23 / 26
23 ダンスの後で
しおりを挟む
『コンコンコン』
「エリオ、ベルティナ、時間だよ」
そんな時に、タイムアップだ。
「ダンスが終わったら、また時間をくれる?」
エリオは慌ててベルティナと約束をしようとした。ベルティナはにっこり笑って頷いた。
会場に戻れば、すぐにダンスタイムだった。国王陛下夫妻がダンスを披露する。まだ小さい王子と王女は、踊らないようだ。
今夜の来賓とは、エリオ組とクレメンティ組しかいない。エリオとベルティナは、ダンスをした。授業では何度か踊っていたので、慣れているはずだった。
でも、プロポーズされた後だ。ドキドキが増していく。
『ち、近いわ。ダンスって、こんなに近かったかしら?私のドキドキが伝わってしまうわ』
ベルティナは、少し慌てた。
「いつもより、ドキドキするね。手に汗もかいちゃった。気持ち悪くない?」
エリオは苦笑いで自信無げであった。ベルティナは、同じ思いであることに、驚いた。
「エリオもドキドキしているの?」
ベルティナの心は凪いだ。『本当にこの人の隣はいつでも心地がいいわ』
「うん。だって、いつもはかわいいベルティナが、今日はとてもキレイだからさ」
おさまったはずのベルティナの心は、違うドキドキが始まってしまった。
「本当?エリオに褒められるのは嬉しいわ。エリオもステキよ。まるで王子様みたい」
ベルティナはドキドキを隠すため、エリオを褒めた。優しげに笑うエリオと目を合わせると、笑顔になれる。
「えー、これでも本物の王子なんだけどな。はい、これで、終わり」
最後にはベルティナがクルッとまわって、会場にカーテシーをして二人でさがった。この後は、ホールは、自由ダンスとなるはずだ。
「ベルティナとのダンスはいつでも楽しいな。よし、先程の部屋に戻ろうか」
外交としての動きは一通りダンスが終わった後になるので、少し時間がある。
「じゃあ、軽食と飲み物を頼んでこよう。二人には甘いものもね」
イルミネが、ベルティナとセリナージェにウィンクして、給仕係の方へと向かった。ベルティナたちは、先程の部屋へと廊下を歩く。ベルティナたちの少し前にセリナージェとクレメンティがいる。
〰️
ベルティナたちは、控室へと向かっていた。控室のさらに奥はレストルームになっている。
後ろからダンダンダンと勢いよく、誰かが走ってきた。エリオとベルティナは、端に寄ろうとした。だが、ベルティナは、振り返る間もなく、肩を掴まれて、床に投げ出された。タビアーノ男爵だった。
「お前はっ!どこまでワシをバカにするんだっ!お前みたいな薄汚いヤツが、なぜ、王子のパートナーなんぞになっているんだっ!」
タビアーノ男爵はツバを撒き散らしながら喚いた。
「チッ!」
エリオは、タビアーノ男爵に話しかけられたら、王族として拒否しようと考えてはいた。タビアーノ男爵の凶行は、エリオの予想の上だった。
まさか外からの賊でもないのに、パーティー会場でこんなことをする者がいるとは思わず、気を抜いていた自分に舌打ちした。
ここは王城のパーティーだ。どんな理由があっても女性に暴力を振るえば、数秒で拘束される。タビアーノ男爵もすぐに両脇を衛兵に獲られた。
エリオは、衛兵がタビアーノ男爵を捕まえるより早く、すぐさまベルティナの前に座り、背に庇い、物凄い形相でタビアーノ男爵を睨んだ。クレメンティもセリナージェを背に隠す。
イルミネは、皿を投げるように置いて、走って戻ってきた。そして、エリオの少し前に陣取った。イルミネの顔も、怒りで歪んでいた。
「イル、頼んだぞ」
エリオの一言で、イルミネは平常心を取り戻し、少しだけ後ろに顔を向け、エリオに小さく頭を下げた。
