あさひ市で暮らそう〜小さな神様はみんなの望みを知りたくて人間になってみた〜

宇水涼麻

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43 マナーは基本

 真守は気後れしていることを悟られないように平静を装って釣り具ショップ『Iselect アイセレクト』の扉を押した。『新昭園芸釣り堀センター』での遊びが面白かったのでその気になりつつある。
 
 国道沿いのガソリンスタンドエネオスの隣にある『Iselect』を真守が選んだのは車が数台止まっていたからだった。お客が何人かいれば自分は目立たないだろうと考えたのだ。釣りに関してまったくのシロートである真守であるが、本人の性格として始めからナメられるのは好きではない。

 だが、店に入って心はフリーズした。広く開けられたスペースにもっとたくさんの釣り竿が並んでいると思っていたのだ。そしてそれを選ぶフリをして「海釣りをしてみたいんだけど」と従業員に話しかけ「釣りは得意ですよぉ、海釣りをしたことがないだけですよぉ」とアピールする予定であった。なんとも陳腐ちんぷだがゆるしてやってほしい。
 
 真守の計画通りにはいかなかった『Iselect』はカラフルな疑似餌ぎじえを中心に商品が高い位置まで所狭しと陳列されていた。池にせよ、岸壁がんぺきにせよ、遊漁船ゆうぎょせんにせよ、釣り場に近い旭市では釣り竿本体よりえさや針など小物の需要が圧倒的に高いための店作りである。釣り竿本体がないわけではないが、釣り竿本体の商品数を考えるとカタログによる取り寄せのほうが効率もいいし、デザインや色も好みのものが選べるため、『Iselect』は相談にはいつでものれる体制はできている。

 真守が所在無ししょざいなしにキョロキョロとしている間に他のお客は商品を選びカウンターの中の従業員と釣り場や釣果ちょうかについて少し会話をすると次々に出ていった。お客も自分の好みや必要なものを把握はあくしているので、新商品は手にとって確認するが、釣果に多大な悩みが無い限り基本的にはいつものものを選ぶか、追加で「お試しに」といくつか買っていくようだ。数名いたはずのお客も気がつくと真守だけになっていて真守は自分に消沈しながらも釣りをあきらめるつもりにはなれなかった。頭にはあの大きな魚拓ぎょたくが浮かんでいる。

「すみません。飯岡の魚拓写真を見まして」

「一つテンヤですね。なら、いいのあるんですよ。うちのオリジナル遊動テンヤフックシステムで、今日納品なんです。なんせ俺の手作りなんで」

 大きな体で茶髪の男、社長石毛すぐる茶髪に似合わず真面目そうな力強い目を真守に向けた。

「結構好評で並べると売れちゃうんですよ。昨夜も徹夜で、あははは」

 打って変わって釣り具を見る目はとても愛情がこもり優しくなる。

「あ……いえ……初めてで……」

「そうなんですね。なら遊動テンヤフックシステムって言ってもわからないですよね。でしたら、これは必須ですよ。活きエビライブウェル。これはクーラーボックスに入るサイズにしてあって荷物がかさばらないようになっているんです。これも俺が考えたうちのオリジナルです」

 スグルが説明したそれには『Iselect』のロゴシールがかっこよく貼られている。スグルの釣りへの思いは並々ならないものを感じる。

「オリジナル商品があるってすごいですね」

「安かろう悪かろうの商品は置かないんです。俺のつちかってきたノウハウを集約させた使いやすくて壊れにくいを追求した商品です」

 自信を持ってそういうスグルに真守は嘘や見栄は通じないと判断した。

「すみません。鯛釣りが初めてなわけではなく、川釣りも数回で、その場で施設に借りた竿でやっただけなんです」

「あははは。りょぉかいです。大丈夫ですよ。うちはファミリーからエキスパートまでサポートしますから」

 しょんぼりと肩を落とした真守を笑い飛ばしたスグルに大きな懐を感じた真守は心で『師匠……』とつぶやいたが、スグルに迷惑だろうから口にせずに本当によかった。

「それなら、まずは船宿でオールレンタルをオススメします。まずはやってみないと。船宿って言っても宿泊できるところとできないところはあるのでそれは電話で確認してください」

「宿は必要ありません。最近引っ越してきて家はありますから。どこかオススメの船宿さんはありますか?」

「飯岡の船宿はどこも大きな船を持っているのでいいですよ」

「大きな船の方がいいんですか?」

「慣れれば小さな船なりの楽しみ方もできますけど、まずは大きな船がいいです。大きな船だと揺れも多少小さくなりますし、トイレも完備していますから、女性にも気にせず楽しんでもらえます」

 川の上流にある施設で経験しただけの真守は波の揺れなどとんと頭になかった。

「やっぱり船酔いって…………」

「します!」

 スグルはここ一番の笑顔を見せた。

「最初は誰でもしますけど、それを乗り越えた先の面白さはありますよ。何度かやってみて船釣りが無理ってことなら岸壁釣りもありますし。
でも岸壁釣りや池釣りをするのでしたら、釣りマナーを知ってから行ってほしいです」

 真守がキョトンと首を傾げた。

「釣り船は二十人ほどのチームみたいなもので、船頭さんっていう監督もいるので、自然にルールもマナーも身についていくんですよ。でも、岸釣りにはコーチも審判もいないでしょう。俺はだからこそ個々のマナーを厳しく心に持ってほしいって思っているんですよね。その場所はその人のモノではないんで何をやっても許されることはないですし、自由に場所を選ぶ権利も個々にあるからといって先に来ている人に迷惑になるようなことはしちゃいけない。先に来ている人も荷物の整理などはきちんとしておかなきゃいけない。わかっていてもできない人がいるって悲しいですよね」

「なるほど。もう少し勉強してから船釣りに挑戦してきます」

「はい! ご購入するほど楽しめそうでしたら、何でも相談にのりますからいつでもいらしてください」

 真守は結局何も買わずに店を出たが、何より大切なモノも購入できた気持ちになっていた。

 家に戻りユーチューブで一つテンヤについて勉強しようとした真守はびっくりして画面に食い入った。『Iselect』のスグルが一つテンヤの動画をアップしていて一万回以上再生されていたのだ。

「師匠……さすがです」

 スグルに聞こえなくて本当によかった。さらにスグルがユーチューブチャンネルを本格的に始動させたのは数カ月後の話だ。

 ☆☆☆
 ご協力
 釣具ショップIselect アイセレクト様

感想 4

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