あさひ市で暮らそう〜小さな神様はみんなの望みを知りたくて人間になってみた〜

宇水涼麻

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51 達筆マスター

 真守と洋太が『東総ハム』のベーコンにメロメロになっている頃、水萌里は『およ川』の前にいた。海岸線沿いにある。親不孝通りの交差点の少し手前の北側に位置するそこは、田中家からはほど近い。グレイの暖簾のれんには「GOOD DAY GOOD PORK」とある。豚肉が日々の幸せを運ぶようなその言葉に頬を緩ませた。

 入り口のブラックボードには店主からのメッセージが書かれている。

 ――地元の農家さんが大切に育てた豚肉や野菜や米を使って地元の味を少しでも多く味わって頂きたくお店を始めました!――

『地元愛が感じられていいわ』
 
 暖簾のれんをくぐった水萌里ははじめての店で少し遠慮気味えんりょぎみにゆっくりと引き戸を開けた。

「「いらっしゃいませ」」

 男女の声が同時に聞こえ足を進ませてカウンター席を通り過ぎると座敷テーブルが三席。その奥に待ち合わせ人がいた。

「みもちゃん、こっちよ!」

 大きな声と笑顔で手を振ってくるのは一夏いちかだ。大きな体は目立つし、店の広ろさは見渡せる範囲であるのだからそんなにアピールは必要ないのだが、それが一夏なので水萌里はくすりと笑って自分も靴を脱いで一夏の正面に座った。

「場所、すぐにわかった?」

「ええ。この前の道はよく通るので気にはなっていたんです」

「豚料理しかないお店だけど、美味しいわよ」

「こだわりが感じられて好感持てます」

 メニューを広げてみると達筆な字が並んでいた。パソコンや業者に頼っていないそのメニューは水萌里には好ましいく思えた。豚肉だけのはずだが、様々なメニューが並んでいた。その中から、二人は豚肉の味をたっぷりと楽しめるポークステーキ定食に決めた。

「味付けが選べるんですね」

 和風たまねぎ、わさびソース、ピリ辛にんにく、トマトソース。

「おまたせしました。ソースは何にいたしますか?」

「「塩のみ、で」」

 豚肉の甘みを楽しむならこれだろう。示し合わせたわけではないのに二人でそれを選んだことに思わず笑いが出る。

 学生と思われる女性店員が下がると水萌里はキョロキョロと店内を見回した。ひとつのポスターに目が止まる。

 ――ひがしたくみSPF豚――千葉県香取郡東庄町の九人の農場主が安心と安全と共に深遠な味覚をお届けします――

「それ語呂ごろ合わせなんです。ひがしたくみって東の匠とうのしょうとも読めるでしょう。俺、都内で料理の修行して、こっちに帰ってきたら即自粛ムードでオープンどろじゃなくなって、豚農場に就職したんです。そろそろかなと思って飲食店をオープンすることにしたんですけど、そこの豚肉が気に入っちゃってこうなりました」

「ああ。だから『農場直売豚』なんですね」

「そうですそうです。社長からじかに仕入れてます」

 調理場の手前から声をかけてきたオーナー兼料理長及川およかわは調理場の奥へと行った。

「地元って言っても旭じゃないのね」

 一夏は小さく首を横に倒した。

「ローカルチャレンジャーで小川さんって方が言っていたんですけど、市原市って人口二十五万人以上いるからどんなプロジェクトが市原市だけでスタートからゴールまで進めるんですって。でも、旭市は人口六万人でしょう。近隣市町を巻き込んだほうがいいっておしゃっていました」

「なるほど。東庄町も温暖で養豚に適していることは同じだものね。まさに『エリア旭』ね」

「なんですか、それ?」

「旭市から見て、旭市を中心とした地域ってこと。まあ、北総地区とも言われているわね」

「『エリア旭』か……。かっこいいですね。私も応援していきたいです」

「まずは旭市を紹介するフリーペーパー『TODAY』の編集者になったんでしょう。おめでとう」

「ボランティアなんで無給なんですけど、やりがいはありそうです。頑張ります」

 二人はコーヒーのグラスをカチンと合わせた。

「一夏さんもなにか面白いところがあったら教えてくださいね」

「私より、洋ちゃんの方が面白いものみつけそうだけど。毎日自転車でかっ飛んでるんでしょう? あはははは」

「そうなんですけどね。面白そうなことは真守さんとやるんですよ」

「男同士ってやつかしら。いいことじゃないの」

 そこにジュジュジュジュとアブラの弾ける音をさせながらポークステーキが到着した。ジュージューなんていうゆっくりとした量ではない。ジュジュジュジュとひっきりなしにアブラが踊りまくるほどで、さらに目の前に現れたそれは自身のアブラでテカテカに光る姿に思わず唾を飲み込む。

『音と目と両方で攻撃してくるなんて完敗だわ』

 お茶碗を左手に持つと食べやすい大きさに切ってある肉をつまみ上げる。したたるアブラが落ちないように急いでご飯の上に移動させた。口にいれると芳醇な香りが広がり、歯を立てるとさっくりと切れた。

「柔らかくておいしい!」「おいしいね」

 水萌里と一夏は同時に声を上げた。
 しばらくして一旦茶碗を置き味噌汁に手をのばす。

「ふふふ。具だくさんの田舎味噌汁って大好き」

「なのにサラダには餃子の皮揚げがおしゃれに乗っているよ」

「本当だ。田舎のおばあちゃんのポテトサラダじゃないわ。ふふふ」

「お肉がこのボリュームなのよ。いくら私でもここでポテトサラダだったら引くわあ」

 一夏が自分の大きなお腹をポンと叩くので、水萌里は声を上げて笑ってしまった。
 食事終えてまたしてもぐるりと見回す水萌里の様子に一夏はフッと笑みをこぼした。

『すべてを観察して頭に入れたいみたい。すっかり記者の心なのね』

「マスター。ここってコースメニューもあるんですか?」

「ありますよ。要予約ですけど、デザート以外豚肉っていうスペシャルメニューです!」

 想像もできぬコースにびっくりする二人だった。

『きっと達筆なか「御献立表」が雰囲気を増すんだろうな』

 水萌里はもう一度メニューに目を落とした。

 その後、順調な営業を続ける『およ川』ではまた新たなメニューが登場した。

「自家製スペアリブのかぶりつきスモークステーキベーコン! 結構柔らかいでっせ!
海賊かぶりつきで食べてください」

 真守ならビール片手にガブリとやるだろう。洋太なら三本はいけそうだ。

 ☆☆☆
 ご協力
 豚肉料理『およ川』様

感想 4

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