タビアーノ男爵の後を追いかけてきていたのだろう。ティエポロ侯爵夫妻がすぐ後ろにいた。そして、ティエポロ侯爵は、イルミネとほぼ並ぶように立った。
「私の娘に向かって薄汚いとはどういうことだ。
お前が、食事も与えないから痩せ細り、殴る蹴るの暴行をし続け青あざだらけだった時のベルティナの話をしているわけではあるまいなぁ」
ティエポロ侯爵の怒りでさらに低くなった声は、怒鳴らずとも聞き取りやすく、多くのギャラリーの耳に届いた。
「「「ひっ」」」
すでにいたギャラリーのご婦人の中には、ティエポロ侯爵が発した言葉に、気絶をした人もいた。
しかし、指摘された当のタビアーノ男爵は、ティエポロ侯爵をギロリと睨んだ。
「そうか、わかったぞ!ベルティナが王子を誑すことが成功したから、ベルティナを養子にしたんだな。こんな養子縁組は無効だっ!ベルティナが王家に嫁に行くと言うなら、我が家から出させる!」
タビアーノ男爵は衛兵を振り払うような勢いで怒鳴り散らした。
「きさまっ………。私を愚弄しているのか?養子の手続きは三月も前に済んでいるではないか。エリオという少年が王子殿下であったということを、私たちが知ったのは、つい、昨日だ。侮辱罪で訴えるぞ!」
ティエポロ侯爵は、ワナワナと怒りで震えていたが、多少声は大きいものの、怒鳴るというほどではない。侯爵としての矜持が、タビアーノ男爵のように暴れることは抑えてさせていた。
「いつ知ったかなどは口では何とでも言える。俺たちを騙したんだなっ!誘拐で訴えてやるっ!」
タビアーノ男爵は、髪を振り乱して、今にもティエポロ侯爵に噛みつきそうだ。衛兵が、なんとかタビアーノ男爵の腕をとり、乱闘は避けている。
「祝いの席だというのに、何をしておるのだ」
重厚でよく響く声が、みなを一点に注目させた。国王陛下、その人であった。
本人たちもギャラリーもみな頭を下げた。
「面をあげよ。みなもよい。
エリージオ王子よ、ベルティナ嬢が震えておる。休憩室の前まで下がるがよかろう」
「はっ!
ベルティナ、僕に掴まって、セリナのところへ行こう。大丈夫だよ。僕が付いてる。大丈夫、大丈夫」
エリオは、ベルティナを支えて立ち上がった。イルミネは、エリオとタビアーノ男爵との間にいるように気を配りながら移動している。視線はタビアーノ男爵から外さない。
衛兵が抑えているので万が一ではあるが、タビアーノ男爵への対処を、エリオはイルミネになら任せられた。なので、ベルティナだけを気にしていることができた。セリナージェの元へ行くまで大丈夫と何度もベルティナの耳元で繰り返した。
ティエポロ侯爵夫人が、ベルティナの元に駆けつけて、セリナージェと二人でベルティナを抱きしめる。
エリオとイルミネとクレメンティは、誰であろうと通さないという目で、立ち塞がった。
ベルティナの安全を確認した国王陛下は、タビアーノ男爵とティエポロ侯爵へと向き直った。そして、会場に聞こえるように話を始めた。
「で、エリージオ王子の正体だったの。エリオ少年が、エリージオ王子であることは、昨日まで秘匿であった。知っていたのは、ワシと王妃、宰相、それから、エリージオ王子の側近の二人。それだけだ。それまでは、子爵家として扱っておった」
国王陛下が、タビアーノ男爵をチラリと見た。
「ワシの証言では、信用ができぬか?」
そこで見聞きしていた全員が、ビクッとした。まかり間違えても、『国王陛下の言葉が信用できない』などと口走る者などいるはずもない。
しかし、その言葉を信用しても、タビアーノ男爵は、引き下がらなかった。
「そ、そんな。で、でも、他国とはいえ、王家と姻戚になるのなら、娘は渡さないっ!
