、ケーキと料理を並べて待っていてくれた。ベルティナは、2回目の誕生日会をとても嬉しく思った。
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