【完結】虐げられた男爵令嬢はお隣さんと幸せになる[スピラリニ王国1]

宇水涼麻

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24 国王陛下の判断

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 ブルーノと呼ばれた青年は、落ち着いた様子であった。国王陛下に『発言を許す』と言われているので、国王陛下へ一礼して、口を開いた。

「ベルティナ、大丈夫か?後でゆっくり話をしよう。
タビアーノ男爵殿は私に死んでいてほしかったようですね。しかし、残念ながら、私は死んではおりません。
あなたたちの虐待に耐えられず家出した先が、たまたま王家領でした。1年ほど王家領の町で浮浪孤児をしていました。
国王陛下が即位されました時に、王家領の視察へいらっしゃったのです。そして、その帰り、私は、運良く拾ってもらい、執事殿の弟子にしていただいたのです」

 まさかここでブルーノが現れるなど、誰も予想していなかった。国王陛下でさえも、ここで表に出すことになるとは予想していない。

「このブルーノから、タビアーノ男爵家の虐待の話を聞いた。ティエポロ侯爵州だから、ティエポロ侯爵に様子を見に行かせたのだ。すると、ブルーノの言った通りに、ティエポロ侯爵の前に出されたのは、痩せ細り、体中青あざだらけで髪を切り刻まれた女の子だった。それがベルティナ嬢だ。間違いないな?」

 国王陛下は、ティエポロ侯爵に確認の目線を送る。ティエポロ侯爵は、大きく頷いた。

「ベルティナ嬢のことはティエポロ侯爵にすべてまかせたのだが、タビアーノ男爵に金を積み、侍女として買い受けたと聞いている。
ティエポロ侯爵は、それをベルティナ嬢には言わず、我が子のように可愛がり、教養も与えておるようだが?問題があるか?」

 国王陛下の話を聞いて、さらに数人のご婦人が倒れた。虐待、青あざ、痩せ細り、髪が切られていた、娘の売却、逃げた息子……淑女たちに耐えられる話ではなかった。

「つまり、タビアーノ男爵家は、実の息子と娘を虐待したあげく、娘を売ったのだ。まあ、その後もティエポロ侯爵には、タビアーノ男爵の監視を続けさせたが、さすがに下の子供たちには、虐待していなかったようだな」

 ティエポロ侯爵がベルティナを助けたのも、妹と弟のことを知っていたのも、国王陛下の指示であった。それでも、ティエポロ侯爵がベルティナを手厚く保護してくれ、家族として受け入れてくれたことに、ベルティナのティエポロ侯爵への感謝と尊敬の気持ちは揺るがない。

「だからの、ベルティナ嬢とティエポロ侯爵との養子縁組が無効になることはありえぬし、今後、ベルティナ嬢がどこへ嫁ごうとも、それを決めるのは、ベルティナ嬢であり、ティエポロ侯爵家である。わかったな?」

 国王陛下は、まるで子供に確認するかのように、タビアーノ男爵夫妻に『わかったな?』を強調した。

 タビアーノ男爵夫妻はその場に崩れ落ちた。衛兵もその腕を離した。もう、暴れることはないだろうし、この距離ならいつでも止められる。その場合、止める手段は選ばないが。

「ふぅ、『子は国の宝』だとワシの祖父の代から言われておるのに、こういうことはなくならぬのかのう?」

 国王陛下のなんとも寂しそうな瞳に、ギャラリーからも小さくため息が聞こえた。

「だが、ブルーノは、ワシが見たときには、確かに、死ぬ直前であった。そうさせたのは、親であるタビアーノ男爵であると言えるだろう。貴族の子女は18歳までは守られているはずだ。これは、タビアーノ男爵家の者、使用人も含めて、殺人未遂と言えなくはない。追って沙汰する。
が、その前に………」

 国王陛下が会場をグルッと見回した。

 会場の雰囲気は、新年のお祝いパーティーであったはずが、すべてこの話に飲まれてしまい、すっかりお祝いの雰囲気ではなくなってしまっていた。

「このような騒ぎを起こしたことを咎めぬわけにはまいらぬな。タビアーノ男爵は、領地謹慎2年とする」

 国王陛下が、腕を前で組み、片手で顎髭を扱きながら、そう言った。

「恐れながら」

 ティエポロ侯爵が一歩前へ出て、胸に手をかざし、頭を下げた。

「ん?なんだ?申してみよ」

 国王陛下に発言を許可されたティエポロ侯爵は、手はそのままで、頭を上げ、皆に聞こえるように宣言した。

「タビアーノ男爵には、11月に『今後ベルティナに関わった場合、領地剥奪の上、ティエポロ侯爵州より追放』と約定しております。さらに、州長としても、タビアーノ男爵家を信用することは叶いません。ですので、約定通り、領地剥奪といたし、我が州より、追放いたします」

 ティエポロ侯爵が、国王陛下に頭を下げて、一歩退き、元の位置へ戻った。

 タビアーノ男爵は、口をパクパクとさせたかと思ったら、頭を抱えて床に突っ伏した。タビアーノ男爵夫人は、すでに涙でボロボロで、見る影もない。

「そうか、では、謹慎は半年にしてやろう。貴族のルールにのっとり、王都にある王家管轄の屋敷を貸してやる。一年以内に、使役する州を決めるが良い。決まらなかった場合、爵位は降格だ。男爵の場合は、爵位剥奪となるな」

 タビアーノ男爵夫人はなんとか、タビアーノ男爵に縋りついた。そして、震えていた。

 昔は、実力のある子爵家が州替えを望んだり、横暴な州長の高位貴族家に耐えられず州替えを希望する子爵家男爵家があったのだ。その時からのルールなのだが、採用されるのは実に50年ぶりとなる。