国王陛下、養子縁組を無効にしてくださいっ!」
タビアーノ男爵は、国王陛下に縋りたそうだったが、両脇を衛兵にガッチリと掴まれてもいた。それにしても、国王陛下へも怒鳴り口調であるとは、大した度胸というか、マナーも知らぬ愚か者というか………。
まわりの貴族たちは、訝しんだ視線をタビアーノ男爵へ向けた。タビアーノ男爵には、それを見る余裕などない。
国王陛下は、タビアーノ男爵の無礼を責めることなく、話を続けた。
「だがなぁ、書類に不備はないし、本人たちの意思が変わらない。無効にはできぬな。
それに、王家と姻戚になるから戻せとは、どういう了見じゃ?王家や高位貴族と姻戚にならぬのなら、娘はいらんと申しておるようだの?」
タビアーノ男爵の口調とは逆に、静かで重厚な口調の国王陛下は、余計に迫力がある。ギャラリーの多くが、自分が責められているわけではないのに姿勢を正した。
国王陛下は軽侮の目をタビアーノ男爵へ向けた。さすがのタビアーノ男爵でも、少し震えた。それでもまだ、言い縋る。
「い、いえ。元々が侯爵様に無理やり取られた娘なのです。それが、我々が知らないうちに養子縁組なぞして、これは誘拐ですよっ!」
『はぁ』国王陛下が大きなため息をついた。ギャラリー全員がビクリとし、背筋を伸ばした。
「わしは常々、子供は国の宝だと申しておる。その宝が痩せ細り青あざだらけだったとは、どういうことだ?」
国王陛下は、片眉をあげて、訝しむ視線をタビアーノ男爵へと送る。
「そ、それは、その………」
タビアーノ男爵はたじろぎ、一歩下がった。歯をガタガタさせ、声は震えていた。
「与えても食べようとしない子供だったのです!それを食べさせるために、仕方がなかったのです!」
タビアーノ男爵夫人が、急にその場に飛び出してきて、タビアーノ男爵を抑える衛兵の脇に立った。男爵家の危機を感じたのかもしれない。
「そうか。しかたがないの」
国王陛下の言葉に空気が凍る。みなが、ゴクリと喉を鳴らした。
「では、この者にも発言を許そう。出てまいれ」
国王陛下が顎をあげて、そこへ呼ばれたのは、先程、幼い王子殿下の脇に控えていた仮面をつけた男だった。国王陛下に挨拶した者はみな、気にはしていた。だが、身分の不明の者が国王陛下たちのお側にいられるわけもなく、『顔にあざでもあるのかもしれない。だが、有能だから取り立てられているのだろう』と考えていた。
「これは、今、幼い王子の家庭教師と専属執事をさせておる者だ。仮面をとれ」
その男が少し下を向き仮面を取った。そして、髪をかきあげ上を向いた。
「っ!ブルーノ兄様!」
ベルティナは、即座に気が付き、両手で口を覆い、驚いていた。ギャラリーは何もわからず、見守っていた。
「ブルーノだと?あいつは森で死んだはずだっ!」
タビアーノ男爵は、自分の目で見ても、ブルーノであると確信を持てないようだ。ツバを飛ばしながら喚いた。タビアーノ男爵夫人は、明らかに震えていた。
「エリオ、ベルティナ、時間だよ」
そんな時に、タイムアップだ。
「ダンスが終わったら、また時間をくれる?」
エリオは慌ててベルティナと約束をしようとした。ベルティナはにっこり笑って頷いた。
会場に戻れば、すぐにダンスタイムだった。国王陛下夫妻がダンスを披露する。まだ小さい王子と王女は、踊らないようだ。
今夜の来賓とは、エリオ組とクレメンティ組しかいない。エリオとベルティナは、ダンスをした。授業では何度か踊っていたので、慣れているはずだった。
でも、プロポーズされた後だ。ドキドキが増していく。
『ち、近いわ。ダンスって、こんなに近かったかしら?私のドキドキが伝わってしまうわ』
ベルティナは、少し慌てた。
「いつもより、ドキドキするね。手に汗もかいちゃった。気持ち悪くない?」
エリオは苦笑いで自信無げであった。ベルティナは、同じ思いであることに、驚いた。
「エリオもドキドキしているの?」
ベルティナの心は凪いだ。『本当にこの人の隣はいつでも心地がいいわ』
「うん。だって、いつもはかわいいベルティナが、今日はとてもキレイだからさ」
おさまったはずのベルティナの心は、違うドキドキが始まってしまった。
「本当?エリオに褒められるのは嬉しいわ。エリオもステキよ。まるで王子様みたい」
ベルティナはドキドキを隠すため、エリオを褒めた。優しげに笑うエリオと目を合わせると、笑顔になれる。
「えー、これでも本物の王子なんだけどな。はい、これで、終わり」
最後にはベルティナがクルッとまわって、会場にカーテシーをして二人でさがった。この後は、ホールは、自由ダンスとなるはずだ。
「ベルティナとのダンスはいつでも楽しいな。よし、先程の部屋に戻ろうか」
外交としての動きは一通りダンスが終わった後になるので、少し時間がある。
「じゃあ、軽食と飲み物を頼んでこよう。二人には甘いものもね」
イルミネが、ベルティナとセリナージェにウィンクして、給仕係の方へと向かった。ベルティナたちは、先程の部屋へと廊下を歩く。ベルティナたちの少し前にセリナージェとクレメンティがいる。
〰️
ベルティナたちは、控室へと向かっていた。控室のさらに奥はレストルームになっている。
後ろからダンダンダンと勢いよく、誰かが走ってきた。エリオとベルティナは、端に寄ろうとした。だが、ベルティナは、振り返る間もなく、肩を掴まれて、床に投げ出された。タビアーノ男爵だった。
「お前はっ!どこまでワシをバカにするんだっ!お前みたいな薄汚いヤツが、なぜ、王子のパートナーなんぞになっているんだっ!」
タビアーノ男爵はツバを撒き散らしながら喚いた。
「チッ!」
エリオは、タビアーノ男爵に話しかけられたら、王族として拒否しようと考えてはいた。タビアーノ男爵の凶行は、エリオの予想の上だった。
まさか外からの賊でもないのに、パーティー会場でこんなことをする者がいるとは思わず、気を抜いていた自分に舌打ちした。
ここは王城のパーティーだ。どんな理由があっても女性に暴力を振るえば、数秒で拘束される。タビアーノ男爵もすぐに両脇を衛兵に獲られた。
エリオは、衛兵がタビアーノ男爵を捕まえるより早く、すぐさまベルティナの前に座り、背に庇い、物凄い形相でタビアーノ男爵を睨んだ。クレメンティもセリナージェを背に隠す。
イルミネは、皿を投げるように置いて、走って戻ってきた。そして、エリオの少し前に陣取った。イルミネの顔も、怒りで歪んでいた。
「イル、頼んだぞ」
エリオの一言で、イルミネは平常心を取り戻し、少しだけ後ろに顔を向け、エリオに小さく頭を下げた。
タビアーノ男爵の後を追いかけてきていたのだろう。ティエポロ侯爵夫妻がすぐ後ろにいた。そして、ティエポロ侯爵は、イルミネとほぼ並ぶように立った。
「私の娘に向かって薄汚いとはどういうことだ。