「明日の朝、タビアーノ男爵には、馬車を5台と馭者、騎士を20名ほど貸してやろう。領地に戻り、荷物をまとめ、王都に越してくるがよい。ただし、子供や孫、使用人全員を王都の屋敷へ連れてまいれ。殺人未遂の聴取があるゆえ、な。
 わかっておると思うが、半年はその屋敷から出ることは叶わぬぞ。半年後、使役できる州を探せ。
 今夜は王宮の客室をあてがおう。連れていけ」

 客室を貸すという建前の軟禁だ。
 引っ越しに向かわせる騎士20名も、使用人を逃さないためであろう。
 半年とは、ベルティナがスピラリニ王国を離れることを想定した期日だと思われる。

「失礼ながら、お待ちください」

 エリオが響く声で発言し、一歩前に出た。

「許そう」

 国王陛下の表情からは感情は読めない。だが、宰相はじめ、重鎮も動く様子はないので、エリオの行動を国として咎めるつもりはないということだ。

「タビアーノ男爵夫妻に告ぐ。今後、ベルティナに近づくことは、一切許さない。ブルーノ以外、お前たちの子供たち、孫たち、これからの子孫、お前のところの使用人、全員だっ!」

 エリオの声は国王陛下と同じくらい会場中に響いた。若さは拭えないが、王家としての威厳は充分にあった。

「それを破るようなら、ピッツォーネ王家として、スピラリニ王国に厳重に抗議させてもらうことにする」

 エリオのこの宣言は、つまり、タビアーノ男爵いかんでは、戦争になるぞと脅しているのだ。タビアーノ男爵は、そこで失禁した。戦争の責任を負わされて生きていけるわけがないのだ。

 さらに、エリオは、カツカツと踵を鳴らしてタビアーノ男爵の元まで行った。タビアーノ男爵の耳元に口を近づけた。先程より小さな声であるにも関わらず、先程より恐怖を感じさせる声だった。

「さらに、貴様ら夫婦は、泥水に顔をつけさせ、何度も何度も溺れさせてやる。死ねると思うなよ。お前らが、水が怖くて、顔も洗えなくなるくらい、何度も何度も何度もだっ!」

 エリオの声は、後ろに離れたベルティナたちには、聞こえていないが、近くにいた国王陛下やティエポロ侯爵や、他の貴族には、充分に聞こえた。そして、みな、それはタビアーノ男爵夫妻がブルーノとベルティナにやってきたことなのだろうと、即座に理解した。

 タビアーノ男爵夫妻は、その場で気絶した。

「相わかった。そのあたりについては、後ほど、話をしよう。
連れていけ」

 国王陛下の命令で、タビアーノ男爵夫妻は、衛兵に、まさに、引きずられていった。

 国王陛下は、タビアーノ男爵夫妻の姿が廊下の角に消えるのを確認した。

「心安らぐ音楽を頼む」

 国王陛下が、楽団に手をあげると、楽団から、優しい音色が鳴り出した。

「今宵は祝いの雰囲気でもあるまい。しかし、せっかく用意した食事だ。みなで食していってくれ。ゆっくりとするがよい」

 そう言って、国王陛下と王妃殿下は下がっていった。

〰️ 〰️ 〰️

 エリオは、ベルティナを抱き上げた。ベルティナは、あの湖の時のように、エリオの首に腕を回して少しだけ震えていた。
 先程の休憩室。後ろには、セリナージェたちも、ティエポロ侯爵夫妻もいた。
 エリオは、そっとソファにベルティナを降ろした。セリナージェがタオルを持って駆け寄り、丁寧にベルティナの汗や涙を拭いてやる。ティエポロ侯爵夫妻もソファに腰を降ろした。

「ベルティナ、もう大丈夫よ」

「ええ、ありがとう」

 ベルティナは、汗と涙で、化粧はすべて落ちていた。それでも、少しだけ笑顔だった。

「セリナ、お義父様、お義母様、私、前より大丈夫になりました。まだ、少し怖いけど。それでも、この前みたいに、パニックになったりしなかったの。悪夢を見るまでにはならなそうです」

 確かに、湖の時と学園前での事件と比べると違いがよくわかる。

「だって、今日、お義父様が私を守ろうとしてくださっていることが、とてもよくわかって。それに、エリオも、イルも、レムも、近くにいてくれて。お義母様とセリナは私を抱いていてくれて。
私の隣に、こんなにたくさんの頼れる方がいるのだって、感じられたのだもの」

 ベルティナが、一人一人の顔を見た。ベルティナの心には、他にも、お兄様やお姉様たちや使用人のみんなや、ロゼリンダたちクラスメイトが次々と、浮かんでいった。そして、最後には、ブルーノと…………国王陛下………。
 ベルティナは、一人ではなかった。

「そうか。ベルティナ、その通りだ。私たちはいつも隣にいる。他の家族も、うちの使用人たちも、みんな、ベルティナの味方だぞ。ベルティナが一人で戦う必要はないんだ」

 ティエポロ侯爵が目を細めて、優しく笑った。ベルティナの両隣に座るセリナージェとエリオが、ベルティナの手をギュッと握った。ベルティナは、嬉しくて、ギュッと握り返した。ベルティナが振り返ると、イルミネとクレメンティが頷いて、ベルティナの肩に手を置いた。
 
「ふふふ、セリナもベルティナもひどいお顔ね。お直ししてきましょう」

 ティエポロ侯爵夫人も涙で乱れていた。
 ティエポロ侯爵夫人とメイドに連れられて、ベルティナとカールラは隣の部屋にいく。

 戻ってくると、ティエポロ侯爵夫妻は、社交場へと向かった。
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