お前が、食事も与えないから痩せ細り、殴る蹴るの暴行をし続け青あざだらけだった時のベルティナの話をしているわけではあるまいなぁ」
ティエポロ侯爵の怒りでさらに低くなった声は、怒鳴らずとも聞き取りやすく、多くのギャラリーの耳に届いた。
「「「ひっ」」」
すでにいたギャラリーのご婦人の中には、ティエポロ侯爵が発した言葉に、気絶をした人もいた。
しかし、指摘された当のタビアーノ男爵は、ティエポロ侯爵をギロリと睨んだ。
「そうか、わかったぞ!ベルティナが王子を誑すことが成功したから、ベルティナを養子にしたんだな。こんな養子縁組は無効だっ!ベルティナが王家に嫁に行くと言うなら、我が家から出させる!」
タビアーノ男爵は衛兵を振り払うような勢いで怒鳴り散らした。
「きさまっ………。私を愚弄しているのか?養子の手続きは三月も前に済んでいるではないか。エリオという少年が王子殿下であったということを、私たちが知ったのは、つい、昨日だ。侮辱罪で訴えるぞ!」
ティエポロ侯爵は、ワナワナと怒りで震えていたが、多少声は大きいものの、怒鳴るというほどではない。侯爵としての矜持が、タビアーノ男爵のように暴れることは抑えてさせていた。
「いつ知ったかなどは口では何とでも言える。俺たちを騙したんだなっ!誘拐で訴えてやるっ!」
タビアーノ男爵は、髪を振り乱して、今にもティエポロ侯爵に噛みつきそうだ。衛兵が、なんとかタビアーノ男爵の腕をとり、乱闘は避けている。
「祝いの席だというのに、何をしておるのだ」
重厚でよく響く声が、みなを一点に注目させた。国王陛下、その人であった。
本人たちもギャラリーもみな頭を下げた。
「面をあげよ。みなもよい。
エリージオ王子よ、ベルティナ嬢が震えておる。休憩室の前まで下がるがよかろう」
「はっ!
ベルティナ、僕に掴まって、セリナのところへ行こう。大丈夫だよ。僕が付いてる。大丈夫、大丈夫」
エリオは、ベルティナを支えて立ち上がった。イルミネは、エリオとタビアーノ男爵との間にいるように気を配りながら移動している。視線はタビアーノ男爵から外さない。
衛兵が抑えているので万が一ではあるが、タビアーノ男爵への対処を、エリオはイルミネになら任せられた。なので、ベルティナだけを気にしていることができた。セリナージェの元へ行くまで大丈夫と何度もベルティナの耳元で繰り返した。
ティエポロ侯爵夫人が、ベルティナの元に駆けつけて、セリナージェと二人でベルティナを抱きしめる。
エリオとイルミネとクレメンティは、誰であろうと通さないという目で、立ち塞がった。
ベルティナの安全を確認した国王陛下は、タビアーノ男爵とティエポロ侯爵へと向き直った。そして、会場に聞こえるように話を始めた。
「で、エリージオ王子の正体だったの。エリオ少年が、エリージオ王子であることは、昨日まで秘匿であった。知っていたのは、ワシと王妃、宰相、それから、エリージオ王子の側近の二人。それだけだ。それまでは、子爵家として扱っておった」
国王陛下が、タビアーノ男爵をチラリと見た。
「ワシの証言では、信用ができぬか?」
そこで見聞きしていた全員が、ビクッとした。まかり間違えても、『国王陛下の言葉が信用できない』などと口走る者などいるはずもない。
しかし、その言葉を信用しても、タビアーノ男爵は、引き下がらなかった。
「そ、そんな。で、でも、他国とはいえ、王家と姻戚になるのなら、娘は渡さないっ!
国王陛下、養子縁組を無効にしてくださいっ!」
タビアーノ男爵は、国王陛下に縋りたそうだったが、両脇を衛兵にガッチリと掴まれてもいた。それにしても、国王陛下へも怒鳴り口調であるとは、大した度胸というか、マナーも知らぬ愚か者というか………。
まわりの貴族たちは、訝しんだ視線をタビアーノ男爵へ向けた。タビアーノ男爵には、それを見る余裕などない。
国王陛下は、タビアーノ男爵の無礼を責めることなく、話を続けた。
「だがなぁ、書類に不備はないし、本人たちの意思が変わらない。無効にはできぬな。
それに、王家と姻戚になるから戻せとは、どういう了見じゃ?王家や高位貴族と姻戚にならぬのなら、娘はいらんと申しておるようだの?」
タビアーノ男爵の口調とは逆に、静かで重厚な口調の国王陛下は、余計に迫力がある。ギャラリーの多くが、自分が責められているわけではないのに姿勢を正した。
国王陛下は軽侮の目をタビアーノ男爵へ向けた。さすがのタビアーノ男爵でも、少し震えた。それでもまだ、言い縋る。
「い、いえ。元々が侯爵様に無理やり取られた娘なのです。それが、我々が知らないうちに養子縁組なぞして、これは誘拐ですよっ!」
『はぁ』国王陛下が大きなため息をついた。ギャラリー全員がビクリとし、背筋を伸ばした。
「わしは常々、子供は国の宝だと申しておる。その宝が痩せ細り青あざだらけだったとは、どういうことだ?」
国王陛下は、片眉をあげて、訝しむ視線をタビアーノ男爵へと送る。
「そ、それは、その………」
タビアーノ男爵はたじろぎ、一歩下がった。歯をガタガタさせ、声は震えていた。
「与えても食べようとしない子供だったのです!それを食べさせるために、仕方がなかったのです!」
タビアーノ男爵夫人が、急にその場に飛び出してきて、タビアーノ男爵を抑える衛兵の脇に立った。男爵家の危機を感じたのかもしれない。
「そうか。しかたがないの」
国王陛下の言葉に空気が凍る。みなが、ゴクリと喉を鳴らした。
「では、この者にも発言を許そう。出てまいれ」
国王陛下が顎をあげて、そこへ呼ばれたのは、先程、幼い王子殿下の脇に控えていた仮面をつけた男だった。国王陛下に挨拶した者はみな、気にはしていた。だが、身分の不明の者が国王陛下たちのお側にいられるわけもなく、『顔にあざでもあるのかもしれない。だが、有能だから取り立てられているのだろう』と考えていた。
「これは、今、幼い王子の家庭教師と専属執事をさせておる者だ。仮面をとれ」
その男が少し下を向き仮面を取った。そして、髪をかきあげ上を向いた。
「っ!ブルーノ兄様!」
ベルティナは、即座に気が付き、両手で口を覆い、驚いていた。ギャラリーは何もわからず、見守っていた。
「ブルーノだと?あいつは森で死んだはずだっ!」
タビアーノ男爵は、自分の目で見ても、ブルーノであると確信を持てないようだ。ツバを飛ばしながら喚いた。タビアーノ男爵夫人は、明らかに震えていた。
11
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』
鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
--
当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜
平山和人
恋愛
公爵令嬢エルナは、熱烈に追いかけていた第一王子シオンに冷たくあしらわれ、挙句の果てに「婚約者候補の中で、お前が一番あり得ない」と吐き捨てられた衝撃で前世の記憶を取り戻す。 そこは乙女ゲームの世界で、エルナは婚約者選別会でヒロインに嫌がらせをした末に処刑される悪役令嬢だった。
「死ぬのも王子も、もう真っ平ご免です!」
エルナは即座に婚約者候補を辞退。目立たぬよう、地味な領地でひっそり暮らす準備を始める。しかし、今までエルナを蔑んでいたはずのシオンが、なぜか彼女を執拗に追い回し始め……? 「逃げられると思うなよ。お前を俺の隣以外に置くつもりはない」 「いや、記憶にあるキャラ変が激しすぎませんか!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる